6-1 温泉街ユートポーラ お米様
6章を開始します。
始めないと、変な燃え尽き症候群が……っ!!
武術大会も……まあなんとか終わったし、そろそろアインズヘイルに戻るかと考え、隼人に日程を伝えようと思ったんだが……。
『でしたら明日は空けておいてもらっていいですか? イツキさんに会わせたい人……というか、紹介したい人がいるんです』
と、言われてしまった。
紹介したい人ねえ……。
なんだ? また嫁が増えたのか?
『僕、この人と結婚します』
みたいな感じか?
となると改めてシュパリエ様でも紹介されるのだろうか?
そんな事を考えながら次の日を迎え、隼人の館の錬金室、本来は来客時に使用する応接用の部屋にノックをする。
「どうぞ。入ってください」
シュパリエ様ならば、外に警護兵の一人や二人いそうなもんだがと疑問に思いつつも扉を開ける。
すると、そこには俺の知らない黒髪の女性と隼人がいた。
「……新しい嫁?」
「嫁?」
「違いますよ……」
ああ、違うのか。
じゃあ、……いや、ちょっと待った!?
80……いや85? 馬鹿な! まだ上がるだと!?
肩越しに見えるそのバスト、アイナと同じ……くらいか?
だが流石にウェンディには届かないようだな。
「彼女はアマツクニでも有名な豪商、ゴウキさんの娘でして今回はアマツクニの商品を売っていただけるように頼んだんですよ」
「おおー!」
アマツクニといえば古き日本の文明を歩んできているといった印象の国だったな。
確か米もあるとか。
ただ、醤油はないんだったか……。
だがそれでもナイスだ隼人!
「はじめまして。某はユウキ。アマツクニでは豪商である父の娘ではありますが、普段はしがない冒険者をしております。たまに、行商がてらアマツクニの物を売って歩いたり、父の代わりとして取引などを行う事もございますので、よろしくお願いします」
某!? 某なんて初めて聞いたな。
それにしても、ほう、大きな胸だ。おっぱいだ。
そして和服か……。
なんだろう。別に元の世界で見る機会が多かったわけでもないのだが、どこか懐かしく感じてしまう。
元の世界が恋しい、帰りたい……なんてことは全く無いが、それでもやはり俺の心を惹くものが和服には感じられた。
「イツキさん、そんなに凝視しては失礼ですよ……」
「ああすまん。なんか和服が懐かしくてな……」
「え、あ、和服……。そ、そうですよね! 和服、懐かしいですよね!」
……ん?
なにやら隼人の顔が紅く染まっていて、慌てているように見えるんだが、まあそれよりも和服だよな。
和服に軽装の鎧か……。
意外と合うもんだなあ。
青い和服も悪くないし、肩当が日本風ってのもいいね。
それに足袋と草履。
ここに日本らしさを感じざるを得ないな。
「流れ人の方の多くが、この服に目を奪われますね」
「やっぱりそうだよな……。ああーいいな和服。うちの子らにも着てもらいたいな」
和服は胸が小さい方が似合うというが、俺は、大きいのもありだと思います!
帯の上から立体的にはみ出すというか、乗る感じね。
あーでもそれだと浴衣か。
「今日は和服も何点か持ってきていますよ?」
「お! 出来ればそれも見せてほしいが、まずは自己紹介だな。俺は忍宮一樹。まあ知ってるみたいだが流れ人って奴だ。普段はアインズヘイルで錬金術師をしている」
「アインズヘイル……。では貴方が、オリゴール様が仰っていた変な流れ人のお兄ちゃんなのでしょうか?」
「変な……?」
あのチビ領主何を吹き込んだんだ?
「いえ……こちらに来る前にアインズヘイルに立ち寄り、取引をさせていただいたのですが、その際にお聞きいたしまして……。その、欲望に忠実な方だと……」
よし、あのチビ、あとで、泣かす。
初対面の女性に、しかもアマツクニという俺にとって高確率でお世話になるであろう商人相手になんてことを吹き込んでいるんだ。
泣かそう。
だが、暴力は駄目だ。くすぐって泣かそう。
「えっと……アインズヘイルの領主様が何をおっしゃったのかはわかりませんが、イツキさんはとても素晴らしい方ですよ。優しくて、格好良くて、欲望ではなく、自分にとても素直な方なのです」
「隼人卿が……そこまで仰られるのですか?」
「はい。僕はイツキさんを尊敬していますし、敬愛していますから」
「過大評価だ……。隼人にそんな風に思われるほど、人間できてるつもりは無いぞ……」
そりゃ、それなりに一般的で良識はあるとは思っているが、英雄とまで言われている隼人に敬愛されるほどだとは考えていない。
「……失礼致しました。お手合わせをした隼人卿の人となりは理解いたしましたので、貴方様がそこまで仰られるのであれば、貴殿は素晴らしい方なのでしょう。早計な判断で怪しんでしまったことをお詫び申し上げます」
「いや、いいよ。それより手合わせ……?」
「えっと……この間の大会で準決勝を隼人卿と戦わせていただいたのですが……。そういえば貴殿は前の試合で……」
ああ、なるほど。
隼人の準決勝の相手だったのか。
そりゃ、俺が知らないわけだ。
なんとなく……一回戦のときに見たか見てないかの記憶しかないしな……。
「あー……準決勝か。ってことはユウキさんって相当強い?」
「ええ、強かったですよ」
「そんな……隼人卿には手も足も出なかったです」
「いえいえ。見事な刀捌きでしたよ。学ぶところも多かったです」
おー。
なにやら意気投合してますな。
戦闘に関わらない俺、ちょっと疎外感。
「あ、そういえば貴殿は戦闘は、その……」
「ああ俺はてんで駄目だ。戦闘に関しては完全に素人だぞ」
「オリゴール様とメイラ様からお聞きしておりましたが、事実なのですね。流れ人は強力な力を秘めているものだと思っていましたので、驚いてしまいました」
「はっはっは。悪いけど魔物が怖くてな。死ぬのもごめんだし、何よりも虫もグロイのも駄目なんだ。でもせっかくの異世界だし、楽しませてはもらってるよ」
戦闘面に関しては今更だよな。
でも、大会での事件もあるし、自衛できるくらいの戦力は整えておかないととは思うんだけどな。
んー……この世界は装備で防御力とかも上がるようだし、お金が溜まったら自衛用に装備でも買ってから考えよう。
「それでしたら、本日は食材と着物を主にお見せすればよろしいですか?」
「そうだな。俺はそれで構わないけど、隼人はいいのか?」
「はい。僕もそれで構いませんよ」
それじゃあ早速アマツクニの食材から見せてもらおうじゃないですか!
「それでは『センベイ』と『オカキ』から。こちらはメイラ様がアインズヘイルで商売を行うそうなので、これからいつでも食べられるようになると思います。それと『ダイフク』はアマツクニから職人を手配いたしますので、こちらもお召し上がる機会は多いと思います。ですが、お試しとして是非食してみてください」
ユウキが出したのはまさしく煎餅とおかき揚げ、そして大福だ。
煎餅とおかきは、塩味っぽいな。やはり醤油はないのか……。
そして大福……。
こちらは完全に餡子だ。
再現、という言い方もおかしいが、まさしく元の世界と同じ物である。
「では早速。ああ……大福のもちもち感……、そしてこの豆の味が分かる優しい甘さ……」
確か餡子って小豆と同量の砂糖を入れて作るんだよな。
上白糖は高いから精製前の砂糖を使っているのだと思うが、甘い物は高価らしいから値段にすると結構いくんじゃないだろうか。
「おせんべいも美味しいですよ! お米そのものの味と、黒胡麻の香り、そして香ばしい匂いもたまりません!」
「お、じゃあそっちもいただこう!」
隼人も俺もいつの間にかテンションが上がってしまっていた。
まあ当然といえば、当然か。
「気に入っていただけたようで幸いです」
「そりゃあもう、俺らの元の世界にもあったもんだしな……。あーでも、やっぱり醤油が欲しいよな……」
「そうですねえ……。でも、贅沢は言えませんね」
「だな。これでも十分に美味い」
「ショーユ……。流れ人にとっては魂といえる調味料だと聞いております」
「だな。日本人なら誰でも求めちまうよな」
「そうですね……。この世界の食材が美味しいから尚更ですね……」
でもまあ、大豆がないんじゃな……。
一応他の豆からでも作れなくは無いんだろうが、やはり大豆から作られる味噌や醤油の慣れ親しんだ味には敵うまい。
嗚呼、刺身食べたい……。
冷奴……納豆……味噌汁……。
くうう、食べられないと分かると余計に食べたくなるな!!
「さて、それでは流れ人のお二人と言うことを考慮して商品をお出ししましょうか」
ユウキが袋に手を入れて、食材を取り出していく。
あの袋は魔法の袋か。
まあ豪商の娘ならば持っていて当然といえば当然ではあるよな。
中から出てきたのは大きな麻袋。
これは、言わずもがなあれだろう。
思わず口元がにやけてしまうな。
「お米になります。王都ではお米は高価なので、枡単位での販売も可能ですよ」
「お米様きたああああああ!」
「っ!」
ビクンて驚かせてゴメンね!
でも日本人のDNAが騒ぐんだ!
「いくらだ? 言い値で買おう!」
金はある!
さあ、言え。キロ10万でも払ってくれよう!
「イツキさん……落ち着いてください」
「無理だ! お米様を前にして落ち着いてなどいられるか!」
「ほら、白米ではないですからね! まだ玄米ですからね!」
そんなことは錬金で精米してしまえばいいだけだ!
いや、玄米は玄米で美味いし栄養価も高いけどさ!
でもほら、真っ白な炊き立ての白米が食べたいじゃないの!
「そ、それほどまでの反応は初めて見ました……。えっと本当に高いですよ?」
「構わん。その袋一つ貰おうか! あ、隼人もいるよな。うん。じゃあ半分こだ!」
「えっと、もう一袋ありますので……」
「なら一袋貰おう! で、おいくら?」
「えっと一袋ですよね? んー大体20キロちょっとですので、60万ノールはするのですが……」
「安!」
感覚が麻痺してるとか気にしちゃいけない。
60万ノールで米が食べられるなら、何も問題などない!
ちょっといいアクセサリーを作ればいいだけだ!
錬金様々である。
「一般的には大分高いのですけどね……」
「そうですね。ですが、僕達にはそれだけの価値がありますから。僕も一袋お願いします」
夢にまで見た米。
パンも嫌いじゃないが、やはりこう毎日だと恋しくなるのよ。
そうだ、おにぎり作ろう!
ウェンディに握ってもらおう!
「ではこちらは売却済み、と。どうします? もしよろしければ定期的にお届けする手配もいたしましょうか?」
「いいのか!? 出来るならお願いしたい!」
「え、ええ。では、かしこまりました。隼人卿はいかがしますか?」
「あ、じゃあ僕もお願いします」
「かしこまりました。それではお二人とも定期的にご購入という事で」
よし! これでアインズヘイルでも米がしっかりと食べられる。
醤油はないが、それでも米に合う料理くらいなら作ってみせるさ!
「さて、本日は大繁盛の予感がしますね。それではどんどん参りましょうか。次は和服で――」
ユウキさんが言うとおり、俺と隼人はかなりの出費をしてしまった。
だが、後悔はない。
全て必要な物だからな!
更に着付けの方法まで習ってしまったのだから、これはもう必要経費でいいよね。
それにしても、ユウキさんの口から『アーレー』が出るとは思わなかったな……。




