6-11 温泉街ユートポーラ 出発
ソルテ達が出発する日の朝。
まだ太陽が頭頂部だけをこんにちはさせている時間帯に、俺達6人は玄関へと集まっていた。
アイナやソルテは大きな荷物を背負い、まさにこれから旅路へと出発する直前といえる格好である。
普通なら、ここで送り出す言葉を言うのだろう。
だが、今回の俺はここで送り出すつもりなどないのだ。
「温泉に行くぞー!」
「「おおー」」
「声が小さーい! ユートポーラに、行くぞー!」
「「おおー!」」
テンション高めな俺達三人を余所に、アイナとソルテは口をポカーンと開けたままとなっており、その横でレンゲが笑いを堪えるように顔を伏せ、口に手を当てて耐えている。
「ほら、どうしたソルテ。温泉に、行くぞー!」
「え、あ、お、おおー?」
「アイナも! ユートポーラに、行くぞー!」
「あ、ああ」
二人はまだ事態を飲み込めていない様子である。
「レンゲ、温泉街に行くぞー!」
「おおーっす!」
うん、流石はレンゲ。
臨機応変に対応できるのは素晴らしい事だ。
「ちょ、ちょっとレンゲ!? どういうこと?」
「どういうもなにも、ご主人達も温泉街に行くみたいっすね」
「レンゲ……知っていたな?」
「あ、昨日少し抜けてたのって……」
「ばれたっす」
レンゲが小さく舌を出して、茶目っ気たっぷりで応えるが、二人の目はそれに騙される事は無い。
「やっぱりか……。大切な準備だというのにおかしいと思ったのだ」
「あっはっはっは。まあ、準備はしてるっすから。ご主人がっすけど」
「な、何で先に言わないのよ!」
「いやあー。空気を読んだ結果っすよ。二人のポカーンとした顔、面白かったっす!」
確かに。
二人とも口を開けて、思考が働いていないような顔であった。
あの顔を見れただけでも、秘密にしてもらった価値があったな。
「レンゲ……後で覚えていなさい」
「えええ!? なんでっすかー!? いいじゃないっすかー! ご主人と途中まで一緒に行けるんすよ? 絶対楽しいっすよー!」
「……はあ。そうだな」
「アイナ!?」
「ソルテ。考えても見ろ。主君がこうまで入念に準備を進めていたのだ。先に知っていようがいまいが、この結果にたどり着いていただろう」
「……それもそうね」
はっはっは。
そうだね。たとえ出発の日を誤魔化されていたとしても、追いついていたから変わらないね。
アイナよくわかってるね。
「まあ、なんだ。俺のわがままだからな。本当にいやなら分かれて行くが……どうする?」
「どうするもなにも、馬車の手配は一台しかしていないのだろう?」
「そのとおり!」
「じゃあもう一緒に行くしかないじゃない……」
ソルテが肩を落とし、ため息交じりで呟く。
そんなソルテを励ますべく、こんな言葉をプレゼントしよう。
「どんまい!」
「あーーーん!」
ソルテが肩に乗せた手に、大きく口を開いて近づけてくる。
これはまさか久々のあれか!?
かぷっ!
「痛っ……くない?」
甘噛みだった。
はむはむと、痛くはないのだがジト目のまま甘噛みされている。
「あー……悪かった。でもさ、温泉街にいたら、終わった後すぐに会えるだろ?」
「ううー……」
「ちゃんと約束は守る。洞窟までは行かないから。だから、な?」
「……わかった」
手から口を放し、付いてしまった涎を唇で吸い取りながら渋々返事をするソルテ。
「……でも、私達が討伐クエストに行っている間は、温泉街を楽しむんでしょ?」
「そりゃあ……せっかくだし?」
「それはそれでむかつくわね……」
「なら早く帰って来いよ。帰ってきたら、三人も一緒にゆっくり温泉街を楽しめるしな」
三人が帰ってきたら、一番良い旅館に泊まって労おう。
ゆっくりと皆で温泉につかり、傷も疲れも何もかも癒されようじゃないか。
「色々ありそうだが、楽しい旅になりそうじゃないか」
「そうっすよー。楽しいが一番っす! 暗い顔しながら行くよりよっぽどいいっすよ!」
アイナとレンゲに同意である。
せっかくの6人旅なんだ。
道中の魔物という脅威はあれど、本来の旅は行きと帰りの道中も楽しむものだからな。
せっかくだし、楽しんで行こうぜ!
ゴットゴトゴットゴト。
馬車の振動って、結構お尻が痛くなるのな。
これはクッションか何かを作って持ってくるべきだったかな……。
「はぁ……」
「どうした? ため息なんて吐いて」
御者台に座り、手綱を持って馬車を操縦するソルテ。
「何か……まだ腑に落ちないのよ」
「もう来ちまってんだから仕方ないだろ?」
「そうなんだけど……この前の私の決心はなんだったのかしら……」
「あー……」
それについては……なんかごめん!
決心が鈍るから早めに出たいって言ってたもんな!
待ってるとか言いつつ、途中まで一緒に行く事になってるしな。
「はあ……。主様、絶対洞窟までは来ちゃだめだからね?」
「それはわかってるよ。俺が行っても邪魔なだけだろ?」
以前、誰かを守りながら戦うのは大変だって言ってたしな。
邪魔だとわかっていて、ついて行くなどと言うつもりはないさ。
「そう。わかってるならいいわ」
「おう。だけどソルテも、ちゃんと帰って来いよ」
「……わかってるわよ。大丈夫」
「そうか」
「うん」
そう言ってソルテは頭を寄せて、俺の肩へとつける。
「……ありがと」
「ん?」
「なんでもない。この先は平坦だから、少しこのままでいい?」
「ああ、でも寝ないでくれよ?」
「寝ないわよ」
そういいながらも、少し目を閉じてしまっているソルテ。
「……ずるい」
「ずるいっすね」
「まあまあ……後で皆で交代しましょう」
「ん。前方から敵。5匹」
馬車の梁に座るシロが敵を見つけたらしく、報告が入る。
ソルテは馬車を止め、まずシロが飛び出した。
続いて、レンゲとアイナも荷台から降りるが、ソルテは動かない。
いざと言う時、馬車を動かす為らしい。
「暴れられないのはつまらないけど、役得よね」
そういって一度離した頭を、再度肩に乗せるソルテ。
「甘えたがりな日なのか?」
「そうね。そうなのかも。でも、たまにはいいでしょ?」
「そうだな。新鮮で、普段からそれくらい素直なら可愛いのにって思うよ」
「あら、普段の私は可愛くないかしら?」
「あー……いや。そうでもないな。十分可愛いよ」
「そ、そう……ありがと……」
「あのー……私は、荷台にいますからね? 気づいてますか?」
ウェンディの声はソルテにも聞こえているだろう。
だがソルテは気づいていながらも、床についた俺の手の上に、自分の手を重ねるのだった。
太陽が真上へと昇りきった頃、そろそろお腹も減ってきたのでお昼ご飯にすることにした。
野営の準備を始めるのだが、机や椅子なんかは既に作ってある物を持ってきてあるので取り出すだけである。
「ああ……野営なのに美味しいご飯っす……」
「そうだな。主君のご飯を食べられるなんて、贅沢な旅だな」
「はっはっは。褒めてもデザートくらいしか出せないぞ」
「最近主様のおかげで甘味を食べる機会が増えたわよね……」
本来は贅沢品になるんだったか?
でも比較的安めのザラメのような砂糖を、自分で精製して上白糖のようにしているのでそんなに高いものでもないんだよな。
もとの世界と比べるとやはり砂糖は高く感じるのだが、それでも甘味を食べたい時は多いのだ。
それに、最近じゃ作るのも楽しいしな。
「美味しいのは嬉しいんすけど……。ちょっと怖いっすよね」
「そう……だな。うん、でも美味しいから食べてしまうのだ……」
「怖いって、体重か?」
「言っちゃ駄目っすよ! ああ……増えてないか心配っす……」
「大丈夫だろ。見た目変わってないし、男ってのは少しふっくらしてるくらいが好みって言うしな」
「……主様も?」
「そう……だな。痩せすぎや太りすぎはともかく、その人に合う体型ならそれが一番じゃないかな? それに、作った物を美味しく食べてもらえるのが一番嬉しいからな」
今もそうだが、皆本当に美味しそうに食べてくれているから、作り甲斐もあるってもんだ。
「……ウェンディ、良かったね」
「な、何がですか!?」
「シロは知っている。ウェンディの体重が……」
「そうですね。胸が……また少し大きくなりましたので」
「「「!!?」」」
「……」
シロとソルテとレンゲが、驚きのあまり固まっているが……俺はまあ……うん。知ってたよ。
「えっと、少しだけですよ?」
「少しでもいいじゃないっすか! 自分に! 自分に分けるということは出来ないんすか!?」
「で、出来ませんよ!」
「もうちょっと……あと少しでいいんす! そうしたら自分のぱいがおっぱいになって仲間入りできるんすよ!」
まだ一人だったのを気にしていたのか!?
レンゲには自慢の太ももがあるだろう。
それは唯一無二にして素晴らしい物だ。
それに、ぱいにはぱいの魅力があるのだと何故わからない。
「それならシロに……あ、ソルテにあげて……」
「ちょっと!? 何で私を可哀想な目で見てるのよ!」
「だって、シロはまだ育つ。でも……」
「育つわよ! ウェンディだって育ったんだから、私だって育つわよ!」
「まあまあ二人とも。少し落ち着こう。ほら、主君が作ってくれたこのお菓子、パイ生地にシロップ漬けにされたリンプルが入っていて美味しいぞ?」
それはリンプルで作ったアップルパイ、もといリンプルパイだな。
カスタードの甘さと、熱が入って甘みの増したリンプルが絶妙な一品だ。
まさか「ぱい」の話になるとは思わなかったが、まさにタイミングバッチリの品といえるだろう。
「皆が食べないなら……私とウェンディで平らげてしまおう」
「そうですね。とっても美味しいですし、なによりも温かいお菓子は珍しいですしね」
アップルパイは好きなお菓子の中でも上位だし、リンプルを使うと後味がすっきりしながらも甘みがより強く出るから正直な話、もとの世界の物よりもずっと美味い。
それに、温かいうちに食べるのが最も美味しい味わい方だと思うから、どんどん食べてくれ。
「……ねえアイナ? 貴方……ついこの間下着が少しきつくなったって言っていなかった? そんなに食べて大丈夫なの?」
「ん? ああ、そうだな。太ってしまったのかと思ったのだが……その……私も少し大きくなっていたようだ」
「神様! 豊穣と慈愛の女神レイディアナ様! 何故持つ者に更に祝福をお与えになるんすか! 持たざる者にお恵みをしてくれてもいいじゃないっすかー!」
「レンゲ……シロ達の主神はきっと戦闘神アトロス。貧乳で有名なアトロスに違いない」
「ちょっと待つっす! 自分は貧乳ではないっす!」
へえ、女神って一人じゃないのか。
っていうかいいのか?
女神様を貧乳呼ばわりって……しかも有名なのかよ。
「そう……そうね。きっと私達には貧乳のアトロス様の加護があるのよ……。いいわよ。戦闘神だもの……。戦闘で役立つなら貧乳でいいわよ……」
「ソルテ! 諦めちゃ駄目っすよ!」
「いいじゃない。私達冒険者だもの……。戦闘神が主神なんて素敵よね……」
ソルテが自分のちっぱいをぺたぺた触りながら、感情の篭っていない言葉を放ち続ける。
なんだろう。
見ていて俺にまで悲しみが伝わってきてしまう。
「あー……うん。なんだ……貧乳だって、悪いもんじゃないぞ? それも個性だと思う。皆違って、皆良い」
「ありがとう……でも主様、大きい方が好きなのよね?」
「とうぜっ……どーだろーなー?」
「フォローするならちゃんとして欲しいっす!」
いや、つい本能がな……。
別に貧乳が嫌いって訳じゃないぞ?
ただ、大きい方が好きなだけなんだ。
「シロは……まだ成長期……きっと希望はある……」
「いいなあ……私の成長期、もう終わってるのよね……」
「……ソルテ。頑張る」
「うん。頑張るね……」
何を頑張るのだろう……。
豊胸薬を……いや、そんな薬で大きくなった胸よりは貧乳の方がずっといいな。
ソルテ……頑張れ!




