待ち望むもの、残されたもの。
短いです。ユシグ視点です。
人を好きになった。
この世で最も好きになってはいけない女を、自覚した時には、もうどうしようもなく好きになってしまっていた。
貴女とは決して結ばれないだろう。
報われない恋。
不幸な結末しか予測出来ない絶望的な愛。
…そんな泥々な感情を長年、幾つも幾つも重ねても、俺の胸に一度灯った焔は消えることなく、静かに俺を燻る。
「ユシグ?」
妖精のようにふわりと現れた彼女に俺の心臓は簡単に跳ね上がる。
「姉上…」
「また難しい顔をして…若いのに、眉根にほら、シワが」
「…ッ!?」
伸ばされた手、思わぬほどに近い彼女の顔…不覚にも無様に頬が熱くなるのが止まらない。
なのに。
俺を疑うことを知らない貴女は、こんな何気ない仕種で俺を陥れる。
ーーーそう、こんな夢の中でさえも。
そんなに俺に優しくしないで下さい、姉上。
俺には、貴女に優しくされる資格など…
「ユシグ?どうしたの」
俺の表情を敏感に察すると、俺の前で立ち尽くす彼女。すぐ側に彼女がいる。
抱き締められる為にあるような、そんな距離。
手を伸ばしかけ、思いとどまる。
夢なら醒めてしまうだろう。
夢の中ですら、貴女は俺を柔らかく拒絶する。俺の気持ちに気付かない。
触れれば、すぐに。淡雪のように消えてしまうだろう。
俺の醜い想いを知れば、きっと。
貴女は俺を拒絶する。
「姉上………あねうえ」
姉上。貴女は酷い人だ。 俺をこんなに苦しめて、貴女だけしか見えなくさせておいて。
「姉上…俺を愛して下さい」
あの男を追って異界に消えたという姉上が、ようやくユラドーマに戻られた。 間違いなく姿かたち、そして何よりも魂は姉上だった。それなのに姉上は覚えていなかった…この世界だけでなく、俺のことすらも。
この衝撃が貴女にわかるか?
愛する女に忘れられた悲しみと怒りは、貴女にはとうてい理解できないだろう。
そして、何よりも。
俺を拒絶する余りに、俺の存在を忘れたかったのだ、貴女は。
「もちろんよ、ユシグ?あなたは私の一番大切な弟なのだから」
弟という呪詛を逆手に取ってきたかつてのごとく、柔らかく彼女が首肯する。
「そうです、ね。貴女は俺を何よりも優先させなければなりませんね。それが貴女の勤めです…姉としてのね」
「ええ、わかっているわ」
俺のことを思い出して、そして…
俺をまだ愛していると、貴女は微笑んでくれるのだろうか…
姉上。
俺は貴女をどうしようもなく愛している。




