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異世界でスローライフを(願望)  作者: シゲ
5章 王都一武術大会
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5-31 (仮) 王都一武術大会個人戦 - シロの戦い -

とりあえずこのまま5章まで進めます。

5章終了後にどうするかは考えようかなと。


11/03 16:10 次話の微調整の為少し後半を修正。

『大変長らくお待たせしました! ちょっとおなかの調子が悪くてですね……ええ、申し訳ありません! ……グスン! それでは! 準決勝第一試合を始めます!』


副隊長が試合開始を宣言すると同時に、シロは『被装纏衣』を発動する。

黒い影が身体にまとわりついて、武器ごと覆い尽くしていく。


「がははは! まずは『黒鼬(クロイタチ)』か! いいだろうかかってくるが良い!」


数秒とはいえわざわざ待ってくれるあたり、余裕が見て取れる。

だけどその顔、すぐに余裕をなくさせてみせる。


試合前、シロはアーノルドに言った。


『本気で、戦ってあげる』

『ふはははは! そうか! やってくれるか!』


同意書を提示する。

これは、お互いが命を賭けて戦うという同意書だ。

これがなければ当然、死闘を行う事は出来ない。

どちらかが死ぬまで、結果が決まらぬ同意書。


『……ただし、試合に則って武器は模擬戦の武器』

『何!? それでは死闘にならぬではないか!』

『お互い問題ないはず。この武器でも、殺そうと思えば殺せる』

『……くはははは! なるほどな! 良いだろう! 全力をもってして相手しよう!』


悪そうな顔で笑うアーノルド。


シロはこれから、本気で、格上であろうこの男を倒す事に集中する。

……勿論、約束どおり危なくなったら棄権する予定だ。

無駄に命を散らす事はしない。


被装纏衣(ヒソウテンイ) 壱被黒鼬(イッピクロイタチ)


黒猫族が使う戦闘スキルの一つ目。

闇夜に紛れて敵を暗殺する際に用いたらしい。

自身の速度が大幅に上がり、ナイフも覆えば切れ味が増す。

足音は消えさり、通った後に残るのは黒い太刀筋のような影の痕だけ。

シロが、もっとも得意とする速度を重視した強化の衣。


両手にナイフを構えて、正中に大剣を構えているアーノルドに向かって走る。

当然、真正面から攻める愚などおかさない。

正面から右に回り、後ろを通り過ぎて、更に右へと進んでからナイフを振るう。

完全に死角。そしてアーノルドの視点はまだ追いつけていない。

黒鼬を纏ったナイフが、アーノルドの首筋、鎧の無い部位を打つ。

入った。と思ったが、アーノルドは身体を少しだけ動かし、その結果避けられてしまった。


切っ先の先端、数ミリしか切り裂けていない。

浅い。だが、反撃する暇などは与えない。

脚も止めない。止めてはいけない。

脚を常に動かして相手の死角を意図的に作り、そこを狙う。


まただ。

目は追いついていないはずなのに、絶妙なタイミングで避けられてしまう。

当たってはいるものの、これでは何百回続けても意味をなさないだろう。


「……流石」


相手は格上。

あの森で過ごしてから久々に、シロの心にも戦闘の熱が篭る。


どれだけ避けられても攻めの手を止める訳にも行かない。

まだ眼が追いついていないうちにある程度のダメージは残さねばならないのだ。


攻撃の手はやはり死角を狙うしかないと、アーノルドの後方に移動する。

そこで、首だけを動かしたアーノルドとシロの目が交差した。

見抜かれた……?

そして、一瞬の隙をつかれて襲いくるのは大剣の重い一撃。

ぞわっとした危険を感じて、バックステップで大袈裟に避けるも、前髪の揺れる風圧からどれだけとてつもない威力を秘めているのかと冷や汗が落ちる。


シロの動きについてきた?

違う。まだ早すぎる。

アーノルドの動きは追いついて来れてはいない。

じゃあ、わずかな殺気を察知して本能で目を合わせたのだろうか?


「どうした? まだ大きな傷はできていないぞ?」

「……そっちの攻撃は当たってすらいない」

「そうだな。だが、段々と慣れてきた。勘を取り戻してきたようだな」


勘、勘と言った。

だが、勘だけでどうこうなるほど、シロの黒鼬(クロイタチ)は弱くはない。

このスキルの真骨頂は気配を薄くし、相手に悟らせない事にある。

いくら達人とはいえ普段の状態とは感覚が違うはず。

もう一度、素早く移動して死角を攻めるように攻撃を開始する。


「ンっ……ッ!」

「フンッ!」


完全に背後に回っていたはずだった。

だが、アーノルドは一瞥もせずに後方にいるシロに向かって大剣を突き出している。

しかも、シロの顔のど真ん中に真っ直ぐとその切っ先が伸びてきていた。

体ごと首をよじって躱しはしたが、今のは正直危なかった。


「今度も……勘?」

「いや、経験だ。次はこちらから行くぞ!」


続けざまにアーノルドの大剣が高速で振られる。

中段の構えから繰り出される基本どおりの縦横斜めと縦横無尽で苛烈な攻撃が連撃となって襲いかかって来た。

基本に忠実な動きでありながらも驚くべき事に大きな隙がないのだ。

どれも決められているかのように次の動作へと無駄がなく最善な繋がりをみせている。

まさにお手本の完成形。

基本を昇華させ続けると、ここまで恐ろしい物になるのか。

大剣がまるでナイフでも扱っているかのように驚くほどに速い。


だが、黒鼬の速度ならば避けきれないほどでもない。


「ほう、捌ききるか」

「余裕。もっと速度上げる?」

「そうだな。そうするか」


……冗談であって欲しい。

これ以上まだ上がるというのだろうか。

そうなると捌くので手一杯になりそうだ。


今のままでは、シロの攻撃はアーノルドの守りを崩す事はできない。

これは、圧倒的にシロの純粋な力が足りていない。

速度重視では駄目かもしれない。

いや、続けていけば……。


「ぬうん!」

「ッ!」


一瞬悩んだ隙を突かれた。

横薙ぎに振られた大剣を、二刀のナイフと靴で受ける。

そのまま少し後ろに飛んで、威力を殺してリングを転がり、素早く受身を取り体勢を立て直す。


やはり、合わされた。

靴は、少し切れているが足にまでは到達していないといったところか。

慣れも勘も段々と正確なものとなってきている。

つまりは、いずれ見切られてしまう。


「黒鼬ならば戦場で何度も見ておるからな!」

「……驚き」


流石は老兵。伊達に戦闘経験が豊富じゃない。

小さな傷はいくつも与えてはいるが、この男は気にした素振りも無い。

このままじゃ、倒せない。


「だが、それで終わりという事はあるまい?」

「ん」


やはりばれている。なら、何時までも隠している必要などない。


距離を取り、力を抜いて一度深呼吸をし、乱れた息を落ち着かせる。

集中し、ナイフを握ったまま両手を地面へと着ける。

黒鼬が色を変えて、灰色の衣に変わっていく。

所々に黒い紋様を残し、灰色の衣は先ほどよりも大きくなり、それを覆い被せるように纏う。


被装纏衣(ヒソウテンイ) 弐装灰虎(ニソウハイドラ)


「ほう……いや、やはりと言うべきか」

「ん……行く」


今度はゆっくりと近づいていく。

自身の攻撃が届き、一瞬にて敵を討つ為にゆっくりと間合いを計る。

アーノルドはこれも受けるつもりなのか、武器を構えて動きもしない。

余裕をもった様子見ならば、舐められていると少し苛立つ。


四つ脚のままじりじりと近づき、間合いに入ったところを二つのナイフで両肩を切断するように一閃するも、アーノルドの剣によって防がれてしまう。

だが、先ほどまでの一撃とは大きく違う。

アーノルドが踏ん張り、表情を少し歪めて力を込めているのがわかる。

いままでの貧弱な一撃ではなく、灰虎(ハイドラ)は、一撃に重きを置いた強化を行う衣。

その分、黒鼬(クロイタチ)のような俊敏な動きは出来ないが、近距離からの一撃の速度ならばこちらに軍配が上がるだろう。


リスクとしては……黒鼬(クロイタチ)もそうなのだが、『被装纏衣(ヒソウテンイ)』はお腹がとても減る。

試合前に沢山食事は取ったはずなのに、もう既に少しお腹が空き始めてきた。

だから、少し強引に体勢を崩すまで続ける。

防がれている事も厭わずに、ゆっくりとではあるが歩みを進めてもう一撃を放つ。


大きな魔獣をも一撃でしとめる重い一撃。

あの森での生活ならば、消費するお腹のすき具合と、相手の大きさが釣りあわなければ行なわなかった。

不得手な技ではあるが、やはり一撃で終わるのは楽に食事にありつける方法であった。


だが、そんな強力なはずの威力を持った技の悉くを防ぎきるアーノルド。

両刀を上下から振るう獣の牙を象った『大牙』

上下からの振り下ろしと振り上げを同時に行うが、大剣の刃先と柄で対処されてしまう。


振ったナイフの勢いを殺さずに連撃へと繋げる『巡爪』

振るったナイフを加速させて、段々と威力を増していく技なのだが、悉くが逸らされて防がれている。


化け物……。

そう思わざるを得ない。

どちらも簡単に防ぎきれるはずのものでもない、上下、そして左右からの挟撃もある。

フェイントも織り交ぜているのだが、それにすら引っかからない。

灰虎(ハイドラ)で強化された力は、黒鼬(クロイタチ)とは比べ物にならないはず。

一撃の重さが跳ね上がり、容易には弾けないはずなのだ。

だが、アーノルドが対応しきっているという事になる。


「……この技も知ってる?」

「ああ、大戦時に苦労したな」

「ふうん。ちょっと……しんどい」


適応が早すぎると思ったら、やはりこの人は黒猫族と戦った経験があるようだ。

ならばここからはシロのオリジナルで行く。

身体を浮かして反らし、縦に思い切り捻りを加える。


『豪雨』のように上方向からの連打を仕掛けていく。

捻った体が、止まらぬように、勢いを殺さずに、むしろ増していくように連撃を繰り返す。

人が不慣れである上方からの息もつかせぬ連撃。

一撃一撃は重く、掲げた大剣が徐々に沈んでいく。

……はずだった。


うそお……。

沈むはずの大剣が膝をばねにして跳ね上げられてしまった。

回転が殺され、無防備な状態で宙を舞ってしまう。

追撃が、来る。

すぐに防御に重点を置き、身体を丸くして面積を小さくしつつも二刀を大剣に沿わせて何とか防ごうとした。

だが、空中では踏ん張れる足場は無い。

なら、と刃を合わせてそこを支点に身体を回転させて受け流す。


「ッ!!」


大剣に気を取られすぎた!

両の手で持っていたはずの大剣を片手で振るい、もう一本の腕で思い切り殴られたのだと衝撃から察する事はできた。

だが、察したところでその一撃を流しきれなかった。


地面にたたきつけられ、痛みは走るが、追撃を警戒しすぐに起き上がらねばならない。


「当たったな」

「げほっ……まだ一回。シロのが当ててる」

「だが、ダメージはそちらの方が大きそうだ」


背中に痛みが走る。

どうみてもダメージはシロの方が上。

あっちは小さな傷はあれど、都合よく見てもシロの一割程と言ってもいいだろう。


強い。

この男は紛れもなく強い。

隼人に一度勝ったというのも確かに頷けるし、隼人がスキルなしでこの男に勝ちたいという気持ちも分かる。

だが、シロは負けられない。


主の……、あれ?

主が……いない?


「くくく、心地よいな。見ろ。観客どもも驚いておる。声一つ上がらぬほどにな!」


周囲は既に静まり返り、今までの苛烈にして鮮烈な光景に驚いているのだろう。

だが、そんな事よりも今は主だ。

きょろきょろと周囲を見回してみるが、ウェンディの側にも他の出入り口、観客席にもその姿は無かった。

だが、そこでウェンディの表情から察する事はできた。

主がいないのは、きっとこの問題を解決する為に動いているからだろう。

そう考えると、自然と頬が緩んでしまう。


「どうした……?」

「ん……なんでもない」


危ない危ない。

笑っている暇は無かった。

今目の前にいるのは完全なるシロの敵。

気を抜いていては倒せない。


「……おい。貴様気を抜いてはおらんだろうな」

「抜くわけがない」


アーノルドに気取られてしまった。

頭を切り替え、今は戦闘のことだけを考える。

主は確かに動いている。

だけど、それはシロが棄権してもいい理由ではない。

主の動いている理由がシロを助ける為だけのものであれば、この男を止める役目はシロだ。


「そうか……ならば、この楽しいひと時もそろそろ終わりとするか……」


聞こえるか聞こえないかの微妙な声。

そろそろ終わり……。

その言葉を聞いて気合を入れなおす。

シロは簡単に死なない。

まだ、死ねない。


「お主の主は、どこにいる」

「……さあ?」


アーノルドも主がいない事に気がついたみたい。

でもシロも主が何処にいるのかは知らない。


「……あの男は、お主の最期を見届けぬのか」

「シロは死なない。そう、主は信じてる」


そう、約束したから。

だから今はいない。

でも、きっと急いでる。

主は心配性だから、きっと……。


「酷い男だとは思わぬのか……?」

「思わない」


何がしたいのだろうこの男は。


「お主が突然わしと殺しあうといった理由は予想がつく。お主の主をわしから守る為だろう」

「その通り。貴方に主は殺させない」

「もしかして無断で来たのか? だから見捨てられたのか?」

「違う。ちゃんと話して、お互い納得した上で来た」

「ならば尚更酷い男だ。自分で言うのもなんだがな、お主を、わざわざ死地に追いやる事に何の罪悪感も無いのか」


本当に、自分で言うなと思う。

貴方がいなければ、シロ達はいつも通りに過ごせてた。

自分からふっかけてきて、その癖に戦えば酷い奴だという。

この男の言動に先ほどからイライラが募る。


「お主が死んでも、何も思わないのではないか?」

「そんなわけない! 主は死なないでくれって言った! 棄権しても良いと言った!」

「では棄権したらどうだ? 今のおぬしでは、わしを殺す事はできん。お主が駄目なら……隼人に期待するのも悪くないしな」


瞳孔が広がる。

棄権したら、隼人を本気にさせる為に主を殺すと聞こえる。

いや、そう思わせるように仕向けている?


「わかりづらかったか? 見逃してやる。だが、主の事は諦めろ。奴は利用できるようなのでな」


疑問が確信に変わった。

この男は、やはり、危険だ。

突然の豹変は気になるが、そんな事はどうでもいい。


挑発だとは分かっている。

だが、大きく心が乱れてしまう。

戦いに大事なのは冷静な頭。

それも分かっている!


挑発に乗る必要なんて無い。

でも、駄目だ。

もう心の中はどうしようもないほどに怒りで満ち溢れてしまっていた。

主を殺すというのなら、どうなろうと許せない。


誰よりも優しくて温かい主を、馬鹿にされれば、今ここで棄権だなんて甘い事は言っていられない。

慈悲も余力も残さない。


「もう一度聞く。棄権する気は無いか」

「あるわけがない……」

「では、お主を殺した後、お主の主も殺すとしよう」


そんな事は、絶対にさせない。

今度こそ、全身全霊を持って、シロはお前を、コロス。

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[一言] 戦闘中に客席を見て会話しすぎだろ。
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