6-20 温泉街ユートポーラ 案内人さんの実力
源泉から戻ると、驚く事に小さな小屋が完成してあり、なんと机と椅子も完備されていた。
「……サービスだ」
親方はぶっきらぼうに言い放ったが、正直に言ってありがたい。
これで錬金作業がやりやすくなった。
胡坐で作業すればいいかと思っていたしね。
「ありがとう親方」
「はっ。礼は形にしてからいいやがれ」
「おう。楽しみにしておけよ?」
親方の性格、嫌いじゃないんだよなあ。
頑固だけど仕事の上では信頼できる関係になれるといいな。
その為にも、全力で作り上げないとだ。
「旦那! なにかほかに必要な物があったら、あっしらにお任せくださいな!」
「親方は集中すると耳が遠くなって何も聞こえなくなりますからね。他に必要な物とかがあるときは、俺等に言って下さい旦那!」
「お、おう。それよりその旦那ってなんだ……?」
「旦那は旦那でさあ!」
「そうですぜ! 旦那は旦那でさあ!」
でさあ! っておい、あ、こら! ちょっと待て!
俺よりもあんたらの方が年上じゃないのか!?
っていうか低くても同世代くらいだろ!?
なあ! おーい……行っちまったよ。
まあいいか。
「さて……とりあえずは掃除からかな」
目の前に広がる浴場は、お湯を張っていないからという理由からではなく浴場とは呼べないくらい汚い。
落ち葉や雑草、コケなども生えたままだしな……。
それに、元々の管理が良くなかったのか岩もゴツゴツとして歩きにくい。
湯船の床はそうでもなさそうだが、これでは裸足で歩くのは少々危ないかもしれないので、その辺りも平らに加工しないとだな。
「ご主人様、私は何をすればよろしいですか?」
「あー……休憩?」
山道を行ったばかりだし、今ウェンディに手伝ってもらう事ってあまりないんだよなあ……。
「うう……また何も出来ないのでしょうか……」
「いや、その……あーそうだ! 落葉を水の魔法かなんかで一箇所に固めたりできるか?」
ウェンディの顔がパァァァ! っと音を立てて晴れやかな物へと変わっていった。
雑用なんだけど、そんなに嬉しいのかね?
「頼むな。それじゃあ俺は錬金小屋に篭るから、後は頼む」
「お任せください! ご主人様のご期待にきっと応えて見せます!」
おお、やる気に満ち溢れてる。
余計な突っ込みはしないほうがよさそうだ。
「ええっと、私はどうしますかね?」
「案内人さんは……いいんじゃない? 何もしなくて……」
今は一応護衛? という立場だし、うん。
「楽なのはいいんですけどー。それはそれで暇ですよねえ。あ、じゃあ錬金しているところを見ててもいいですか? お礼におっぱいをおしつけてあげますので」
「いいね! ……じゃあ、ないですよね! ダメ、だからね。そういうのは間に合ってますので!」
一瞬、一瞬だけどウェンディさんの目が違った気がするの。
気のせいだと思う前に、口が勝手に否定の言葉をあげていた!
「っはぁ。別に見ててもいいよ。ただし、守秘義務は守ってくれよ?」
「了解でーす。いやあ、錬金術師の作業を生で見れるとは。この依頼、受けたかいがありますね!」
「見てて楽しいもんでもないと思うけどな……」
「いやいや私の信条として、知識や経験はなんであれ役に立つんですよ? 何時何処でかはわかりませんけどね」
意外と殊勝な事をおっしゃるんですね……。
正直、見直しました。
「それじゃ、作業開始だな」
「はい!」「はーい」
錬金室に入ると、使いやすそうな椅子と机が並んでいる。
小さめに作ってもらったとはいえ、人二人くらいならば余裕で入れると思ったのだが、ちょっと密着率が高い。
「あんまり近づかないでくれます?」
「えええ!? さっきのって、『ダメだぞ? 絶対ダメだぞ?』の法則じゃなかったんですか!?」
なにそのお笑い芸人的思考。
この世界にもいるの? そういう役柄で有名な旅芸人とか。
「そういうのじゃないから……。普通にしてて」
「はーい。それじゃあ前のめりにならないように見てますよー」
俺の背後へと回ると、ふっと気配が消えた感じがした。
それが変な違和感に感じて振り返ると、案内人さんはそこにいたままであった。
「あれ? 気を使ったつもりだったんですけど、気になります?」
「うん。びっくりした。何今の?」
「うふふー。秘密ですよー。知りたければ料金が掛かります!」
凄いな。すぐ近くにいるのに気配というか、存在感ごとすぅっと消えて行ったぞ。
突然現れることのあるシロと似た……いや、同じくらいに存在感を消して近づく事が出来そうな能力だ。
「まあまあ。私に気にせずどうぞ!」
とは言われても背後にいられると気になるんだよな……。
「あー……なんか気が散るので、こっちに座ってくれ……」
幸いにも椅子は広めに作られてるし、横に座ってもらうことにしよう。
「なんだかんだいいつつこういうのがお好きなのですねえ……」
つつっと、膝から上をなぞられるとぞぞっとするが、その手を取って両手を案内人さんの膝上に乗せてやる。
もう頼むからぴしっとしたまま動かないでください!
「いけずですねえ……」
「邪魔するなら追い出すぞ……」
「はーい。もうしませーん」
はぁ……ったく。
まあいいか。とりあえず道具を作ってしまおう。
取り出したのは回転球体と、オブシディアン。
正直、鉄でも良いかなー? と思うのだが、なるべく硬い方がよいかなと。
これら二つを合成、そして形を変化させ、円柱にする。
その円柱の表面には小さな突起を幾つも付けていく。
更には、縦方向の中央に穴を開けて、中に鉄の棒を通す。
そしてその両端を上方で固めて、魔石を嵌めた柄の部分を装着させた。
とりあえず、完成かな?
魔力を注いで見ると、突起付きの円柱が回転し始める。
んんーやっぱり魔力誘導板と合わせないと回転率がイマイチか。
鉄から伸ばした部分を再加工し、魔力誘導板を調整しつつ両横に取り付けていく。
魔力を注いで回転速度を試しつつも、試行錯誤の連続だ。
最後に、上部に跳ね返ってこないように一部を覆い、完成である。
見た目はアレだ。コロコロだ。柄の長いコロコロ。
回転速度は良好。これならば十分に削り取れるだろう。
今度は突起の大きさを小さくし、数を増やした物も作り上げていく。
最終的には、かなり突起の小さいものも作り、合計で4つの道具が完成した。
「……なんですかそれ? 拷問器具ですか?」
いや、一応突起と言ってもとがらせてるわけじゃないし……どちらかといえばマッサージにも使えそうだと思うんだけどな。
まあでも、この回転速度ならばそう思われても仕方ないか。
とりあえず、試しに行ってみよう。
「あ、ご主人様! いかがですか?」
「ウェンディ? 早いな……と、あれ?」
こちらに気づいたウェンディがぱたぱたと近寄ってくるのだが、何故か浴場には職人さんたちが大勢いらっしゃる。
しかも、鎌を取り出して雑草を取り払ってくれているようだった。
「姐さんが一生懸命に雑草を取っていらっしゃったので、お手伝いさせていただいておりやす!」
「姐さんにこんな作業はさせられねえっすからね!」
いや、助かるんだけどお前ら自分の作業はいいのかよ。
「今は親方が図面を作ってやすからね! 飾り木作りの奴等や柱の鉋がけしてる奴等以外は暇なんでさあ!」
「ありがとうございます。とっても助かりました!」
「「「いやあ……」」」
大の男が照れやがる。
まあ気持ちはわかるさ。
こんな美人で胸の大きな女性が、苦労しながら雑草を除去しようとしていたら手伝わない男はいないよな。
「あのあの、落ちていた葉はあちらにかためておきました!」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
よしよし、っと頭を撫でると、ウェンディは嬉しそうに頬を緩ませて笑う。
ああ、くそう可愛い。もの凄く可愛い。
頭を撫でただけなのに、こんなにも可愛い。
そんな可愛い女の子が、俺のなのだ! どうだ羨ましいだろう!
……俺、いつか刺されないかな?
あ、その為に案内人さんを護衛に雇ったのか!
「あの、ご主人様? それはなんですか?」
「ん、ああこれ? これは、このごつごつとした石を平らにしようと思ってな」
魔力を注いで回転円柱を高速回転させる。
そして凹凸の激しそうな石へと押し付け、ゴリゴリっと鈍い音を響かせる。
作業していた職人達も、こちらに目を向けるほどの大きな音であった。
暫くして石から放すと凸が削れ、粉々にされた破片で真っ白く埋もれており、それらをウェンディに水の魔法でどかしてもらう。
すると、ある程度削られた物ができあがり、今度は先ほどよりも突起の小さい物で削る。
それらを繰り返し、完成したものは凹凸の少ない石へと変貌していた。
「おー。こんな意図があったんですねえ」
「前までは温泉まで履物を履いていたんだと思うんだが、できれば裸足のままがいいと思ってな」
あの凹凸の多さを鑑みるに、館から履物を履いていないと怪我をすることもありそうだと思っていたのだ。
どうせなら、余計な物は持ち込みたくなかったのである。
これならば裸足で歩いても問題は無いだろう。
そして、ウェンディに次の作業をお願いする事も出来る。
「それじゃあウェンディ、今から印を作るから今の要領で同じように削って平らにしてもらえるか?」
「はい! かしこまりました」
通行用の石を選別し、ある程度の間隔をあけて印を付けていく。
印のついていない石は、もっと深く掘り下げる予定だ。
そしてそこには玉砂利を敷き、飛び石を使った和風の庭園のようなテイストにしたいと考えている。
景観を考えるならば悪くは無いはずだ。
一つ問題があるとするならば、用意する石の量か……。
ここは一つ、案内人さんにも手伝ってもらうとしよう。
「案内人さん、ここらで川原ってあるかな?」
「川原ですか? 近くはないですけどありますよ?」
「遠いのか……」
「何をするんですか?」
「いやな、ちょっと小石が大量に欲しくてさ」
「小石……この辺の岩を砕けばいいのでは?」
「いや、流石にこれは砕けないだろう」
「うーん……ちょいさー!」
案内人さんが変な掛け声と共に岩に向かって真っ直ぐに拳をつきだした。
だが、拳……ではないのだろう。黒いなにかが見えたので、何かしら武器を使ったのだと思われる。
とはいえ、岩が……岩が……中心に小さな窪みを残して亀裂が出来て砕けている。
「チョチョイのチョイっさー!」
あ、ちょいさってちょちょいのちょいの略なのか。
いや、ちょっと待て。岩が粉々に、小さくなっていっているぞ!
両の手で連打を放っているようにしか見えない。
そして、どんどん砕けていく岩。
その光景に戦々恐々としている俺達。
だって、あんなに短いスカートなのに中身が見えない……ではなく、拳で岩を粉々にしているようにしか見えないのだ。
「ふう、これくらいでいいですかね?」
かいてもいない汗を拭う素振りをする案内人さんに、一同ぽかーんとしたままであった。
いや、シロが認めるならば強いのだろうと思ったのだが、それにしてもなかなかというかかなり強いのではないだろうか?
それこそ、大会に出れば本戦出場くらいは余裕だろう。
「はっ! 女子力が足りない行動でした! い、いやーん私重いものもてないので、後はお願いしますねー!」
今更感が漂ってはいるが、誰も何も言う事は無い。
俺は、雑草刈りをしていた男たちにお願いして、砕けた岩を全て錬金小屋に運んでもらう事にしたのだった。




