閑話 3 春
生存報告がてらの閑話
今回はゴンザさんと、守護者の魔法使いの女の子。
本日の訓練終了!
私はずっと続けている日課へ向かう為、急いで片付けを終える。
「ロコ? また彼のところにいくのですか?」
ローランに話しかけられて、私はコクリと頷いた。
続いてポールが自慢の盾を壁に立てかけて、私に問う。
「随分と熱心だな。そんなに気に入ったのか?」
「うん」
気に入った。
うん。気に入ってる。
凄くいい。格好いいし、可愛いし。
「ローランは今日は奥さんとデート?」
「そうですね。妻と王都のお菓子を食べに行こうかと」
「ラブラブだな。俺は今日は子供達の相手だな。稽古をつけることになっている」
「ポールさんも、幸せそうではないですか」
ローランもポールも既婚者。
ローランはまだ新婚さんで、ポールには双子の子供がいる。
だけど、私はまだ結婚もしていないし恋人もいない。
いたこともないからわからないけど、二人を見ていると凄く羨ましい。
「何度も言っていますが、彼なら適任だと私も思いますよ」
「そうだな。俺もあいつなら構わんぞ」
「……」
ローランもポールもにやにやと面白いものでも見ているように笑ってくる。
勿論私だってそのつもりだが、他人に言われるとちょっと恥ずかしい。
「……行って来るね」
「ああ、気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
「うん」
空を見上げて熱い日差しを感じ、今日は水筒を買ってから行こうと考え、心の鼓動と同じように脚が早くと急かすようであった。
目的地にたどり着く。
森の中でたまにぽつんとある開けている場所。
そこには、いつも通り目当ての男性がいた。
……というよりも、随分と前から大きな声が聞こえていたのでいることはわかっていた。
遠目から、彼が集中しているのがわかる。
目を閉じ、武器を構えたまま身動き一つ取らない。
そんな彼を襲おうとしている魔物の姿が3、いや5匹。
連携を得意としている『フォレストウルフ』
魔物に考える頭はないはずなのに、フォレストウルフは集団で狩りを行う。
王国の研究者が、そういった魔物の謎の行動を研究していたが、未だに解明されていない不思議のひとつだ。
フォレストウルフが身を一旦低くし、一斉に飛び掛る。
危ない……とは思わない。
初めて見たときは驚いたけど、彼の技は見るものを魅了するほどに美しい。
指に挟まれた数本のナイフ。
それらが放たれると、まるで吸い込まれるように寸分たがわずフォレストウルフの眉間へと突き刺さり、そのまま突き抜けてしまう。
そして、突き抜けたナイフは全て一本の木に縦にまっすぐ並ぶのだ。
ドサリと落ちるフォレストウルフは、魔石を取り出すと霧散して消えていく。
ドロップした牙を、地面に置いた大きめの袋に入れると、真っ直ぐ並んでいるナイフを回収する。
着いた血を布で拭き取ってからマントの中へと納める姿を見て、私は一歩を踏み出した。
「……おはよう。ゴンザ」
「ロ、ロコさん。また来たんだな?」
「うん。また来た」
「……何度も言っているけど、僕にはそんな実力は無いんだな」
「そんな事無いと思うよ」
彼はこの前の大会で立派に実力を示した。
だからこそ、ローランやポールも認めてくれた。
私は大会終了後に、彼を『守護者』に勧誘したのだが、先ほどと同じように断わられてしまったのである。
「……お誘いは嬉しいんだな。でも、僕はもっと強く……あの子にせめて一撃当てられるようにならないと……」
彼が言うあの子とは、大会で彼を負かしたあの猫人族の少女だろう。
騎士団長と戦ったあの少女……。
あの死闘は記憶にも新しいほど鮮烈であった。
あの年で、騎士団長の本気についていった少女。
彼の目標は、あの少女に一撃を当てるという、正直に言えば目標にするならば遠い存在だと思う。
「そっか……」
「……」
「ね、休憩しない?」
あの少女の話をされると、ほんの少しだけ心がモヤモヤする。
だから私は持って来た水筒を取り出して、彼に休憩を勧めた。
汗でシャツの色も変わっているので、随分と長い間狩りを続けていたのだろう。
今日は少し暑いので、水分補給は大切なのだ。
「無理は駄目だよ。適度に休んだ方が、効率もいいしね」
「……わかったんだな。少し休むんだな」
「うん。それがいい。はい。じゃあ座って座って」
中央に腰を下ろそうとすると、彼に腕を掴んで立ち上がらされてしまう。
そして、ポケットから一枚の大きめのハンカチを取り出すと地面に敷いてくれる。
「……そ、そのまま座ると汚れちゃうんだな」
「うん。ありがとう」
紳士的な彼の行動に、頬が少し緩んでしまう。
お礼を述べて、お尻を敷いてくれたハンカチの上に乗せると、私は水筒を開けて中身をコップに入れて彼に渡す。
「今日はモモモとソルティレモニアの果実水ミックス。塩分と糖分で元気まんまん」
「い、いつもありがとうなんだな」
「気にしないで。好きでしてる事だから」
両手で落さないようにしっかりともち、彼に手渡す。
彼は持ち手をしっかりと持ち、口に運んでいった。
おいしそうに飲む彼の姿は可愛い。
あとぽよぽよのおなかも可愛い。
「ぽよっぽよ」
「は、恥ずかしいから触らないで欲しいんだな……」
「どうして? 可愛いと思う」
「そんな事を言うのはロコさんくらいなんだな……」
そんな事は無いと思う。
ゴンザの大きなおなかは可愛い。
私よりずっと大きなゴンザ……。
私にはゴンザの上に乗りたいという夢がある。
「調子はどう?」
「ま、まあまあなんだな。でも、まだまだ道はあまりに遠いんだな」
彼は空を見上げて、遥か先に目を向ける。
志が高く、目標に向かって努力する彼は格好いい。
私はそんな彼を大会以前から知っていた。
彼を見かけたのは本当にたまたまだった。
私が一人でこの森の奥になっている木の実を取りに行き、目的の木の実を食みながら持ち帰っていた時のこと。
彼は大きなロックベアから逃げているところだった。
表皮を岩に覆われているロックベア。
彼のナイフは強化されているものの、それでもその硬い表皮を砕くまでには至らなかった。
それもそのはず、ロックベアはこの森において一番強い魔物である。
数こそ少ないが、出会えば逃げるかやられるかだろう。
私はそんな彼を助けようとした。
だけど、彼の目は助けを求めるような事はしなかった。
逃げながらもいくつものナイフを同時に投擲し、全てのナイフが同時にロックベアの額を穿つように調整し驚く事に倒してしまった。
その技に、私は魅了されてしまった。
美しいと、体が震えてしまった。
ぼーっと立っていると、彼が私に気がついた。
『危ないんだな!』
彼は叫ぶと同時に何本ものナイフを私に向かって投擲する。
攻撃された?
違う。と思い後ろを振り向くと、そこにはもう一頭のロックベアがいたのだ。
そして、投擲されたナイフは私を避けながら後ろからやってきたロックベアの額を打ち抜く。
私の手前、あと3歩もあればその爪が届くほどの距離であった。
気がつくことができれば、その距離からでも対処は出来る。
でも、私はロックベアの接近に気がつく事ができなかった。
『だ、大丈夫なんだな!? 怪我は無いんだな!?』
心配そうに近づいてくる、熊のように大きな男の人。
私よりも大きくて、私よりも背の高いくまさん。
『だ、大丈夫なんだな??』
『うん。大丈夫。ありがとう、助けてくれて』
何も話さない私を見て心配そうな顔をする優しいくまさん。
それが、私が抱いた最初の印象だった。
それから、何度か彼を探してこの森に入る事が私の日課となっていた。
何度も訪れ、彼と会話し、彼の努力する経緯を聞いて、私は憤慨した。
同じ騎士団で、そんな奴等がいるのかと憤慨し、そして涙した。
私もローランもポールも、今でこそ『守護者』などと呼ばれてはいるが、少し前までは騎士団の落ちこぼれであった。
私は、水の魔法しか使えない半端者の魔法使い。
たとえレベルが低くても火も風も他の属性の魔法は使えない落ちこぼれ。
ローランやポールも、それぞれが悩みを抱えていた。
そんな私達がチームを組んで、殿を務め、見事に味方を逃して私達も生き残ると、周りの評価が一気に変わった。
国王様からも『守護者』の称号を賜って、これで誰かを守る事が出来ると嬉しかった。
声をかけられることも増えた。
でも、今まで私を馬鹿にしていた人たちから食事に誘われても、全く嬉しくなかった。
私が『守護者』を務めるのは、彼らが大事だからじゃない。
彼らがいずれ守る民達が大事だからだ。
私が彼らを一人救えば、彼らは民を二人救うと信じているから私はこれからも『守護者』を続ける。
私達はいずれ戦場で、死んでしまうであろう事は分かっていても。
私は彼を大会に誘った。
今の彼なら間違いなくいい成績を残せると確信していたから。
幸いにも守護者として推薦枠は持っている。
彼は、自分の実力を試してみたいと話に乗ってくれた。
その日の晩、私はローランとポールに話をした。
彼らは二つ返事で許可してくれた。
そして、
『ついにロコにも春が来ましたか……』
『そうだな。なんだか娘が嫁に行く気分なんだが』
『なるほど、これが娘が嫁に行く気分なのですね……。うちは男の子が生まれて欲しいですね……』
『うちは……娘が一人いるんだよな……。こんな気分は一度で十分だな……』
と、からかわれた。
そんなんじゃない。
ただ、ひたむきな彼を多くの人に見て欲しいだけだ。
努力を続け、美しいまでに強くなった彼を、多くの人に認めて欲しいと思っただけだ。
『……二人とも嫌い』
『嘘だ嘘! 冗談だ!!』
『そ、そうですよ! ほら、僕達も大会には出るんですからチームワークを乱すのはいけませんよ』
ならからかわないで欲しい。
それに、私みたいなちんちくりんじゃ、彼には相応しくない。
彼は身体も大きいし、きっともっとナイスバディな女性の方が好きだと思う。
そう考えると、何故か少し悲しくなってしまった。
『だがよ……気持ちってのはしっかりと伝えろよ』
『そうですね。私達はいつ死ぬかもわかりません。私も、毎日妻に愛していると伝えていますよ』
『ポール……ローラン……?』
彼らが何を言っているのかあの時はわからなかった。
でも、大会で目にした彼の雄姿、そして多くの人が彼に送った拍手を聞いて、私は自分のことのように嬉しく思った。
私も彼を激励したくて、いてもたってもいられずに控え室に戻った彼のところに向かった。
すると、彼は泣いていた。
嬉しくて、そして悔しくて泣いていた。
その姿を見て、私はそっと彼に近づき、ぎゅっと抱きしめた。
彼は、私の存在に気がついて、私の小さくささやかな胸に顔を押し付けて、静かに泣き続けていた。
そして、私は彼を愛おしく思う自分の気持ちに気がついた。
別の日、彼と二人きりで出会った森の中で、私は彼に気持ちを全て打ち明けた。
『ねえ、私と。付き合って欲しいな』
『……はい。……え? ええ!?』
『今、はいって言った?』
『いや、そうじゃないんだな! え、ロコさん?』
『……駄目かな?』
『駄目とかじゃなくて……僕はまだ、ロコさんにふさわしくないんだな……』
そんな事ない。
彼は、私には不釣合いなほどに格好いい。
彼の真っ直ぐな姿勢は、多くの人の心を震わせられる。
だから、ふさわしくないとしたら私のほうだ。
『だから……僕が、もっと自分に自信が持てるようになったら、付き合って欲しいんだな……』
照れながらも、しっかりと言葉にしてくれたゴンザ。
私は、その言葉を聞いて涙を流しながら頷いた。
懐かしい、でも最近の事。
だから私は今日も彼に気持ちを伝える。
「好きだよ」
気持ちを伝えると、いつも彼は照れて顔を真っ赤にしてしまう。
「……ぼ、僕も。好きなんだな」
照れながらも、しっかりと答えてくれるゴンザ。
私は嬉しくて、抱きついてしまう。
彼は突然の出来事に倒れ、私はそのおなかの上に乗る形となってしまった。
奇しくも、私が夢見ていた彼の上に乗るという夢は、もう何度目か覚えていないほどに叶えてしまっているのだった。
フリードさんとアイスの話は本編にするか、閑話にするか……




