5-30 (仮) 王都一武術大会個人戦 - 信頼と期待 -
10/29 23:15 中盤の説明文等を削除しています。
確かにシロの試合が始まる直前にぐだぐだと説明をしすぎましたので、改訂いたしました。
テンポ、大事です!
フリードにお礼を言い俺はエミリーと共に闘技場を目指していた。
移動方法は最早言うまでもないな。
「はぁ、まさか目的が転移魔法とはね……というか、本当にあったのね」
「まあ運が良かったよ。これで違うスキルだったらアイリスに借りを作った上に、開き直って試合が始まる前に止めるしかなかったところだったからな……」
だが、これでシロが窮地に陥った場合すぐにリングに上がるのは問題がなくなった。
一応鑑定スキルを用いて空間魔法を調べてみると、
【空間魔法レベル5 座標転移
指定した座標から別の座標に瞬時に転移できる。
転移する際は本人の同意が必要。
魔力の消費量は、人数、距離によって変動する】
うん、問題ないね。
2番目の文章が少し気にはなるんだけど……。
多分相手の意思を無視しての転移なんかは出来ないって事なんだろうな。
正直俺だけしか移動が出来ない可能性もあったのだけど、他人も一緒に移動できるようで良かった。
……あれ、これ上手くいけば魔力と世界地図さえあればある程度の目安で旅行にいけるんじゃないか?
ただ転移先が魔物の巣や崖の上なんかだと、皆を危険に晒しそうだな……。
「これで私はお役ごめんかしら?」
「ああ、エミリーもありがとうな。本当に助かったよ」
「いいわよ。三回目となると、この移動方法も楽しくなってきたところだしね」
もはや叫び声をあげる事もなく、平然と空中を移動しながら話す。
早速転移を……とも思ったのだが、貴族席のドまん前にいきなり現れるのはさすがによろしくない。
それに思った以上にレベルが上がるのが早かったので、この程度の移動距離ならば現在の方法でもさして問題はなかった。
「というか、アイリス様に頼んで解決するならそれでよかったんじゃないの?」
「……まあ、どれだけでかい借りになっても構わない事ではあるんだけどな……。それ以外の解決に転移が必要だったからさ」
もう一つの目的の為だ。
最悪、霊薬をシロに届ける手段は出来たので、シロが死ぬようなことにはなるまい。
だが、それだとアーノルドがまだ俺を襲う可能性が残る。
「まだなにかするのね」
「ああ、問題の根本的な解決をするためにな」
正直、こんな事をしなくても問題は解決できるかもしれない。
所詮は俺の浅はかな思いつきだしな。
でもまあ、隼人の言動にも、アイリスの言動にも最近様子がおかしいという明らかに気になる内容が含まれていたからな。
俺としても、不自然さを感じざるを得なかったわけだし。
それに俺達がこのままとんずらをすれば隼人にお鉢が回るかもしれない。擦り付ける……訳ではないのだが、それで隼人に何かあったらと思うと、やるせなくなるしな。
人通りのない路地裏を探し出して降り立ち、俺達は闘技場へと向かう。
一直線に貴賓席を目指し、俺は目的の人物に話しかける事にした。
「アイリス!」
「ん、なんじゃ。戻ってきおったか。これまた随分とタイミングが良いな」
タイミング……はっとなってリングに目を向けると、シロとアーノルドが睨み合い今まさに試合が始まるといったところであった。
ぎりぎり……間に合うかどうかといったところか。
「アイリス、頼みがある」
「なんじゃ。試合に乱入するならばアイスクリームで手を打ってやるぞ」
「いや、それは問題ない」
「なんじゃと……? 押し通す気か?」
「いんや。そんなことしたら大問題だろ……」
何の為に軽いトラウマを作ってまで頑張ってきたと思ってるんだ。
いやまあアイリスがそれを知る由もないんだが。
「ならば、わらわに何を頼むというのだ」
「アーノルドの奥さんの名前を教えて欲しい、出来れば所在地も」
「貴様、なにをする気だ?」
「そう怖い顔をしないでくれ。乱暴な真似をする気は無い」
「ではどうする気だ」
「お願いするだけだよ。あの爺さんを止めてくれってな」
男を止めるのは愛する女だけだろう?
まあそれだけで止まるとは思えないから、別の行動も取らせてもらうけどな。
「……止められるのか?」
「止め……る! 無理なら、別の手段を考えるさ」
最悪、追われる事になったとしても今は転移魔法があるからな。
皆で行動を共にする必要はあるが、それでも端から端へ移動をすればそのうち解決策も生まれるだろう。
「その言葉、信じるぞ。……奴の妻の名はサラ・グラディール。所在地は……ここからでは大分遠いぞ」
「方角は?」
「南にずっといった小さな領土の屋敷じゃ。ここからならまず間違いなく間に合わんぞ」
「それは問題ない。というか、その為に頑張って来たんだよ」
たとえ奥さんの居場所が離れていても問題ないようにな。
今回の解決の鍵を握るのは奥さんだからな。
「そうか……ならばほれ」
「ん? どうした?」
「わらわのギルドカードじゃ。……シロの試合、見れんのだろう。わらわが危なそうなら連絡してやる」
「ああ……助かるよ。これでまた借り一つかな?」
「ふん……わらわの友のためだ。これには貸しなどつけん」
「友か……ありがとうな」
それはシロなのか、俺なのかどっちの事を言っているのだろう。
照れたようにアイリスが顔を逸らすが、頬が少し紅く染まっているのは見逃さなかった。
こうして、色々な人の助けが得られるのは本当にありがたいことだな……。
なら俺もやらねばならんよな。
「おかえりなさいませご主人様」
「ああ、ただいまウェンディ」
「私どもに、お手伝い出来る事はございますか?」
「いや、大丈夫だよ」
優しくウェンディの頭を撫でて、その心配そうな顔をいつもの優しい微笑みへと変える。
目を細めて嬉しそうに頭を撫でられているウェンディは胸元に手を当てて頷いた。
「はい。それでは、お待ちしておりますね」
「ああ、シロのこと……俺の代わりに見守ってやっててくれ」
「かしこまりました。ご主人様を信じております」
撫でている手を放し、後ろにいる三人に目を向ける。
「あんたが遅かったら、私達が突撃してやるわよ」
「っすね。一暴れしてでも止めてやるっす」
「だから安心して、主君の思うままに動いてくれ」
「そうならないためにも頑張らないとな……」
「お主ら……じゃからそんな事は……いや、露とも思うておらんではないか……なら何も言うまい」
彼女達の顔を見てアイリスも察したようだ。
不安など感じさせないほど、明るくそして朗らかな表情であった。
「イツキさん!」
「お兄さんー!」
「隼人! ミィ!」
後ろからやってきたのは隼人とミィだった。
先にミィの方が駈けて来て俺の前でぴたりと停止し、俺の顔を見上げるようににこりと笑った。
「ミィ、ありがとうな」
「はいなのです。だから、頑張るのですよ!」
「当然!」
ミィが突き出した拳に、あわせるように拳をぶつける。
もう本当にミィは前々から思っていたがいい子だよ……。
何か出来る事があればなんだってしてあげたくなるね。
「イツキさん……」
「隼人も、ありがとうな」
「いえいえ。それにイツキさんの頑張りをしっかりと見るのは初めてですからね」
「そういえばそうか。まあ、此処に来た当初はやる気の欠片もなかったんだけどな……」
隼人と出会ったときの頃を思い浮かべる。
あの時は、全力で何もせず楽して暮らしたいと思っていた。
だが、出会いがあり、自分の周りに大切なものが増えるとそうも行かなくなってきてしまっている。
……それを、悪くないと思っている自分もいる。
「今の顔、素敵ですよ?」
「男に言われてもな……」
「それもそうですね」
二人して噴出して笑ってしまう。
年は離れていても、隼人と俺は友達だ。
俺としては……親友だって言ってもいいのかもしれない。
「これ、持って行ってください」
「これは、魔法の袋か……?」
「中には様々な素材や薬草が入っています。……月光草は入っていませんが、何かの役に立つかもしれません。イツキさんは錬金術師ですからね」
「ありがとな……」
隼人から魔法の袋を受け取ると、手をぎゅっと両手で握り締められる。
おいおい男同士で……と思い、隼人の顔を見ればその顔はきりっと真剣な眼差しであった。
「……信じてますよ」
「ああ、お前のその気持ちに応えてみせるさ」
「ふふ、僕イツキさんみたいな大人になりたいです」
「目指すもんじゃねえよ。お前はもっとちゃんとしてるしな」
隼人が手を放すと、俺は全員に向かって頭を下げる。
協力してくれた皆に、俺を信じてくれている皆に。
「皆ありがとう」
そして顔を上げて笑顔で言い放った。
「行ってくる!」
顔を上げた時、誰一人として暗い顔をしていた者などおらず俺も安心して向かう事が出来た。
後ろを振り向き、誰もいない位置にまで移動する。
魔力回復ポーションを数本取り出して『空間座標指定』を発動させる。
項目は『サラ・グラディール』。
同姓同名の人も数人いる中から、自分の位置から見て南に大きく離れていて、更に座標が移動しない人物を見つけ出し、そこに向かってすこし座標をずらしてから転移を行うことにした。
そして同時に、副隊長が試合開始を告げるのが聞こえた。




