7学校にて〜昼食タイム
生物が終わって昼休み。
まだ昼か…。
もう夕方くらいになっててもいいんじゃないの?
じきに夏だし、サマータイムが導入されても反対はしない。むしろ推奨したいとくに今日は。
ああ帰りたい…
あ、あの家はダメだな。
姉に欲情するヘンタイのいる魔窟だ。
出来たら帰らないでおきたい…
どこか遠くに帰りたい…
異世界トリップとか、ないだろうか?
今なら躊躇なく馴染む自信があるんだけど。
朝から興奮しっぱなしでいい加減アタマの放出ホルモンが枯れてきそうな勢いである。
お腹が不思議と空かないのはそのせいか。
膝の上の、サンドイッチをみる。コンビニのよくあるハムチー…ハムチーズだ。
割と好きな具だといえる。
そしてゆっくりと。隣の愚弟を、これを渡してきた当人を、見る。
「これは?」
なんですか?
「昼メシ」
見ればわかるそれは。
「…聞きたいのはなんであんたが三年の教室に来て……佐々木くんや深沢さんと楽しくご飯を食べようとしていた私を…拉致ったかという点だけど」
連れて来られたのは裏庭の一角。
ちょうど校舎からは視覚になり、近くの武道場の出入口からは茂みの裏になり、こんなとこにいたら怪しいことこの上ない。
ああ!と目を軽く見開くと困ったようにテレ微笑を滲ませる弟。
…わざとらしすぎる。
数真は私の顎にそっと触れた。
「俺がどんだけ姉さんに会いたかったかわかる?」
いやわからんし興味もないから。
「数真。余計なゴタクはいいから用件は?」
私はすすっと軽く距離をとる。
近付いたら負けだよってことぐらい私も学習済みだ。
ホントはこうしてふたりきりなのも危険行為だ。
つくづくこのシュチエーションに陥ったことに脅威を感じる。
数真の戦略…なんて姑息な…狡猾な…
それは、昼休みが始まると同時だった。
数真がきた。
佐々木くんと深沢さんとなんとなく席をくっつけてご飯を食べようと、買い置きしてあったパンをカバンから出した時だった。
『ああ、いたいた姉さん、一緒に昼メシ買ったから、食べよう』
いきなり現れ勝手な発言――当然断ろうとすると――
ヤツは思い付いたように付け加えた。
『そういえば、昨日ずいぶん体調悪かったみたいだけど、病院行ったの結局?』
――…
麗しい微笑には、過剰なフェロモンたっぷり添えで。
深沢さんはもちろん、間近で数真の笑顔に当てられてしまった佐々木くんまでもが、ぽーっと頬を赤らめていた。
――なんて老練、老獪な…
数真の言葉だけ聞いたら、優しい優等生の吐くセリフだ。
しかしフェロモン笑みによって淫靡な場面を匂わせる――私にだけわかるやり方で。
そこがこの弟の卑劣かつ狡猾なところだ。今日ぐらいそっとしとこうという思いやりはないのかこのエロ愚弟には…
いやそんな期待するほうがヘンか。
「素直じゃないな、姉さん」
「あんたみたいに本能だけで生きてないから」
静かに告げるが数真は涼しげににっこり笑った。
「俺は欲しいモノだけあれば満足なんだ。ある意味謙虚に出来てる。和音もそう思うだろ?」
…自分に自信がある人間特有の威圧的オーラ。
この弟は容赦がない。自分のしたいことやりたいことは必ず実行する。
だからイキナリ昨日姉を襲いやがったんだし。
第二対決、だな。
私は芝生の上で膝を抱えて数真からパンツがみえないように気をつけながら睨みつけた。もともととぼけた顔つきも少しはキリッと見えたら成功だけど。
数真は目を細めて微笑を浮かべているが、これは例の――皮肉な表情、なのだろう。
なんとも甘く、淫猥な視線に思わずまた腰の奥が勝手にモゾつくのが悔しい。
――だいじょうぶだろうか。
いやそんな弱気でどうする。
人はケダモノじゃないんだ数真を除いて。コイツのフェロモンに当てられない唯一の存在。
それが姉だ。私だ。
……。
長い沈黙も時間にすれば一、二分に過ぎない。
「数真。なんで昨日、あんなコト、したの」
「あんなコトって?」
ちっ、わかってて言ってるな。
私の羞恥心を煽ろうとして、か。
「あんたは…」
私は思わず周りを見た。
学校で喋るような問題じゃ――ない。
でもまた今日も夜は数真とふたりであの家にいなければならないのだ。
冷静に話せる中立の場は学校しかない――だろう。
数真はフェロモン濃度を下げずに見つめ続けてくる。
ああ、うぅ…
「昨日アンタがふざけてやったコト、について謝って欲しいの」
あえてボカシた表現で話を進めようと唇を舐めた。
緊張でずいぶん乾燥してる。
「ふざけて?…あー」
数真の…囁きが聞こえてきた。
「いきなりお尻も…は、やっぱ引いた?」
―――!!?
「なっ!?」
なに、ななな何言い出すんだ――!!
「昨日はノーマルだけだったから回数でこなした感が、物足りない?
んー…ケ○攻めも途中だったし、俺の○リ責めで和音ちゃんだけ勝手に何回もイッちゃうし。
やっぱ同時にイクってのは現実無理かな…」
あうあうぁうぉう…!!
「ゴメン、で…すっごい顔真っ赤だけど大丈夫?」
も、もぉいい……やめてとめて。
「ぅ…うう…っ…ヘンタイ…!」
せいいっぱいの罵りに、なぜか朗らかにいとしげにウィンクが飛んでくる。
「なに言ってんのー男はみんなヘンタイだろ?」
「あんたは男じゃなく弟!違うからっ!」
「へぇ…じゃ、その弟に跨がってよがってたのは誰だっけ。確か何回か自分だけイッちゃってたよなー?」
――馬のりだったよ?
…って、そんな指摘はっ…
「あ、あんた、ホント最低…!」
「んー最高の誉め言葉だね」
くすくすくす。
鮮やかに艶やかに、数真が笑う。
長い指に、つい、と私の顎がまた持ち上げられた。
瞳を、心を見透かすように覗き込まれる――
「いつもマジメな姉さんの恥ずかしい姿も恥ずかしがるカオもどっちもいいね。
…今日も夜は長くなりそう、だ…」
「っ!」
魔性の瞳だ。
ヤバイ、この男、ヤバイよ…!
数真からじりじりと撤退しながらなんとか立ち上がり膝から落ちたサンドイッチを拾うと一目散に逃げ出した――。
「俺はオマエが好きすぎるんだよな。姉でもなんでも別に構わないよ。他の女はいらない」
――て、撤収…。これは戦略的撤退だ…!
立て直し…立て直さないとっ。
数真め――鬼畜めっ…
確かに弟に…ファーストキスもバージンもイッちゃう感覚も全部ぜんぶぜんぶ奪われ教えられましたとも!
昨日はなんとかおしりとお口の貞操は守ったけど…
ああー何言ってんの私。
お天道様に顔向けできないこんな話題。
「…和音ちゃん」
私は聞こえていなかった。
「甘いねー。俺が遊びにしろ本気にしろ欲しいモノにはこだわるって知ってるだろ?」
立ち上がり逃げ出す私に浴びせられる嘲笑。
「本気か気の迷いか」
私の背中に投げ付けられる言葉の刃。
「それは判断してもらうかな…オマエに」




