8.王家との話し合い
ようやく普通に過ごせるまでに回復した頃、
伯母様が編んでくれたレースの帽子をかぶることで、
屋敷の中では家族や使用人と会えるくらいにまで気持ちも落ち着いてきた。
それまではジェラルド兄様とお母様にしか会うことができなかった。
特に黒髪の女性と身体の大きな男性が怖くて、
その特徴を持つ使用人は申し訳ないけれど、
私に関わらない仕事に配属を変えてもらうことになった。
ジェラルド兄様はバラバラだった髪を切って整えた。
まだかなり短くても、そのままの姿で気にしていないようだ。
私のせいで切らせてしまったと後悔して、
謝ったけどジェラルド兄様はおそろいだねと笑うだけだった。
優しいお兄様のおかげで少しずつ元気を取り戻し、
初めて食事室で伯父様や伯母様、
お母様とジェラルド兄様と夕食を取ることもできた。
私が行方不明ということは王家とイフリア公爵家、レドアル公爵家だけが知り、
表向きには重篤な病気になってレドアル公爵家に引き取られたことになっている。
王家との話し合いが必要になったのは、
私も知らなかったけれど、五歳の時に第二王子サミュエル様と婚約していたらしい。
私がさらわれた責任をお母様にとらせるとお父様が言っていたのは、
私がただの公爵令嬢ではなく、王子の婚約者だったからだ。
王子の婚約者である私をきちんと守れなかった責任をとって、
お母様はイフリア公爵家から離縁されたことになっていた。
私が行方不明になった次の日にお母様が追い出されたのは、
王家から責められる前にすべてお母様のせいにしたかったかららしい。
元からお父様にはあまり好かれていないとわかっていたけれど、
それを聞いてお父様にとって大事なのはレイモンお兄様だけで、
私とお母様はどうでもよかったのだと思い知らされた。
王家とお父様との話し合いを終えて帰って来た伯父様は怒っていたけれど、
お母様と私をレドアル公爵家に引き取り、第二王子との婚約も解消してくれていた。
ついでに王命による結婚が不幸な結果に終わったことを大げさに嘆いて、
ジェラルド兄様に来ていた第一王女アデール様との婚約の話も断ったのだとか。
さすがにそれには驚いて本当に大丈夫なのか確認してしまった。
「ねぇ、アデール王女との婚約を断って大丈夫だったの?」
「もともと王女の降嫁は断るつもりだったんだよ。
理由がなくて困っていたから、父上は今回のことを利用したんだ。
王家にとってジュリアンヌの件はよほど公表されると困るらしい」
「公表されるとイフリア公爵家とレドアル公爵家の不仲が知られるから?」
「不仲が知られるからというよりも、王命を出した結果が愛人が娘をさらうだなんて。
そんなことになったのは無理やり結婚させたからだと貴族たちは思うだろう。
ジュリアンヌのことを公表しないことを引き換えに、
叔母上を離縁させてイフリア公爵家とは二度と関わらせないことと、
ジュリアンヌが見つかったとしても王家とは婚約させないことを確約させた」
「そんな確約をさせてきたの……」
「生きているとわかれば、また第二王子の婚約者にと言って来るだろう。
ジュリアンヌはそのほうがよかったか?」
「ううん、会ったこともない王子と婚約したいとは思わないわ」
「それならいいけど。ただ、そのせいであの女を処罰させるのは難しくなってしまった。
……悔しいな」
「それは……今でも許せないけれど、それでも正式に調べて罰することになったら、
私が生きているのが知られてしまうかもしれない。
生きてるのが知られたらイフリア公爵家に戻されてしまうだろうし、
このままここで暮らすにはこれでよかったんだと思うわ」
「そうか」
どうやら伯父様が陛下とお父様と話し合って決めてきたことに、
私が納得していないのではないかと心配していたらしい。
たしかに悔しい気持ちはある。
お父様の愛人を罰してほしいとも思うけれど、
それよりも今の穏やかな生活を守りたいと思う。
私が死んだと思っているお父様は私を探そうともしない。
そんな人のところには絶対に戻りたくない。
「何かあればすぐに言えよ」
「うん、ありがとう」
ジェラルド兄様は私が髪が短いことを気にしていると知っているから、
何かある時は頭ではなく頬を撫でてくる。
それがくすぐったくて、でもうれしくて、もっとして欲しくなる。
あと一年もすればジェラルド兄様は学園に通い始める。
そうなればこんな風に一日中一緒にいることは難しくなる。
甘えていられるのも今だけだから許してほしい。
そんな気持ちで過ごしていたある日、お母様が倒れてしまった。
診断結果は治癒術の使い過ぎだった……。
あの時、レイモンお兄様へ治癒術を使ったばかりだったのに、
私が目覚めるまでの十日間、限界を超えて治癒術を使ったのが原因だった。
お母様は体調が悪いのもわかっていたのに、
私を回復させることを優先して、三か月以上も黙っていた。
そのせいで気がついた時にはもう手遅れになってしまっていた。




