23.疲れた一日
ジェラルド兄様がシュゼット様に会ってしまった日、
授業が終わって帰る時マリエットたちに控室まで送ってもらった。
いつもシュゼット様はすぐに教室から出て行くため、
その後で兄様に迎えに来てもらっていたけれど、
予想通り、シュゼット様は帰ろうとしなかった。
おそらく兄様が私を迎えに来ていたら、
またしつこくパートナーになるように強請られたはずだ。
私とマリエットたちが教室から出て行く時、
慌てたように呼び掛けてきたけれど、聞こえないふりをして出てきた。
「ジュリアンヌ様、やはり明日から昼と帰りは送りますね」
「そうね……みんなには苦労をかけてしまうけど、お願いするわ」
「このくらい気にしないでください」
四人は公爵家の控室前まで送ってくれると、手をふって別れる。
本当にいいお友達に恵まれたと思う。
控室に入ると、待ち構えていた兄様に抱き着かれた。
「ジュリアンヌ、大丈夫だったか?」
「大丈夫よ。みんなが送ってくれたもの」
「そうか……本当に危なかったら言ってくれ。
事情を説明すれば学園内でも護衛はつけられるはずだ」
「そんなことしたら目立ってしまうでしょう。
ただでさえ公爵家同士は確執があるって噂になっているのに。
シュゼット様を避けるために護衛を雇ったなんて知られたら」
ケインたちに教室まで送り迎えしてもらえればいいのだけど、
使用人は教室がある校舎に入れないことになっているから仕方ない。
教室内に入る護衛を雇うには厳しい審査があるはず。
「それでもだ。ジュリアンヌの安全が何よりも優先される。
そのことはわかっていてくれ」
「……わかったわ」
ここでそんなことないとか言っても言い返されるだけ。
素直にうなずいて馬車へと向かう。
ケインとエリとアンナも一緒だから、
もしここでシュゼット様と会ってしまってもなんとかなるはず。
無事に馬車に乗って屋敷へと向かう。
その間、兄様は私を後ろから抱きしめたままだった。
「兄様……座りにくいわ」
「ごめん……疲れすぎて。ああいう令嬢の相手は嫌なんだ。
まだ第二王子のほうがわかりやすいぞ」
「そうなの?じゃあ、よっぽど疲れたのね」
第二王子につきまとわられていた間もずっと疲れていたのに、
今日はそれ以上に疲れているらしい。
まぁ、あれは私が見ても大変そうだった。
兄様は整った顔立ちをしているし、背も高いし、
冷たそうだけど安心できる雰囲気もあるし、
本当はとても優しいし、なんでもできるし……。
シュゼット様が一目ぼれしたのも仕方ないのかもしれない。
学園に通うようになっていろんな令息に会うようになったけれど、
兄様ほど素敵な人はいなかったもの。
「シュゼット様、お父様にお願いするのかしら」
「お願いしたところで、打診はしてこないだろう」
「でも、可愛い娘からお願いされたら……」
「さすがに断られるのをわかっていて出さないよ」
「そうなのね」
いくら娘が可愛くても、そこまで愚かではないらしい。
王命の結婚を離縁させた時点で愚かではあるけれど。
「今日のことは父上から苦情の手紙を送ってもらう」
「そうね……私も反対しないわ」
「意外だな。前はそこまでしなくていいとか言っていたのに」
「前は私のことを知らなかったから仕方ないと思ったのよ。
今回は兄様を知らなかったとしても失礼過ぎるわ」
それに兄様の腕に抱き着くなんて信じられない。
令嬢なら絶対に人前でそんなこと、はしたなくてできないのに。
そこでふと気がつく。
兄様に抱きしめられているのは大丈夫なのかしら。
でも、疲れたようにため息をつく兄様に離してとは言えない。
「今日の夕食時に父上に話そう。
食事がまずくなりそうで嫌だけど、父上たちも忙しいからな」
「社交シーズン前だし、領地の仕事が忙しそうよね」
「今年はレドアル公爵家でも夜会を開くんだろう。
その準備があるから忙しいんだと思う」
「そうなの?」
「まだ確定じゃないけどな。
開いても今年は小規模なものだと思うぞ」
「そうなんだ……」
王宮の夜会だけじゃなくレドアル公爵家でも……。
屋敷の中に大広間があるけれど、ずっと使われていなかった。
夜会ってどんな感じなのかな。
「もちろん、うちでの夜会でも俺がパートナーだからな」
「ふふ。ありがとう」
パートナーは兄様がしてくれるから悩む必要はないけれど、
招待客って推進派の貴族たちよね。
会ったことがない人たちばかりで大丈夫なのかな。
「ジュリアンヌのお友達も招待すればいい」
「え?マリエット達を?全員呼んでもいいの?」
「ああ。世話になっているし、明日からジュリアンヌを送ってもらうんだ。
お礼として招待したら喜んでくれるはずだ」
「わぁ。よかった。どうやってお礼したらいいかと思っていたの。
迷惑かけてばかりになると思って。喜んでくれるといいな」
お友達に一方的に頼ってばかりになるのは嫌だなと思っていた。
これで少しでもお礼になるのならうれしい。
私からも伯父様たちに招待してくれるように言ってみよう。
気持ちが上向きになったところで馬車が止まる。
レドアル公爵家の敷地内だからか、兄様は私を抱き上げたまま下ろした。
「もう、今は一人で歩けるわ」
「馬車の中で癒してくれたお礼だ。
このまま部屋まで行くからおとなしくてしてなさい」
「はぁい」
言ってもおろしてくれなさそうだと思って、
あきらめて身を任せる。
私も成長したはずなのに、兄様とは身長も身体の大きさも差がある。
兄様の背は高いけれど、威圧感がないから安心するだけで怖くない。
身体の大きな男性は未だに苦手だけど、
黒髪の女性はシュゼット様に毎日会っているから少し慣れたかも。
それでも、マゼンタ様に会うことがあったら、
身体の震えは止まらないかもしれない。
王宮での夜会、それだけが不安だった。
「どうした?嫌なことでも思い出したか?」
「ううん……大丈夫」
「大丈夫じゃないよな。エリ、甘いミルクティーいれてきて」
「はい」
私の部屋まで来てもおろしてはくれず、そのままソファに座る。
兄様は綺麗にそろった髪ではなく、肩をなでてくれる。
兄様なら髪をなでられても大丈夫そうな気はするのに、
私に嫌なことを思い出させないようにしてくれる。
「何が不安なんだ。言ってみて」




