5-24 (仮) 王都一武術大会個人戦 - 二回戦 -
一回戦が次々と試合を終えていき件の騎士団長様も隼人も無事に勝利を収めて二回戦へと進んでいった。
出来れば超新星現るとかで騎士団長が一回戦負けとかいうドラマチックを期待したのだが、そううまくいくわけもないよね。
「ん、んー! アイスはそろそろ固まったかの?」
「ああ、そろそろいいんじゃないか?」
先ほど溶け始めていたアイスを零してしまった後に魔法空間へと収納して再度冷やしなおしたものを取り出す。
そこに焼き菓子を数本指してあげるのは俺のお詫びの心である。
「良かったらアヤメさんも食べるか?」
「いえ、アイリス様の分が減ってしまいますから。クソゴ、貴方様が作ったものを口に入れたくないというわけではありませんよ」
うん、聞こえてるから。
4文字中3文字も言えば分からない奴なんかいないだろう。
「そういうことでしたらご主人様。プリンならいかがでしょうか?」
「あー……そうだな」
あの、ウェンディさん?
笑顔が固まったままですよ?
「……あの、これは何でしょうか?」
「卵を使ったお菓子ですよ」
「毒――」
「毒が入っているかどうかはわかりませんか?」
「……いえ、ありがとうございます。いただきますね」
アヤメさんもウェンディさんの気に押されたのかプリンと匙を受け取るとゆっくりと口に運んでいく。
「……ほう」
「いかがですか?」
「美味いですよ。とても」
「ご主人様が! 作った! プリンは! 美味しいですか!?」
「ええ、ですから美味しいですって……」
もふーっと嬉しそうな顔を浮かべるウェンディさん。
うん、満足そうで何よりだよ。
「アヤメ、わらわにも一口」
「私の食べかけなど……、あの申し訳ないのですがもう一つありませんか?」
「食べたいだけどうぞっと」
プリンなら俺も食べたかったから作り置きもあるしな。
「ほーう……ぷるっぷるじゃな」
「新しい匙いるか?」
「いや、アイスので良いぞ。では早速……おお! 美味いではないか!」
どうやらアイリスも気に入ったらしい。
だけどアイスにプリンって、糖分取りすぎだな。
アイリスがぽよぽよになってしまわないか心配だ。
「ええ、とても美味しいです」
「ふふん。ご主人様は凄いんですよー!」
「……そうですね」
アヤメさんの反応は既におざなりではあるがプリンは気に入ってもらえたようだ。
ウェンディもウェンディさんから戻ってきているし、良かった良かった。
「む、そろそろシロの試合じゃな。次の相手は……おお、同じく予選から勝ちあがってきた男のようだぞ」
リングへとシロが先に上がり、続いて反対側から男が現れる。
『皆様大変お待たせしました! 続いての試合はなんと予選から勝ちあがってきた二人の戦いです! どちらも本選からの出場者を破った強者同士! どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!」
「ふーふー」
「おい相手リングに上がってきただけでふーふー言ってんぞ」
しかも真ん中までこないで端の縁で座って休んでんだけど。
見た目がその……オブラートに包むと太ましいんだけど。
言ってはなんだけどどうやって予選と本選を勝ち抜いたのかがまるでわからないんだけど。
しかも鎧なんかを纏っているわけでもないし、武器を持っているようにも見えない。
持っているのは巨大な盾と、身に着けている大きなマント。
あの下まさか裸じゃないだろうな。
シロに変なもん見せんじゃねえぞ!
『さあ小さな体に驚きの戦闘力! 最速の白い死神が今回も二刀のナイフで相手を刈るか!? シロ選手です!!』
おいこら副隊長! うちの天使を死神とかてめえ! またひんむくぞごらぁあああああ!
『っひ! なんでしょう……股下がふっと寒気がしました……。んん、こほん。気を取り直してお次はこの方! 大きな体とは正反対に繊細で計算しつくされた攻撃! 未来でも読んでいるかの如く相手を追い詰める様はまさに狙撃の王! ゴンザ選手!』
歓声を受けてもぴくりともしないゴンザという男。
今は息を整える事に集中しているのだろうか。
いや、もしかしたらあれすらも作戦なのかもしれない。
シロは前の方で準備をし、ゴンザは端の端、『守護者』のように角っこに陣取っている。
お互いに会話を交わすような事は無いのだが、二人の間には既に戦闘プランが練られ開始をいまかいまかと待っているのかもしれない。
果たしてゴンザと言う男はシロの速攻をどう回避するのだろうか。
『それでは試合開始ぃぃいいい!』
副隊長の号令と同時にシロは速攻をしかけるが、ゴンザは角である利点を利用して巨大な盾をリングへと打ち込んで突き刺すと隙間なく壁を作る。
角であることを利用して相手からの攻撃を防ぐ為だと思われるが、それだとゴンザも攻撃が出来ないだろう。
相手の行動にシロは突撃する脚を止めずに直進すると、選択肢として限られている宙を選んだ。
「狙い通りなんだな」
ゴンザは盾の隙間から見える小窓のようなものでシロを観察すると、タイミングを合わせてマントからナイフを2本引き抜き投擲する。
それをシロはナイフで弾き飛ばそうとするが、およそありえない事が起こった。
シロのナイフが投擲されたナイフに触れるとシロの腕は弾き飛ばされ、残りのナイフはすかさず逆の手のナイフで防いだのだが盾の外へと押し戻されてしまった。
「ふ、防ぐとは思わなかったんだな」
「……『重撃』?」
「そ、そうなんだな。よくわかったんだな」
「……重戦士のスキルを投擲術に載せたの?」
シロの呟きの意味は俺にはわからないので、アヤメさんのほうを見て解説を求めてみる。
「……重撃は文字通り重い一撃を叩きこむスキルです。それを投擲術に応用しているようです」
「それって難しい事なのか?」
「ええ。重撃は重戦士のスキルですから。戦士から派生して重戦士となり、更には投擲手としてもレベルを上げなければなりません。投擲手と戦士はタイプの違うジョブですから非効率的ですしね」
すらすらと説明をしてくれるアヤメさん。
さきほどのプリンのお礼なのだろうか。
「さ、更に僕はここからでも君を攻撃できるんだな」
ゴンザは空にナイフを放るとそこにぶつけるようにナイフを投げる。
するとナイフがまるで意思を持っているかのようにシロへと一直線に向かっていく。
そのスピードは手で投げたそれと遜色無いほどに速い。
「ふぁ、ファンタジー……」
正直ありえないだろ。
いやまあスキルがあるんだし、これくらいの不思議に今更突っ込むのもどうかとおもうけどさ。
にしたって正確無比に弾き飛ばすって凄いな。
シロはそのナイフを受けずに避けると、一歩前に踏み出した。
だが、何かに気がつきそのままオーバーなほどバックステップを踏む。
すると、シロがさっきまでいた場所に上空からナイフが降ってきてリングへと突き刺さった。
「うお! さっき副隊長が言ってた繊細で計算されたってこういう事か!」
相手の動きを読んで……いや、重撃を意識させて避けやすい方に誘導したのか。
あのデ、ゴンザ驚くほどに意外と強い。
「ふ、ふふふ。良く気づいたんだな」
「勘」
「じゃあ次はどうかななんだな!」
ゴンザが数本のナイフを宙に放ると左右の指に挟んだ四本のナイフを宙に放る。
もしかしてあれ全部シロに向かってくるのか!?
案の定まず放られたナイフが弾き飛ばされてシロに向かっていく。
それをシロは受ける事無く順に避けると、続いて空の警戒に当たる。
「上ばかり見てたら、危ないんだな」
ゴンザは両指に4本の矢を挟むとそれを盾の横から放るように払い投げる。
そして、
『導きの風』
ゴンザが風の魔法を唱えると放られた矢はそのままシロに向かって飛んでいく。
上空からのナイフと、前方からの8本の矢。
しかもそれぞれがシロを追い詰めるかのように避けた先へと向かっていくのだ。
正直、気持ち悪いほどに正確に。
だが、シロはそれすらも全て躱し尽くす。
その姿は舞っている様に見えるほどに無駄が無い。
「よ、良く避けたんだな」
「ん、弾が尽きるまで避けてもいい」
「っぐ……。でもそうそう無くなりはしないんだな!」
マントを翻すと現れたのは縫い付けられたナイフと相当数の矢筒。
あいつが登場時に息を乱していたのはあの多数の武器を抱えていたからなのかもしれない。
現に今は息一つ乱してはいないのだから。
「おいおい、持ち込み制限とかないのか?」
「その分移動の制限がかかるのでな」
なるほど、完全に移動する事を無くした分、弾数を確保しているのか。
「今度はもっと多いんだな!」
宙に放り投げられたナイフの数は一瞬では数えられないほどに多い。
高さもばらばらだが、弾く為のナイフの数も更に多くなっている。
「増えても当たらない」
「避けてから言うんだな!」
ゴンザは8本の矢をまた横に放り投げる。
そして更にもう8本投げると、また『導きの風』を唱える。
当然先ほどと同じように全てシロに向かっていくのだが、シロが言ったように当たる気配はなさそうだ。
だが、
『導きの風』
ゴンザがもう一度魔法を唱えると避けたはずの矢が後方から再度襲い掛かってきた。
「ちょっと待て! 流石におかしいだろう!」
「矢羽に細工がしてありますね。切れ込みをいれて曲げやすくしてあるのかと」
そこまで計算にいれてんの!?
「どんな頭の構造をしてんだよ!」
「……いえ、あれは経験によるものだと思います。おそらく、血のにじむような鍛錬を繰り返したのでしょう」
「血のにじむようなって……いや、鍛錬してたんならもう少し痩せるんじゃないか?」
「おそらくですが重戦士の条件である体重を無理矢理に上げる為でしょう」
体重とか関係あるんだ……。
目的が『重撃』ならば正当な方法で重戦士にならなくても良いって事か?
にしたって、どんな鍛錬を積んだらあんなふうになるんだよ。
「ん。甘い」
シロは後ろからの攻撃も見えているかのようにその場で宙返りをして回避すると、元々シロがいた場所に矢がぶつかり合ってリングへと落ちる。
死角から矢が襲い掛かり、もしシロに突き刺さっていたかと思うとぞっとした。
「な、なんで当たらないんだな!?」
「……」
「だったら、当たるまで数を増やすだけなんだな!!」
ゴンザが叫び、再度同じ攻撃を、いや単純に本数が増えたのだがそれでも当たる気は最早しなくなっていた。
重撃が加えられているなど複雑な攻撃ではあるものの、シロが呆気なく回避してしまっているせいで単調だと思ってしまいそうになる。
「な、なんで……」
それでもゴンザにはそれしかないのだろう。
もう一度攻撃をしようとして――
「……随分頑張った、ね」
シロが呟くとゴンザは投擲する動きを止めた。
「……お前に、何がわかるんだな!」
「ん、その技術を見ればどれだけ頑張ってきたかはわかる」
「ああそうなんだな! 僕は頑張った! あいつらを見返すために死ぬ思いで頑張ったんだな!」
「ん」
「だからこの力で騎士団の連中に、僕を認めさせてやるんだな!」
「騎士団? どうして?」
「気になるなら教えてやるんだな! 元々投擲術だけじゃ騎士団には入れてもらえない。だから無理矢理にでも戦士のジョブについたんだな! でも、戦士としての才能が無い僕じゃ戦士としてはまるでダメで、何度も馬鹿にされて! 何度も試験に落ちて! 見ていた騎士にも笑われて! それで試験官から『もう受けるな』って言われたんだな!」
もう受けるなって……いや、いくらなんでもそれは酷いだろ……。
せめて受ける自由くらいは許してやれよ。
「なあ」
「うむ……その試験官と騎士連中には後で詳しく話を聞かねばならんな」
どうやらアイリスも問題だと思っているようだ。
騎士団なんぞに興味は無いが、このままでは正直王国自体に対して幻滅しかねない。
「でも、おかげで随分強くなってる」
「そうなんだな! 僕は強くなったんだな! だからこの力で、僕を馬鹿にした騎士団の連中に一泡吹かせてやるんだな! だから、こんなところで負けられないんだな!」
ゴンザがマントを投げ捨てて全てのナイフ、矢を投擲する。
更に魔法を唱えるとマントが先にシロへと向かっていき目隠しのようになってしまう。
まさしくゴンザの最後の手段ともいえる攻撃だろう。
だが、これを避けきってしまえばシロの勝ち。
しかしシロはその場から一歩も動こうとしなかった。
「ん。いつか出来るよ。でも」
シロの周りをあの黒い影が包み込むと同時に黒い太刀のように一本の線が出来上がる。
それは巨大な盾へと一直線に伸びて、軌道上にあった矢やナイフを弾き飛ばして盾ごとゴンザを吹き飛ばす。
ゴンザはリングのギリギリにいるので盾に巻き込まれるようにリングアウトしてしまった。
「まだ、満足しちゃだめ。伸びるよ。君は」
黒い影を納めるとシロはリングアウトしたゴンザににこりと微笑んだ。
『勝者シロ選手!! びっくりするほど良い試合でした! 見事な投擲術を魅せてくれたゴンザ選手と! その悉くを避けきり最後は勝利まで勝ち取ったシロ選手の両名に惜しみない拍手をお願いします!』
ぱちぱちぱちっとまばらに始まった拍手は、次第に大きくなり喝采となる。
当然俺も惜しみない拍手を送っていた。
ゴンザはその光景を驚いた表情で見上げて見回していた。
『次回が楽しみだな!』『格好良かったぞー!』『凄かったぞゴンザー!!』
試合を見ていた皆がゴンザの実力を認めたが故の大歓声と拍手である。
負けたゴンザに対しての言葉に、ゴンザは顔を伏せてしまった。
その表情は見えないが、
「……次は、当てて見せるんだな」
「ん。楽しみにしてる」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃとなってしまったゴンザは瞳に熱い炎を燃やし、背中に歓声を受けたまま退場して行く。
盛り上がった熱気は退場したあとも暫くやまず、リングの清掃も兼ねて昼休憩を挟む事となったのだった。




