変態世界格闘技事情―バーティツVS日本武道編―(自援絵有り)
「またあいつらか!?」
「今回は派手にやったようで、警察沙汰にならなかったのが不思議ですよ」
「いい加減、あいつらを止めないとヤバいことになるぞ!?」
「どうやって止めるって言うんです? この間返り討ちにされたじゃないですか……」
未だ新築の匂い漂う平成出版ビル。
その会議室では、平成会の幹部たちが頭を抱えていた。
事の起こりは、3ヵ月前のモブたちによる道場破りであった。
生前はグレイシー柔術やMMA、その他諸々の格闘技で腕に覚えのあったモブたちが腕試しとばかりに帝都の道場に喧嘩をふっかけたのである。
身バレを防ぐために覆面をしていたのに加え、道場破りが極めて短時間に為されるために犯人捜しは難航していた。被害が道場の看板のみであり、人死にが出ていないために警察が本腰を入れて捜査していないというものあったが。
しかし、目撃者が全くいないというわけではない。
犯行には気を遣うくせに、それ以外が素人だった彼らが平成会の身内と露見するのに時間はかからなかったのである。
「西園寺伯にとりなしてもらうのもそろそろ限界です。もう料理のレパートリーが尽きました……」
現状では平成会に捜査の手は伸びていなかったが、関係者の間では平成会の身内であることは広く知れ渡っていた。ここ最近は、事あるごとに怒鳴り込まれる日々が続いており、打つ手なしの状況に平成会は追い詰められていたのである。
『号外号外! あの講道館三羽烏の一人、前田光世が覆面野郎を打ち破ったよ!』
しかし、心無い同胞の犯行に精神をすり減らしていく日々は唐突に終わりを告げた。史実における史上最強の柔道家にして、グレイシー柔術の祖である前田光世が覆面モブを完膚なきまでにぶちのめしたのである。
覆面モブは警察に引き渡されたのであるが、それを知った他の格闘モブたちは自白で身バレするのを恐れて逃亡。帝都における一連の騒動は終わりを迎えることになったのである。
帝都から逃げ出した格闘モブたちは、京都まで落ち延びた。
当時の京都における武術は大日本武徳会が掌握しており、帝都と同じノリで道場破りを試みた彼らは必然的に大日本武徳会と敵対することになったのである。
「しゃおらっ!」
「ぐはぁっ!?」
マッハ蹴りを側頭部に喰らって倒れ伏す錬士。
打撃対策が為されていない当時の武道家相手に鬼畜の所業である。
「ふははは、弱い、弱すぎるぞっ!」
完全に失神している相手に対して悪役ムーブをかます。
その姿は、武道家の理想からは遠くかけ離れたものであった。
「次、出ませい!」
「応っ!」
本部道場の空気は険悪なものであった。
しかし、大日本武徳会側はモブの態度にはらわたが煮えくりかえりながらも、粛々と試合を進めていく。
(そろそろ頃合いか……)
最奥で控える範士や教士たちは、モブの動きを冷静に観察していた。
その様子は、時代劇で弟子に試合をさせて道場破り対策をする道場主のそれであった。
「ふんっ!」
「ぐはぁっ!?」
結果的に、モブたちは嘘のようにあっけなく敗北することになった。
調子に乗って得意技を乱発していたために、完全に対策されてしまったのである。
「貴様らは帝都を騒がした一味であるな?」
「「「……」」」
尋問に対して沈黙するモブたち。
彼らは、ボコボコにされたうえに縛り上げられていた。
「黙秘しても意味は無いぞ? 貴様らが平成会とやらの人間だということも知っておる。このまま官憲に引き渡しても良いのだが……」
モブたちは、『官憲に引き渡し』という言葉に目に見えて震え上がる。
しかし、大日本武徳会の対応は彼らの予想外のものであった。
「しかし、貴様らは見たことの無い武術を体得しておる。その技術は惜しい。さらに、平成会との交渉にも有利になろう」
この事件の後、大日本武徳会は平成会と交渉した。
言い方は悪いが、格闘モブたちは人質といえる。
『あいつらは平成会でも手を焼いていたんです。面倒を見てくれるなら大助かりです!』
『さ、さよですか……』
結局、格闘モブたちは特別会員として大日本武徳会に所属することになった。
事実上の飼い殺しである。
格闘モブたちに手を焼いていた平成会側と、彼らの技術が欲しい大日本武徳会側の思惑が一致した結果であり、双方にWin-Winな取引だったといえる。その他にも大日本武徳会に資金援助することや、帝都進出の際には可能な限り便宜を図ることが取り決められた。
ちなみに、日本武道館の建設には大日本武徳会は当初は関わっていなかった。
平成会のアイドルオタクたちが推進していたのを、うわさを聞き付けた大日本武徳会の一派が乗っ取ったのである。
平成会と大日本武徳会の蜜月(?)は、明治末期から始まった。
生贄となった格闘モブたちから技術を吸収した日本武道は、ますます実戦的かつ凶悪な存在になっていったのである。
「ようこそドーセット公。平成会から用件は伺っておりますぞ」
「……話が早くて助かります。それで、久邇宮殿下は僕の提案に賛成ということでよろしいのでしょうか?」
1928年9月某日。
英国全権大使テッド・ハーグリーヴスは、京都の大日本武徳会本部を訪れていた。
「儂としては、一向に構わんのだが……」
大日本武徳会総裁である久邇宮邦彦王から肯定的な言質を引き出して、テッドは内心でガッツポーズする。
今回の会見にあたり、邦彦王に多額の袖の下を渡していた。
面倒ごとを嫌ったテッドは、金銭で懐柔を図ったのである。
「ちょっと待っていただこう総裁。まさか、ドーセット公の提案を引き受けるつもりではありますまいな!?」
「日本武道館を冠した建物でアイドルコンサートなど言語道断ですぞ!?」
「あの場所は武道の聖地として活用されるべきです!」
しかし、同席していた大日本武徳会の幹部らは猛反発した。
彼らは烈火のごとく憤り、邦彦王に意見の撤回を求めたのである。
(ちょ、意見を取りまとめて無かったのか!?)
反発する幹部らを見て愕然とするテッド。
意見調整が既に終わっていると思っていたら、ふたを開けたらこの始末である。先ほどのやり取りは何だったのかと問い詰めたくなる光景であった。
「まぁ、そういうことだ。せっかく来てもらったのに悪いのだが、今回の話は無かったことに……」
「そういうことならば、今回はお暇しましょうか」
ため息をつきつつ、テッドは立ち上がる。
それを見た久邇宮はほくそ笑む。袖の下丸儲けであるから当然であろう。もちろん、おくびにも出さなかったが。
「……こう見えても、僕は陛下とは茶飲み友達なんですよね」
帰り支度をしながらも、小声で、しかし周囲にはっきり聞こえるように独白するテッド。
「うん、久しぶりに参内して陛下とお茶をするのも悪くない。宮城で出されるお菓子は宮内省御用達だから美味しいんだよなぁ」
『何言っているんだこいつ?』的な反応となる大日本武徳会の面々。
しかし、次の言葉で顔面蒼白となる。
「いやぁ、お茶が美味しいからうっかり今回のことを口走ってしまってもしょうがないかなぁ……」
妙にウキウキした様子で歩き去るテッド。
慌てて追いすがる男たち。
「なぁっ!? そ、それは困る!?」
特に激しく反応したのは久邇宮であった。
史実では外戚になったのをよいことに、しばしば宮城に出入りして皇室に金の無心をして関係者を激怒させているのである。今回の件が今上天皇に伝わったら、訓戒どころでは済まない重い処分が下されかねない。
「とにかく! ドーセット公の提案は断じて受け入れられぬ!」
「どうしてもと言うのであれば、実力を示させていただこう!」
狼狽する久邇宮を完全に無視して話を進めてくる幹部たち。
おそらくは、ちょっと脅せば退いてくれるくらいに思っているのであろう。
「ほほぅ? あんたらをぶちのめせば、こっちの意見を通してくれるわけ?」
しかし、テッドの反応は彼らの予想を超えるものであった。
先ほどまでの紳士然とした雰囲気は何処へやら。ステッキを握りしめて凄む姿は、強者の風格を纏っていたのである。
この瞬間をもって、テッドと大日本武徳会の話し合いは決裂した。
もはや穏便な手段での解決は不可能になってしまったのである。
「それでは……始めぃっ!」
主審の開始の合図と共に、双方動き出す。
先手を取ったのは剣道家であった。
「めぇぇぇぇぇん!」
「……!」
裂帛の気合と共に竹刀を振り下ろす。
その一撃は、狙いたがわずテッドの顔面を直撃するはずであったが……。
「ぐげっ!?」
胴に直撃を喰らって吹き飛ばされる。
大上段から落ちてくる竹刀よりも、テッドが右半身のまま突き出したステッキが速かった。敢えて後の先を取らせ、余裕をもって迎撃したのである。
「……次っ!」
「応っ!」
まったく息も切らさずに次の対戦相手を所望するテッド。
次の相手は柔道家であった。
「……!?」
相手が柔道使いと知った時点で、テッドはステッキを手放した。
瞬時にボクシングスタイルに切り替えて、顎先にジャブをお見舞いする。脳震盪を起こした柔道家は地に沈むことになった。
「……まさか、ドーセット公がこれほどまでの使い手だったとは」
「海外の武術など眉唾だと思っていたのだがな。背広姿でよくもあそこまで動けるものだ」
「本国ではバーティツなる武術の師範だそうですぞ。噂は伊達では無かったということですな……」
大日本武徳会の幹部たちは、テッドの想像以上の強さに驚愕していた。
前回の会見で喧嘩を売った形となった大日本武徳会側は、由緒正しく『たのもーっ!』から始まる道場破りを敢行してきた彼の挑戦を拒むことが出来なかったのである。
「何を悠長なことを。このままだと公の意見を全面的に受け入れざるを得なくなりますぞ!?」
「留守を預かっている身で、このようなことを許してしまえば我らの立場が危うくなる……!」
この世界の大日本武徳会は組織改編の真っ最中であった。
史実よりも10年以上早く、本部を京都から帝都へ移転する準備に追われていたのである。
主だった幹部は既に帝都での活動を開始しており、関係各所へのあいさつ回りの真っ最中であった。京都の武徳殿に残っていたのは末席に位置する者たちであり、大日本武徳会の意思決定にはさほど関わっていなかったのである。
ちなみに、このような状況なのに総裁である久邇宮が京都に居座っていたのは皇室との折り合いが悪かったからである。この世界の久邇宮は既にやらかし済みであった。
「だが、どうすれば良いのだ? このままではドーセット公を撃退しても遺恨が残りかねん」
「このまま負けるよりも良いだろう!? というか、総裁は何処に行った!?」
こういう時こそ久邇宮に投げてしまうべきなのであるが、とっくに逃走済みであった。そんなやり取りをしている間にも、テッドは対戦相手をぶちのめしていったのである。
「……駄目だ。錬士たちでは相手にもならない」
「こうなったら我らが相手するしか……」
「だが、勝てるか? ドーセット公は相当な使い手だぞ」
「「「……」」」
沈黙する幹部たち。
曲がりなりにも、彼らは武術家としては最上位の称号である範士、教士の称号持ちである。戦ってそうそう負けるとは思っていない。しかし……。
「あれだけやっても、未だに手のうちを見せないか……」
「このままだと圧倒的に我らが不利だ」
「ここぞとばかりに奥の手を使われたら勝ち目が無いぞ」
「やはり、あの手でいくしかありませんな」
「「「異議なし」」」
如何に強い技でも見せてしまえば対策もとれる。
しかし、この期に及んでもテッドは奥の手を温存していたのである。
「んなっ!? 総裁が居ないから無効試合!? そんなことは最初に言えぇぇぇぇぇぇっ!」
「そうは言われるがな。こちらの話を一切聞かなかったのは公のほうですぞ?」
「ぬぐぐ……!?」
その後、幹部たちは30人抜きを達成したテッドを口先三寸で丸め込んだ。
勝負を翌日以降に持ち越しとする提案に当然ながら猛抗議したのであるが、総裁の不在を理由にされると如何ともし難かったのである。
「ようこそドーセット公。歓迎しますよ」
「お世話になりますチャールズ卿」
テッドを出迎えたのは、総支配人のチャールズ・ロスチャイルドであった。
道場破りが不発に終わった後、テッドはN・M・ロスチャイルド&サンズの京都支店を訪れていたのである。
今回の京都訪問にあたり、テッドはチャールズに協力を要請していた。
日帰りは不可能なので現地で宿泊する必要があるが、ホテルに泊まれば身バレするリスクがある。そのため、N・M・ロスチャイルド&サンズが管理する適当な建物を用意してもらったのである。
「ご要望に沿った物件は用意しておりますが、すぐに行かれますか?」
「お願いします。予定外のことが起こってしまったので、時間が惜しい」
「分かりました。すぐに車を出しましょう」
「ありがとうございます……って、チャールズ卿が運転するんですか!?」
総支配人自らがハンドルを握ることに驚愕するテッド。
しかし、これはある意味当然のことであった。
テッドが内密に頼み込んでくる案件であれば、とにもかくにも機密保持が優先される。関わる人間が少ないに越したことないのである。
チャールズ自らが運転するファントムⅡで走ること20分足らず。
二人は京都近郊のとある建物へ向ったのであるが……。
「どうです。立派なものでしょう!」
「立派……って、これはあまりにも立派過ぎるのでは?」
「まだ正式に開業はしていませんが、スタッフは配置済みでサービスの提供には問題ありません」
「いや、僕一人のためにここまでします普通?」
自慢げなチャールズとは対照的に、思いっきりドン引きするテッド。
せいぜいが雨露をしのぐ程度でと考えていたのに、実際に用意されたのはホテルだったのである。
「痛っつぅ……!?」
案内されたのはロイヤルスイートであった。
ダイニングでスーツを脱ぎながら、テッドは顔を歪める。
(なるべく喰らわないように心がけたけど、さすがに無傷は無理があったよなぁ……)
部屋に備え付けの大きな姿見は、鍛え上げられた肉体のあちこちに生じたアザやうっ血痕をはっきりと映し出していた。
(顔にもらわなかったのはせめてもの救いかな?)
30人抜きだったので、史実の某空手団体の百人組手よりはマシではある。
しかし、ローキック禁止だったり、休憩時間もある百人組手とは違ってこちらは一切の制限無しの連続組手であった。この程度で済んだのは僥倖であろう。
「んー、お土産はどうしようかなぁ……? そうだ、生八つ橋にしよう!」
言うが早いか、即詠唱。
自分でも何故知っているのか分からない、どこの世界の言葉かすら分からない呪文を唱え始めるテッド。床に魔法陣の光芒が浮かび上がり、室内が光に埋め尽くされる。
「よし、バッチリ治ってる!」
チートスキルの副作用で縮んでしまった体を確認するテッド。
ショタのすべすべお肌には、先ほどまでの痛々しいアザやうっ血痕は存在していなかった。
テッドの召喚スキルは、無制限に物質召喚が可能なチートスキルである。
しかし、その反動で体がショタ化する副作用があった。
召喚した物質のコストに比例してショタ化する時間が長くなるのであるが、ショタ化には身体の状態をリセットする効果もあった。つまり、短時間で戻れる算段があれば怪我の治療に用いることが可能なのである。
「おー、これこれ! 懐かしいなぁ」
聖護院八ッ橋総本店の生八つ橋のパッケージを見て喜ぶテッド。
ちなみに、召喚したのは旬菓宇治、旬菓もも詰合せ、聖、聖・黒胡麻であった。
「これでマルヴィナも喜ぶかなぁ?」
比較的安価なお土産を召喚することで怪我をリセットしつつ、短時間で大人体形に戻る。この時代にはないはずのお土産でマルヴィナも喜ぶ。双方にWin-Winな取引だったのである。
(どうしてこうなった……!?)
テッドが相対する男は短躯ながら筋骨逞しい男であった。
しかし、身長が20cmは小さいというのに発する威圧感が尋常ではない。それもそのはずで、テッドが相手しているのは不世出の達人と謳われ、合気道の開祖でもある植芝盛平だったのである。
先日の道場破りが不発に終わったとはいえ、実力は存分に見せつけた。
話の持って行き方次第では、こちらに有利な条件を飲ませられるだろうとテッドは皮算用をしていた。
しかし、再度来訪したテッドを待ち受けていたのは話し合いではなかった。
お互い勝っても負けても遺恨無しの立ち合いだったのである。
『なんとか追い払ったが、挑戦を受けた以上は退けなければこちらの面子が立たん』
『ドーセット公を完膚なきまでに負かしたうえで、実際の話し合いは東京の連中に丸投げすれば角も立たないだろう』
『それが最も無難ではあるが……そんなことが出来るのか?』
『一人だけ可能な男がいる。幸いにして、今は大阪にいたはずだ。至急呼び寄せよう』
この頃、西日本における拠点づくりの下見で植芝は大阪に滞在していた。
大日本武徳会側にとっては幸運なことであったが、テッドにとっては不幸以外の何物でもなかった。
『海外の武術を使う凄い武道家がいる』
植芝の説得は、たったこれだけで事足りた。
46歳となった植芝は技術・体力共に絶頂期であり、誰の挑戦でも受けるつもりだったのである。
(こうなったらしょうがない。先手必勝!)
試合が開始されるや否や、ステッキを突きこむテッド。
しかし、胸元を直撃するはずだったステッキは植芝にぎりぎり届かなかった。
(間合いを間違った? 今度こそ!)
フェンシングのような構えからの連撃。
間合いを詰めてからの3連撃は今度こそ直撃するはずであったが、やはり届かない。
(間合いがどうこう以前に、当てられる気がしない……!?)
戦慄するテッド。
その後もフェイクも織り交ぜてステッキを繰り出すも、植芝はことごとく回避して見せたのである。
史実の植芝には、木剣が振り下ろされるより早く『白い光』が飛んで来るのを感知して相手の攻撃を素手でことごとくかわしたという逸話がある。二人の間で繰り広げられるやり取りは、その再現であった。
(埒があかない。こうなったら……!)
ステッキが通用しないと判断したテッドは、目の前の植芝に向かってぶん投げる。同時に一気に間合いを詰めたのであるが……。
「ぐげっ!?」
気が付いたらテッドは床に伏していた。
掴んだ瞬間に投げられたのは分かったのであるが、予備動作とか、起こりとかそんなものは一切無しである。
「ほっほ、手加減無しで投げたんじゃが、頑丈だのう」
「そ、そりゃどうも……」
辛うじて受け身が間に合ったから良かったようなものの、板張りの床に叩きつけられてさすがにノーダメージというわけにもいかなかった。テッドは多少ふらつきながらも立ちあがる。
「しっ!」
最小の動きで最速の一撃。
打ち下ろす感じのジャブで植芝のアゴを狙う。
「ほい」
「ぐぁっ」
しかし、右手であっさりと払われる。
そのまま掴まれて、またしても地べたに這いつくばることになった。
「まだまだぁっ!」
テッドは吠えながら飛び起きる。
前蹴りでみぞおちを狙う。
(と、見せかけて……!)
股関節を内旋させて強引に軌道を変える。
史実のブラジリアンキックである。
「おぉ、今のは面白いな!」
「あ、あれも避けるんだ……」
前蹴りから頭上への振り下ろしへの変化する変則蹴りを、植芝は躱しただけであった。その様子は、珍しい技見たさに手を止めただけにも見えた。
「まだまだ引き出しはあるんじゃろう? ほれほれ、出し惜しみはいかんぞ!」
この時代における植芝盛平が満足したのは、それから30分後のことである。その傍らには、ボロ雑巾と化したテッドが転がっていたのは言うまでもないことであった。
「ようこそドーセット公。久しぶりですね」
「お久しぶりです陛下。ちょっと京都に行って来ましたのでお土産をお持ちしました」
宮城にテッドが参内したのは、植芝にボコボコにされてから翌日のことであった。
「ちょうど良かった。紹介します。新たに侍従長となった鈴木貫太郎です」
「おぉ、鈴木さんじゃないですか。お久しぶりです」
「ドーセット公も、お元気そうで何よりですな」
前侍従長であった珍田捨巳は今年の1月に死去していた。
史実と同じく、鈴木が後を継いで侍従長に就任していたのである。
「……二人は知り合いなのですか?」
親し気に会話する二人を見て疑問に思う今上天皇。
実際、二人は親交があった。
「そうですな。確か軍縮条約締結の頃でしたから、もう4年になりますな」
「もうそんなに経ちましたか。いやぁ、時が過ぎるのって早いですねぇ……」
ロンドン海軍軍縮条約締結後、帝国海軍はテッドに好意的になった。
英国大使館には大勢の海軍軍人が表敬訪問に訪れていたし、テッド自身が海軍省に招かれることもあった。
テッドと鈴木貫太郎の親交が始まったのは、この頃であった。
当時軍令部総長だった鈴木貫太郎海軍大将は、テッドを相談役兼ご意見番として海軍省に頻繁に招いていたのである。
「……っと、まずはお土産をどうぞ」
テッドが取り出したのは、史実では創業から100年以上の歴史を誇る和菓子店『満月』の名品である阿闍梨餅であった。
「これは美味しそうですね」
「すぐに侍従にお茶を持ってこさせます」
史実では地元民のみならず、全国のスイーツ好きを魅了する京都の銘菓である。
この世界でも既に作られていたのであるが、現状では地元民御用達のお菓子に過ぎなかった。
「これは美味い!」
「いやぁ、じつに美味しいですな。お茶が進みますぞ!」
阿闍梨餅は、しっとりもっちりした生地とあっさりとした粒餡が見事に調和した逸品である。今上天皇と鈴木も大絶賛であった。
(この世界でも食べることになるとは思わなかったなぁ……)
テッドはテッドで、生前に食べた味を思い出しながら味わっていた。
大人気で品薄なお菓子だったために、生前は手に入れるのに苦労していたのである。
「……と、いうことがあったんです」
「「うわぁ……」」
事の次第を聞いて、ドン引きする今上天皇と鈴木。
美味しいお菓子とお茶があれば話も弾むわけで、つい、うっかりと口を滑らせてしまったのである。
「それにしても、久邇宮はまだ懲りていなかったんですね……!」
宮中重大事件のみならず、自宅改修の費用を皇室に無心しただけでも許しがたいのである。これに加えて、友であり同盟国の大使でもあるテッドに迷惑をかけたことに今上天皇は激怒していた。
「ふ、ふふふ……ドーセット公、万事任せてください。二度とあの男の顔を見ないで済むように計らいますから」
玉顔を紅潮させながら呟く今上天皇。
史実のやらかしに加えて、陸軍これくしょんのウルトラレアをコンプリートするために莫大な金額を皇室にせびっており、遂に堪忍袋の緒が切れてしまったのである。
ちなみに、陸これは平成出版が出しているゲームである。
突如来襲した謎の軍勢を陸軍娘で撃退するカードゲームであり、この世界の艦〇れに匹敵するほどの人気であった。
「え、いや、そこまでしてもらわなくても……」
普段の聡明な様子とは打って変わった様子を見て、あたふたしてしまうテッド。
「ドーセット公。こうなった陛下は、もはや止めても無駄ですぞ」
その一方で、短期間ながらも今上天皇を常日頃から補佐している侍従長は既に匙を投げていた。
逆鱗に触れた久邇宮は、大日本武徳会の総裁を即刻解任された。
久邇宮の腰巾着だった幹部たちも根こそぎ更迭されたのである。
「「「ドーセット公、ご迷惑をおかけして申し訳ない!」」」
事の次第を知った大日本武徳会の主だった幹部たちは平謝りであった。
総裁の解任を知った彼らは、英国大使館まで飛んできて謝罪したのである。
「僕としては、日本武道館が使えるようになれば良かったんだけどね」
「え? 日本武道館は大日本武徳会の管轄じゃありませんよ? そもそも帝都にも武徳殿はありますし……」
平成会と癒着した結果、この世界の大日本武徳会は史実以上の大勢力となっていた。帝都をはじめとした主要都市には武徳殿が建設されていたのである。
「なん……だと……」
「その分だと、総裁とその一派に騙されたようですな。ご愁傷様です」
大日本武徳会の総裁は実質名誉職であり、権限も利権も無きに等しかった。
このことに不満をもった久邇宮は、日本武道館に目を付けた。
大義名分と声のデカさで、総裁派は日本武道館を手に入れた。
ほとぼりが冷めたらイベント用に貸し出して利益を貪るつもりだったのである。
「お忍びで京都まで行って、殴り合いしてきた僕の苦労はなんだったんだぁぁぁぁぁっ!?」
英国大使館の応接間に響き渡るテッドの絶叫。
とにもかくにも、日本武道館を本来の目的のために使用することが出来るようになったのである。
『レディース&ジェントルマン! ジャスパー・マスケリンの奇術ショーへようこそ!』
1928年10月某日。
日本武道館において、ジャスパー・マスケリンの奇術ショーが開催された。
(おぉ、さすが本職。堂に入ってるなぁ……)
テッドは、アリーナ席の最前列に陣取っていた。
いわゆるスポンサー特権というやつである。
目の前で繰り広げられるステージマジックに、場内は大いに沸いた。
この時代において、大規模ステージマジック――いわゆる史実のイリュージョンは珍しいものだったのである。
3日間開催された奇術ショーは、満員御礼が出るほどの人気であった。
承認欲求を大いに満たしたマスケリンは、満足して帰国したのであるが……。
「……で、なんで此処にいるわけ? 本国で錦を飾ったんじゃないの?」
「そ、それが……」
半年後。
ジャスパーマスケリンは、何故か駐日英国大使館に居た。
「公演自体は成功したんですけど、ちょっとばかり出費が嵩んで赤字になっちゃったんですよ」
「それって、借金取りから逃げて来たってこと?」
日本武道館における奇術ショーは、必要な諸費用は全てテッドが負担していた。
マスケリンは予算を気にすることなく、スタッフや設備に金をかけることが出来たのである。
英国本国で同様なことをやれば、どうなるかは言うまでも無い。
せめて、チケットの価格に上乗せするなりすれば良かったのであるが、客足が鈍ることを嫌ってそれすらも怠っていた。
「そ、そこまで大した金額じゃないですよ? せいぜい30万ポンドですし……」
「ぶふーっ!?」
口に含んでいたダージリンの二番茶を吹き出してしまうテッド。
顔面に直撃したマスケリンが悲鳴をあげたが知ったこっちゃない。
この時代における30万ポンドは、史実21世紀だと60億円以上となる。
よくもまぁ、それだけの借金を作り出せたものである。
「というか、よくそれだけの金額を借りれたね? 失礼だけど、そこまで借りれるほどのコネも知名度も無いと思うのだけど……」
猛烈に嫌な予感に囚われるテッド。
実力はともかく、本国での知名度が絶無に近いマスケリンに出資してくれる物好きがそうそう居るとも思えない。
「いやその、『ドーセット公も認めた奇術』という言葉で出資を募ったら面白いように貸してくれたもので……」
「ちょおまっ!? そんなことしたら、こっちまで巻き込まれるじゃないか!?」
テッドが認めたのは日本公演のみである。
本国での公演は知ったことではないのであるが、このままだとなし崩し的に巻き込まれかねない状況であった。
「お願いですから、ここに置いてください! このままだとテムズ川に浮かぶことになりかねないんです!」
「あぁもう、泣くな!? こっちが泣きたいわっ!」
号泣しながら縋りつくマスケリンに辟易するテッドであるが、頭の中では別のことを考えていた。
(借金のカタに扱き使うチャンスではあるのだけど、どうしたものかなぁ……)
マスケリンは影武者として有能なので、確保しておきたい人材ではある。
しかし、影武者が必要な場面がそうそうあるわけではない。
(30万ポンドの価値があるのかと言われると……微妙?)
黙して算盤を弾くこと数秒。
悩むテッドであるが、ここであることを思い出した。
「……影武者の仕事にプラスして、ウォッチガードセキュリティの慰問と偽装工作を引き受けるなら借金を全て清算したうえで雇うけど、どうします?」
「やりますやらせてくださいっ!」
もろ手を挙げて賛成するマスケリン。
どのみち、彼に選択肢は存在しなかったのである。
テッドは、ウォッチガードセキュリティの隊員から募って特設部隊『マジックギャング』を編成した。史実のマジックギャングと同様の任務を期待されており、日ごろはウォッチガードセキュリティの慰問と現地住民の慰撫工作に従事することになる。
近い将来に実施される水爆実験のカモフラージュこそが、マジックギャングの本来の目的であった。起爆地点と威力、地形効果、その他諸々の要員をシュミレートして、一見しただけでは水爆実験と分からないように偽装するための実験が繰り返されることになるのである。
タイトル詐欺とまではいかないけど、いろいろ混ざった内容になりました(汗
>「西園寺伯にとりなしてもらうのもそろそろ限界です。もう料理のレパートリーが尽きました……」
平成会の後援者である西園寺公望に頼み事をするときには、創作料理が必須でした。この時代は法整備が未熟だったので、官憲よりも西園寺に頼んだ方が話が速いし、穏便に済ませられたのです。
>前田光世
史実最強の柔道家。
この世界でも海外放浪していますが、史実と違って南米への入植イベントが発生しないので最終的には日本に骨を埋めることになります。今回はちょい役でしたが、いずれ再登場するかも?
>大日本武徳会
この世界では、平成会と早々に癒着して勢力絶賛拡大中。
史実のように上から統制をするのではなく、主流からマイナー格闘技も含めた互助会みたいな性格になってます。
>マッハ蹴り
ブラジリアンキックと混同されがちな蹴り。
動画を見た感じだと、回し蹴りを途中から軌道変更させるっぽいです。史実においては実戦で使える人間は極わずかで、格闘モブも見た目を真似ただけだったので、早々に対策されてしまいました。
>錬士
武徳会主催の大演武会に出場した武術家から、武術の保存・奨励に努力してきた人物を表彰する制度を設けて表彰を行ったのが始まりです。昭和9年に廃止されて錬士の称号が制定されています。この世界では平成会の提案で、史実よりも早期に制定されています。
>範士・教士
明治36年に、武徳会員で武術・武道を鍛錬する者の地位を表示するために、武術家優遇例として範士・教士の最上位の称号が設けられています。その結果、錬士(当時は精錬証)は教士の下位の称号となっています。この世界では平成会の提案で以下略です。
>久邇宮邦彦王
大日本武徳会3代目総裁。
昭和天皇后の父にして、明仁上皇の外祖父で、さらに今上天皇の曽祖父にあたるという凄い血筋の人。決して無能では無いのだけど、外戚として皇居に出入りして金の無心をしたという事実から、この世界では残念な人になってしまいました(ノ∀`)
>背広姿でよくもあそこまで動けるものだ
バーティツの正装は、トップハットとスリーピース、あとステッキ!
ちなみに、さすがに板張りの道場に靴履きは失礼ということで、特注の地下足袋を履いて挑んでいました。
>この世界の久邇宮は既にやらかし済みであった。
この時点で、自宅の改修費を無心して今上天皇(当時は摂政宮)と貞明皇后を激怒させていました。
>チャールズ・ロスチャイルド
N・M・ロスチャイルド&サンズの日本支社の総支配人。
商才があったのか、経営規模が拡大して日本全国のあちこちに支店を出しています。
>ファントムⅡ
本国でも発売されたばかりなのに、日本に持ち込まれています。
後に英国大使館に導入されています。
>百人組手
史実の百人組手は、対戦者のローキック禁止、対戦者のみ握り棒必須、休憩時間の長さなどルールがありますが、テッド君の場合は休憩無し、その他ルール無しでやってのけたのだから、じつは大したことをやっていたりするのです。流石は腐ってもオリ主チートですね!(オイ
>聖護院八ッ橋総本店
創業1689年。現在も続いている老舗中の老舗。
21世紀になってからコラボ商品を多数出していて意外と柔軟な経営戦略を取っていたりします。
>植芝盛平
この時代なら間違いなく最強の武術家だと思います。
前田光世とやったらどちらが強いか非常に興味があるところですが、『講道館柔道史上最強』と謳われた木村政彦が植芝から合気道を学んだ阿部謙四郎に敗北しているので、やっぱり植芝盛平が勝つんじゃないですかねぇ。
というわけで、テッド君が負けたのはしょうがないんです。
マルヴィナさんならどうかって? 本人が『女の子は大事にしなければいけない』って言って、全力で勝負を避けるのでノーゲームですよきっとw
>予備動作とか、起こり
予備動作も起こりも意味合い的には似た物です。
厳密には、何らかの動作を開始する際に逆の動作(高くジャンプする直前の深く腰を沈める動作など)が予備動作、武道における重心移動が起こりになります。
>ブラジリアンキック
回し蹴りから入るマッハ蹴りとは違い、前蹴りから入る蹴りです。
前蹴りを当てる直前に、股関節を内旋して軌道変更して上から振り下ろす感じの蹴りになります。序盤の格闘モブとは違って、パワー、スピード、タイミング、全て備えていましたが相手が悪すぎました…(ノ∀`)
>鈴木貫太郎
珍田捨巳の後を継いで侍従長に就任。
描写は削りましたが、テッド君は早々に自分の秘密を打ち明けています。陛下も知っているし、今更ですよねw
>つい、うっかりと口を滑らせてしまったのである。
散々苦労したあげくに、収穫無しじゃ愚痴りたくもなりますよね。
わざとじゃないのですよ?
>宮中重大事件
久邇宮の長女である良子女王(後の香淳皇后)の家系に色覚異常の遺伝があるとして、元老・山縣有朋らが久邇宮家に婚約辞退を迫った事件。この事件自体は久邇宮は被害者なのですが、翌年に長男の朝融王が婚約破棄を起こして騒動に発展、最終的に昭和天皇(当時は摂政宮)から訓戒処分を受けています。
>阿闍梨餅
史実だと1922年に誕生しています。
保存料を一切使用していないので賞味期限は5日(!)なので、この時代だと全国展開は厳しいでしょうねぇ。
>陸軍これくしょん
平成出版のドル箱である艦〇れの二匹目のドジョウを狙うべく開発された陸軍版艦〇れ。全体的なイメージはりっくじあーすのパクリで、陸自娘ならぬ、陸軍娘が活躍するカードゲームです。
先行している艦〇れや、サ〇ラ大戦のTCGは駄菓子のおまけでカードが付いていましたが、陸これは最初からデッキ販売しています。そのせいで、大人たちが財力にものを言わせて買い占める現象が多発しています。
>マジックギャング
この世界では、ウォッチガードセキュリティの慰問と偽装工作のための特設部隊です。水爆実験を如何に世界から欺くか、乞うご期待ですよ!




