6-12 温泉街ユートポーラ 手遊び
遅れまして申し訳ない……。
さて、数日が過ぎてもまだまだ先の長い道のりを今日もマイペースに馬車を進めていく。
ユートポーラまでは、これでもまだ暫く掛かるらしいが一人ではないので暇で暇でしょうがないという事は無い。
現在は御者にアイナ、その横に俺で、レンゲとソルテは道中の敵の排除を、シロは馬車の荷台の上から周囲を警戒してくれている。
うにょーん。
ウェンディには荷台で俺の頼みごとを引き受けてもらっているのだが、今やらずユートポーラに着いてからでも良かったんだけどな。
縫い物をしてもらっているんだが、荷台だと揺れるし針が指に刺さってしまわないか心配だ。
ふにふに。
今日の天気は快晴。
魔物さえでないのであれば、そのあたりの野原で昼寝でもしていたいような気持ちよさである。
警戒しているであろうシロもだらーんと手だけが垂れ下がって見えている辺り、お昼寝中かもしれない。
寝ていても敵の接近にはすぐに気がつくので、何かを言うつもりはないんだが……少し羨ましい。
今の場所では横にもなれないし、荷台は揺れが酷くて寝難いんだよなあ……。
「なあ、主君?」
「なんだ?」
「さっきから……その……何をしているんだ?」
「ああ、これか? 何か面白くてさ」
先ほどから手遊びとして伸ばしたり揉んだりしている薄水色の生地を見せる。
レンゲやソルテが、周辺の敵を狩って素材を集めてきたのだが、その中に入っていたものだ。
「それは……スライムの皮膜か?」
「うん。なんか肌触りもいいし、伸ばしても元に戻るから楽しくてさ」
だって凄いんだぜ?
掌ほどのサイズで引っ張って伸ばすと反対側が見えるほど薄くなるのに、手を放せば元に戻るのだ。
それに肌触りも、触っていて気持ちよくなる……、すべすべのふとももに触れているかのような感触で良い!
「でもこれ伸びたままにはならないんだな」
「ふむ。ちょっといいか?」
「ん? はいどうぞ」
「スライムの皮膜は、捻りながら伸ばすと元に戻らなくなるんだ」
そう言ってアイナが手を伸ばし、スライムの皮膜を摘むと捻りながら伸ばし、手を放すと本当に元には戻らなかった。
捻りを直しても、伸びたまま固まっておりそこからまた横に引っ張れたりと面白い!
「凄いな! というか、大分薄くなってるけど切れたりしないのか?」
「鋭利な刃物などであればすぐに切れるがな。よっぽど伸ばし過ぎない限りは、スライムの皮膜が切れることは無いぞ」
おおお!
なんだこの楽しい素材!
しかも錬金にも使えそうじゃないか!
「砂漠などの村では重宝しているそうだ。水を汲み置きしておく時などに使うらしい」
「へえ。もう元には戻らないのか?」
「いや、火を近づければ収縮していくぞ」
アイナが人差し指を伸ばし、爪の先から小さな炎を出すとゆっくりと皮膜には当たらぬように近づける。
すると、伸びきっていたスライムの皮膜は収縮していき、元のサイズへと戻っていった。
「なるほど。やっぱりこれ面白いなあ。もっと欲しいけど……あんまりないのか」
魔法空間を見てみるが、個数は5つ。
実験を含めるならば、倍以上は欲しいところだ。
「ん、ならシロが取って来る」
ひょこっとアイナと俺の間から顔を出すシロ。
いや、一応お前さんは警護に必要だし、離れられると困るんだが。
「なら馬車を止めておこうか。馬もそろそろ休ませなければならないし、ウェンディに頼んで水を出してもらおう」
「それもそうだな。お前さんらもご苦労様だ」
ヒヒヒーン!と返事をするように嘶く二頭の馬。
最初は驚いたが、旅を続けるうちに慣れてきたな。
「それじゃあ、取って来る」
「ああ、気をつけてな」
シロはナイフを手にすぐさま駆け出していってしまった。
大方の敵はレンゲやソルテが排除して回っているし、ずっと敵も現れなかったので身体を動かしがてらってところだろう。
馬車を降りて馬の手綱を近くの木にくくりつけたりと、休憩の準備をアイナと進めながらふと疑問を口にする。
「そういえば、スライムって危険じゃないのか?」
某ゲームなどでは雑魚敵扱いだが、俺の中では、剣で斬ってもすぐに再生してしまうようなイメージだ。
「そうだな。多くのスライムは火に弱く、物理には強い。特に槌などでは倒しづらい相手だ。だが、魔石が露呈しているのでそこさえ壊せれば問題は無いな」
「飲み込まれたりしないのか?」
「主な攻撃方法だが、慌てさえしなけばこの辺りのスライムならば問題は無いさ。毒粘体や、毒粘人体ならば危険だが、奴等は薄暗いところに住み着くから、こんなところにはいないからな」
「へえ。人型とかもいるんだな」
「ああ、何でも美しい女人の体つきだそうだ。……主君、出会っても飛びついちゃ駄目だぞ?」
「飛びつかないよ……」
周囲にこれだけいい女を侍らせているのに、毒や魔物とわかっていて飛びつくわけが無いだろう……。
準備も終わり、馬達の方へ近づいて一頭の頭を軽く撫でると、もう一頭の馬が頭を俺にこすりつけておねだりを始める。
「こら、くすぐったいからやめろって……、ああ、わかった! わかったから!」
二頭両方の頭を撫でると、どちらも気持ち良さそうに目を閉じてされるがままに頭を撫でられていた。
「主君は馬にも好かれるのだな」
「たまたま人懐こいんだろ。それに、ご飯を上げるのは俺の役目だからな」
魔法空間からキャキャロットを取り出すと二頭は頭を上げてすぐさま噛り付いた。
待て、とかお座りは流石に無理だよな。
「はい、お水も飲んでくださいね」
ウェンディが桶に水を汲み、二頭の馬の前に出すとキャキャロットを食べきった二頭はガブガブと水を飲み始める。
俺達+荷台をずっと引いてきて相当喉が渇いていたのだろう。
水の後にキャキャロットをあげるべきだったかと思うほどの飲みっぷりだ。
「私達も一服しましょうか」
「そうだな。とりあえず俺も水を貰えるかな? お菓子なんかは三人が戻ってきたらにしようか」
魔法空間から簡易な椅子を取り出して広げ、ゆっくりと座って周囲に目を向ける。
魔物の姿も無く、ちょうど日陰になっていて頬を撫でる風が気持ちいい。
最近になって気づいたのだが、ウェンディが放つ水の魔法から生まれた水は、湧き水か! ってくらい美味い。
正直、水に関してはウェンディに任せてしまった方がいいのではないかと思うほどだ。
「はい、ご主人様。どうぞ」
「ありがとう。んっ……はぁ。やっぱり美味いな」
「ふふ、褒めてもお水しか出せませんよ? アイナさんもどうぞ」
「ありがとう。ウェンディの水は本当に美味いからな」
アイナが水を受け取り、ウェンディも自分の分を手に俺の両脇を固めるように二人が座る。
「ふう。あとどれくらいなんだ?」
「うーん……あと3日……といったところだろうか」
「結構遠いな。やっぱり付いてきてよかったな」
片道で一週間以上、往復で二週間。
洞窟の討伐に時間が掛かれば一ヶ月くらいか。
そんな間をやきもきしたまま待ち続けるなんて、ちょっとしんどすぎるもんな。
「主君はユートポーラに着いたらどうするんだ?」
「特には決めてないな……。何日滞在するのかもアイナ達次第だし、観光なんかは三人が戻ってきてからでもいいかなって思ってるよ」
「私達の事は気にしなくていいぞ? どうせならガイド付きで案内してくれるサービスを使ったらどうだ? 私達がギルドに行っている間に、宿を決めるのにも便利そうだ」
「へえ。んー……それじゃあそうするか」
「ああ。私たちもあちらで一泊はするからな。勝手には行かないから安心してくれ」
「おう。勝手に行ったら追いかけるからな」
「ふふ、ならばソルテやレンゲにもしっかり言っておく」
アイナが微笑み、もう一口水を飲む。
なんというか、落ち着いた時間である。
ふいに、肩に重みを感じてみると、アイナが頭を寄せていた。
「アイナ?」
「駄目だろうか……? その、この前のソルテが少し羨ましくてな」
「いや、いいよ」
「ありがとう……」
アイナはそっと瞳を閉じる。
木漏れ日がきらきらと顔を照らし、柔らかな風がアイナの前髪を揺らす。
気持ちのいい日だ。
俺はコップに入った水を飲もうと、アイナが寄りかかっていない方の腕をあげて口に運ぶ。
「えっと……でも、邪魔してしまうでしょうか……でも……」
とても小さな声で考え事をしている様子のウェンディ。
そんなウェンディを見て、コップを置いてから優しく頭を引き寄せて、そっと肩に頭を乗せさせる。
「あ……」
「邪魔なんてことは無いからな。いつだって、遠慮なんて要らないぞ」
「はい……ありがとうございます」
そっと瞳を閉じるウェンディ。
そして、アイナとウェンディの二人に寄り添われ、身動きは取れないが構うはずもない。
俺もそっと瞳を閉じると自然と微笑が生まれ、心の底から休息を楽しむ事にした。
「おー……ご主人、おっぱいに挟まれて幸せそうっす」
「凄いわね……おっぱいって、形、変わるのね……」
「ん……変幻自在……」
「あ、シロそのスライムの皮膜貸してほしいっす。何枚も重ねて胸に張れば自分も……」
「おお。シロもする!」
「あんた達……それでいいの?」
おかえり。それと三人とも、ひそひそ話のつもりなら聞こえないように言おうな。
あと、偽乳は認めないぞ?
感想返しは、体調が治ったら行いますので……少々ご勘弁を……。
年末って、こんなに忙しかったっけ……。




