5-22 (仮) 王都一武術大会個人戦 - 準備 -
昨日のチーム戦の優勝者は、結局アイナ達に勝った『守護者』だったそうだ。
ちなみにだが俺はシロと屋台めぐりをして帰ったので、結局最後の優勝者インタビューのところしか見ることができなかったのだがまあそれはそれで良いとしよう。
座席に戻ると屋台の品を沢山持っていることに呆れられ、でも三人の容態は大丈夫そうだと伝えるとアイリスを含めて皆安心したような顔をしてくれた。
『無事じゃったのならさっさと戻ってこんか!』
とアイリスは意外にもそわそわしていたとウェンディが語っていた。
ちなみにアイリスは観戦する際にウェンディの膝に乗り、乳を枕にしていたのだそうだがどうにも御気に召さなかったらしい。
まったく、贅沢なお子様である。
さて、今俺は何をしているのかというとアイリスに催促されたアイスと、シロに催促された大量のお昼ご飯を作っている最中だ。
アイリスに頼まれたアイスはともかくとしてシロに頼まれたご飯の量は普段よりも多く、食べきれるのか心配ではあるがまあ余ったらお疲れ様会で出せばいいとした。
ということで、今日は朝からクリスとウェンディと三人でパーティでも開くのかといった量の食事を作っている。
「お兄さん、卵このくらいでよろしいですか?」
「ご主人様、サンドイッチに何をはさみますか?」
頼まれたのは俺なのだが、二人は進んで手伝ってくれている。
「あむ。んー! これも美味しいですね!」
「あ、私にもいただけますか?」
二人は仲睦まじく試食という名の朝食を食べているのだが、隼人達には既に朝食を提供してある。
元の世界では料理はそれなりに作るものの、結局自分で作って自分で食べるだけだったのであまりモチベーションは上がらなかったのだが、こちらでは食べて喜んでくれる人がいるのでやりがいもあるというものだ。
当初の予定では農業で……と思ったのだが、このまま飲食店を開いてしまうというのも悪くないかもしれないな。
皆のウェイトレス姿か……。うむ。悪くないな!
ただ、飲食店だと勝手に休みづらいんだよな。
せっかくきてくれたのにやっているかやっていないかわからないと、お客さんは着いてくれないもんだ。
まあ趣味でやる程度が丁度いいだろう。
錬金といい取ったスキルは殆ど趣味のようになってきている気がする。
いやでも楽しい仕事って理想だよな。
しかも入ってくるお金も高いのだから、まさに理想の仕事と言えよう。
「ご主人様は何を作ってらっしゃるんですか?」
「腸詰に切れ込みですか?」
「んー? たこさんウインナー」
お弁当と言えばこれだよな。
小さい頃母親が毎回お弁当に入れてくれてたなーと思い出して作る事にしたのだ。
ついでにウサギリンプルも作っておいたのだが、これはアイナ達のお見舞い用である。
お見舞いと言えばフルーツだが、これは観戦しながらでも食べてもらえればと思ったのだ。
「器用ですよねえ。うさぎのリンプルは私も練習してみます!」
「まあ見た目も楽しく食べるのが、お弁当の醍醐味かなとね」
「うう、ご主人様にお料理を教えるまでもなく腕がめきめき上がっていきます……」
「まあ、それでもレベルが上がらないんだけどもね……」
もう相当やってるはずなのに何故かレベルが上がらない。
もはやバグっているとしか思えない状況である。
今のままでも料理を作るのに何の支障もないからいいけどもさ、なんかこう、俺これだけやったよっていう証が形として残ってくれないという……。
「どうしてなんでしょうね?」
「流れ人だから……としか考えられないよな」
「うーんどうなんでしょう? 隼人様はスキルのレベルが上がらないといったことはなかったようですが」
「料理スキルだけ制限があるのかねえ? なんのためにだよ……」
もしかしたら今まで料理スキルを女神様から貰った流れ人がいなかったのだろうか。
そういえば隼人は女神からユニークスキルに合ったスキルを貰ったと言ってたな。
あれか? 俺からスキルを選択制になってて、料理スキルのレベルが上がるためのポイントが足りなかったとか?
「まあ、いいか……」
レベルが上がらないのが錬金じゃなくて良かったと思うことにしよう。
もし錬金のレベルが1のまま上がらずに『手形勢』も『贋作』も『既知の魔法陣』もなかったらと思うと、俺は今王都におらず必死に延々と地道にポーションを錬金して小金を稼いでいたことだろう。
そう考えれば料理スキルのレベルが上がらないのが何だって言うんだと、半ば無理矢理に思い込むことにした。
大量のお弁当が完成したので、もはやデフォルトとなってしまったフリフリのエプロンを解く。
デザートも大量だし、その他諸々確認作業を二度してあるし、忘れ物もないな。
朝食はウェンディ達と一緒にツマミ食いで済ませたし、俺の準備はオーケイだ。
屋敷から出ると一人ものすごい速さで動き回っている影が一つ。
黒い墨で一筆引いた様に縦横無尽に動き、そしてそれを追う様に収束していく黒い影。
俺の目では何をしているのかもわからないが、それでもその影の正体が誰なのかはすぐにわかった。
その影が俺に気がつくと、俺の前でぴたりと動きを止める。
「さてシロさんや、準備はいいかい?」
「ん、問題ない。今日も絶好調ー」
「あれだけ言っちまった以上、自信はあるのか?」
「んー……どだろう? 隼人級がいるなら無理かも?」
「あれ、意外と自信はないのな」
「現実見てるだけ。勝てない相手に挑む理由がない」
思った以上に冷静なのね。
子供らしくもないけど、それだけ戦闘については真面目に考えているのだろう。
俺としても無理して大怪我なんてして欲しくないからな。
「でも、やるだけやる」
「……無理はすんなよ」
「ん、ほどほどに」
「じゃ、行くか」
「ん、主おなかすいた」
「朝食食べてたよね!?」
本当にいつも通り、絶好調のシロであった。
会場にたどり着くと、アイリスが既に仁王立ちにて待っていた。
「シロ、今日は応援しておるぞ……って、もう食べておるのか……」
「ん。アイリスも食べる?」
「わらわにはアイスがあるからな! ……あるよな?」
「ちゃんと用意したから、好きなだけ食べていいぞ」
「うむ。おお! 容れ物も大きいとは!」
「全部食べたら間違いなくおなか壊すからな」
「わらわの内臓を甘く見るなよ? 好きな物を食べ過ぎておなかを壊すほど軟弱ではない!」
どういう理屈だよ。
でもおなか壊したらお薬あげますからお好きなだけお食べくださいなっと。
「じゃ、行く」
「それでは僕も失礼しますね」
「隼人卿は雪辱を果たせると良いな」
「隼人様! 頑張ってください!」
「はい。頑張りますね」
そういえば隼人は前回第一騎士団の騎士団長に負けたと言っていたな。
今回も聖剣は使わないのだろうけど、勝てるように願っていよう。
「シロも隼人も頑張ってな」
「はい!」
「ん、見てて」
二人が揃って選手控え室へと歩いていくのを見送り、俺はソファーへと腰を降ろす。
「ほっ」
「ぐえ」
そして最早当たり前といわんばかりにアイリスが膝の上に飛び乗ってくる。
「アイスを食べるのじゃ!」
「あー、ほれ、これやるよ」
大きなアイスには大きなスプーンだよね。
アイリスの口の大きさを考えるとそこまで大きくもないが、やはり子供は無邪気に食べる様子が良いと思う。
「おお! これ貰ってもよいのか!?」
「ああ。好きに使ってくれ」
「うむ! では早速食べるのじゃ!」
アイリスはアイスに夢中だし、今日は落ち着いて試合観戦が出来そうだな。
「うふふ、皆さん今日はよろしくお願いしますね」
「はい! シュパリエ様! 一緒に隼人様を応援しましょう!」
どうやらあっちも仲良く観戦といったところのようだ。
実況してくれる人がいないのは心配だが、とにかく楽しむことにしよう。
『皆様お待たせいたしました! 本日、王都一武術大会最終日、個人戦本選をこれより開始いたします!』
副隊長が今日も変わらず元気に開幕を宣言し、個人戦の開始が告げられる。
「むう、これは溶ける方が早そうじゃな」
「なら一度固めなおすか?」
「む、出来るのか? こんなところでは魔法を使う訳にもいくまい?」
確かに貴族席で水の魔法を使うなどすれば大問題だろう。
だが、魔法空間に入れて冷やせばいいだけなので問題はない。
「まあな。でも内緒だぞ」
「わかった! 溶け始めたら頼むぞ!」
どうせ固めなおすならば焼き菓子を刺して味に変化をつけてやろう。
パフェについている焼き菓子って妙に美味しいしな。
「お客様、本日の選手表です」
「ああ、ありがとう」
「お客様は確かマスク・ザ・シロ殿にお賭けでしたね。本選出場おめでとうございます」
「そういえば予選からならそのままだったか?」
「はい。他にお賭けになりたい方がいらっしゃいますようでしたらお伺いいたしますが」
「そうだな……。じゃあ隼人卿が優勝するに1000万頼む」
「かしこまりました。倍率は4倍ですので再度ご確認を」
「ああ問題ない。よろしく頼む」
「それでは賭札をお持ちくださいませ」
賭博商人トリトンから賭札を受け取り魔法空間に仕舞う。
心情的にはシロに再度賭けてもよいのだが、皆平等に1000万としておいた。
合計で3000万も使っているが、アクセサリーのオークションで儲けてもいるので今回くらいは大目に見てくれませんかねウェンディさん?
「……昨日1000万ノール負けているんですからね」
「まあ、今回だけだからさ」
「本当ですか……? 取り戻そうと思ってはいませんか?」
「大丈夫だから……。ギャンブル中毒にはならんから……」
ギャンブル中毒の夫が生活費からパチンコに行く代金を抜いて朝から打ちに行くような会話だな……。
いや待て、俺は違うぞ。違うからな!
「豪気な賭け方じゃな」
「まあシロで元は取れてるしな。当たったら良し、シロが連勝してくれたらまた良しってことで」
「ふむ。まあ今回の隼人卿ならばありえぬことでもないか」
「な。意外と熱血なところもあるのな」
普段優男に見えるのに、今日は目の奥に闘志が燃えているようであった。
前回負けたのが悔しかったのか、意外にも負けず嫌いなのかもしれない。
あれならば十分優勝の目もあることだろう。
だが、王国の第一騎士団の騎士団長とやらはどれほどに強いのだろう。
いくら前回とはいえ、流れ人で剣術に特化している隼人に勝つなんてとんでもない化け物に違いない。
どうか最初からシロと当たりませんように! と、願いながら俺は対戦表に目を落とした。
……結果、一回戦目ではないものの同じリーグには設定されている為、結局勝ち続ければ当たりそうであった。




