6-22 温泉街ユートポーラ 紅い戦線 2
遅くなりました……。
ピチョンと、水滴の落ちる音が聞こえるほどの静寂。
洞窟の中は真っ暗で、手に持った松明だけが唯一の光源となっていた。
「レンゲ、ソルテ、窪みがあるぞ」
「了解っす」「わかったわ」
緊張感を切らさぬままに、奥へ奥へと進んでいく。
洞窟内の魔物は、外とは強さがまるで違う。
音を立てず、魔物の気配を逃さぬように、前方、後方、側方の警戒を分担して奇襲にも対応できるようにしておかねばならない。
「前方から、ファルコンバットが十数匹だ」
「自分が行くっす」
前方から現れたのはもの凄い速さで洞窟内を飛行する鳥と蝙蝠を合わせたような姿の魔物。
この魔物は、集団で行動し鋭い嘴を使って相手を貫き、戻ってきて捕食するという特性を持っている。
狭く暗い洞窟でもものともしない飛行能力、さらにはその速さによる奇襲性で危険な魔物とされている。
無難に倒すならばBランクが5~6人。
盾持ちか、罠師、気配察知に長けた者の誰かは必要になるだろう。
だがまあ、レンゲが戦うとなると……。
「ほっ。よっ。せい。うりゃ。おらあ!」
嘴の真横を叩くように拳を繰り出し、受け流すのではなく横の壁にたたきつけるように一発一発に力を込めて向かってくるファルコンバットを倒していく。
しかし、ただでさえ暗闇の上に凄まじい速度で襲ってくるファルコンバットに、反応が少し遅くなっている気がしてきた。
「レンゲ、魔法を使うぞ。駆ける炎」
「ありがたいっす! よく見えるっすよー!」
壁に這わせるように放ったのは、一直線に進む炎の魔法。
両の壁に放ち、光源を確保。
洞窟内で火の魔法を撃つのは危険が多いため、なるべく控えてはいたのだが短時間、短距離のみで発動した。
「これで……終わりっすね!」
レンゲが最後の一匹を倒し、魔物の体液を篭手から払い落とすと、壁沿いに落ちた魔石、ドロップアイテムを回収する。
ランクの高い魔物の魔石は、純度がよく値段も高くなるため今回の報酬もとい主君へのお土産用だ。
勿論、虫系からのドロップは拾わないようにしている。
「そろそろ拠点を探すか」
「そうね。魔物の気配もないし、松明をわけていいところを探しましょうか」
洞窟内では行き止まりや、人が入れるほどの窪みを利用して拠点にしようと決めていた。
幸いにも、主君から賜ったアクセサリーは状態異常耐性が高く上がるものなので毒ガストラップなどは警戒せずにすむのは大変ありがたい。
挟み撃ちや、多方向から囲まれる事を警戒し、あまり広くなっているところには留まらないようにと、なるべく三方が壁に囲まれた所を探すのだ。
「よし。ここでいいか」
窪みと道の間くらいの広さの場所を見つけ、その周囲の壁に松明を点々と配置して光を確保する。
焚き火と、睡眠用の簡易寝床を二つ。
腰は下ろすが、すぐに戦闘が出来るように武器は携帯したままである。
「んー……やっぱり結構強いっすねえ」
「疲れるわね……」
「だが、道中はなんとかなりそうだな」
まだ焦るほどの強敵とは遭遇していない。
奥に行けば行くほど魔物は強くなっていくが、それでもこのままの感じならば問題はなさそうだ。
「油断は禁物よ。サイズは小さくても強力な魔物もいるんだから」
「でもその多くは状態異常が脅威って感じが多いっすからね。ご主人に貰ったこれのおかげで、予想よりも楽々っす」
魔物によっては、一目みただけで石化の状態異常になる魔物。
匂いを嗅いだだけで眠くなる魔物や、かすっただけで麻痺する魔物もいるのだ。
状態異常で怖いのは重ねてかかること。
麻痺は1度ならば少し痺れる程度。2度ならばその部分が動かしづらくなり、3度となると全身が動かしづらくなる。
それらの一度目を軽減、または無効化してくれるこのアクセサリーは、つけるだけで大きな効力を持っているのだった。
「そうだな。帰ったら、主君に感謝せねば」
「そ……っ魔物ね。私が行ってくるわ」
「ああ、頼んだ」
ソルテが立ち上がり、光に惹かれた魔物が、光源によって姿を現す。
ゴブリン……だが、鎧を纏い、武器を持っている。
おそらくだが、過去の冒険者の遺体から剥ぎ取り、それらを装備しているのだろう。
その程度の知能を持ったゴブリンとなると、ホブゴブリンといったところか。
更には奥に居る巨漢であり、鎧を身に着けたゴブリンが、ホブゴブリンリーダー。こいつらのボスだろう。
「ギギ、ガギアアア!」
叫び声と共にゴブリンが襲いかかる。
人型の魔物は、多少の知能があることがありそれが厄介な敵だ。
だが、
「ギギャアアアア!」
巨大な断末魔の叫びを上げて、まずホブゴブリンリーダーが倒された。
自分達のボスが殺されれば、戸惑ったように動きを鈍くするのも、知能がある魔物の特性。
その特性を利用して、ソルテは真っ先にホブゴブリンリーダーを倒したのだろう。
後は、有象無象も同じである。
「湯を沸かしておいてやるか」
「そうっすね。自分も湯浴みしたいっすー……」
「湯浴みは無理だな。身体を拭く程度にしておけ」
「はーい。温泉も待ってるっすし、楽しみに我慢するっす」
ふむ。
そういえば終わったら真っ先に主君の元に戻るつもりだったが、そのまま戻ると……その、匂いとか大丈夫だろうか?
ソルテなど、そのまま抱きつくんじゃないか?
臭くて嫌われる……なんてこともあるのではないだろうか……?
「はぁ、終わったわよ」
「お帰り。湯を用意してあるから、先に拭ってしまっていいぞ」
「お言葉に甘えるわ……」
返り血や泥で綺麗な尻尾や耳が汚れてしまっているソルテは鎧を脱ぎ、その間は私とレンゲが立ち上がり、周囲を警戒していく。
「はぁ……お風呂入りたい……」
「あ、自分もそれ言ったっすよ」
「臭い……わよねえ……」
「まあ仕方ないさ。洞窟だからな」
「そうね……よっと。あらら、尻尾も大変だけど……こっちは駄目ね」
水は基本的に飲み水や、傷口を洗うためのもので貴重だ。
あまり多くは使えない。
だが、衛生状態を悪くすれば状態異常とは別に、病気になる可能性が出てくる。
そうなると、せっかくのアクセサリーも意味を成さなくなってしまうのだ。
「よし。終わったわよ。次はレンゲ?」
「はいっすー。それじゃ、警戒よろしくっす」
レンゲとソルテが替わると同時に、光源に姿を現したのは大きめのイノシシ。
「うわ、エビルボア……」
「通すわけにはいかんな……」
突進することに特化した大きな牙は真っ直ぐに伸びており、敵を串刺しにしつつ壁に叩き付けるという魔物だ。
壁がなければ突き刺したまま走り続けるという、凶悪な魔物。
このまま来るとなると……レンゲや焚き火に大打撃となってしまう。
「私がやる。逃したら、頼むぞ」
「了解。よろしくね」
少し前に出て、突進準備に入るエビルボアの直線上に下段の構えを取る。
紅い眼光が光り、その光が流れるように向かってくるのにあわせ、力を込めて剣を振りぬく。
「ふっ!」
「ブルヒッ! ……っ」
小さくうめき声を上げたエビルボアは、剣の腹で叩かれた事により右方に勢いよく吹き飛ばされていった。
「グギャアア!」
「ブギィ!」
うめき声が二つ。
と言う事は、あちらからも魔物が来ていたのだろう。
ちょうど良かったようだ。
「問題なかったわね」
「そうだな。……ん? これは……」
「うわっ、なにそれ……悪趣味ね……」
足元に落ちていたのは、骸骨を模したようないかにも呪われていそうなリング。
以前の冒険者の装備品か?
それとも、魔物が落とした呪われたドロップか?
こういった装備品には、触れただけで呪いが掛かる場合もあるので拾う事は出来ない。
「こんなものは、こうよ!」
ソルテが槍の切っ先で持ち上げ、そのリングを遥か後方へと投げ捨ててしまう。
しっかりと処理したほうが後々良いとは思うのだが、目的を考えると最善策か。
「アイナー。終わった……っす、っ何か来るっす!」
「ああ」
「そうね……速い」
進行方向から高速で移動をしてくる謎の魔物。
音は最小、洞窟内で鋭敏化している感覚でなければ、気がつかなかったと思うほどに気配が薄い。
だが、その気配は光源に晒される事もなく、出口方向へと離れ去っていく。
「……なんだったのかしら?」
「さあ、私達を警戒はしていたようだが……」
「まさかアレが最深部の魔物ってことはないっすよね?」
まさかとは思いつつも、遠ざかっていく気配は進みを止めることは無いようだ。
もしあれが最深部の魔物ならば、私達を放ってはおかないだろう。
「それは大丈夫でしょ。奥のほうから、嫌な匂いがぷんぷんしたままだもの……」
「そうっすね。まだ先みたいっすけど、きっついのがいるっすよ」
狼人族の二人は、鼻がいい。
理由はそれだけではないだろうが、この魔力の根源の正体は別にいるのだとわかるのだろう。
「なら、一応の警戒はしつつ進むとするか」
「そうっすね。あ、次はアイナの番っすよ」
「ああ、それでは残りを使わせてもらうぞ」
二人が使ったお湯の残りをもらい、布を浸しておく。
鎧を外し、服を脱いで身体についた泥や汚れを擦り落し、一息つく。
緊張は、適度に緩めていかないと精神的な疲労でダウンしてしまうので、こういったときはしっかりと抜いておくのだ。
「はぁ……。気持ちがいいな……」
「ゆっくりしてていいわよ。団体さんがお待ちみたいだから」
「っすね。ちょっと相手してくるっす」
汚れを落としても、こうして魔物がやってくるのだから意味は無いかもしれない。
だが、それでもリフレッシュは大切なことなのだ。
「ソルテ、どっちが汚れないか勝負するっす」
「いいわよ。負けた方は勝った方のマッサージね」
「それじゃあいくっす!」
いやいや、二人とも。
私は裸なのだから、しっかり警戒もしてくれよ?




