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8逃走そして放課後〜1

数真から逃げながら――


走っても走っても。


振り払っても振り払ってもこみあがってくる。


なにがって、もうなにがなんだかわからないよ。



自分のこの、ごちゃごちゃの感情は気に入らない。




恥ずかしいやら腹がたつやら情けないやら、もう、わけがわからない!



数真の好戦的な鮮烈な表情。



…私のカラダを這う視線――壮絶な色気を含んだ声色。



私を圧倒する劣情。




…かなわなかった。



まるで蛇に睨まれたカエルってヤツ?




悔しい。手玉に取られてあしらわれて。


ああ、でも。


焦る気持ちの反面、どこか冷静に自分を見つめる目も感じていたんだよね。


そこはホラ、いつも数真の陰でひっそり存在感のない姉ですから。


なんていうか、いつも数真と比べられてきましたから。判断されてきましたから。

なんだかんだといいながらもびくびくしてるんだよね。


批判や嘲りになら乾いた目線で流せるけど、そうでない感情にはうろたえてしまう。


うん、卑屈だよ。


数真に周りに、批判的なクセに冷ややかなクセに。


昔からここって時にいまひとつ集中出来ないんだよね。


ドキドキはらはらしながらも、『私いまドキドキじゃん絶対バカみたい…はは』なんて他人事みたいに考えてしまうのだ。


だからいまも、『数真のバカ!ドキドキ(はあと)』って思う自分と、それにのめり込めず『勘違いすんじゃねぇよおまえさんよ』と冷たい目線で私を見る自分を感じるのだ。


「はあ、はあ…」


校舎に入り、私は自分が数真にもらったサンドイッチをグーで握りしめてることに気づいた。


もったいない…もう食べられないかな…?


何回か深呼吸して、もうひとりの、冷静な自分に意識を集中する。


――――勘違いしちゃいけない。


これは、アイツにとっては遊びなんだ。


アイツは私を求めてなんかいない。

私が動揺してるのを楽しんでるんだ。


…あの美貌に色気が加われば天下無双だからな。


私、いわゆるモブだもん。


……あ、ちょっと落ち着いてきたかも。



見事だよ…数真。


反撃の機会も潰されちゃったし。数真の勢いに押されっぱなしで昨日からずっと流されてるし。


…うん。


情けないな。いくら美形で強引なS男でもたかが弟、しょせんサカリのついたガキだ。


姉として、きっぱりと禁断の関係を拒絶し本来の関係へ導かねばならないのに。


現実は。



――数真は…エッチなことを言えば私がうろたえるって、しっかり押さえてる。

さすが狡猾老獪優等生。もう、いや…さすがだよ。

なんなの言葉責めまでホントヘンタイだ。




そして。


午後の授業が終わり、人もまばらになった教室。私はぽつんと窓際の机にいた。


「倉橋さん、帰らないの?」

「う…ん、ちょっと…あ、午後の英語がわかんなくて…復習してから帰ろうかなーなんてね」


まさか弟に押し倒されるから家に帰りたくない…

なんて佐々木くんには絶対言えないので、私はごまかした。


午後の授業がみに入らなかったのは…事実だけどさ。


「佐々木くんは?」


いつもすぐに教室からいなくなる彼にしては珍しく、手にカバンをもっていない。


「うん、俺も勉強してこうかなと」


「ふうん?」


佐々木くんの笑顔につられてなんとなく頬が綻ぶ。



佐々木くん。



癒しだよ君は。

あの色情劣情魔とは正反対の安らぎ効果。

心が洗われるよ…。


かたん、と前の席に座る佐々木くんを見ながらそんなコトをしみじみ噛み締めていると――



ガタン。


「ん?」


振り返る。誰もいない。


「どうしたの?倉橋さん」

「ううん…なんか音がしたから」


「そう?あ、俺ここの文わかんなくてさ」


教室には気づいたら誰もいなくなっていた。

佐々木くんとふたりだけだ。


ふたりきり…


うーん心臓に悪い言葉。


でも佐々木くんは友達だし数真と違ってなんていうかホンモノの紳士?だし。

勝手に警戒するのはまさに自意識過剰すぎってもんだ。


真剣に電子辞書を引く佐々木くんは昔読んだ少女マンガのヒロインの相手役みたいに、カッコよくって爽やかだ。こういう時間っていいなぁ…青春って感じ?ミヤの姉がみたらそう言うんだろうなー。


数真とのどぎついめくるめく時間が続いた後だから、癒される。


「倉橋さん?」


ああごめん。

ちょっとぼんやり浸ってしまいました。


「…」




勉強始めて、まだ10分もたってないのにすみません。


あれ?


えーと。佐々木くんよ、急に黙りこくるなよ?


なんか、見つめ合うことに自然なってますが?


あ、そうだ。さっき呼び掛けられたの私だから返事待ってるんですかね?


「佐々木くん?」


「……」


なにも返事がない。



このまま待てばいいのか?


無表情な佐々木くんと見つめ合う…。



見つめ合う…まだ。

見つめ合う…さらに。


見つめ合う…少々コワくなる。


佐々木くんはとうとう口を開いてくれた。


なぜか微妙に強張った真剣な眼差しだ。


「倉橋さん…今、好きなヤツとかいる?」



――?


急にそんなリサーチなぜ?


「いないよ?」


隠しても意味ないからとっさに正直に言うと、佐々木くんは怖い顔つきになった。


私をじっと見詰める…いやむしろガンつけてる?


「じゃあさ」


私はごくりと息をつめた。

気のせいか子犬のような瞳が熱っぽい瞳に見える。


佐々木くん、こちらへ手を伸ばしてきたような…


あれ?


手、握られてる。


「俺さ、倉橋さんが好き」


…?



「…」





意味がはかりかねる。


私も好きだけど、それは嫌いじゃなくむしろ好き、ラブじゃなくライク的な…


しかしそんな発言はむしろ話がややこしくなりそうな、キケンな予感。


沈黙は金、だな。


黙っていると佐々木くんの手がぎゅっと強くなった。


頬がうっすら紅い佐々木くん。


せつなげな瞳の佐々木くん。


好きだと言った佐々木くん。



…これは、アレですか。


「えーと。念のため聞くけど…告白、なの?」


「うん、コクってる、倉橋さんに」


佐々木くんはようやくニコニコといつもの感じに戻ってくれた。

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