6-18 温泉街ユートポーラ 男の意地
三人を見送った後、俺たちは案内人さんと合流して件の屋敷へと赴くと、『アマツクニ建造木工組合』の人達は既に作業をするための道具を広げて手入れや準備を始めていた。
「はぁ……こんなときにシロがいてくれれば……」
「あははは。シロさんがいないから、私が護衛を仰せつかったんじゃないですか」
「じゃあ早く止めてください!」
「あはは、ピンチじゃないので無理でーす」
さて、今の俺の現状はと言うと。
「ああ?」
「おお?」
親方と現在進行形でガンをつけあっています。
「いいかド素人。簡単に言ってくれるなよ」
「いいか頑固親父。俺がやるって言ってんだよ」
「ああ?」
「おお?」
さっきからこのやり取りばかりだ。
まったく、人の話を聞かない男だ。
「あのなあ……ド素人の分際で俺たちの仕事に手を出そうなんざ百年早えんだよ!」
「てめえらの仕事は建物だろうが。それに木工じゃ、浴場の加工は出来ないじゃねえか。だから、ここは俺がやるって言ってんだよ」
「ああ?」
「おお?」
温泉は俺が作る。
これだけは譲れねえ。
建物に関しては任せるつもりだ。だが、温泉に関しては俺の愛の方が絶対に強い。
「あの旦那、なにものですかい? 親方にたてつくなんて……」
「温泉が大好きなご主人様です……。その、普段はもっと温厚で優しくて、面倒事は避ける方なのですが……」
残念ながら最高の温泉で三人を迎えるって決めているんだ。
他人になんて任せられるかってんだ。
「大体おめえ、浴場なんて作った事あんのか?」
「ねえよ。何処の世界に浴場作った事あります。何て素人がいるんだよ」
「だったらダメじゃねえか。ほら、作業の邪魔だ。とっとと街にでもくりだして乳くりあってこいや」
「乳くり合う為に俺が作るんだろうが!」
馬鹿か?
馬鹿なのか?
混浴を早く、より素晴らしく実現させる為に俺がやるって言ってるんだぞ?
やはり馬鹿だな。ばーかばーか。
「……堂々と言うんじゃねえ。いい大人が恥ずかしくねえのか」
「恥ずかしくない! 俺は! 混浴の為に! 浴場を作るんだ!」
恥ずかしいはずがない。
だって、今の俺の心の方向は全てそこに向いているから!
皆が帰ってくる日を楽しみにしつつ、混浴をいまかいまかと待っているのだから!
「はー呆れたやつだな……。わかった。そこまで言うならお前さんがやれ。ただし、早く完成させようとして手抜きの駄作を作ったら俺が叩き壊してやる」
「上等だ頑固親父。てめえこそ俺の温泉に相応しくない建物建ててみろ。即行で焼き払ってやる」
ふんっ、とお互い反対に向かって歩き出す。
すると、俺らのやり取りを見ていた若い衆達から拍手が起こっていた。
なんだ? どうした?
そんな事よりも見てろよ頑固親父。
俺の経験と脳内妄想による構想を。
元の世界でどれだけの数の温泉で、疲れを癒してきてると思ってるんだ。
わざわざ遠方まで出向いて温泉に浸からなきゃやってられない事だってあるんだよ!
「ウェンディ、源泉のところに行くぞ」
「は、はい!」
「あ、それなら私も行った方がよさそうですねえ」
「ああ、案内人さんも頼む」
「はいはーい」
正直この案内人さんは色々と不安ではあるのだが、シロは……用事だからな。
護衛をどうするか気にしているようだったが、案内人さんがかって出てくれた時に安心していた様子なので実力も、中身も……まあ問題は無いのだろう。
「ちなみに場所はどこぞで?」
「えっと、この林の奥ですね」
「ふむふむ。もしかしたらですが、館の敷地内になるかもしれませんね」
「ん? 敷地ってここと館だけじゃないのか?」
「昨日交渉して裏の山の一部も含めておきました! 褒めてくれます? できればボーナスもくださいな!」
すーげえ。
本当、優秀な人だなあ。
敷地内であれば、色々と隠蔽するのも楽になるし助かるわ。
でも、どうやって温泉を引くかとかこの人は知らないんだよな?
どうして、交渉なんてしてくれたんだろうか。
「ああ、わかった。ボーナスは弾ませてもらうが、守秘義務を追加するぞ。これから先、見たものは他言禁止だ」
「おおお? なにやらお金の匂いがしますね! いいですよーいいですとも。料金次第では何だって黙りますよー」
いいね。お金で結ばれた信頼って。
ただし、口止め料は高くついてしまいそうだが……。
「っとそうだ。親方」
「ああ? まだなんかあるのか?」
「おう。真っ先に適当な小屋を建てといてくれ。場所は浴場の近くのこの辺だな。人が二、三人入れる程度の掘っ立て小屋でいいからさ。すぐ出来るか?」
「当ったり前だ。それより、何に使うんだよ」
「簡易錬金室。俺、錬金術師って言ったろ?」
「ああ……そうだったか。わかった。戻ってくるまでに造っておいてやる」
「ありがとさん。それじゃ、行ってくるかー」
流石職人。過去の事を引っ張るような女々しい性格はしていないな。アレはアレ。コレはコレと。
ウェンディと案内人さんを連れて裏の森林の中に入っていく。
っていうか、舗装されていないから急勾配だし、ところどころに雪があったりとこれはなかなか……。
空間魔法で移動……は流石にまずいか。
仕方ない。自力で上るとするか……。
「もう少し先ですね。……大丈夫ですか?」
「ぜぇー……はぁー……だ、だいじょうぶです……」
まじか。
ウェンディったらあんなに重いものを二つも乗せている癖に全然疲れてない。
おかしい。ベッドの上ならば先にへばるのはウェンディなのに……。
「体力ないですねえ。これは、夜はあんまりですか?」
「はぁ、いやいやいや。それはそれだから……」
「そうですよ。ご主人様は凄いんですから!」
「へぇー。ほぉー。ふぅーん。お二人はもうそういう関係なのですねぇー」
にやにやと笑う案内人さんからは、大分余裕が見て取れる。
というか、俺が苦労して登った坂をぴょんぴょんっと跳ねるように進んでいくんですけど。
女の子って、たくましい。
「あ、ここ……ですね。うん。この真下に水源があります」
「へぁー…………。ぜぇ、ふぅ、へぁー……」
「あらら、呼吸がやばめですよ? 大丈夫ですか? 人工呼吸いたしますか?」
「だ、大丈夫……。でもごめん。ちょっと休憩させて……」
無理無理無理。
普段から運動不足だとは思っていたけど、こんな山道をすいすい進むなんて無理だ!
っていうか二人とも早い! 息切れしていない!
なんで!? 案内人さんはともかく、ウェンディはなんでだ!?
「ご主人様。お水です。元気が出るおまじないをしてありますよ」
「はぁ……あり、ありがとう……」
ウェンディからの水を受け取り、一気に飲み干すと少し落ち着くことが出来た。
「はぁー……ふぅ」
「落ち着きました? それで、どうするんですか? 掘るんですか?」
「いや……」
空間座標指定発動。
指定源泉。それでもって俺の座標と比べて直下、または付近にあるものを探してっと……。
お、こいつだな。
そんじゃ、指定位置に吸入。サイズは小さめで……っと。
おー。入ってく入ってく。
これは、魔法空間を圧迫しそうだな……。
登録機能を使って、この位置を登録だけしておくか。
それじゃ、排出で確かめてみますかね。
吸い上げた温泉を、掌の先から排出してみる。
すると、真っ白な湯気を上げて液体が飛び出してきた。
「えええ!? なんですかそれ!? どうして温泉が掌から!?」
「秘密。手品だ手品」
「ええー。いいじゃないですかぁー。教えてくださいよぉ」
「ダメだって。守秘義務の料金が高くつくだろ」
「ちぇー。でも、その力があればこの街で引っ張りだこになりますよ? どうです? 一儲けしてみません?」
「いいよ。めんどくさそうだし……」
それに俺の魔法空間を更に圧迫してまですることじゃないしな。
「ウェンディ、これ温泉であってるよな? 鉱害とかの影響はなさそうかな?」
「大丈夫……そうですね。ちょっと温度が高いので、それだけ気をつければ良さそうです。お肌もスベスベになりますし、切り傷、打撲、肩こり、腰痛、冷え性などにも効果がありそうですね」
「お、そいつはいいな。それじゃあこいつに決定だ」
温度調節は、また考えればいいか。
湯畑で見た循環路みたいにすれば、冷ましながら適温に出来るだろう。
そればっかりは親方に手伝ってもらわないとかもしれないが……。
「え、もう戻るんですか? ここからどう温泉まで流すかとかを決めるのでは?」
「いや、一先ず戻ろうぜ。温泉の確認が出来たから問題ないしな」
うっし、これで源泉の方は問題なし、と。
次は浴場の構想を練って、石を加工。
それに、排水関係も確認しないといけないな。
やることが、多いなあ……でも、あいつらも頑張ってるんだから、俺も頑張らないとだよな。
「それじゃあー下るんですけど……えっと、抱えましょうか?」
「……悪い、道が酷いところは頼む」
「りょうかいでーす。お姫様だっこと、おんぶ、正面からのだっこどれがいいがですか?」
「……正面からの、いや、おんぶで……」
「あのあの、私が……」
「いや、流石に無理だろう……」
それに、ウェンディにおんぶや抱っこなんてされたら……情けなくて5、6時間は錬金室に篭って悶えそうだ。
出来れば運ばれている時も見ないでください。
ウェンディの前では格好悪いところはあまり見せたくないな、と思ったのだが、わりと普段から格好悪いところも見せてるな。
諦めて案内人さんの背中に乗せてもらうことにした。




