6-16 温泉街ユートポーラ 出発前夜
いかつい男の集団の先頭に立つ男。
この男が間違いなく、『アマツクニ建造木工組合』の棟梁だろう。
白髪交じりだが、筋骨隆々でまだまだ働き盛りの男。
そして、先頭に立ち若い衆と見られる男達を従えているのだから話を通すならこの男か。
そしてこの男、一言で言い表すならば手を抜く事が出来ない職人といった印象だ。
「いいか。この場所に目をつけたのは俺たちが先だ! 遠目からでも目に付くこの場所に――」
「ふふふ」
「っておい……何笑ってんだ?」
「あっはっはっはっは!」
「うお! お、おい? 大丈夫か?」
今のこの状況を笑わずにいられるわけが無い。
アマツクニだぞ。アマツクニ。
アマツクニ式の建造をする男達だ。
「ご主人様? どうされたのですか?」
「いやー悪い。こうまで上手く行き過ぎると、流石に笑わざるをえなくてな。本当に、隠しステータスがある気がしてきたよ」
しかも使節団だ。
つまり、住むことが目的ではないのだろう。
建物を建てて、アマツクニ式の建物を広く知ってもらうといったところだと、予想できる。
ならば、利害は一致するはずだ。
「なあ棟梁。いや、親方の方がいいか?」
「お、おう。どっちでもいいけどなんだよ」
「俺に雇われないか?」
「ああ?」
「つまり、この館と温泉は俺が貰うが、建物の建て直しはあんた達に頼みたい」
「なんだと?」
「なに。そう悪い話でもないだろう? あんた達は家を建ててアマツクニ式の建物を広められる。俺は家を建て直せる。お互いに利のある話だと思うんだが……どうだ?」
しかもアマツクニ式と言う事は和風の建物なはずだ。
俺にとっては温泉といえば、和風の建物とセット。
ならば彼ら以上に適任な男達はいないだろう。
「悪いんだが、そいつは出来ねえな」
「え……」
あっれえ? ドヤ顔で言っちゃったぞ。
今すごく恥ずかしいんだけど……。
「使節団の取り決めで、報酬を受け取るわけにはいかねえんだ。だから依頼は受けられねえ」
あー……なるほど。
あくまでも国からの仕事であって、余所の国の人間から報酬を貰ってやるわけにはいかないと。
うーん、別に得する分にはいいじゃんと思わなくもないが流石は職人気質。って感じだな……。
ならば、
「じゃあ材料費は全て俺持ちってんならどうだ?」
「ああ? 材料費ってえと、木材か?」
「そうそう。報酬じゃなけりゃいいんだろう?」
「そりゃそうだが……。いいか。建築用の木材ってのは安くねえ。あんたは見たところ貴族には見えねえ。その上この建物に1000万も払って金はあんのか?」
「予算は1億。高級な木材で作るアマツクニ式の建造物だ。使節団として建物を建てる以上、良い物にしたほうがいいんじゃないか?」
「1億……」
「足りないか? ある程度なら増やしてもいいぞ?」
予算は元々1億ではあったが、温泉地にアマツクニ式の別荘が建つのならばある程度は許せる範囲だ。
男の憧れの一つ、別荘。
避暑地か、温泉地かどちらでもいいが、持ってみたいとは思っていたんだ。
「……なんだって俺たちに頼む。たまたまか?」
「いや。ほかの職人の手が空いてても、俺はあんた達に頼んでたよ」
「……黒髪……だがアマツクニ出身じゃねえな。流れ人か?」
「おう。和と温泉と、俺の女と平和をこよなく愛する流れ人だ」
「はっ。なるほどな……」
棟梁は少しばかり考える。
だが、この時点で考えるという事は少しでも可能性はあるはずだ。
「……朝飯」
「ん?」
「毎日朝飯を付けてくれ。全員分だ」
「わかった。交渉成立だな。手え抜くなよ? 俺はこだわるぞ?」
「抜くかボケ。てめえこそ、材料費をケチるなよ?」
ニカっと笑いあい、ぎゅっと握手を交わす。
痛て、見た目どおり握力強いな。
「いいんですかい親方!?」
「うるせえ! 良いかお前ら……最高級の材料で建築するなんざそう無い機会だ。勉強がてら黙って付いてきやがれ!」
「「「「「「「ヘイ! 親方!!」」」」」」」
おお……野太い声が揃うと迫力があるな。
それに大した統率力だ。
これは……かなり期待出来そうだな。
となると、俺も気合を入れないとだな。
「おっと? ではご購入ということでよろしいですかね?」
「ああ、悪いな。この家じゃあんまりマージン取れないだろう?」
1000万だもんな。
数億の家に比べたら、マージンはかなり減ってしまうだろう。
「いえいえー。お金払いのいいお客さんは好きですからね。私のお仕事分のお金をいただけるなら構いませんよ。……勿論、私を買っていただいてもいいのですけど」
「それはまた今度な。それじゃあ契約してもらえるか?」
「おおおお! 了解です! それでは、ご契約を――」
さて、ユートポーラで待っている間、俺にもやる事が出来たな。
戻ってくるまでに、最高の温泉館を作ろうか。
「ふふふ……こんなボロ家を売れる手腕……。マージンよりも管理者との契約数が増えそうですし、私にとってはいい事だらけですね……」
……この案内人さん、商魂たくましいなあ……。
夜になり、アイナ達がギルドから帰ってきた後。
俺は宿の男女の分かれた温泉に浸かる。
「あー……」
卵の腐った匂いは無いので、硫黄泉ではないのだろう。
だが少し白く濁っており腕を出してなぞると、温泉の効能なのか肌がすべすべになっている。
「控えめに言って最高だが……。やっぱり寂しいなあ……」
露天ですらないし。
圧迫感の強い石壁だし。
女の子達のきゃっきゃうふふといった会話が聞こえてくる様子もない。
まあでも、もしかしてここの壁が厚くなくても聞こえないかもしれないが。
「明日出発だもんな……」
顔にパシャリと、湯をかけ頭にタオルを乗せると目を瞑る。
作ったお守り、喜んでもらえるだろうか。
それと、シロは俺の言ったことをしっかりとこなしてくれるだろうか……。
頼んでいるのは監視だが、それ以外にもシロじゃなくてはならない理由がある。
「帰ってきたら、沢山労わないとな……」
シロに任せている事は、俺だけではどうにもならない事だ。
本音を言えば、ついていきたい。
だが、あまりに足りない実力を補うには時間も無い。
「酷い主だよな……」
「んーん? そんな事無いよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけ……ど? っておいシロ!?」
「ん……?」
「ん? じゃないっての。ここ男湯だぞ」
「シロは子供。問題ない」
「いやそうじゃなくてだな……」
「ほかに人もいないし、来たら気配でわかる」
「いや、一応ルールが……はあ。まあいいか」
「ん」
シロは俺の膝に乗るように重なるが、お湯の中では殆ど体重を感じない。
こんな小さな体に、俺は頼るしかないっていうんだから情けない話だ……。
そんな事を考えていたせいか、膝に乗るシロをぎゅっと抱きしめる。
「……主は色々と心配しすぎ。主が『頼んだ』って言えば、シロは必ず叶えてみせる」
「小心者なんでね。まあこればっかりはな……」
「ん……大丈夫。3人なら、きっと大丈夫。シロも行くから、もっと大丈夫」
「シロの事も、心配なんだぞ……」
「ん……」
そっと抱きしめた手に指を添えられる。
たとえシロやアイナ達がどれほど強かろうと、俺は皆を心配してしまうだろう。
戦いたくないからって、戦闘スキルを取らなかったことを今更ながら後悔してしまう。
まさか、自分にこんなにも大切な人たちが出来るなんて想わなかったから。
「主にぎゅっとされるの、好き」
「熱くないか?」
「少し熱い。でも、やめられない」
「なんだそれ……」
また不安そうな顔をしていたのだろう。
慰めるように話題を反らすシロの優しさに思わず笑みがこぼれた。
更に、ふふっと二人で顔を合わせると、笑ってしまう。
シロがぐうっと身体を任せ、緩んだ俺の手を取り、再度ぎゅっと抱きしめさせるようにしたので、また抱きしめる。
「……なあシロ」
「ん?」
「悪い、頼んだ」
「ん。主も、お家頑張って。皆でお風呂、楽しみにしてる」
「おう。最高の露天風呂のある屋敷で待ってるからな」
それから少しだけそのままの状態でお湯に浸かっていると、流石にシロがダウンしそうだったので出る事にした。
身体を拭いてやり、拭いてもらう。
そして、男湯の脱衣所の扉を開けて出ると、隣の女湯の扉も開く。
「「「「「あ」」」」」
タイミングよく、アイナ達もお風呂から上がったようである。
うん。本当、タイミング良いね。
「ああ、やっぱり! シロ! いないと思ったら案の定ご主人様のところに行っていたのですね!」
「ダメって言われたじゃないっすかー!」
「ん? シロは子供だから、保護者と一緒に入っただけ」
「そんな言い訳が通じると思ってるのかしら……」
「思ってる」
「シロ。もし誰か他の男に見られたらどうする気だったんだ?」
「入ってきた瞬間に気絶させる」
「それは事件だぞ……」
アイナ達の会話を聞き、俺はどうにもこの感じが好きだなあと再確認する。
「主君? 主君からもちゃんと注意しないとダメだぞ?」
「ああ。でも、湯冷めしちゃうし続きは部屋に行ってからな」
今日はせっかく皆で同じ部屋に泊まるのだ。
修学旅行を思い出しつつ、明日の事を考えるとあまり夜更かしは出来ないな……と思いなおした。
部屋に戻ると、まずはベッドを寄せあい、大きなベッドを作る事にした。
あらかじめ、移動させても構わないとの許可は取ってあるので問題は無い。
そしてだが……。
「……なによ」
「いや……そこで寝れるのかな? と」
「仕方ないじゃない。ウェンディとシロが今回は譲るって言ってくれたけど、私達は三人なんだもの。一番軽い私がここになるわよ……」
ソルテのいる場所、それは真上というか、乗ってるというか……。
普段、たまにシロが寝ている俺の上なんだよな。
「嫌なら自分が変わるっすよ?」
「私でもいいぞ?」
両サイドから腕を取られつつもアイナとレンゲがソルテに声をかける。
「嫌なんて言ってないでしょ。いいわよここで……」
「あー……まあ寝れるならいいんだけど……。もぞもぞ動かないでくれ……」
「ちょっとまって。もう少しで……ん、いい感じになるから」
そういいながらもぞもぞ動き、いい位置が見つかったのか動かなくなる。
「それじゃあお布団かけますね」
「ん」
ウェンディとシロが布団をかけてくれると、ソルテは頭から覆われてしまい、布団を掴むと顔をだした。
ちょうど、向かい合って重なったような状態で、下を見るとちょうど頭だけ出したソルテと視線が重なり合う。
「……おやすみ。主様」
「お、おう。おやすみ」
なんか、小っ恥ずかしい!
胸板に感じる感触は小さい。
だが確かに布越しに感じるふよっとした柔らかさ。
更には尻尾のふわっとした温かい感触。
撫でたくなる衝動はあるが、残念ながら両腕は既に確保されているのだ。
両腕に込められる力も増え、抱きしめられるように柔らかい感触に包まれる。
女の子で密閉されたような感じだ。
特有の香りに囲まれ、くらっとしつつも耐える。
耐えねばならん。
果たして今日俺は……寝られるのだろうか……。




