9.壊れた器
お母様は倒れた日から起き上がることができず、
部屋で寝たきりになってしまった。
最初は会話もできていたのに、日に日に弱っていき、
ひと月もたつ頃にはずっと眠り続けるようになっていった。
治癒士の説明によると、治癒術を使いすぎて、
お母様は魔力の器が壊れてしまっている状態だそうだ。
だから、魔力による治癒術を使おうとしても、
器から魔力が流れ出てしまうために効果がない。
公爵家お抱えの治癒士でも身内であるジェラルド兄様の治癒術でも、
まったく回復することができなかった。
魔力持ちの身体は魔力があって維持できるようになっているため、
その魔力を保持できなくなったお母様は、
もう治る見込みはないという……。
「どうしたら……どうしたらお母様は助かるの?」
「……今の状態だと、何をしても無理だと」
「そんな!」
「器を治す方法は見つかっていない」
「……私を治そうとしたからお母様は……私のせいだわ」
私を助けようとしなければお母様が倒れることもなかったのに。
そう思ったら悲しくて悔しくて涙がこぼれた。
「ジュリアンヌ、それは違う。
いろんなことが重なったせいでもあるんだ。
レイモンの病気とジュリアンヌの怪我、どちらかならきっと壊れなかった」
「お兄様の病気……」
「あの時、レイモンが熱を出したのは王家のお茶会に出席したからだ。
普段、レイモンは社交せずにいたのに、
王家主催のお茶会だから断り切れなくて公爵が連れてきたんだ」
「王家主催のお茶会?」
「本当はジュリアンヌも招待されていたらしいけど、
叔母上とジュリアンヌは病気で欠席だと言われたよ」
「そんなお茶会あったの知らないわ」
お兄様がお茶会に出席したのも、私が呼ばれたのも知らない。
だって、一度もお茶会に出席したことなんてない。
イフリア公爵家の者が魔力持ちだなんて恥ずかしいから、
そう言われて社交したこともなかったのだから。
「だろうね……。お茶会にレイモンだけ出席させたのも、
レイモンの熱が下がらないからと叔母上に治療を命じたのも、
全部イフリア公爵が決めたことだ。
ジュリアンヌがさらわれたのだって、公爵の愛人のせいじゃないか。
叔母上がこうなったのはジュリアンヌのせいじゃない」
「……」
言われてみればそうなんだけど、本当に私のせいではないのだろうか。
死にかけた私を助けるためにお母様はかなり無茶したはずなのに。
「ジュリアンヌが自分を責めたら、叔母上が悲しむ」
「え?……」
「俺だったら、助けた娘がそんな風に思っていたら悲しいと思う」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
もうお母様は助けられない。
なのに自分を責めることすら許されない。
「そばにいてあげなよ。手をにぎるだけでもいい」
「それだけでいいの?」
「ああ」
「……わかったわ」
そういえば、ジェラルド兄様はよく私の手にふれていた。
嫌な記憶を思い出しそうな時、みっともない自分の姿を嘆いていた時、
ジェラルド兄様は黙って手をつないでいてくれた。
そのまま私が落ち着くまで、ずっと静かにそばにいてくれた。
そっとお母様の手にふれると冷たかった。
いつもなら温かいはずなのに、おそろしく冷たい。
その手が私の体温で温まるように包み込むように両手で握る。
目を閉じたままのお母様が少し笑ったような気がした。
「お母様、喜んでくれているかしら」
「俺はそう思うよ」
それから毎日、お母様の手を握って声をかけていた。
少しでも回復してくれたらいいのにと願っていたけれど、
その願いが叶えられることはなく、お母様は眠るように亡くなった。
「っ……ひぅ…く……」
「泣いていい。叫んでもいい。よく頑張ったな」
「にいさま……」
ジェラルド兄様に抱きしめられ、我慢できなかった。
これまでの悔しさや悲しさが吹き出したように叫んで、
泣いて泣いて泣いて……暴れるほど泣いて。
それでもジェラルド兄様は私を離さなかった。
いつ泣き止んだのかもわからないまま泣き疲れて眠った後も、
ジェラルド兄様は私を抱き上げたままそばにいてくれた。
お母様の葬儀は密葬になった。
私が生きていることを知られないように、王家とイフリア公爵家にも知らせず、
葬儀がすべて終わった後でお母様が亡くなったことが公表された。
お母様がいなくなったことで、この世界から嫌われているんじゃないかと感じた。
どうしてこんなにつらいことばかり私に起きるんだろうと。
伯父様と伯母様ともうまく話せなくなり、
部屋に閉じこもってばかりになった私に、
近づけるのはジェラルド兄様だけになっていた。
「今日は外に行こうか」
「……歩きたくない」
「歩かなくていい。抱きかかえていくからいいよ」
食事をきちんと取らないせいで軽くなった身体をひょいと抱き上げると、
ジェラルド兄様は中庭へと向かう。
あらかじめ指示されているのか使用人は見えない。
いつもいるはずのジェラルド兄様の侍従たちも、私に近づくことはない。
ずっと毎日ジェラルド兄様とだけいる。
……こんなに甘えているのも、もう終わりにしなければいけないのに。
「ねぇ、もうすぐ兄様は学園に行くのよね?」
「行かないよ」
「え?」
「中等部は行かないことにした」
「どうして?……私のせい?」




