5-27 (仮) 王都一武術大会個人戦 - 主の評価 -
修正後、となります。
前回のものよりもはるかに軽くなっておりますので、一度前回のものを読んだ方にはより違和感を感じさせてしまうかもしれません。
「あの男と、戦わせて欲しい」
試合終了後、開口一番で呟いたシロ。
まあ、そうなるよね。
試合を見た結果、そうなってしまうよね。
「理由は話してくれるんだよな?」
「……」
試合は真っ当な、それこそ力量を見せ付けるという意味では騎士団長らしい試合だったとは思う。
……いささか戦闘狂の兆しはあったが。
確かにあの調子で試合が行われるのなら、力量を知りたいというシロを送り出しても問題はないのかもしれない。
だが、先ほど感じた騎士団長の狂気の欠片と、シロのさっきの様子を見過ごす事はできなかった。
「はぁ……俺は出来れば戦って欲しくないんだがな」
「でも……」
引かないか……。
普段わがままではあるが、俺が本気で嫌がる事は素直に聞いてくれるんだが……。
こうなると、どうやったって理由を聞かねば認められない。
「シロ、お前が思っている事をしっかりと話してくれ」
「……」
「そうじゃないと、許可する事はできないぞ」
今のところ、話を聞いたところで許可を出す気などないが、話を聞かねば何も分からず始まらないのだ。
「……シロが、あの男を止めないと主が危ない……」
「……へ? 俺?」
ちょっと待った。
奴が戦闘狂であると決め付けた上でだが、何故俺?
戦闘力はほぼ皆無、使える技は『不可視の牢獄』くらいしかない上に、魔法抵抗力があると攻撃には使えない防御系スキルなんですけど。
「シロ、どういうことですか?」
「さっき、あの男と相対した。そこから、ずっと頭の中で警報が鳴ってる。あのままだと、主にまで危害が及ぶ可能性がある」
「すまん、意味がわからん」
「んんー……説明は苦手……。んー……あの人、悩んでる? 追い込まれてる? 感じがした。多分、戦いたいじゃなくて、戦わなきゃいけないって考えてるように感じた」
追い込まれてって……。
いやまあ確かに言いたい事は分かる。
あの爺さんは、シロと戦う為に俺を冗談だとは言いつつも殺せば……とかのたまっていたからな。
そして、あの恐怖心からそれが多少なり本気であったのは窺えた。
その点を鑑みれば、どうしてもといった気が受け取れるのはわかった。
だが、立場ある騎士団長が一般市民である俺をシロと全力で戦いたいから殺すなど、常識的には考えられない事だろう。
この世界の常識は元の世界とは違う……のはわかるが、アヤメの言動でそこまでは許されていないというのも確認済みだ。
そして戦わなきゃいけないってのがわからない。
戦いたいならまだしも、せざるをえないというのはわからない。
しかも、全力で死闘をともなれば尚更だ。
「シロと戦う為に、俺が殺されるかもって事か?」
「ん……。それだけじゃない。主を殺せば隼人も怒る。だから、かも知れない……の、領域は出ないけど、多分……」
願望ではなく使命感。
ならば、なりふり構わない可能性は高いのかもしれない。
あくまでも可能性の話ではある。
だが、戦闘面でのエキスパートであるシロがここまで心配そうにしている以上、そうなると見ておいたほうがいいのかもしれない。
「……確かに様子がおかしいとは思っておった。誰にも理由を話もせず、ただ何かを考えているように思えたが……そこまでするだろうか」
「アイリス様……申し上げにくいのですが、昨今のアーノルド様の様子を見るに、おかしい話ではありません……。先ほども私は現場にいましたので……あの時の言に多少の本気が窺えたのは事実です」
「そうか……。ならばありえぬ話ではないのかもしれぬ」
俺よりもずっとアーノルドを知っているであろうアイリスとアヤメの意見が加わるとより信憑性が増した気がした。
「なら、それこそ逃げればいいんじゃないか?」
「主、常にアーノルドに襲われるかもしれないってままで、生活できる?」
「あー……。無理だな……」
そうか……。
別にシロと本気で戦いたいのなら、この大会中じゃなくてもいいんだもんな。
突然襲来し、俺を殺す、ないし襲えばシロは激昂して戦わざるを得なくなるだろうというのは、俺にもわかる事だ。
「いや、だけどそれじゃあシロが危険な目に遭うだろう」
「逃げて不意打ちを受けるなら、シロが正面から一対一で戦って倒す。そっちの方が、まだ安全で可能性がある」
「勝てるのか……?」
「……わからない。でも、主を守りたい。……信じて欲しい」
シロの、俺への気持ちが伝わってくる。
話を聞いて俺も、自身へ襲い来るかも知れぬという恐怖心は目覚め始めていた。
だが、俺の代わりにシロが傷つき、死ぬかもしれないというのは望むところではない。
正直に言うならば逃げたい。逃げて欲しい。
だが、あの時感じた恐怖心に、何処に行っても付き纏われるような気はした。
だから……。
「……すまん。頼んでいいか?」
「ん。勿論」
酷い主だ……。
だが、俺にも出来ることはある。
シロが俺を想い行動するのなら、俺もシロを想い行動させてもらおう。
「……だけど一つ約束してくれ」
「ん」
「無理はするな。仮にも形式は試合なんだから、途中で棄権したっていい。頼むから死なないでくれ。……生きていれば、やれることはいくらでもあるはずだ」
「ん。わかった。ありがとう。主、愛してる」
ああ、俺もだよ。
「シロ……大丈夫なのですか?」
「ウェンディ、あくまでもシロの仮説。……だけど、用心するに越したことは無い」
「そうですけど……。もっと安全な解決方法はないのですか?」
「……いつ来るか分からない以上、早めに手を打っておきたい」
「シロ……」
「大丈夫。主と約束した。死ぬ気は無い」
ったく……。
ぎゅってしたいんだが、アイリスが邪魔だな……。
一度降ろしてしまおうか。
なんてわけにもいかないので仕方ない。
「ほれ、小指出せ」
「小指?」
「俺の元の世界で約束って言ったらこれなんだよ」
シロが差し出した小指に、俺の小指を絡ませる。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った」
「針……千本飲むの?」
「そのくらいの覚悟だぞってことだよ」
「恐ろしい儀式……」
確かに良く考えると子供のころから使っているが拳万に針千本はやりすぎじゃなかろうか。
シロがプルプルと震えているが、何かを思いついた顔に変わると身体を乗り出して俺の頬に小さく唇をつけた。
「あっ!」
「シロの約束を守る儀式。次は主が返すの」
「はは、了解」
「ああー!!!?」
シロの頬にも唇を軽くつけると、口を開けて驚いているウェンディを見て二人して笑ったのだった。
「……それじゃあ。シロは控え室で話してくる」
「ああ、約束だからな」
「ん。約束」
シロは小指を立てると去っていく。
その姿が見えなくなるまで見送ると、俺は恨みがましく見ているウェンディの方へ顔を向けた。
「さて」
「うー……」
「さて……」
「ううー……」
「あー……。ウェンディさん?」
なぜ頬を膨らませて指を差しているのですかね?
「私にも……」
「だーめ。あれはシロの約束を守る儀式だろ」
「でも、羨ましい……ご主人様からなんて……」
「今度な今度。それより、俺ちょっと出かけてくるから」
「……はい。わかりました。行ってらっしゃいませ」
少しむくれながらも、頭を上げると笑顔で送り出してくれるウェンディさん。
「……何処行くかとか聞かないのか?」
「聞きませんよ。大方、予想は出来ますし」
あら、読まれてますか。
「でも、危険な事はしないって約束してくれますか?」
「ああ、約束するよ」
「じゃあ、えへへ」
またもほっぺを指差すウェンディさん。
はいはい。わかりましたとも。
目を瞑っていまかいまかと心待ちにするウェンディに顔を近づけるのだが、ふと悪戯をしたくなった。
「はむ」
「ひあああああああ!」
ウェンディが向けていた頬ではなく、耳を咥えてみたのだが、飛び跳ねるように驚いて悲鳴を上げる。
「も、もう。突然何をするんですか!」
「あはは。顔真っ赤だぞ」
「それはご主人様がいきなりあんな事をするからです!」
「ほっぺにちゅーはシロの約束を守る儀式だろ? 俺の場合はほら、耳を咥えるのが約束を守る儀式だから」
理屈は通した。
それに可愛い顔も見れたし満足だ!
「じゃ、じゃあお返――」
「……おぬしら。よそでやれ」
「ん? わかった。それも約束しよう」
「アヤメ。わらわにやったらこやつの首を刎ねろ!」
「はい。わかったらさっさと行きなさい。ド変態が!」
おおう。
本気の目だったぞ今。
でもさ、綺麗な人にド変態って言われるとぞくぞくするよね。
俺、本当に何でもいけるんだな……。
「さて、エミリーさんお願いがあるんだけど、ちょっと一緒に来てくれません?」
「なに? 私もその変態ワールドに巻き込む気? 隼人に言いつけるわよ」
「いや流石に友達の女にちょっかいかけるほど腐ってないから……」
「……まあいいわ。それで、何処に行くの?」
「んー……お前の部屋?」
「……隼人に言いつけるわね」
「節操なしね……」
「お兄さん……酷いです」
「ご主人様……」
「お主……これからシロが戦うというのに……」
「斬りますか? 斬りましょう」
心外だ待ってくれ。
勘違いはいけない、ってそういえば俺も騎士団長に同じような事をしていたのか。
悪いことをしてしまったな……。
「いや、だからな? 違うからな? というか皆俺のことを下半身主義だとでも思ってるのか?」
「「「「「「違うのですか?」」」」」」
「……違うよ?」
何とか振り絞って言ったのだが、声が震えた。
いや、だってまさかそんな全員から『え、何言ってるのこいつ?』って顔で言われると思わなかったんだもん。
今、ちょっと泣きそうです。
シュパリエ様だけが、「え? え?」と分かっていないご様子なのが救いか。
できればそのまま、穢れを知らずこいつらに染まらずにいて欲しい。
ウェンディはともかく……クリスは一緒にお料理とかしてたじゃん!
健康的に楽しくお料理を作った事によって友情的な何かが生まれそうだったじゃん!
「じゃあ何の為に私の部屋に行くのよ」
「あー……ここじゃちょっと……」
「……わざわざ私の部屋……ああ、そういうこと。はいはい。わかったわよ。それじゃあ行きましょうか」
流石エミリー察しがいいね!
持っていたら一番助かったんだけど、でもまあダンジョンに行くわけでもないし持ち歩きはしないか。
正直アイリスならいいかな? とは思わなくも無いが、ここには貴族連中も、護衛もいるからな。
もの凄く耳がいい護衛とかいたら困るしね。
「え、いいのエミリー?」
「ええ。もし襲われそうになったら連絡入れるわ」
「わかったわ」
「いや、多分俺のが弱いからね」
まだレベル7だし。
魔法使いっぽいけど、少なくとも俺より段違いで高レベルだろうから殴り殺される自信もあるよ。
「あら、出かけるの? 遅くなっちゃったけどお昼貰いにきたんだけど……」
「ソルテ、いいところに来た。こいつらに言ってやってくれ! 俺は下半身主義じゃないよな!?」
「え、違うの?」
「ならば、アイナアアアアア!!」
「……あー……」
何故目をそらす!
いや、言わなくていい!
最後の砦だ頼むぞレンゲ!
「レンゲ……」
「ふむ……。違うっすよ。ご主人は、そんなんじゃないっす」
「レンゲさあああああん!!!」
お前、おま、さすがだよ!
レンゲさんだよ!
ああ、今日もその美しいふとももが輝いて見えるよ。
後でしこたま頬ずりしよう!
「……って言えば、今ならご主人からの評価がうなぎのぼりになるっすね」
まさかの、計算だと……?
「いいよそれでもいい! ああ、どうだ見たか! 聞いたかお前達!」
「……あんたがそれでいいならいいわよ」
「そうね。うん、わかったから。行くなら早く行きましょう……」
「ご主人様……」
おい、何でお前ら俺を可哀想な奴を見る目なんだ。
ソルテ、アイナ顔を背けるんじゃない。
レンゲもなぜ俺の背中をぽんぽんと叩くんだよ。
畜生見てろよ……。
「うわああん。あ、ご飯置いておくね」
ソルテ達のお昼ご飯をテーブルに並べていくと気を取り直す。
「あ、ありがと。えっと、行ってらっしゃい?」
「行ってきます。うわあああん」
「……まだ続けるのね」
「ガンバレーエミリー」
「はぁ……後で隼人に使う媚薬の一つでも作ってもらおうかしら……」
「あ、いいのがあるよ。すんごい奴」
「あら、じゃあ報酬はそれでいいわよ」
「了解。じゃあ、暫しお付き合いを。……うわああああん」
「ああ、続けるのね。はいはい。ほら、早く行きなさいよ」
流石にノッては来ないか。
まあエミリーだし、ノッたらノッたで面白いけどさ。
イメージは崩れるよね。
それでは、行動を開始しますか。
シロを信じてはいる。
だが、だからって信じて、甘んじて見ていたら最悪の結果になりましたと受け入れられるほどに問題を軽視してもいられない。
ならば俺は俺の出来る事をしよう。
シロもあくまで可能性の話をして動いているのだから、俺も最悪の想定に備えて動いておくべきだ。
ここからの話を俺は知らないのだが、後日ウェンディや、他の皆から聞いた話だ。
「ところで、奴は何処に行ったのじゃ? わらわの椅子が……」
「さあ?」
「さあって……お主予想できているのではないのか?」
「わかりませんよ……。ただ、シロの為に動くんじゃないかなって」
「何々? 何の話?」
事情を知らないソルテが話を聞くと、一度驚いた後は普通に食事を再開したそうだ。
「ふーん。シロが危険視か。危なそうね」
「反応が軽くはないか……?」
「え、だって主様がもう動き出したんでしょ?」
「そうだな。ならば問題ないだろう」
「っすね。多分今頃、頑張ってるんじゃないっすかね?」
「なんなのじゃその絶対的信頼感は……。もしやあやつ実はもの凄く強いのか?」
「それはないかと……先ほど私を連れて走った時すぐに息が上がっていましたし。私が手を引くともげるだのなんだのと騒いでおりました」
「何それ詳しく。と言うか、誰? 主様ったらまた新しい女を引っ掛けたの?」
「詳しくも何も、それで終わりですよ。あと、私はあの男に引っ掛けられてなどいません」
「はぁ……私も、そんな風に思っていた時期があったのよね……」
「先輩風を吹かさないでください。私はなりませんから」
「うんうん、わかるわ」
ソルテは過去の自分を見ているような気分になったらしい。
そして、新たな女の出現にヤキモチを込めて言ったそうだ。
「話を戻してよいかのう……?」
「ああ、主君は凄く弱いぞ」
「っすね。多分ここだと……クリスに勝てるか勝てないかじゃないっすかね?」
「ふええ!? 私ですか……? 私、レベルも低いですし、お兄さんに勝てるとは思えませんよ……」
「ちなみに今レベル幾つ?」
「24です……」
「あー……ギリギリ主様が負けるかしら」
「スキルなしならば負けるだろうな」
「ぼっこぼこにされるっすね」
「どれだけレベル低いのよあいつ……」
俺がいない時に酷い言い様だよね。
それにクリスはそんな事しない。
だっていい子だもん。
「そこまでか……ならば、なぜそんなにも安心しておるのだ?」
「主様はまあ、弱いんだけどね。でもまあ、主様自ら動いたのなら大丈夫でしょ」
「うむ。強みが無いわけではないのです。主君の強さは、武力ではなく別の強さですから」
「たまーにっすけど、超格好いいんす!」
「……普段から格好いいですよ」
「ウェンディは乙女で恋に盲目っすからねー」
「……そう? 結構、格好良くない?」
「あー……乙女がもう一人いたっす」
「格好いいだろう?」
「追加はいったっすー。……いやまあ、自分は超ってつけてるっすからね?」
俺、格好いい!
なんて自惚れるほど脳みそお花畑じゃないので、ただただ恥ずかしかった。
ちなみにこの話はアイリスが楽しげに話してくれたが、終始ニヤニヤとして格好いいのう、とからかって来たのだった。
「それで、どうする気なのじゃろうな。試合が始まってしまえばどうすることも出来ぬぞ? 観客席には結界が、出入り口には兵士が控えておるのだぞ」
「そこまでは分からないわね……。でも頼られたら血路くらいは開くわよ」
「まあ、そんな事を頼むとは思えないがな」
「っすね。流石に指名手配されるっすよね」
「というか、わらわが聞いておるのだから止めるわ……」
危うく犯罪者になるところだったのだと、後で聞かされてひやひやした。
ったく、どいつもこいつも血の気が多い。
もっとこう、俺のようにエレガントな登場を思いつかないものだろうか。
……まあ、俺にしか出来ないのかもしれないけど。
「ところで、すんごい奴ってなにかわかる?」
「私は知らないな」
「自分もっす」
「ウェンディなら知ってるんじゃない?」
「……シリマセンヨ?」
「知ってるわね」
「知っておるな」
「知ってそうです」
「知りません……。でも、すんごいんじゃないですか?」
「どうすごいのかしらね」
「さあ? でも主様は使用したこともあるんじゃない? だって効果を知ってるんだもの」
ウェンディはこのとき、どうあがいても逃れられないと察知したらしい。
そして諦めたようにこう答えたそうだ。
「……多分ですが、一杯の水を入れたコップに一滴入れただけで10数回も出来るくらいかと」
「それはまた……」
「とんでもない薬ね……。主様の体大丈夫かしら……?」
「危険薬認定じゃないのそれ……?」
「で、で? どうだったんすか!!?」
「し、知りませんよ!」
「よいではないか。ここには女子しかおらんのだぞ?」
「女の子同士でも話せない事もあります!」
初めて知った事なのだが、ガールズトークとは、甘甘でふわふわな感じかと思いきや、男が聞けば引くような生々しい話でいっぱいらしい。
そして、この後も続けられた話によりシュパリエ様も知識をつけてしまったそうだ。




