6-17 温泉街ユートポーラ いってらっしゃい/いってきます
遅くなりました!
そして、長くなりました……。
今日は出発の朝……の、はずなのだが。
この惨状は一体……。
俺の布団は綺麗なままだ。
寝たときと変わらず、真っ直ぐに乗っていて捲れてすらいない。
だと言うのに左を向けば布団がぐにゃりと乱れており、アイナがいたはずの場所にレンゲが。右を向けばレンゲがいたはずの場所にアイナがいる。
二人の掛け布団は、何故か敷布団化しているし、更にはどちらも服が半脱ぎの状態なのだ。
首だけを動かしてみているので、全容はわからないが、レンゲはもしかして下は何も履いていないんじゃなかろうか……?
アイナも、背中が見えているので上のシャツがめくれ上がっていると思われる。
二人とも反対側を向いてしまっているのだが、多分そうだと思う。
そして、起き上がろうにも起き上がれない理由。
おなかの上に乗ったままの感触。
頭すら出ておらず、もこっと布団が膨れているのはきっと昨日のままソルテがいるのだろう。
ただ、俺が気になっているのは布団の上に乗っている布キレだ。
俺の記憶だと……これは下着と言うのではなかろうか。
サイズ的に……レンゲかソルテだと思うんだけど、マイクロな物をアイナさんが着ていた、という可能性も捨てたくない。
ただ、うん。
これソルテのだと思う。
だって、布の感触がないんだもん。
服を着てないんじゃないかな? って思うよ。
あと、多分逆さになってる。
うーん……布団をめくるべきか、めくらぬべきか……。
悩む事0.5秒。
「せいっ!」
覗きこめるように両手で布団を持ち上げる。
すると……。
尻があった。
横向きの尻である。
ふさふさの、尻尾がついた尻である。
寒いのか、尻尾を丸めてしまうが尻だ。
尻以外の何者でもない。
尻。
どうやって布団が綺麗なまま半回転したのだろう。
謎だ。
そして、どうして服を着ていないのか……。
あと、この状況……大変まずいのでは?
もし今起きられたら大変まずいのでは!?
「んん……」
ふぁさっと尻尾が動き、俺の顔付近を撫でる。
あ、いけない……。
「はっ……はっくしょん!」
体がビクンと刎ねると同時に、ソルテもビクリと動き身体をもぞもぞとさせる。
やばい! 起きたか!?
くしゃみの拍子に布団から手を放し、両手を挙げたまま停止してしまう。
これはあれか?
まだ寝てますよーとした方がいいだろうか?
あ、動いてる。
身体を回転させてる。
「ん……しょ。あは、まだ寝てる……」
いや起きてます。
薄目にして観察してます。
お前さんまだ随分眠そうだよ?
というか目がまだ半開きだよ?
「んんー……」
すりすりっと鎖骨辺りに顔をこすり付けられると、耳がね顔をくすぐるんですよ!
耐えろ!
今回は耐えろ!
今くしゃみはだめだ!
「んふー……。すぅ……ふー……」
寝息がわかるほどに近い。
というか、俺から見えるのはソルテの頭部だけだが。
「んん……」
「んうー……」
可愛い寝言と共にアイナとレンゲが寝返りを打ち、両サイドを固められる!
手はまだ上に上げている状況で、隙間なくサイドを埋められると降ろす場所が……ない!
「っっ……」
やばい、腕が疲れてきた……。
右を見ればアイナの寝顔。
左を見ればレンゲの寝顔。
下を見ればソルテの頭。
ど、どないせいっちゅうねん。
……もしかして、皆が起きるまで俺はこの体勢のままなのだろうか……。
朝食をとり、出かける支度を始める。
結局あの後は枕の下に手を突っ込み、寝ながらストレッチ状態を取る事となったのだった。
「結構な荷物だな……」
「まあ、何日掛かるかもわからないからな」
荷物を積み込んでいるアイナの様子を見つつ、自分の頬をさする。
「……痛そうだな」
「まあな」
頬に出来たマンガのような紅葉のような手の平の痕は、ソルテによるものだ。
あの後寝ぼけながら起きてきたソルテが起き上がり、自分の状態というか、ほぼ全裸で跨って乗っている。という状況に咄嗟に手が出てしまったのだと。
まあ、俺が硬直したソルテに「ナイス!」と親指を立てた事で起こったと思えなくも無い。
「悪気は、無かったと思うんだが……」
「わかってるって、突然で恥ずかしかったんだろうさ」
その後、何度も何度も謝られたのだが原因の半分は俺のせいだしな。
うん。おあいこって事にしようと思った。
むしろ、裸を見てビンタ一発で済むなんてソルテにしては成長した方だと思うことにした。
「それに、アイナも見られてるわけだし……」
「それは……別に、構わないが……」
いやいやいや。眼福でございましたよ?
まだ眠そうな目をしたアイナが、シャツが上までめくれあがっている事に気づかず、俺のほうを向いて頭を下げて挨拶をしてきたんだから。
そのときの衝撃たるやもう。
たゆーんって。
たゆーんって音が聞こえたからね!
あ、おっぱいの音だ! ってすぐわかったからね!
ほかのぱいじゃ出せないよねーあの音は。
その後、ソルテに指摘されて徐々に顔が真っ赤になっていくアイナね。
あー可愛かった。
胸をすっと隠して、涙目で困り顔のまま
「……凝視されるのは……流石に恥ずかしいぞ」
なんて、なんてもう、くはあ、たまらぬ!
あれだけでご飯3杯いけそうだったわ!
「主君? どうした? 枕に顔を押し付けて……。まだ眠いのか?」
「大丈夫です!」
ふう、危ない危ない。
今はアイナと二人きりだが、襲いかかるわけにはいかないからな……。
今朝から大活躍だぞ。俺の理性。
「あ、そうだ。これ持っていきな」
手渡したのは魔法の袋(小)。
「中に回復ポーションとか、万能薬とか詰め込んでおいたから、好きに使ってくれ」
回復ポーション(小)や(中)を持っていくのなら、(大)の方がいいだろうと詰め込んである。
さらに、万能薬も余分に入れてあるので状態異常にも対処できるはずだ。
「……いいのか? 魔法の袋自体が、高価な物なのだぞ」
「まあでも、こっちの方が便利だろ?」
「それはそうだが……」
一応借り物ではあるが、隼人ならばわかってくれるだろう。
それに……いざとなれば買って返すくらいは出来る。
そのいざを少しでも無くす為に渡しているんだけどな。
「ならば、今回は甘えさせてもらおう。必ず帰らなければならないからな」
「おう。絶対だぞ」
「ふふ、そんなに混浴が楽しみなのか?」
「当然」
「大丈夫さ。主君に用意してもらったポーションがこれだけあるんだ。必ず帰って、どうせなら主君の背中を流させてもらおうかな」
「お、なら俺もお返しで洗わせてもらおうか。そりゃあもうあます事無く全身を!」
手をわきわきとしながら冗談交じりで言ってみた。
アイナは困った顔をするかなと、思ったのだが予想外な事に微笑んでいた。
「そうだな。せっかくだし、頼むとしよう」
ぴたっと動きを止めてしまう。
え、ええ……いいの?
いいって言われたら、俺は本当にやるよ?
うわ、そうと決まったらあれだ。
スライムの皮膜でマット作らなきゃ!
ぬるっぬるのローションも作っちゃおうかな!
「ふふ、楽しみだな」
「身体を洗われるのが楽しみになるのか?」
「楽しみだよ。主君がそんなに楽しそうにしているのだからな」
いや、まあ俺はもの凄く楽しみなんだけど。
むしろ楽しませてもらうというかなんというか。
アイナはそういって笑いながらも、荷物を詰める手を止めず残りの荷物を全て2つのリュックサックにしまい終える。
「うっし、それじゃあいくか?」
「ああ。行こうか」
先に扉を出て、振り返るとあんなにも大きく膨らんだリュック2つを軽々と両肩に背負うアイナ。
俺が見ていることに気がついたのか、アイナが微笑みそのまま――
「がっ」
そのまま……扉を通れず、仰向けに倒れてしまっていた。
ま、まあ両肩に背負うと広がるしな……。
「しゅ、主君……頼む。見ないでくれ……」
「胸を見たときよりも恥ずかしそうだな……」
一生懸命に起きようとして起き上がれないアイナに手を貸し、一度荷物を降ろして横にしてから通すという方法で切り抜けたのだった。
「遅いわよ。二人っきりだからって変な事してたんじゃないでしょうね?」
ユートポーラの門の付近にある少し広がった場所で、先に待っていたソルテやシロ達と合流する。
「してたらもっと時間かかるっての。それで、補充分は買えたのか?」
「ちゃんと買ってきたわよ」
たいまつ用の油とたいまつは元からこっちの街で買う予定だったらしい。
本来ならば昨日買い揃えるはずが、昨日は俺のお家見学に時間を取ってしまったからな。
「アイナ、片方持つっすよ」
「いや、レンゲとソルテは道中の敵に専念してくれ。それに、結構重いからな」
「そうっすか? あ、それご主人の魔法の袋っすね? 借りたんすか?」
「ああ、回復ポーションも沢山入れてもらってあるぞ」
「おー! それは心強いっすね! 遠慮なく使わせて貰うっす!」
「……ありがと」
「おう。……忘れ物はないか?」
「ああ。先ほど確かめたから問題ないはずだ」
そりゃそうか。
アイナは確認しながら荷物を詰めていたしな。
「皆さん……気をつけてくださいね」
「ウェンディも、主様が変な女に騙されないように見張っておきなさいよ?」
「そうですね……はい。承りました」
いやいやいや。
そんなに俺はチョロくないぞ?
ちゃんと女性を見る目はあるほうさ。
「シロはなんか言わないんすか?」
「ん? 今は特に無い」
「今はっすか?」
「ん。帰ってきたら、おかえりって言う」
「おー。じゃあ自分はただいまって言うっす!」
「ん」
シロとレンゲは屈託のない笑顔で笑いあい、パアンと手を合わせていた。
「それではな、主君」
「ああ、待った! その前に……」
皆からの注目を集め、魔法空間に手を突っ込んでアクセサリーを三つ取り出す。
取り出されたアクセサリーは、当然俺が精魂込めて作った彼女達に渡すあのアクセサリーだ。
「「「わぁ……!」」」
「あー……その、な。まあなんだ……安全を祈ってというか、俺からの餞別だ……」
んんー改まると恥ずかしいな。
さりげなく魔法の袋に入れて渡すって手もあったかもしれないが、やはり直接渡すべきだろう。
「凄いっす……きらっきらっすよ?」
「ああ、美しいな……」
「まあ、実用的だけどな。能力は防御(大)に魔防御(大)、あとは耐状態異常(大)と、非劣化それと、それぞれステータスの内の一つが(大)になってるから」
「能力向上(大)が四つって……」
「それに非劣化ってのもやばいっすよ……」
「これだけの物だ。デメリット効果はないのか?」
デメリット……?
デメリットか。
強いて言うならば、固有所持者って事くらいだよな?
能力が下がるなどはなかったはずだ。
「んー、一応専用装備って扱いみたいだぞ。裏に名前を刻んであるから、お前らじゃないと、効果は発動しないみたいだ」
「なっ……」
「専用……主様が、私達の為に……」
「っ……主君!」
「うおお……」
三人がぎゅーっと抱きついてくる。
鎧越しだったりして、実は気持ちいいよりも少し痛い。
あと、落しそうだったからな! 気をつけて!
「ありがとう!」
「ん、おう。大切にしてくれよ?」
「当たり前っすよ! 肌身離さずつけておくっす!」
いや、風呂の時なんかは外してもいいんじゃないか?
いや待てよ。
一糸纏わぬ姿も良いが、1ポイントならば許されるか……?
「主様ぁ……」
「おいおいおいおい、ちょっと待てどうした!? 何で泣く!?」
「だっでぇ……。わだし、今日叩いちゃったのに、嬉じくてえええ……」
おおお、いやそこまで喜んでくれるのは正直にいって嬉しいんだけど、服が! 服が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりそうだ!
「いやだからそれは、お互い様だし……。ああ、もう……よしよし。受け取ってくれるよな?」
「うんんー! ありがどうー!!!」
泣きながら、笑ってらっしゃいます。
よしよし。
「主君……。とても嬉しい。ありがとう」
「ん、おう。俺も喜んでもらえたなら作ったかいがあったよ」
「あの忙しい中で作ったのだろう? 大切にさせてもらう」
なはは、あー照れる。
よし、とりあえず引き剥がして渡してしまおう。
「その……出来ればだが主君につけてもらえないだろうか」
「ああ、わかった。よし、それじゃあ並べー」
俺の声で三人が横一列に並ぶ。
レンゲから順番にだな。
「レンゲはこれな。いつも快活で、笑顔が華のように美しく、太陽のように暖かい。そんなイメージで作ったんだ」
「えへへ……照れるっすよお……」
クネクネっと動くレンゲのせいで、留め金が付け辛い。
ちょ、動くなっての……。
「ご主人、んー」
「よし、終わったぞ」
「……いけずっす」
いやあ、こんな往来でするわけにもいかないでしょ?
そういうのは帰ってきた後な。
次はアイナだ。
「アイナは、やっぱり炎だな。象られた炎は揺らがない。そして消えない。アイナの真面目で真っ直ぐで、熱いところと、噛み合ってるんじゃないかな?」
「私にとって炎とは忌むべきものなのだが、主君に言われると、素直に嬉しく思えるよ」
「俺にとってアイナはなんであろうと、変わらずアイナだからな」
「ふふ……。ありがとう、主君」
アイナが自分の長い髪を持ち上げ、首に回しやすくしてくれる。
「……どうだろうか?」
ふぁさっとあげていた髪を下ろし、流してクルリと回ってみせる。
「よく似合ってるよ」
「ふふ、主君と離れていても近くに感じられそうだ」
アイナは何度も愛おしそうにネックレスを撫で、その感動を心に刻んでいるように見える。
「えっと……最後はソルテなんだが……」
「ん……」
ぐっと胸を張り、上目遣いで見つめるソルテ。
瞳からはもう涙は流れていないが、まだ目が潤んでいるように見える。
「泣き虫」
「うるさいわね……。いいでしょ、嬉し涙なら」
「はは、いいよな。嬉しいよ」
ぽんぽんっと頭を軽く撫で、前から後ろに手を回し金具を繋ごうとしたのだが、ソルテが、何故か繋ごうとするたびに動く。
「あのね、主様が私達を想って、こんな素敵なものを作ってくれて凄く、凄く嬉しいの。言葉で言い表せないくらいに嬉しいのよ」
その際に、段々と顔が近づいていっていたのに、俺は気がつくことが出来なかった。
「わかったから、動くなって……」
「だからね」
「付けにく……んん!」
「「「「ああっ!」」」」
……触れ合ったのは、ほんの1秒あるかないか。
ネックレスをつける為に、かがんではいたのだがソルテは精一杯背伸びをして、唇を押し付けてきていた。
ふっと、間近に感じていたソルテが離れ、それと同時にネックレスは無事に着けることができていた。
「えへへ」
「おまえなあ……」
「仕方ないじゃない。したくなっちゃったんだもん。この感謝の気持ちをどうすればいいのか、わからなかったんだもん!」
ソルテはクルリと回って、悪戯が成功した子供のように屈託のない笑顔でニカっと笑った。
「もん! じゃないっすよー! ソルテそういうのは全部終わってからって言ってたじゃないっすかー!」
「そうだぞソルテ! ちゃんとするって約束だろう!」
「だから、したくなっちゃったんだもん」
「だからもんですますなっす! ほら! 現正妻ポジのウェンディも言ってやるっすよ!」
「え、え? 正妻? 私がですか? いいんですか?」
ノーコメントで。
争いの種は生まない主義なのです。
「あくまでも自分から見た現っすからね! 今そこに食いつかないで欲しいっす!」
「えっと、でも……良い悪いはご主人様が決める事ですし……」
良い悪いで言っていいなら、勿論良いですよ?
ええ、良いですとも。
というか、ここにいるメンバーなら何時いかなる時でもウェルカムですけどもね!
「なーに言ってるんすか! このままじゃおっぱい正妻のウェンディが、ちっぱいツンデレのソルテに正妻ポジを奪われるっすよ! つまりこれは! ご主人の好みが変わるかもしれない大ピンチって事っす!」
「はっ! ソ、ソルテさん! 殿方にいきなり口付けなんて、いけませんよ!」
「なーに言ってるのよウェンディ。私、知ってるのよ? 主様が寝た後……アレをし終わった後は、何をしても起きないからって毎夜毎夜」
「ソルテさん!? い、いいい一体何を言うつもりですか!?」
ん?
なんだ?
興味ある話だぞ。
アレ……は置いといて、毎夜毎夜なんだ?
ソルテほら! 続きをはよう!
「ん、主が寝ているのをいい事に何回も」
「シロも知っているのですか!?」
「当然」
「どうしてですか!? しっかり皆さんが寝ているのを確認してから……はっ、まさか寝たふりですか!?」
「私はおっぱいだから、ウェンディに付けばいいのだよな? うん。ウェンディならば別にアレくらいしても主君は許してくれると思うぞ?」
「アイナさんまで!? 許すとか、許さないとかじゃないんです! は、はしたない女だと思われたくないんです!」
「んーまあ、正直寝たふりしながら羨ましくて歯を噛み砕きそうだったっすけど、でも帰ってきたらアレくらいならしてもいいってことっすよね?」
「そうなるわね。それに、アレに比べたら私がいました事なんて可愛いものじゃない」
「いや待て。それとこれとは別問題だ!」
ふう。
やっぱ、湿っぽいのは俺たちには似合わないよな。
こう、騒がしく、姦しいくらいが調度いい。
だから、早く帰って来いよ。
待ってるからさ。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「「「行って来ます!」」」




