6-23 温泉街ユートポーラ 天使
親方達も本格的に動き始め、露天風呂作成にも手を回せなくなってしまったがウェンディと案内人さんの三人でもなんとかなるもんだ。
「ウェンディ、いけるか?」
「はい! 大丈夫です! 『水斬』」
半月のような形の薄く広い水の刃で、湯船付近の大きな岩を斜めに切ってもらう。
あれだ、のぼせそうな時に横になれる岩のベッドだな。
何度か魔法を使ってもらって角度を微調整。後は表面を鑢を使い、切り口で切ってしまわないように削っていく。
ああ、外で錬金が使えたらな……と思わなくもないが、流石にルールには従おう。
ただし、ルールに従いさえすればなんでもありだろう?
大きな岩であろうとも、吸入してしまえば錬金小屋には運べるのだよ!
案内人さんに空間魔法が知られたけど仕方ないよね。効率重視って事で!
「随分効率が上がりましたねえ」
「まあ、申し訳ないが男衆がいないから錬金小屋に運べるもんは運んで作業が出来るようになったからな」
手伝ってくれるのはありがたかったけどな。
まあ、主にウェンディ目当てだったとは思うんだが……。
ウェンディはというと、意気揚々と魔法を使って俺が頼んだように石のベッドを作ってくれている。
とりあえず2つある露天風呂の両端に二つずつ頼んでおいた。
「で、今は何を作ってるんですか?」
「石で出来た灯篭だよ。間接照明だな」
「ほーう? よくわかりませんが、中々の美術品ですねえ」
見よう見まねだけどな。
元の世界の日本庭園や、お寺なんかで見る石の灯篭だしうろ覚えだからちゃんと出来ているかはわからない。
でもまあ、それっぽくは出来ていると思う。
あとは親方達にでも出来を聞いてみればいいさ。
「ご主人様! 大変です!」
「ん? どうしたウェンディ?」
「湯船なんですが……穴が……」
ウェンディに手を引かれ、行って見るとウェンディが水の魔法を放つ。
湯船に水を貯めた……と思ったら、その矢先からすぐに地面へと吸い込まれていってしまった。
「あっちゃあ、長年の雨風で接着部が弱まってますね」
「まじか……」
セメントなんてないよな? どうしたもんかな……。
「んー、ヘドロスライムでも狩って来ましょうか?」
「ヘドロスライム? なんでまた」
「接着用の素材ですよ。ヘドロスライムの皮膜に、細かい砂を混ぜれば問題ありません」
「そうなのか? というか、何で知っているんだ?」
「ふふーん。知識や経験はなんであれ役に立つんですよ」
そういえばそんな事を言っていたな。
本当に、色々な事を知っているんだなこの人は。
「じゃあ頼めるか? 細かい砂は……」
「砕いても良いとは思いますが、業務用の温水耐性のある砂を買ってきたほうが長持ちするのではないかと。多分、これ、普通の砂を使った結果でしょうしね」
おおー。なんだ案内人さんが知的に見える。
俺が社長だったら是非秘書に欲しい。
タイトスカートとかはいて、毎日誘惑して欲しい!
「それじゃあそうするか。悪い、案内人さんは一狩り頼めるか?」
「はいはーい。あ、買取って事でいいですよね?」
「勿論。ただし、ふっかけないでくれよ?」
「販売価格でいいですよ。それじゃあ行って来ますねえー!」
ヒューンと音もなくいなくなってしまう案内人さん。
残された俺はウェンディを連れて、温泉街の道具屋に行く事になったんだが……。
「あ、あの、ちょっとだけ、待っててもらってもいいですか?」
「ん、ああ……」
「それじゃあ入り口でお待ちください!」
と言われて、入り口にて少しの間待つことになったんだが……何処に行ったんだろう。
ぼーっとしつつ、親方達の仕事ぶりを見ているとさすがと言わざるを得ないほど統率の取れた動きであった。
時々親方の怒号のようなものが聞こえるが、返事を全員でしているというのもなかなか迫力がある光景だ。
うんうん、これは完成が楽しみだ……と思っていたら、後ろから声をかけられる。
「お、お待たせしました……」
「ああ、どうしたん……だ……」
振り返ると、そこには天使がいた。
知ってたか? 天使って、浴衣を着てるんだぜ?
髪を上げて帯を締めた浴衣の天使だ。
そして、乳袋がある!
「あのあの、本来ならば布を挟んで凹凸を無くすそうなのですが……これ以上挟むと太く見えるらしく……」
「Marvelous……」
「えっと、ご主人様はこちらでも大丈夫ですか?」
「Excellent……」
「ご、ご主人様?」
「Fantastic……」
ああ、素晴らしい……。
思わず拍手をしてしまう。
くるりと回ってもらうと、髪が上がっていることで見えるうなじがまた、もう……堪らぬわ!
一人悶えていると、ウェンディが俺の腕を取り、きゅっと指と指が絡まるように手を繋いだ。
そして、顔を上げた際の表情は照れながらもとても嬉しそうであった。
「えへへ、行きましょうか」
「お、おう」
そのままの状態で、俺はウェンディと温泉街へ向かう事にしたのだった。
多分だが、終始俺の頬はゆるみっぱなしだっただろう。
「自分で着付けしたのか?」
「いえ、女将さんに手伝っていただきました」
「そっか……本場だもんな」
裏では俺の中の人が『フォー! フォー!』言っているのを抑えつつ、表では平静を装う事に成功した俺。
当然、俺から手を放すことは無いし、ウェンディもきゅっと握ったままである。
道行く人からの視線を感じつつ、俺達は道具屋を目指してゆっくり物見を兼ねて歩いていた。
それはさながら、自慢しているようなのだが間違ってはいない。
はっはっは! どうようちのウェンディさんは!
可愛いだろう? 綺麗だろう? 美しいだろう??
何せ天使だからね! っと、またトリップしてしまいそうになった……。
「うふふ」
「ん、どうした?」
おっと、笑われてしまったのだろうか?
「皆さんには悪いですけど、ご主人様と二人きりでお出かけだと思うと、嬉しくってつい頬がゆるんでしまいました」
ウェンディのその満面の笑みを直視できず、視線をそらして額に手を当ててしまう。
ああああ、可愛い! インフィニット可愛い!
みなさああああああん! 可愛いんですううううう!
って、叫びたい!
「あ、ご主人様、露店商も来ているのですね」
「そ、そうみたいだな。よし。せっかくだし、見てみるか」
ふう、俺の精神状態は既にMAXだ。
超必3回打てるくらいには有頂天だ。
落ち着け俺。ここは往来。
こんなところでBurstしてはいけない。
様々な店が立ち並ぶ露天商の中で、アクセサリーを扱っていた店で脚を止める。
「何か欲しいものがあったら言ってくれていいぞ」
「はい。あ……でも……」
「おお、凄い美人さんですね! これなんか似合うと思うんですが!」
露店の女性はウェンディの姿を見ると、一本の簪を取り出して、勧めてくれた。
合わせて見ると確かに似合いそうではあったのだが、どうにもウェンディが乗り気ではないようだ。
結局その簪は買わずに店を離れ、また歩き出して色々と見て回る事にした。
「結構良い出来だったとは思うんだけどなあ」
「それはそうなんですけど……」
ステータスアップ等は付いていなかったが、普通にデザインとしては中々でウェンディの雰囲気にも合っていたと思う。
値段も手ごろだし、買ってみても問題はなかったんだが……。
「その……アクセサリーなら、やっぱりご主人様の手作りが欲しいです……」
そう言って、紅くなった顔を袖で隠すようにするウェンディさん。
あーもう我慢ならん。抱きしめますね? いいですよね?
3、2、1ギュー!
「ご、ご主人様……」
ああ、もう今すぐお持ち帰りしてしまいたい!
「そういえば言ってなかったな。綺麗だよ。凄く綺麗だ!」
「あ……ありがとうございます」
俺が抱きしめたあと、ウェンディも俺の背中にきゅっと手を回してくれる。
幸せだ。何もかもが幸せに感じる瞬間だ。
ただ、一点誤算だったのはここが往来であり露店商の店前だということ。
露店商のおっちゃんの『……余所でやってくれ』の一言で現実に引き戻されると、俺とウェンディは周囲の視線を受け、足早に露店を離れ道具屋に向かうのだった。
- 真 Side -
「……あ、あの野郎……あんな美人を……」
なんだよあの美人!
あの野郎、信じられないくらい綺麗な人と往来で堂々と抱きしめあって幸せオーラ放って!
「ねえあの人がそうなの?」
「ああ、間違いない。黒髪黒目で、しかも奴隷に和服を着せてるなんて間違いなく『流れ人』だろう」
「うーん……聞いてた噂とちょっと違うような……」
「いや、実はあいつらが来たときに見かけたんだけど、他にも多数の女性を奴隷にしていたから間違いない」
あのハーレム野郎め……きっと奴隷の女性だからってあんな事やこんな事をしているに違いない。
羨ま……じゃなかった。そんな極悪非道な事は俺が許さない!
「ねえまーくん」
「まーくんはやめてって……」
「それで、どうするの?」
「え?」
「もう行っちゃったみたいよ?」
「え、あ! くっ……逃げ足の速いやつめ……」
さっきまでそこにいたはずなのにいつの間にか姿を消している。
もしかして気がつかれたのか?
そうだとしたらやはり手ごわい相手だ……。
だが、俺は汚い手は使わない。
正面から真っ向勝負を挑んでやる。
「……せいぜい今を楽しむがいいさ。俺が、俺こそが正真正銘の――」
「真、悪人っぽいよ?」
「ええ!? そんなあ!?」
「うふふ、それじゃあ日を改めてお邪魔しに行きましょうか」
「あ、うん。そうだね。そうしよう」
……俺って、いつも二人にペースを取られてしまうんだよな……。
でも、奴に勝てばきっと……。




