変態紳士の家族事情―産めよ増やせよ育てよ編―
「……」
思わず息をのむイアン・ドナルド。
膨らみが目立ち始めた褐色のシックスパックが、否が応でも彼の目に飛び込んで来る。
少女趣味全開な天蓋付きキングサイズベッドの周辺には、多数の機器が据え付けられていた。ドナルドには、それらの機器が早く早くと急かしているように思えた。
史実のドナルドは産科における超音波診断の先駆者であり、世界初の産科超音波装置であるディアソノグラフの開発者でもあった。この世界のドナルドも史実と同様の道を歩んでいたのであるが……。
『召喚してくれるのを待ってはおれん! この世界の技術ならば史実よりも早く開発出来るはずだ!』
唯一違うのは、この世界のドナルドが円卓のメンバーだったことであろう。
戦前の大規模召喚のリストから超音波エコー装置が洩れたことに腐ることなく、自力で装置開発に取り組んでいた。
円卓の技術チートがあるといっても限度がある。
史実1963年に実用化したディアソノグラフの開発を20年以上早めろというのは、無理難題を通り越して誇大妄想と言われてもしょうがない。
幸いというべきか、彼の偉業は大英図書館資料編纂部に詳細に記録されていた。
自身の持つ生前の記憶と、資料編纂部の文献を突き合わせることで開発速度を早めることが出来た。もちろん、ドナルド本人の熱意があったことも言うまでも無い。
『これは真空管か? パラメトロンではないのは確かだが。面白い素子を使っているな』
『構造的には3極真空管だな。信号処理に特化して低電圧での作動を可能にしたのか』
『トランジスタには及ばないが、それでもパラメトロンよりは高速化が可能だ。これはいけるぞ!』
この世界の日本で実用化された蛍光表示管素子も超音波エコー装置開発の福音となった。VFD素子は見た目はともかく、構造は3極真空管そのもの。それでいて3極真空管よりも小型で安価、さらに長寿命という画期的なスイッチング素子であった。
とある事案でVFD素子の存在を知った円卓は、開発元の平成会と組んでさらなる高性能化に着手した。その過程で素子単体を小型化するのではなく、真空状態のガラスケース内に素子を多数封入するアイデアが生まれた。
VFD素子の肝となるカソード(フィラメント)は、アルカリ金属酸化物でコートされたタングステンワイヤなので極小化には物理的な限界があった。それでも従来の真空管に比して圧倒的なダウンサイジングを達成出来た。
円卓と平成会の技術モブの共同研究の結果、10cm四方でVFD素子を100個配置することが可能となった。さらなる極小化が進められたのは言うまでも無いが、配線の困難さと消費電力の大きさから実用レベルではこれが限界であった。
すったもんだのあげくに、32cm角(32cm×32cm VFD素子数1024個)のガラスケース基板が実用化された。中途半端な数字なのは、史実のコンピュータを意識してのことである。
これを複数枚組み合わせることでマイクロプロセッサの実用化が可能となった。
史実のIntel4004(トランジスタ総数2300個)の仕様を再現した場合、ガラスケース基板3枚で事足りる。もっとも、そのサイズは3段重箱を一回り巨大化したようなサイズになってしまったのであるが。
8ビットCPUの名機Z80(トランジスタ総数8200個)を再現したら3段重箱4つ分のサイズとなった。オリジナルがワンチップなのを考えれば途方もないサイズではあるが、それでも従来の真空管やパラメトロンに比べればまだ現実的なサイズと言えなくもない。
日英双方の技術マッドたちの暴走によって、たった数年でコンピュータ技術は劇的に進化した。その恩恵を受ける形となったドナルドは、自力で超音波エコー装置を完成させたのである。
「……」
緊張の面持ちでスキャナを這わせるドナルド。
超音波発振で低周波音が周囲に響き渡る。
ブラウン管に表示される白黒の画像。
リアルタイムで刻々と変化していく。
「ふーむ……」
検査後にデータロガーを再生する。
特に胎児の股の間を重点的にドナルドは観察していた。
「こ、これは!?」
胎児の股の間に形成されたものを見て確信する。
ドナルドは検査結果をドーセット公爵家の家令セバスチャン・ウッズフォードに伝えたのであった。
ちなみに、データロガーの記憶媒体にはエルカセットが採用されていた。
コントロールトラックエリアのおかげで頭出しが容易であり、気になる部分を重点的に再生することで診察の精度を上げることが期待されていた。
『エルカセットにデータを保存出来ないだろうか?』
『史実のコンパクトカセットよりは高速大容量のデータ保存が出来るかもしれない』
『サッポロシティ・スタンダードをこの世界でもやることになるのか』
『この世界なら、トーキョーシティ・スタンダードといったところだな』
史実ではコンパクトカセットをデータレコーダーやコンピュータのバックアップメディアとして用いていたが、この世界ではエルカセットに取って代わられることになった。全ては平成会のカラオケ&パソコンマニアの仕業である。
エルカセットはコンパクトカセットよりも大型な分、記憶容量も大きい。
コントロールトラックエリアを活用することでアドレスを指定して読み込むことが可能であり、データを読み込む時間を短縮することが出来た。
データを読み書きするタイミングを工夫することで、プログラムの実行速度を早めることがプログラマの腕の見せ所となった。史実のプ〇ステ1の如く、シークタイミングを計算してロード時間を減らすために並々ならぬ努力が払われたのである。
『あれ? ひょっとしてウィンドウズ作れる?』
『16ビット化した8086互換CPUを作ればいける!』
『95なんて贅沢は言わない。せめて3.1を再現出来れば……!』
史実とは大幅に異なる進化を辿った結果、この世界の日本では1950年代半ばにもなるとマイコンを通り越してパソコンの実用化に目途がついた。平成会の技術モブが目の色を変えて開発に邁進したのは言うまでもないが、その実現には大きな問題が存在していた。
『マルチタスクするにはメモリが足らんぞ。エルカセットじゃ読み込みが遅すぎる』
『VFDに注力し過ぎたせいで、RAMの開発が全然進んでないのだが?』
『トランジスタの集積化も全然進んでないぞ!?』
直面する問題や課題を(突飛な)技術で解決するのを英国面とするならば、既存の技術や技能をひたすら磨いて解決してしまうのは日本面と言うべきであろう。VFDに注力するあまり、平成会の技術モブたちはトランジスタとその周辺技術の開発を怠ってしまったのである。
『イギリスが磁器コアメモリを提供してくれるだと?』
『あれって、めっちゃ作るのに手間がかからなかったか? 史実だと日本にも工場があっただろ。安い人件費で人海戦術のイメージしか湧かんのだが』
『自動製造の機械も提供してくれるそうです』
『じ、磁気コアメモリの自動織り? さすが変態紳士。そこにシビれる! あこがれるゥ!』
この世界の英国では、パラメトロン素子を用いたコンピュータが発達していた。
同じフェライトを用いる磁気コアメモリは研究され尽くしており、既に枯れた技術なので技術供与しても惜しくない。
それ以前に英国は紳士の国である。
同盟国が困っているならば手を差し伸べるのは当然のことと言えよう。下心の有無など関係無い。
『コアメモリスタック……そういうものもあるのか!』
『製造自動化でコスト鬼安だし、もうトランジスタいらねんじゃね?』
『そんなわけないだろ!? このままではいずれ頭打ちになるぞ!?』
『しかしね、君……わたしたちとしては、もはやトランジスタに拘る必要は無いのだから……』
磁気コアメモリを手に入れた平成会はメモリの大容量化に躍起となり、トランジスタ関連技術の開発はさらに遅れることになる。史実を知っているモブたちは危惧したが、手っ取り早くパソコン環境を再現出来る誘惑に抗うことは出来なかった。
なお、英国はトランジスタの集積に血道をあげていた。
超高純度フッ素や露光装置など周辺機器を召喚――もとい、開発に邁進した結果、半導体に関しては長らく独壇場となるのである。
「ついに、ついに男子が!? これでドーセット公爵家は安泰ですぞぉぉぉぉぉっ!」
ドーセット公爵邸の家令室。
報告を受けたセバスチャンは喜びに沸いていた。
「はーはっはっはっは!」
「いやっほぅっ!」
「神は我を見放していなかったぁぁぁぁぁ!」
無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き。
その動きは優雅に舞っているようにも見える。
「えええええ……」
思わずドン引きしてしまったドナルドを誰が責められようか。
喜びの舞を踊るセバスチャンの動きは、常人にはSAN値直葬ものであった。
「……こほん。失礼、取り乱しましたな」
「い、いえ……」
バッチリ見られたというのに、瞬時に取り繕うセバスチャン。
さすがはドーセット公爵家の家令と言うべきか。当主を筆頭に曲者ぞろいな公爵家を監督するには常人ではいられないのである。
「先ほども申し上げましたが、マルヴィナ夫人の胎内の子供は男児である可能性が極めて高いです。しかし、現状では100%と断言は出来ません。適当な時期に再検査することをお勧めします」
生前の経験とこれまでの臨床試験の結果を踏まえて、ドナルドは胎内の子供が男児であることを確信していた。それでも慎重な言い回しに終始したのは、万が一が怖いからに他ならない。目の前の家令の狂喜乱舞ぶりを見た後でやっぱり嘘でしたなんてことになったら、目も当てられない。
「そういうことならば、次回もドナルド先生を指名しますぞ」
「え? 何もわたしでなくても……」
即断即決にドナルドは驚いてしまう。
しかし、セバスチャンにはセバスチャンなりの考えがあった。
人は生まれながらに平等である。
そこに男女の違いなどありはしない。
しかし、それはあくまでも庶民の話。
貴族となれば、男子と女子の扱いは決定的に異なってくる。
先に10人の女児が生まれようとも、後に生まれた一人の男児が世継ぎとなる。
それは英国貴族であっても例外は無い。
しかし、英国では女性当主が認められている。
後継ぎが女児しかいないドーセット公爵家は、将来的にはドーセット女公爵を新設すると見られていた。
その場合、テッドが亡くなればドーセット公爵位は廃絶される。
これを回避するには婿を取るしかない。
(ミランダさまの縁談の話がひっきりなしというのに、お世継ぎが生まれたと知られたらどうなるかわかったものではない)
現状で女公爵となる可能性が高いのは長女ミランダであった。
つまり、彼女と結婚出来ればドーセット公爵位がおまけで付いてくる。
英国屈指の財力と発展した領地を持つドーセット公爵家が、他貴族にとって魅力的なのは言うまでも無い。ミランダはセカンダリースクール生になったばかりであるが、貴族には政略結婚はつきもの。現在進行形で縁談話が殺到していた。
そんな連中からすれば、生まれてくる男児の存在など邪魔でしかない。
場合によっては、母体ごと亡き者にせんと暗殺を仕掛けてくる可能性すらある。
(当家を狙う不届きものには、例外なく不幸になってもらおう)
もっとも、セバスチャンの脳裏では暗殺の可能性はとっくに排除されていたが。
要塞と言っても過言では無い公爵邸を守るのは、一族の選りすぐりであるメイド部隊と私設SP部隊。これを抜いて暗殺を仕掛けるのは不可能と信じていたのである。
(それに身籠られたとはいえ、奥方さまが後れを取るとは考えられん)
それ以前に伝説の暗殺者として活躍していたマルヴィナを普通の暗殺者でどうこうできるわけがない。今年で50歳になったというのに、異様な若々しさと人外なフィジカルは未だに健在であった。
彼女を相手どることは、それこそ一般プレイヤーがチーターを相手にするようなものであろう。暗殺者がSランカーなら、その限りではないかもしれないが。だが生憎と、この世界は身体が闘争を求めているような人材が闊歩している世界ではない。
ちなみに、長女に縁談話が殺到しているなかで例外的な動きをしているのが日本の秩父宮家であった。テッドの愛人、伊藤チヨの娘である美知恵との縁談を積極的に推進していたのである。
次女とはいえ、庶子である美知恵は完全にノーマークであった。
しかし、秩父宮家は英国そのものと縁を強めることが目的であった。これもまた政略結婚と言えよう。
「……これは単なる慶事ではないのです。政治的な要素も絡んできます故、事情を知る人間は少ないほど良いのです」
「な、なるほど。お貴族さまも大変なんですね」
自分も当事者になってしまったというのに、どこか他人事のように返事してしまう。事実、ドナルドはこの時点では事の重大さに気付いていなかった。
「ところで、先生はセント・トーマス病院に勤務されていますな?」
「はい、そうですが……」
唐突な話題転換に戸惑いの表情となるドナルド。
しかし、セバスチャンの確認は続いていく。
「結婚済みで娘さんが4人。ロンドンに住まわれていますな?」
「……」
ドナルドの顔色が青くなる。
これでは家族を人質に取られたも同然である。
「これから先生には24時間の護衛が付きます。あぁ、もちろん先生のお手を煩わせてたりはしませんぞ。こちらで勝手に護衛致しますからな」
「は、はい……」
ずずいっと迫るセバスチャン。
その異様な迫力に、ドナルドは拒否する術を持たなかった。
「奥方も娘さん4人で家事も大変でしょう。こちらからメイドを派遣しますぞ。あぁ、ご心配なく。うちのメイドは家事も護衛も一流に仕込んであります」
「は、はい……」
セバスチャンの言葉に嘘は無かった。
ドナルドの自宅にはハウスメイドとしてメイド部隊が派遣され、勤務先の病院にはナースに変装した私設SP部隊が張り付くことになったのである。
『ところでドナルド先生。ドーセット中央病院の院長のポストが空いたので就任してもらえませんかな?』
『い、院長ですか!? 身に余る光栄です!』
『なんだったら、ご家族もドーセットへ移住されると良い。新居と就職、さらには縁談までセットで付けますぞ?』
『行きますっ! 行かせてくださいっ!』
この世界のイアン・ドナルドは、終生をドーセット領で過ごすことになる。
ドーセット病院の院長兼産科の最高責任者として、超音波エコー検診の研究に没頭したのである。
(珍しいな。この時間になっても来ないなんて……)
駐日英国大使館公邸のテッドの寝室。
日課となった日誌を書き終え、部屋の主はベッドに潜り込んでいた。
(久々に熟睡出来そうだ)
時刻は既に23時であったが、恒例行事と化した夜のプロレスのお誘いは無し。
このまま眠れると思っていたのであるが、そうは問屋が卸さなかった。
「テッドさん、良いお酒をもらったので飲みませんか?」
控え目なノック音の後に静かにドアが開く。
入室して来たのは、長襦袢に身を包んだおチヨであった。
(寝酒ならちょうど良いか)
そう考えたテッドは、ウェッジウッドのグラスを二人分用意する。
先にテーブルに着いたおチヨは、一升瓶の冠頭を剥がして打栓式キャップを開封していた。
「ささ、ご一献……」
ニコニコ顔でお酌するおチヨ。
精緻な細工を施されたグラスに、日本酒が注がれていく。
「……!」
ぐいっと呷れば、口中に広がるほんのり華やかな良い香り。
軽めの酸味と余韻にほんのりビター。
「美味しい! これなんてお酒?」
「ふふっ、山口の地酒で東洋美人って言うんですよ」
史実における東洋美人は、1921年に創業した澄川酒造場が唯一製造・販売している。
その味は2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会の公認日本酒に選定されただけでなく、2016年にはロシアの国家元首が共同記者会見で絶賛するほどであった。
ちなみに、東洋美人などの地酒は平成会の地元県人会が関わっていることが多かった。飲兵衛モブどもは、資金や技術だけでなく商品企画や販売ルートの確保など影に日向に援助していた。生前に飲んだ味を再現することが目的なのは言うまでも無い。
「あっ、テッドさん。入れすぎですよぉ」
「はっはっは。そーれ、一気! 一気!」
テッドに煽られて、おチヨは両手持ちで一気飲みする。
こちらもなかなかの飲みっぷりである。
(そろそろですわね……)
おチヨは、一瞬だけ壁掛け時計の時刻を確認する。
ここまでは計画通りであった。
「ご当主さま! ご無事ですか!?」
ノックも無しに部屋に飛び込んでくるメイド長。
同時に武装したメイド部隊も突入してくる。
「な、なにごと!?」
赤ら顔のまま驚愕するテッド。
その瞬間、おチヨが動いたが誰も気付かない。ただ一人を除いて。
「申し訳ありません。賊が敷地内に潜入したので、念のため確認に参りました」
「そ、そうなんだ。お仕事ご苦労さま。ここには来ていないから、他を探してくれる?」
「承知いたしました。ごゆっくり……」
部屋を撤収する際に、メイド長は一瞬だけ振り返る。
その表情を確認出来たのは、おチヨだけであった。
「……びっくりしちゃいましたね。飲みなおしましょう!」
「あぁ、そうだね」
飲みかけのグラスに、おチヨは酒を継ぎ足す。
それを一気に煽るテッド。
「ぷはーっ! いや、本当に美味しいねぇ」
おチヨがお酌しかしないことに、テッドは気付けない。
素面ならばともかく、ほろ酔い状態では無理ゲーであろう。
「……」
20分後。
テッドは酒に混入された睡眠薬で昏睡状態に陥っていた。
「もしもーし? テッドさん? 寝てますかー? 寝てますねー?」
テッドの頬っぺたをペチペチ叩き、全身をまさぐる。
確実に寝ているのを確認するためとはいえ、その手つきはどこかいやらしい。
「よいしょっと……」
おチヨは、完全に意識を失ったテッドをベッドへ運ぶ。
マルヴィナ・ブートキャンプに積極的に参加しているせいか、意外と力持ちであった。
「うふふ……」
紅潮した顔は断じて酒のせいではない。
途中からお酌に専念していたおチヨは、ほとんど飲んでいなかった。
どちらかと言うと溜まりまくった性欲のせいであろう。
作戦を実行するための準備と根回しのせいで、最近は夜のプロレスがお預けになっていたのである。
「んっ……」
騎乗位の体勢で覆いかぶさっていく。
意識は無いのに、テッドの息子はギンギンであった。
本人は気絶してレフェリーもいない。
それ以前に淫魔と化したおチヨは止まらないし、止められない。
『うぅ、体が重い。昨日何かあったっけ?』
夜のプロレスは明け方まで続いたが、テッドは覚えていなかった。
おチヨが酒に混入した睡眠薬は、アルコールと併用することで効果が増強される。
比較的高い確率で健忘を引き起こすので、史実ではデートレイプドラッグとして多用された。薬が効きすぎて、テッドはおチヨと酒を飲んだことすら忘れてしまったのである。
『テッドさん。出来ちゃいました』
『んなっ!? いったい何処で……って、心当たりが多すぎるなぁ』
おチヨの妊娠が発覚したのは2週間後のことであった。
夜のプロレスはお盛んなので、変に疑われることが無かったのは幸いと言えよう。
『テッドを気絶させたままヤれば確実に妊娠出来るはずよ』
『信じられませぬが、奥方さまが実際に妊娠されましたからな……分かりました。根回しはお任せくだされ』
ちなみに、今回の作戦をおチヨに吹き込んだのはマルヴィナとセバスチャンであった。マルヴィナの立てた仮説の正しさがあらためて証明されることになったのである。
「奥方さまにおチヨさま。このような時間にお呼びだてして申し訳ない」
1942年9月某日深夜。
ドーチェスターハウスの家令室では、3人の男女が密会していた。
「……旦那さまには気取られませんでしたかな?」
「紅茶にお薬を入れたのでばっちりです。朝まで起きてこないと思いますよ」
にっこり笑いながら、えげつないことを宣うおチヨ。
妊娠に味を占めたのか、最近の彼女は睡眠薬を常に持ち歩いていたのである。
今回も就床前のナイト・ティーに付きあって、薬入りの紅茶を飲ませていた。
おそらく、寝る前に紅茶を飲んだことすら忘れているであろう。
「それは重畳。旦那さまには聞かれたくない話ですからな」
昏睡しているテッドが聞けるはずがないのに、セバスチャンは声を潜める。
よほど聞かれたくない話なのであろう。
「お二方には、旦那さまの血筋を広めることを認めて欲しいのです」
「「はぁ?」」
マルヴィナとおチヨの声がハモる。
あまりにも想定外だったのか、二人して鳩が豆鉄砲を食ったような表情であった。
「幸いにして、当家はお世継ぎに恵まれました。しかし、今後のことを考えると今一つ弱い。将来の事故や病気で公爵家が存続出来なくなることを避けるためにも必要なのです」
常識的に考えればとんでもない発言であるが、貴族の立場からすれば正論と言える。時代と洋の東西を問わず、家系の断絶を避けるために愛人と子を設けることが推奨されてきたのであるから。
「もう一つ理由があります。旦那さまの親族がドーセット公爵家を乗っ取ることを避けるためです」
セバスチャンからすれば、むしろこちらが本命であった。
たとえ血筋を継承出来ても血を汚されては意味が無い。ましてや、あんな下衆な連中に乗っ取られると思うと考えただけでも血圧が上がってしまう。
「テッドに親族がいたなんて初耳よ!?」
「若くしてご両親を亡くしたとしか聞いてませんよ!?」
いきなりの親族出現に困惑するマルヴィナとおチヨ。
二人とも、テッドが天涯孤独だと思い込んでいたのである。
「……もう10年以上前の話ですが、旦那さまの叔父を自称する男が金を無心しに来たのです」
セバスチャンの脳裏に12年前の事件が蘇る。
本人からすれば思い出したくもない記憶であったが、語らないわけにはいかなかった。
「幸いなことに、その時は旦那さまが対応してくださいました。それで終わったはずだったのです。まさか、あんな卑劣なことするとは……!」
セバスチャンの表情が歪む。
多少エキセントリックなところがあっても、基本的に沈着冷静な彼にして珍しいことであった。
「事件が起きたのは、旦那さまと奥方さまが日本へ向かった後のことでした。当家に脅迫状が届けられたのです」
1930年5月某日。
ドーチェスターハウスの郵便受けに脅迫状が投函された。
内容は長女ミランダ(当時1歳6か月)を誘拐したというものであった。
多少不鮮明であったが、縛り上げられた彼女と思われる写真も添えられていた。
「最初は一笑に付しました。日本にいるはずなのに誘拐出来るはずがないだろうと。ですが……」
次々と投函されるミランダと思われる写真。
泣きわめく表情や、きつく縛り上げて天井から吊るすなど過激な写真ばかりであった。
「後で知ったことですが、写真はミランダさまの写真を素材にした巧妙なモンタージュでした。ですが、当時のわたしには判別出来なかった。これでは家令失格です……」
送りつけられた写真は白黒で、継ぎ接ぎ部分が分かりづらかった。
もちろん、モンタージュ職人の腕が良かったというのもある。セバスチャンが見抜けなかったのも無理も無い。
事件そのものは、テッドの叔父による私怨からの盛大な嫌がらせであった。
しかし、当事者たちが日本に居たために即座の本人確認が出来ずに周囲の関係者が振り回される事態となったのである。
「旦那さまに直接確認出来れば済んだ話でしたが、連絡手段が無かった。あの時のわたしは深い絶望に襲われたのです!」
「そ、それで、その後はどうなったのですか?」
おチヨがセバスチャンの話を急かす。
気になってしょうがないのであろう。
「スコットランドヤードのアーチボルド殿に安否確認をしてもらえました。おかげで嫌がらせだと気付けたのです」
セバスチャンが、アーチボルドのことを思い出せたのは幸運であった。
思い出せなかったら、ひたすらにドツボに嵌っていたことであろう。
「これだけでも鬼畜の所業ですが、嫌がらせを見抜かれたと知るや否や無関係の赤子を誘拐しやがったんです! こんな連中に当家を乗っ取られるわけにはいかないのですっ!」
思い出し笑いという言葉があるが、今のセバスチャンは思い出し怒りというべきか。それほどに、当時の彼の怒りは凄まじいものだったのである。
「それで、テッドはどうしたの? あの性格からして確実に報復していると思うけど?」
「もちろんです。旦那さまは不埒者どもに容赦ない天誅を下してくださりましたぞ!」
マルヴィナの疑問に、良くぞ聞いてくれましたとばかりにセバスチャンは笑顔となる。泣いたり怒ったり、満面の笑顔になったりと、顔面の筋肉が忙しいことこの上ない。
「旦那さまは、商会の株主を額面の数倍で買い取って筆頭株主に就任されました。親族経営の商会でしたが、役員を全員解任して露頭に迷わせたうえで買収にかかった金を全て押し付けていました。さすがは旦那さまですな!」
「うわぁ、分かってたけど容赦無いわね」
「さすがテッドさん。二重人格じゃないかって思えるくらいの温度差です」
テッドの報復内容を聞いてマルヴィナとおチヨはドン引きする。
普段温厚な人間が、一度ブチぎれると過激にやらかすのはお約束と言えよう。
「連中は犯罪を多数やらかしてらしく、最終的にブタ箱にぶちこまれていました。ザマーミロ!」
家令の皮をかなぐり捨てて呵々大笑するセバスチャン。
よほど腹に据えかねていたのであろう。
「……こほん、とにかくです。あぁいった下衆な連中から当家を守るためにも、友好的な親族を量産する必要があるのです!」
兄弟がいれば分家という手段もある。
しかし、テッドは一人っ子。残された手段が庶子を大量に作ることであった。
「セバスチャンの言い分は分かったわ」
「おぉ!? では……!?」
マルヴィナはセバスチャンの提案に理解を示していた。
彼女自身も孤児院出身で身寄りも無く、貴族社会の事情にも通じていたので彼の提案が有効なことを理解していたのである。
「ただし、お手付きに相応しい女性の条件はこちらで決めさせてもらうわ。おチヨにも協力してもらうわよ?」
「分かりました。お姉さま!」
テッドがお手付き(?)する女性の条件は、マルヴィナとおチヨによって定められた。公爵家存続という大義の前には、当主の威厳も人権も塵芥でしかない。
なお、当然というべきか本人の許可は得ていなかった。
何も知らないテッドが帰還した瞬間に地獄が始まることになるのである。
「わたしの未来の旦那さま~? どこですかぁ~?」
「隠れても無駄です。大人しく出てきてください! その後は……むふふふふ……」
「旦那さまも若いほうが良いですよね? 早く出てきてくださいよ~」
ドーチェスターハウス館内を動き回るメイドたち。
その目は血走っていて、どう見ても尋常ではない。
(なんなんだいったい!? 何があった!?)
咄嗟に逃げ込んだ部屋で、テッドは混乱の極みにあった。
問答無用でメイドに襲い掛かられたのである。
(ついさっきまでは何もなかったのに!? いったい何が……そういえば、サイレンが鳴ってからおかしくなったな)
乱れた呼吸を整えながら、テッドは事の次第を思い出そうとする。
それは20分ほど前に館内に謎のサイレンが鳴り響いてからのことであった。
『あーあー。テッド聞こえる?』
必死になって原因を探るテッドであるが、そのタイミングで館内スピーカーからマルヴィナの声が流れ始める。助けが来ると一瞬期待したのであるが……。
『……メイドたちには、お手付きしたかったら力ずくでと命じてあるわ』
『あなたに好意を抱くメイドは多いから、さぞかし凄いことになるでしょうね』
『テッドの種で妊娠するには条件を満たす必要があった。あれだけヤッたのに、ほとんど妊娠出来なかったのはそういうこと』
『妊娠の条件は、何らかの形であなたの意識を奪うこと。今回のわたしとおチヨの妊娠でそれは証明された』
『逆に言えば、あなたが気絶した状態ならメイドたちも妊娠出来るかもしれないってことよ』
スピーカーから流れてくる内容は救いではなかった。
残酷な現実を突き付けるものだったのである。
「なんじゃそりゃあぁぁぁぁ!?」
思わず絶叫してしまったテッドを誰が責められようか。
叫んだところで現状を変えられるわけではないが。戦わなきゃ現実と。
「しまった!?」
急速に接近する足音を聞いて、思わず舌打ちするテッド。
テッドの魂の叫びは、メイドへの呼び水になってしまっただけであった。
(足音のリズムに乱れが無い。これは完全に発見されたな)
理不尽な状況に振り回されているが、テッドの頭脳は冷静であった。
伊達に修羅場はくぐっていない。
「ここねっ! って、きゃぁっ!?」
潜んでいた部屋の扉が開いた瞬間、テッドが動く。
這うようなダイブから前回り受け身で、メイドとドアの間をすり抜ける。
受け身が終わると同時に、メイドの軸足を刈るのを忘れない。
派手にすっ転んだメイドを置いて、全力ダッシュする。
「あ、待てーっ!?」
待てと言われて待つヤツなどいない。
未だに衰えない俊足でメイドを振り切ったのであった。
『……あ、そうそう。言い忘れていたけど、お手付きタイムは最初のサイレンが鳴ってから、終わりのサイレンが鳴るまでよ』
『基本的にご飯と睡眠の時間は除外するから安心しなさい』
ダースどころか、グロス単位で不平不満をぶつけたいがスピーカー相手には意味が無い。せめてもの救いは、時間制限があることが分かったことであろう。
しかし、テッドはこの時点で気付けなかった。
サイレンを鳴らすも鳴らさないも、完全にマルヴィナ次第であることを。
(終わりのサイレンがなるまで隠れていよう)
テッドの思惑など最初からお見通しであった。
それ以前に、モニター室から監視しているので隠れることは不可能だったりするのであるが。
「ふふっ、旦那さま。この子たちの新しいパパになってくださいませんか?」
黒いパンツスーツにソフトハットを被った中年女性がテッドに迫る。
彼女は私設SP部隊の隊長であった。
「えーと、職場にお子さんを連れてくるのはどうかと思うのだけど……」
「館内の託児所にあずけていただけですわ」
事も無げに宣うSP隊長。
ドーセット公爵家はホワイト職場であるからにして、当然ながら託児所は標準装備である。
「この人が新しいパパなの?」
「前のお父さんより良い人そう」
連れている二人の子供は、ぱっと見で5、6歳といったところか。
テッドに対して興味津々であった。
「ここのお給料は良いのですけど、二人を私立の良い学校に進ませたいんです。というわけで……」
「おわぁっ!?」
凄まじい勢いで放たれるSP隊長必殺の右回し蹴り。
ギリギリで見切ってかわすテッドであるが、彼女の攻撃は終わらない。
「たわっ!?」
遠心力がついた左後ろ回し蹴りがすっ飛んでくるのを、咄嗟に地面に伏してかわす。SP隊長の体勢が崩れた瞬間、テッドは起き上がって間合いを取る。
(や、やりにくい……)
実力的に後れを取る相手ではない。
しかし、子供の前で親を痛めつけるのはテッドの趣味では無かった。
SP隊長もそこらへんは良く理解しているのであろう。
勝利を確信した笑みで、テッドににじり寄る。
「「ママー! がんばれー!」」
子供の応援を受けてSP隊長の闘志が跳ね上がる。
さらに速く、重くなった攻撃にテッドは防戦一方に追い込まれた。
「ぐっ!?」
攻撃を捌ききれずにテッドは転倒する。
背後は壁で逃げようが無い。
「ふふふ……大丈夫です。目覚めた時には終わってますから」
SP隊長は、右足を高く上げてかかと落としを敢行せんとする。
この時点で、SP隊長は完全に勝利を確信していた。
本気になれば石畳を踏み抜く一撃である。
そんなものをまともに喰らったらどうなるかは言うまでもない。
「来月から育児手当を倍にする!」
「!?」
振り下ろされた右足が途中でピタリと止まる。
しかし、再び上がっていく。その様子は、かま首をもたげるが如し。
「さ、3倍で!」
「ん~、もう一声欲しいです。私立ってお金がかかるんですよ?」
右足を高く上げたまま思案顔なSP隊長。
無駄に器用な身体能力である。
「よ、4倍で!」
「……約束忘れないでくださいね?」
そう言って、踵を返すSP隊長。
子供たちといっしょに去っていく。
同時にサイレンが鳴り響く。
テッドは貞操の危機を脱したのであった。
『今回はうまくいかなかったわねぇ』
『SP隊長さんは良いところまでいったんですけどね』
『最初から上手くいくことなど期待していませんでしたぞ。今回の反省を次回に活かしましょうぞ』
テッドは気付いていなかった。
今回が最後とは誰も言ってないことを。
ドーチェスターハウスでは、以後も抜き打ち的にサイレンが鳴らされた。
その都度、テッドとお手付候補との激しいバトルが繰り広げられることになるのである。
「それにしても、あのニュースには驚きましたな」
「高齢出産ってレベルじゃないぞ」
「間違いなくギネスものだな!」
大英帝国の首都ロンドンの首相官邸。
その大会議室では、円卓の緊急集会が開催されていた。
「ペトリ―君、報告を頼む」
先日のドーセット公爵家の妊娠報道に興奮する円卓メンバーたちとは違い、首相兼海相のウィンストン・チャーチルは冷静であった。MI5長官のデビッド・ペトリーに報告を促す。
MI5は英国の国内治安を担当する部署である。
史実日本における同種の情報機関としては公安調査庁が該当する。
「先にお断りしておきますが、外部から観察した情報による推察に過ぎませんので悪しからず」
先に保険をかけておくペトリー。
今回の調査対象は、それほどのヤバイ場所なのである。
「……最近のドーチェスターハウスではサイレンが鳴り響いているそうです」
ドーチェスターハウス周辺では、サイレンの音が聞いたという証言が多数寄せられていた。サイレンの目的は不明。サイレンの音が鳴ると館内が騒々しくなり、もう一度鳴ると静かになる。
「超望遠で館内を撮影した写真には、ドーセット公と思しき人間が追いかけられている写真が何枚もありました」
エージェントを過去に根こそぎにされたこともあり、MI5はドーセット領ではひたすらに安全策を取っていた。優秀なエージェントは畑から取れないので、賢明な判断と言える。
「推察するに、始まりのサイレンと終わりのサイレンだと思われます。その間に館内でなんらかのイベントが開催されているのかと」
MI5の推察は間違っていない。
わずかな情報から、ここまで推察出来たは流石と言えよう。
「そのイベントとは何なのかね?」
「分かりません。推察するにも情報が少なすぎます」
「鬼ごっこじゃないよなぁ?」
「儂もメイドさんに追いかけられたい……」
もっとも、肝心なことは分からずじまいだったのであるが。
内部に侵入しない限り、情報を手に入れるのは難しいのである。
そんなことをすれば、根こそぎヘッドハンティングされるのを覚悟する必要がある。ペトリーは大量のエージェントを失ったMI6のハゲ……もとい、スチュワート・メンジーズ陸軍少将と同じ轍を踏むつもりは毛頭無かった。
「あー、馬鹿馬鹿しい仮説だが言って良いかな?」
完全に手詰まり状態に陥った時に、一人のメンバーが挙手をする。
彼はロンドン郊外に領地を持つ中堅貴族であった。
「なんで逃げているのかを考えたんだが……メイドたちはドーセット公の種を欲しがったんじゃないか? 今回の妊娠報道で自分たちもと思ったのでは?」
「普通は逆じゃないか? こういうのは、当主からメイドにお手付きするものだろうに」
「いや、ドーセット公は恐妻家として有名だ。メイドに手を出すとは思えんぞ」
貴族の責務は御家を存続させることに尽きる。
そう考えれば、今回のイベントにも説得力が出てくる――と、円卓の貴族連中は考えていた。
「そういえば、ドーセット公の親族が大量に逮捕されていたな。あれで親族に見切りをつけたのかもしれんぞ」
「庶子を大量にこさえて血筋を残すと? 貴族として、それってどうなんですかね……」
「確かに無茶苦茶だが、先を見据えればそれはそれで有りだろう」
「ドーセット公の政治力をもってすれば、庶子を輩出した家を貴族に取り立てることも不可能ではないだろうし」
場所と時間を違えども、貴族のやることは変わらない。
まったく別の切り口からであったが、彼らはセバスチャンの目論見を見抜くことに成功していた。
「なにやら面白いことになりましたな」
「上手くすれば、ドーセット公のチートスキルを使える子供が生まれるかもしれませんぞ?」
「円卓としては全面的に応援するべきだろうな」
円卓全体としては、テッドの試み(?)に歓迎ムードであった。
生まれる子供が増えれば、彼のチートスキルを継承する可能性も上がるわけであるから当然と言える。
「そうなると、生まれた子供たちを監視する必要が出てきますな」
「間違っても国外へ出すわけにはいかんだろう」
「あの召喚スキルを他国でも使える可能性は排除しなければならん。仮にそんなことになれば、我が国の優位性は吹っ飛ぶぞ……!?」
同時にテッドの子供たちが海外へ流出することを恐れた。
まだ生まれてもいないのに、捕らぬ狸のなんとやらであろう。
「ドーセット公の御子はMI5の監視下に置くべきだろう」
「庶子も同等に監視するべきだろう」
「早いところ適当なポストやら縁談を用意して、国内に縛り付ける必要があるな」
監視することに関して反対意見は出なかった。
テッドの子供たちをMI5の監視下に置くことが決議されたのである。
(簡単に言ってくれるな!?)
ペトリーは声にならない悲鳴をあげていた。
監視しろと言われて、監視出来れば苦労はしない。
多くのエージェントたちにとって、ドーセット領は魔窟であった。
史実の薩摩飛脚よろしく、一度行ったら帰って来れない片道切符そのものだったのである。
過去の寝返り――もとい、ヘッドハンティングされた元MI5のエージェントのせいで手口がもろバレしているのが致命的と言える。今回の調査は見逃してもらえたが、本格的にドーセット領内で活動しようものなら損失を覚悟しなければならないだろう。
「……諸君らの危惧は分かるが、過剰に対応するとテッド君を刺激しかねない。事は慎重に運ぶべきだろう」
悶絶するペトリーに、助け舟を出したのはチャーチルであった。
テッドを怒らせると面倒になることを理解していたからに他ならない。
「幸いにして、ドーセット領にはロイド・ジョージ伯がいる。彼に協力してもらえば、波風は立たないだろう」
この世界のロイド・ジョージは、政界を引退してドーセット領で政策研究所を開設していた。ドーチェスターハウスに頻繁に出入りしているので、内部を探ることは決して不可能ではない。
チャーチルの意見が全面的に採用された結果、円卓は静観することになった。
外部から邪魔が入ることが無くなったので、テッドは心置きなく子作り(?)に励むことが出来るようになったのである。
「またしても男子が!? これでドーセット公爵家は安泰ですぞぉぉぉぉぉっ!」
ドーセット公爵邸の家令室。
報告を受けたセバスチャンは喜びに沸いていた。
「……こほん。失礼、取り乱しましたな」
「いえ、もう慣れましたし」
SAN値直葬モノな喜びの舞を見ても動じないドナルド。
2度めなので耐性が出来たのであろう。
「チヨ夫人の胎内の子供は男児である可能性が極めて高いですが断言は出来ません。適当な時期に再検査することをお勧めします」
そうは言うものの、ドナルドは生まれてくる赤子が男児であることを確信していた。今回は試作型の自動スキャナを持ち込んでおり、従来の超音波エコーよりも鮮明な画像を得ることに成功していたからである。
(これで当面は安泰だろう。残る問題は……)
聞きなれた音にセバスチャンは思考を中断する。
ここ最近、嫌というほど聞いたサイレン音であった。
「なかなか当たらないわねぇ」
「条件は満たしているはずなのですが……」
「じつは隠された条件があるのでは?」
ドーチェスターハウスの家令室。
主人の部屋とそん色ない広さの室内には、3人の男女が集まっていた。
「気絶させる方法が悪いのかしら?」
「でも、お姉さまの延髄チョップとわたしの睡眠剤も試しましたよ?」
首をかしげるマルヴィナとおチヨ。
あれからテッドは、メイド部隊とSP部隊に昏睡逆レされていた。既にダース単位でお手付きさせられたというのに誰一人妊娠出来ていなかったのである。
「自力で旦那さまを気絶させる必要があるのかもしれませんな」
セバスチャンの意見には説得力があった。
これまで、自力でテッドを気絶させた者はいなかった。惜しいところまでいった者はいたが。
「そうなると難しいわね。テッドが自分から気絶してくれるわけないし」
「毎回死に物狂いで逃げてますからねぇ」
メイドとSP隊員は、お手付きに大いに乗り気であった。
しかし、肝心のテッドは乗り気ではなかった。
テッドは逃げた。
逃げに逃げまくった。
逃げに徹したテッドを捕えるのは、マルヴィナにとっても難儀であった。
メイドやSP隊員が捉えられるわけがない。
『ぐぇっ!?』
『チャンスよ。ヤってしまいなさい』
『は、はい!』
そんなわけで、最近はマルヴィナが気絶させることが常態化していた。
気絶したテッドが寝室にドナドナされていったのは言うまでも無いことである。
「だーっ!? もうやってられるかーっ!?」
扉を蹴り破る勢いで家令室のドアが開かれる。
入室してきたのは、ボロボロになったテッドであった。
「あら、テッド。起きたの?」
「起きたの? じゃないぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
呑気なマルヴィナの声にテッドはぶち切れる。
つい先ほどまでメイドに搾られていたのであるから、この反応も残当であろう。
「まぁまぁ、テッドさん。お茶をどうぞ」
「ありがとう……って、あれ……」
何の疑いもなく、おチヨが用意したお茶を飲んでしまう。
即効性の催眠薬は、テッドを瞬く間に昏倒させた。
「……じゃあ、お持ち帰りさせていただきます」
「頑張ってくださいね」
嬉々とした様子で、メイドがテッドを背負っていく。
このままメイドの自室で、目が覚めるまでおせっせするのであろう。
『まだまだですよ旦那さま!? もっと出してください!』
『もう無理ぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
貴族の血筋を維持するのは大変なことなのである。
ドーセット公爵家の場合は、ちょっとどころかかなり違うような気もするが。
『旦那さま発見! 囲んでフクロにするのよ!』
『もう勘弁してくれぇぇぇぇぇっつ!?』
ドーチェスターハウスでは、今日もテッドの悲鳴が鳴り響く。
将来的にテッドがお手付き出来るかは、神のみぞ知ることであった。
御家を維持するには、相応の努力が必要なのです。
無事に庶子が産まれると良いですねぇ?(他人事
>大英図書館資料編纂部
円卓メンバーに聴取した生前の記憶を収集、編纂している部署です。
それなり以上の地位と実績が無いと閲覧出来ません。
>蛍光表示管素子
設定そのものは拙作オリジナルですが、元ネタはちゃんとあります。
蛍光表示管技術を応用した新真空管『Nutube』です。興味がある方は『蛍光表示管 アンプ』で検索してみてください。
>コンパクトカセットをデータレコーダーやコンピュータのバックアップメディアとして用いていた
AD変換でサンプリング周波数を44.1kHzにすればCD並みの音質で録音可能です。エルカセットならコンパクトカセットよりも大容量になるから、CDの存在意義を揺るがしてしまうかも?(汗
>『95なんて贅沢は言わない。せめて3.1を再現出来れば……!』
まともなウィンドウズはやっぱり3.1からですよね。
>『じ、磁気コアメモリの自動織り? さすが変態紳士。そこにシビれる! あこがれるゥ!』
史実でも磁気コアメモリの半自動製造が検討されていました。
この世界の英国は限界に達したパラメトロン・コンピュータの性能向上のために無茶苦茶しまくった結果、磁気コアメモリの自動製造にまで行きついてしまいましたw
>異様な若々しさと人外なフィジカルは未だに健在であった。
チートスキルを使用したテッド君を元に戻すには、年齢を捧げる必要があります。
イメージ的には、ショタ化したテッド君に年齢をプレゼントする感じです。年齢捧げる=若返りなので、二人とも年齢と肉体年齢が剥離しています。
>ウェッジウッド
イギリスの食器のブランドです。
おいらも欲しいけど、結構お高いんですよねぇ(´・ω・`)
>睡眠薬
史実では昏睡レイプ用に用いられたことで有名。
この世界では、テッド君が召喚したものを解析して製造販売されています。
>「……もう10年以上前の話ですが、旦那さまの叔父を自称する男が金を無心しに来たのです」
本編第92話『テッドにちゅうして』参照。
ザマァ系を目指して書いてみましたが、あんまりザマァしてないです(苦笑
>黒いパンツスーツにソフトハットを被った中年女性がテッドに迫る。
自援SS『変態紳士の仲人事情―ローズマリー・レブソン=ガワーの花嫁修業編―』参照。この後、旦那さんと離婚してシンママになっていたりします。
>テッドの子供たちをMI5の監視下に置くことが決議されたのである。
ゴルゴ13には英国の上級公務員はMI5の監視下に置かれているとの描写がありました。お子様には破格の扱いですね(汗




