6-15 温泉街ユートポーラ 絶望の中の希望
頼む、嘘だといってくれ。
ああ……くそ。
世の中なんでこんなに理不尽なんだ……。
「あー……打ちひしがれているところ、本当に申し訳ないのですが一部の貴族が、宿の温泉を貸切っておいたを働いたとかで、一時的に温泉が使えなくなる出来事がありまして……。その結果、ユートポーラに湯治に来たお客様にもご迷惑が掛かるという事で……」
おいたってなんだよ……。
ああ、混浴でおいたといえばピンク色な出来事しかないよな……。
畜生……貴族って言ったか。
一体何処の貴族だ。
判明したら『タタナクナール』をお見舞いしてやる……。
うちのシロ様をけしかけて秘密裏にタタナクナールしてやる……。
「ご、ご主人様……実家に戻ればお風呂がありますよ!」
違う。違うんだウェンディ。
お風呂での混浴と、温泉での混浴では微妙に違う夢なのだ。
膝枕で上を向くか下を向くかくらい違う事なのだ。
「混浴って、そんなに大事なの?」
ああ、大事だともソルテ。
俺の目的の第一はお前達が心配だから。
でも第二、第三、第四は混浴だ。
背中を流したり、流してもらったり、マッサージをしたりと楽しみにしていたのだ。
そして当然温泉地ならば露天風呂だ。
誰に構う事無く開放感のある露天風呂を皆と楽しみたかった。
アマツクニ産のお米のお酒を熱燗にし、温泉で酌をしてもらって飲むのも楽しみだったんだ。
手酌じゃ寂しいんだよ……。
ああ世界が暗い。
こんな世界じゃアイナ達が戻ってきた後、背中を流してやる事すら出来ない……。
なんて、残酷で悲しい世界なんだ。
「あの!」
「ん……」
「手が無いわけではありませんよ?」
案内人さんの一言で、背中から後光が見えるような感覚に囚われた。
天からの救い。
まさかの、大逆転である。
もしかしてこの案内人、女神様からの使いだろうか?
「確かに宿や公共の温泉では無理です。ですが、私有地であれば、問題はありません! つまり……家を、別荘を買うというのはいかがでしょうか!」
「そ・れ・だ!」
「いやいやいや……主君? 家を買うって、そんな簡単に決めるものでは無いぞ?」
「だが、それしか方法はないんだろう?」
「はい! それしかありませんね!」
「じゃあ仕方ない」
「いやいやいやっす……。混浴の為に家を買う人が何処の世界にいるって言うんすか」
くいくいっと自分の事を指差す。
ここにいるよっと。
「……あ、これ駄目なやつっす。聞く耳もってない感じっす」
「そうね……。これ駄目なやつね。ウェンディ、貴方からも何か言ってあげて!」
「えっと……でも、未だかつてない程にご主人様が望まれていますし……」
「そうは思うが、ちょっとした金額のレベルではないからな……」
「えっと……ではお金は大事にしないと……ですよ?」
「それはわかってる。でも、頑張って働くから! また錬金頑張るから!」
財布の緩い俺の心配をしてくれているのはわかる。
だけど!
お願いしますウェンディ様!
紅い戦線の皆様!
俺は、俺は混浴がしたいのです!
この地で、天然の温泉で混浴がしたいのです!
その為ならば頑張りますから!
どうか!
どうか!!
「主、泣いてるの?」
「えっと……あの……ここまでおっしゃってますし、ご主人様が望んでいらっしゃるなら……仕方ないのでは無いでしょうか?」
「そう……ね。元々主様のお金なんだし。どう使おうと主様の好きに使うのが一番……よね?」
「ん。シロは主と一緒に入りたい」
「そうっすね……。まあ、ご主人の中では決定事項っぽいっすしね」
「一先ず物件を見てから決めるというのはどうだ? 下手なものを無理に買うようなら止めるということで……」
「そうしましょ。今の勢いなら変な家でも、温泉があるなら買いそうだし……」
「イエス! ありがとう皆!」
俺の説得が効いたようだ!
諦めているようにも見えたが、きっと説得が効いたんだ!
「あのー……盛り上がっているところ悪いんですけど、先に言っておきますね。一応ここ有名な観光地で、療養地ですから。お値段も張りますし、人気の場所は結構埋まっちゃってたりしますよ?」
「とりあえず、とりあえず物件を見に行こう!」
話はそれからだ!
だが、確かにここは観光地で療養地。
とすると、普通の家屋でもアインズヘイルの街の何倍もするかもしれない。
となると持ち金で足りるかどうか……。
少なくとも今現金は2億ノール以上。
3億ノール前後はあるはずだ。
全財産をはたくわけには当然いかないし、となると8000万前後であればいいんだが……。
案内人さんは上機嫌で道を進んでいく。
ああ、なるほど。
家を売ってもマージンが入るのか。
ならばこそ、変な家を売られないように気をつけねば!
「それでは真面目にお仕事モードで。まずは一軒目ですね。……うふふ。マージンマージン」
真面目なのは助かるな。
最後に聞こえたのは聞かなかった振りをしておこう。
「おお……かなり立派だな」
でもまあ当然洋風だよな。
温泉街とはいえ、街並みからして和風な建物はなかったし当然と言えば当然か。
「間取りはこんなところですね」
パアっと広げた紙には、この家の間取りが書いてある。
「え、なんで今持ってるんだ? 取りに行ってないよな?」
「うふふ。お仕事モードの案内人ですから!」
うん。
わからん。
お仕事モードの案内人って、まったく理由になってないからね!
ま、まあともかくこの家の間取りを見るとしよう。
部屋数は……6と。結構多いな。
んで肝心の風呂は……地下か……。
しかもそんなに広くないな……。
「この辺り、立地は申し分ないんですけどね。街の取り決めの都合上あまり温泉を流す事が出来ないんですよ……」
俺の反応を見て、先んじて応えてくれる案内人さん。
しまった。顔に出ていたか。
「でも、街からさほど離れていないので交通は便利なんですけどね。お値段はなんと3億ノールです」
「あー……予算オーバーだな……。出来れば1億前後で探したい」
「1億ですか……。んーそうなると、市街地からは外れてしまいますよ? その分湯量は確保できますが……」
「ああ、温泉優先で、出来れば露天があるといいんだけど」
「あー……露天……露天ですか……んーそれで1億となると……いや、でもあそこは……うーん……」
どうしたんだろう。
珍しく歯切れが悪い。
「露天も無くはないんですけどね……立地上、余所から見られることの無い露天となると、中々もう手がついてしまっていて……。あるにはあるんですけどね……」
「何か問題があるのか?」
「ええ、まあ……。正直、お勧めできるレベルに無いと言うか……。本来ならばさほど悪くないのですが……」
「一先ず見ることは出来ないのか?」
「うーん……えっとですね。実はここから見えるんですよ……」
ずいっと指をさした先。
少し街からは外れた先の、背後には森だか林だかが広がる斜面の先。
そこに、ここからでもわかるほどボロボロの建物が見えた。
「あれ……か」
「はい……」
「確かにあれはな……」
「露天風呂のスペースが二つあるのですが、源泉を引くにも遠く、湯量的にはギリギリ片側くらいですし……。だから買い手が中々現れず、値段も底値の1000万ノールなんですけどね……立て直すにしても、館と温泉を引く為の工事ですと1億じゃとても……」
「ま、まあ一応近くで見てみようぜ」
俺たち一行はボロ屋とみられる建物へと向かう事にした。
市街地からは結構離れており、道は舗装されてはいたが遠い。
階段を登りきると、石畳が敷かれ、入り口までは綺麗に見える。
だが……。
「こいつは……酷いな……」
見るからにボロボロ。
今にでも崩れそう……には見えないが、もう随分と人の手が入っていないのがわかる。
「管理もされていませんしね……。ただ、ここから見える景色や、浴場の広さだけなら立派なんですけどね……」
確かに言うとおり街を一望できる景色は素晴らしい。
だが、明らかに蜘蛛の巣が張っているレベルの建物が大問題だ。
「浴場にはこちらから向かいましょう」
案内人さんは建物を回って浴場に案内する。
どうやら内部には入りたくない様子だ。
うん。俺も虫とか間違いなくいるだろうし建物内部に入る勇気は無い。
「おお……おおお……?」
元浴場だったと思われる場所に着くと、まずその広さに驚いた。
しっかりとした旅館の、岩風呂のように広い。
ただ柵などはなく、今のままではお湯を入れても入れないだろう。
「元々は街を一望できる旅館だったらしいのですけどね、でも何らかの影響で温泉が流れなくなり、閉鎖してしまいました。温泉を流すには莫大なお金が必要になり、持ち主は泣く泣く手放したみたいですね」
なるほど、男女で分かれて入っていたのか。
だから二つあるのだな。
ただ、コケが我が物顔で生えまくり、雑草も自己主張が激しい。
更には背後の森林から風に乗ったであろう葉や枝まで散乱している状態だ。
「しかしこいつは……」
「本来ならば、季節によって紅葉を楽しんだり野生動物が顔を出すなどの自然に近い状態での入浴を楽しめる場所だったのですけどね……」
そうだろう。
露天風呂の楽しみは、溢れんばかりの開放感と、そこから見える景色だ。
海が見えるのも露天も良いが、やはり自然の表情を伺いながら入る露天も素晴らしいものだ。
だが……。
「掃除するにしても温泉が問題か……」
ここの値段は1000万。
ここを再生させたとしても、このボロボロの建物を直し、温泉を引くには1億じゃ足らない。
となると、建物は諦める……もしくは小さな脱衣スペースを作り、宿から通う手も悪くは無い……悪くは無いが……。
やはりどうせなら温泉のあとは付属の建物でゆっくりしたい……。
転移魔法で宿や家と往復をしてもいいのだが、なんか違う気がする……。
「あの、あの……ご主人様」
「ん? どうしたウェンディ?」
なにやら言いにくそうな顔で、口元に手を当てて内緒話をするかのようにそっと俺の耳に顔を寄せる。
「あのですね……近くに源泉ならありますよ? まだ未発見のようですけど……」
「なに!? 本当か!?」
「え、ええ……地下深くではありますけど……。多分、この気配は温泉だと思います」
「詳しい位置はわかるか?」
「はい。えっと、近くまで行けばより詳細がわかると思いますが……」
「ウェンディ!」
「きゃっ」
ぎゅーっと抱きしめる。
ウェンディ凄い!
お手柄だ!
これで温泉をもっと格安で引くことが出来る!
「あわわ、う、嬉しいですけど案内人さんに見られてますよ」
「構うもんか! でも、どうしてわかるんだ?」
「えっとえっと……種族の個性です」
「へえ。便利なんだな! だけどおかげで問題はあと一つだ!」
何の種族なんだろ?
まあともかく、源泉が近くにあるというのはありがたい。
上手くいけば……ただで源泉を流せるだろう。
さて、これで最後の問題である建物だ。
源泉の問題がクリアとなったのなら、建て直す……って手もあるのか。
「この地でこの建物を建て直すとしたらどれくらいかかる?」
「そうですね……建て直しですと普通の家屋と同じくらいの値段かなと。ただ、職人の手が空いていないので随分と待たされると思いますよ?」
「空いていない?」
「ええ。先ほども言いましたが、現在良い条件の露天付きの家は売り切れ状態でして、作れば高く売れる! な状態ですからね……。だから職人達はこぞって露天付きの家を建てている真っ最中なのです」
うーん。
やはりここを訪れる男達の思考は同じか。
混浴を求めて来た哀れな金持ちの男達が、混浴に入る為に家を買うと……。
……多分貴族が多いのだろうけど、どいつもこいつも変態め。
「ん、じゃあそれが出来上がるのを待って、買ったほうがいいのか?」
「……正直、同じ街に住む職人を貶すような言い方になりますが、値段に見合いません。先ほどご紹介した家、あれも最近職人が作った家ですが、あれでマシな方なのです」
「いや、確かに立派だったけど……」
「ええ、建物自体は立派です。しかし、ユートポーラでは一区画に流せる湯量が決まっており、近いところに建物が乱立すると枝分かれを繰り返し、今よりもずっと少ない量のお湯しか流れなくなると思います」
そいつはまずいな……。
それにあの家の風呂は地下であり、6人で入るのにも狭すぎる。
となると……値段や機能的にもここを建て直すしかないんだが……。
職人が出張っているのなら、一時凌ぎとして掘っ立て小屋すら難しそうか。
どうするかと、悩んでいたその時。
「おうおうおうおう! あんたら、どこのどいつだ!」
「ん?」
俺たちの背後からぞろぞろと現れるイカツイ男の集団。
手には大槌や、ギザギザのついた刃物や斧を持っている男が数人。
もしかして、この廃屋状態の館を砦にでもしていた盗賊かなんかだろうか。
同じ事を考えたのかアイナ達が警戒し、武器に手を添える。
いや、でもあの見た目は……。
「俺はアインズヘイルから来た錬金術師だ。ちょっとこの物件を見させてもらってるんだが……。あんた達はもしかして、アマツクニ出身か?」
黒髪が多いって理由だけじゃないんだが、多分間違いないだろう。
あの半纏に、ねじり鉢巻。持っている工具。
もしかしたら縁日の人の可能性も無くは無いが、当たってくれよ俺の予想。
「おうよ! 俺たちはアマツクニからこのユートポーラにアマツクニ式の建物を広める為に来た使節団! 『アマツクニ建造木工組合』だ!」
ビンゴ。
だよな。ほぼ間違いなく大工さんっぽい格好だったし。
持ってるの、剣とかじゃなくて斧とか木槌とかだし。
「この家は俺たちが先に目をつけたんだ! 悪いがあんたは、諦めてくんな!」
その威圧的な態度と、理不尽極まりない言動を聞きながらも俺は歓喜していた。
棚から牡丹餅、瓢箪から駒。
なんてタイミングで現れてくれるんだ。
しかもアマツクニ式? 最高だ。最高じゃないか。
更には使節団だと?
ははは、天は我に味方せり!




