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6学校にて

やっと、学校に、着いた。


自分の教室の、自分の机がこれほど愛しいと思ったことがかつてあっただろうか――


学校なんて授業なんてプレッシャー以外の何物でもないはずが、心底ホッとする。


数真にカバンを持たれて、憔悴しきって登校した今日のこの屈辱を私は忘れない――


登校中、電車の中以外では不埒な行為はなかった…手も繋がれなかった会話も自然だった何もおかしくはなかった。


ミヤにも玄関で会ったけど、私を見てとくに意味深な反応も見受けられなかった。


よかった…



まあミヤにバレてなければほかはだいじょうぶ。

ミヤは鋭いし幼なじみだから一番の難関なのだ。



午前中の授業はたった今、あと一つで終わりになったところだ。



「…はぁ」



ぱたっと机に突っ伏す。



こそっと鏡でチェック…

うん、疲れた顔もそれほどわからない。朝よりクマも目立たないし。


ふぅ…。


窓からはもわっとした夏の大気が眺める。


青い空、白い入道雲。

私の目に映る梅雨明けのきっぱりと晴れた空。

乾いたグラウンドはここからだと砂漠みたいにみえなくもない。


これから夏だ、って感じの天気だけど…



期末が終わったら夏休み、か…


夏休みってさ、毎年、塾の講習とかで忙しいから…楽しみってテレビの再放送くらいだったし、とくに今年は受験生だから憂鬱だよ。うー…こないだの模試結果、たぶん悪いだろうし。

ユウウツだ…。



―――数真は…


今頃涼しいカオして教室にいるんだろうか?


何もなかったカオをして?


――む、ムカつく…


エロいくせに衝動のみのガキのクセに…!



「倉橋さん?」


内心で身もだえまくっている私の目の前に、同じクラスの佐々木くんがプリント片手に立っていた。


きょとん、と人懐こそうな柴犬みたいな瞳をぱちぱちさせている。


「教室移動ってタルいよね…

だいじょぶ?なんか体調よくないみたいだけど」


「へっ…あ、あ、次…って…生物だっけ?」



授業ではスライドとプリントしか使わない――のに、わざわざ生物教室でやる必要性がよくわからない。だから移動をすぐに忘れるんだよ。



「うん」


佐々木くんは、やんわりと笑った。

私と同じでそれほど目立つタイプではないけど、優しい雰囲気のホンモノの癒し系で、彼のさりげない気遣いに思わず突っ伏していた身体がぴんと伸びた。




「行こうか、倉橋さん」


「うん」



癒されるなぁ…この笑顔。


そういえば教室には人もまばらで、残っているみんなも教室を出て行っている。


「わざわざ声かけてくれたんだ。ありがと」


「余計なお世話かなとも思ったよ。倉橋さんてさ、しっかりしてるんだけどなんかこう、時々ぽやーってしてるよね」


悪気ない笑顔で佐々木くんは呟くように喋ると、ハッとしたように慌てて言ってきた。


「ゴメン、別にけなしてる訳じゃないから!その…」


私はクスっと息を漏らした。


「いいよ、弟に比べたらボケボケだからねー」


佐々木くんはすまなさそうに顎の先を軽く擦っている。


「う〜ん…そう言うつもりはないんだけど…」


もにょもにょといいよどむ佐々木くんに明るく笑いかけて私は立ち上がった。


「とにかく、いこっか?」

「そ…そうだね」


これ以上話すとぼろが出そうだ。

佐々木くんみたいに優しい人にヘンな当てこすりなんかして、今日は本当に体調が悪いのかもしれない。いつもなら、数真のことなんて自分から話さないし周りだって別段なにもいいやしない。たまーに、一部の浮かれた一年女子に声かけられるけどそれも不快なほどしつこいわけでもない。


一応、昔の名門校…今は私立に押されてそれなりの中の上のギリギリ進学校だから。なんだかんだと数真についてうるさいのは、まだ受験まで少し時間がある二年生の一部女子くらいで、しかも面と向かって私に何か言われることはない。


うー…佐々木くんに悪かったな…


イジケて八つ当たりしそうになってゴメンね、って言えたらな…


佐々木くんはさっきのやり取りを気にした感じもなく、廊下を一緒に歩きながら生物教師の出したプリント課題についてニコニコ喋っている。


いい人だな…


相槌をうちながらほんわかした気持ちになる。


彼氏いない歴イコール年齢の私にも、彼氏は無理めでも優しい男友達がいるのだ。


佐々木くんか…


中学まで部活に入れ込んでたせいか、意外に肩とかもがっちりしてるよね。程よい筋肉…ソフトマッチョまではいかないけど、背も普通に私より高いし、顔も綺麗だし、絶対大学行ったらモテるだろうなあ…


なにより優しいしね。


彼なら、どんなふうにカノジョが出来たら…抱くん…


―――!?


「倉橋さん?」


わわ――!?


「立ち止まってないで、タナカは出席とるから早くいかないと?」


う…ハレンチ以外の言葉を思い付かないが一瞬佐々木くんにものすごい失礼な想像をしてしまったよ…


「早く早く」


腕、引っ張らないで下さい…佐々木さんよ…歩けます歩いてますから…恥ずかしいですってば…


なんか申し訳ない。ドキドキしてる…。


友達なのに…分不相応なのに、ヤラシイ上に図々しい女になってるのか、私。


さらに落ち込むわ…。


佐々木くんの相変わらずの親切がこんなにいたたまれないとは。




生物の授業はとりあえず根性でこなした。


人間、気力で乗り切ることも大事。人は恋愛とか性欲ばかりアタマいっぱいお腹いっぱいで生きていけるほど、ヌルくいられない存在だ。そんな自分は、想像できない。


もうちょっとアタマも顔もよかったら多少ユルくても許されるのだろう。むしろそれが魅力になるかもしれない。


でも。


私みたいなスペックでは、真面目とか温厚とかだけが他者評価に値する代名詞なんだよ。


親だって周りだって、マジメだねって呆れながらもそれが私だと受け入れてくれている。



――数真。




すべての元凶、血迷いエロ愚弟。



…絶対無理なんだから。



カラダで教える?


カラダから好きにならせる?


ないない、ないから。私は理性を重んじる人間として認めないから。


弟を…


異性として、好きになるなんて、ない。


絶対に。

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