5-25 (仮) 王都一武術大会個人戦 - お昼時 -
んー……おっかしいな。
シロが戻って来ない……。
先ほどの熱い試合の後、お昼の時間となったのだが、シロがまだ帰ってこない。
何かあったんだろうか?
実は一発当たっていてその手当てをしていたりするのだろうか?
「ああもう! そわそわもぞもぞと! 落ち着かんか!」
「いやだって、いくらなんでも遅くないか? さっきはいつの間にか帰ってきてたのに、しかもお昼ご飯だぞ? シロが遅いのはおかしいだろう」
普段ならば真っ直ぐ寄り道せずに帰ってくるはずだ。
なんと言っても今日はシロのリクエストでお肉多目の特別メニューにしたというのだから、あの黒い影のようなものを使ってでも帰ってこないとおかしいだろう。
「そんなに心配なら迎えに行けばよかろう……。隼人もまだのようじゃし、迎えに行って来てはどうじゃ?」
「そ、そうだよな! 迎えに行ってくるわ!」
「アヤメ、付き合ってやれ」
「え、はあ!? 私がですか!? どうして……私が!」
「何が起こるかもわからんじゃろ。お主ならばこやつが迷っても案内できるじゃろうが」
「ですけど……アイリス様の護衛が」
「他のシノビも居る。それに、ここで襲う馬鹿貴族が居るならば逆に見ものであろう」
「……わかりました。ほら、行くなら早く行って済ませましょう」
「準備完了いつでもいいぞ。あ、アイリスとかウェンディは先に食べ始めててもいいからな。すぐ戻るから!」
先に作っておいたご飯をテーブルの上に並べておく。
「なんとも豪華じゃな……。昼飯というか、パーティでも開く気か?」
「いやまあ、まだあるんだけど……」
テーブルに並べきれるだけ並べたが、魔法空間内にはまだまだ料理が沢山残っている。
シロの分は丸々残してあるので、たとえ食べきられても全く問題がない。
「ああ、あとデザートはまた別であるから。ほかのシノビの人も食べるなら食べてもいいから! それじゃあ!」
「あ、ちょっと待って下さい! 控え室がどこにあるのかわかっているんですか!?」
「わからん! 案内頼む!」
「もともとその予定、ああ!? 手! 手を放してください!」
「こっちのが早いだろう。それじゃあ行ってくる!」
俺はアイリスたちに繋いでいない手を振ると一目散に走り出す。
とりあえず慌ててしまっていたのでアヤメの手は取ったままだ。
「あああもう! じゃあそこ右! 右ですからね!」
「あいよ! ほらアヤメも脚を動かせー!」
「動かしてますよ! この程度の速度……というかシノビの脚を舐めないでくれますか!」
「……なんかやらしい」
「脳みそ腐ってるんですか!?」
酷い言い様だな。
だが、その通りかもしれない。
「ほら、そこ左ですよ」
「はいはい」
「というか走るのはやめません? あと手を放してくれませんか?」
「ん? 少しでも俺と長く居たいって?」
「全速力で行きましょう」
「俺が追いつけない……」
「大丈夫ですよ。手は放さないんでしょう? ちゃんと付いて来なさい」
えっと、アヤメさん?
ぎゅっと手を握り締められたんだけど、デレ……たわけじゃないよね?
その可愛らしい笑顔がとっても怖いんですけ、ぎにゃん!
「ほらほら脚を動かしなさい」
「待って! 腕もげる! もげるから放して!」
「さっきまで私が放してって言っても聞かなかったくせに、私が聞くと思います?」
「思わないけど! やばい脚もつれる! 腕もげる!」
「人は簡単に死にますが、引っ張ったくらいで腕はもげませんよ」
「今まさにその常識が覆りそうになってるからね!」
もげる! いやその前に腕が抜ける!
流石シノビ凄く速い!
いや、もともと俺が遅いのか。
「はあ。体力もないんですねえ」
「ぜえぜえ、はあはあ……も、無理……、歩いていこう……」
「初めからそうしましょうよ。ほら、お水です」
「ありが、とう。んっん、ございます……」
受け取った水筒に口を付けてごくごくと水を飲むと少し落ち着けた。
それにしても、息一つ乱していないし汗一つ掻いていないとか流石シノビ。
「はぁ……死ぬかと思った」
「大げさですね」
いやまじで。
日ごろから思うのだが戦闘メインの人たちを基準に考えちゃいけないと思うの。
「おや、あれはシロ殿でしょうか」
「え、あ」
今の状態では顔を上げるのも辛いのだが、アヤメさんの言葉に顔を上げると確かにそこにはシロがいた。
……変な爺さんに壁際に迫られているように見えるんだけど。
「あれは……」
「あ、もしもし隼人?」
『あ、はい。ごめんなさいもしかして待たせちゃってましたか?』
「ああ、いや。それは別に構わないんだが、この世界って110番って何番だ?」
『は、え? 110番は110番ですけど……というかこの世界には電話も警察も無いというか……えっと、何かあったのですか?』
「そうか……じゃあ、あの爺さんをもうヤルしか……」
『イツキさん!? 爺さんって……あっ! 今どこですか!? イツキさん!?』
ギルドカードを閉じて隼人との通話を切る。
「や。どいて」
「なあ頼む。金でも飯でも何でもくれてやるから! わしと一発派手にやろう!」
「仕方ない。殺そう」
「いやいや。何ぶっ飛んだ事を言ってるんですか」
「だって! シロがロリコンの暴漢に襲われてるんだぞ! ほらアヤメ! 出番だぞ。やれ!」
「何で私が……。しかも、貴方の大切な人でしょう? 人任せってどうなんですか?」
ぐぬぬぬ……。
致し方ない。俺が行くしかないか。
「すぅぅぅぅぅ……キャアアアアアアアアアアア!!! 兵隊さああああああん! 変態が! ロリコンの変態がいますー!!!」
「まさかの女声!? 見た目から想像が出来ないので不気味なんですけど!」
なに、ここにはアヤメもいるのだし問題はないだろう。
あとはこの場に来た兵隊に任せれば万事解決だ。
「心外だ!! 誰だお主は!」
「あ。主」
「主だと……?」
シロが一瞬の隙をついてこちらにたたたっと駆け出してくる。
ああ、怖かっただろうに。
俺はシロをぎゅっと抱きしめて受け止めると、キリっと爺さんをにらみつけた。
「ど、どうしましたか!」
「変態が! ロリコンの変態がうちの子に迫っていたんです!」
そしてタイミングよく兵隊さんが現れると状況を簡潔に説明。
あとはシロを庇いながら兵隊さんに大人しく捕まってくれる事を願うばかりだ。
「だから心外だと言ってるだろうが」
「え、な……アーノルド様!?」
アーノルド……。
はて、確か第一騎士団の騎士団長様と同じ名前だった気がするが、まさかこんな変態なわけもないだろう。
「貴様も良い。持ち場に戻れ」
「はっ!」
はっ?
え、戻っちゃうの?
「なんぞこれ……」
「まあ、相手が軍務の上官では仕方ありませんよ」
「あーあ……腐ってやがる……」
って事はやはり気のせいではなくこの男が第一騎士団の騎士団長様ってことか……。
戦闘狂でロリコンの変態が騎士団長とか、この国もうだめかもしれない。
「主だったか、わしはお前さんの思っているような事はしておらん」
「真実がなんなのかに興味もない。ただ、傍目から見れば幼女に迫る爺さんでしかなかったぞ」
「……そうですね」
「ぬう……」
「大丈夫さ。自分の性的嗜好を隠したいのは分かるが、それも受け入れて生きていこう。だけど人に迷惑はかけるなよ」
「だから心外だと言ってるだろうが……。まあお主が主ならば丁度良い。わしはな……」
「あーあー! シロお腹すいたか?」
「おい聞かんか! わしはな!」
「アヤメ! アイリスが心配だ戻るぞ!」
真実など聞いてたまるものか。
もう俺のセンサーがびんびんに訴えかけている。
逃げろと!
災難が降りかかる前に逃げろと!
「じゃあな。爺さん! 俺らは昼食を取らねばならぬのだ!」
脱兎の如く後ろを振り向き逃げ出そうとしたのだが、首筋に風圧を感じ、甲高い金属音が響くとぴたりと脚を止めた。
「逃げる事は無いだろう?」
「主に剣を向けるな」
アーノルドが振るった大剣をシロが受け止めてくれたようだ。
「すまぬな。だが、話は聞いてもらおうか」
「もう一度言う。主に、剣を向けるな」
「わしももう一度言うぞ。話を聞け」
シロの声音が普段とは大違いなほどに低く、明らかに怒っている声であった。
対するアーノルドの声も、それはもう低くドスのきいたような怖い声でした。
「……いくら騎士団長とはいえ、限度がありますよ?」
「元々当てる気などない。わしはな、この娘と本気で戦いたいだけなのだ。武器も普段から使っている得物で、ギリギリの、血沸き肉踊るようなどちらかが死ぬまで行われる決闘を、死闘を申し込みたいのだ!」
「あー無理無理。無理です。意味がわかりませんし」
え、なんなのこの人怖い。
突然決闘とか、死闘とか、戦闘狂って皆こうなの?
完全に狂った危険思考じゃねえか。
「なにただとは言わん、死合うてくれるならばわしの持っている金を半分やる。一生遊んで……は無理だが、相応の額を払おう」
お金の問題じゃないんだけど……。
しかも半分て、残りの半分はなんなんだよ。
「……もう半分は迷惑をかけている妻のために残したいのでな」
「ロリコンの爺さんに妻……?」
「だからそれは違うと言っておるだろうが。それで、どうなのだ?」
「丁重にお断り申し上げます」
死合とか言ってるやつとシロを戦わせる訳無いでしょ。
お金は確かに欲しいけど、いくらあっても困らないからであってシロを危険にさらすくらいならば働くって話だ。
「ちい……」
「大体どうしてそこまで戦闘に狂ってんだよ……」
「…………すまぬが、強敵と戦いたい以外に理由がいるのだろうか」
随分、長い沈黙だったな。
それに、理由はいるだろう。
俺は武人じゃないからわからないが、武人ってそんなに短絡的思考なのか?
強い人をみかけ次第、おほっ! 死合しようぜ! とか怖すぎるだろ。
「じゃあなんでシロなんだ……? シロよりも強い奴ならこの大会には隼人卿とか、他の参加者だっているだろう」
「奴は強いがな……わしを殺せと言ったところできっと殺せんだろう。他の奴等は……戦えばわしが一方的に殺してしまう」
随分物騒な事をあっけらかんという爺さんだ。
もはや騎士団長などやめて冒険者にでもなったほうが好きに暴れられて国にも本人にも良いのではないだろうか。
「殺される可能性のない死闘に価値は無い。その娘ならば、わしを殺すこともできるだろう?」
「そんな理由で、なるほどなって言えるほど、戦闘に関心もなければ馬鹿でもない。残念だろうが諦めてくれ」
「そうか……だが、すまんが戦ってもらわねば困るのだ。例えば、断わればお主を――」
ぞくっと背筋が凍りつく。
爺さんが俺を睨んだと同時の事だ。
足が震え、死を間近に感じているのがわかる。
ダーウィンの時の感覚に近いが、それよりももっと深く、濃い感覚だ。
ただ一点、シロに触れている部分だけが温かく、感覚を覚えているようだ。
「何をしているのですか……? アーノルド様?」
そんな空気の中、聞き覚えのある声が、だがどこか普段よりも声音が低く怒っているような声で聞こえてきた。
「隼人か。なに、ちょっとした児戯だ」
「そうですか。ではその剣、早くしまっていただけますか? 勘違いしそうです」
後ろから現れた隼人が、冷静でありながらも怒っているといった感情を隠しもせずに、聖剣を構えてアーノルドの背に向けていた。
「……良い殺気を放つようになったな。いや、お主のためか? 一体お主は何者なのだ?」
問われているのだろうが、今は口を開こうとしても言う事を聞いてくれない。
ただ、シロが俺の腕の中でもがいているのだが、この手は絶対に放せない。
シロを、あいつの前に出してはだめだ。
「……答えられぬか。もし仮に、今、貴様を殺せば隼人もわしに殺意を持って相対してくれるだろうか……」
「いい加減冗談はそのくらいにしてはどうですか……? 王も貴方にある程度の自由は許していますが、罪も無い一般人を手にかけることを許した覚えはないはずですが?」
アヤメがすっと俺と爺さんの間に割って入ると、視線から隠すように前に出てくれる。
「こちらとしても、不本意ではありますがアイリス様に任された以上、怪我一つ無く送り帰さねばなりませんので、ええ不本意ではありますが。20秒くらいならもたせられますよ」
不本意って2回も言った!
いや、相手が相手だしアヤメの本来の仕事はアイリスの護衛なんだから、最悪見捨ててもいいんだよ?
「わし相手に20秒もたせるか。随分と無茶を言うではないか」
「そうですか? 最近の貴方相手ならば時間稼ぎくらいなら出来ますよ。それに、もし戦闘となれば隼人卿も加わるでしょう? 私は貴方から彼への攻撃に注意を払いつつ生き残れるように立ち回るだけですので」
「そうですね。その際は、僕も本気でお相手させていただきます」
「……それはそれで良いが……いや、すまなかったな。ちと躍起になっておった」
アーノルドからふっと先ほどまでの圧力が消えうせ、剣を納めるとこちらを一瞥し、
「主だったな。すまぬ。……それと、シロと言ったか貴様との試合、楽しみにしているぞ」
それだけ言うとアーノルドは去っていった。
それは試合だよな。
死合ではないよな?
普段から使っている武器ではなく、模擬戦用の武器で戦う普通の試合だよな?
「ぷはあ……。あー怖かった」
「全く……とんだ目に会いましたね」
「連絡してくれて良かったですよ……。最近アーノルド様の様子が少しおかしいようでしたので……」
「……そうですね。アイリス様もご心配しておられるようでした」
さっき言ってた事だろうか。
にしたって、わざわざシロに生死を賭けた戦いを挑む必要は無いだろう。
隼人を引き合いに出してしまったのは悪いとは思うが、順当に行けば決勝で隼人と当たるからな。
そこで全力を尽くせよ! と、言ってやりたい。
「んんー! 主! 嬉しいけど苦しい……」
「ああ、すまん」
ぎゅっと抱きしめたままのシロを放すと、シロが逆に抱きついてきた。
「主、何で放さなかったの?」
「いやだって、流石にアレはだめだろ……」
あんな軽く戦闘狂入ってるような男の前にシロを出すわけには行かないだろう。
「ふう、一先ずアイリス様のところに戻りませんか? 食欲があるかはわかりませんが、昼食を取りましょう」
「ん、食べる……」
まじか……。
食欲とか今あんまりないぜ?
デザートだけにしておこうかな……。




