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◇65喜ばしき再会〜4

異界からの花嫁候補の彼女と会おう。


幽閉生活の打開策が見当たらない以上、少しでも突破口になりそうなら行動を起こさないと。彼女に会って、さらに悪い方向に事態が流れていったとしても、私はすでにユシグから引導を渡されているのだから、むしろこのままタイムアップなんて最悪のパターンだ。


彼女がいつかユシグが言っていた私と同郷の女性なら、当然言葉も通じる。残念ながら違っていたとしても、私がここの言葉を理解出来るのだから、彼女もそうである可能性はある。

ちょっと楽観的すぎるかもしれないが、とにかく会ってみなくては始まらない。



しかし決心したところで問題は、どうやって会うか…


例えば同じ神殿内にいるとして、どうやって探す?ユシグが許可すれば簡単に会えるのだろうけどどうだろう…無理なような気がする。


あれからユシグはベッドルームには現れず、一睡も出来ないまま私は自分の部屋に明け方もどった。もし会えたら彼女のことを聞いてみたかったのに…会わなくてホッとするが、それでもユシグと話さないと状況は変わらないというこのジレンマ。

彼女と会うと決めた。でも、それで大丈夫なのか、不安がないことはない。私はいったい、どうなってしまうんだろうという不安だけが、ともすれば渦を巻いて私を出迎えている。こうみえて呑気な顔はしていても精神的には結構ギリギリなのだ。

なんの具体策も思いつかないが、気力だけは保守しないと。チャンスはどこにあるかわからない。





まぶしい光で溢れかえるダイニングルームへ、目をショボつかせて行けば、まだユシグは戻っていなかった。キャサリアに聞いても、政務のことは分からないと誤魔化され、私は一人で朝食を摂った。何かいいアイデアはないかと考えながら朝食後は、温室へ向かう。


てくてくと、歩いていく。


さすが一国の王の居住区、設備もさることながら広さも申し分ない。もう何日にもなるのに、いまだこのセレブ空間には慣れない。

数人が過ごすのであれば、何の不自由なく快適に生活が送れる圧迫感のない贅沢な間取りで、廊下にちょっとしたスペースがあったりと、ゆとりを感じる。


なのに、寛げないのはどういうことか。


迂闊に触ると何かを壊しそうな気がしてならない…例えばこの華奢な花瓶とかだ。花がこぼれるばかりに生けられているがフラワーアレンジメントでも華道でもない、ラッパ型に隙間無く花を詰め込むような生け方に目が奪われそうになる。

よく花の重みで花瓶が倒れないものだ。よほど重たい花瓶なのだろうか。そう思って眺めていたら、いつの間にか花が変えられていることに気付いた。本日新しく使われているのはここの温室には無かった花だった。





温室に一歩踏み出せば、そこは光と熱を集められた硝子張りの空間。緑たちの存在感が際立ち、甘く気怠い熱を孕んだ空気が漂っている。まるで別世界だ。

天井はほとんどが硝子めいた物質で覆われ、日射しが眩しい。

キラキラと輝いた、まだ朝の香りが残る空気を肺に送り込む。


キャサリアはアストリットが花好きだったのを覚えていて、私が温室に頻繁に出入りしても不審に思わないのをよいことに、朝イチで来てしまった。ひとつひとつ、その色と香りを確認するかのごとく、花を観察してゆく。楽しんでいるつもりはないが、やっていると結構楽しい。日焼けが気にならなくも無かったが、最近少し鬱っぽいので間接的にでも日に当たるほうが良いかと思うことにして、気にしないことにした。


どうやら、園芸品種ばかりなのか、どれも花弁が大きく色もはっきりとしているものが多い。

見た目の華やかな花は香りが薄い傾向があり、香りが強いものは色と形が地味目だ。


例外は薔薇…薔薇にそっくりなニナという花。記憶からふっと浮かんだ華やかな花弁を思い浮かべ、その造形は、目の前の薔薇によく似た花に結びついた。あ、確かに、この花は、ニナだ。さっき廊下で見た花は、この花の品種違いだろう。

薔薇は肥料喰いと言われるほど土壌作りに手が掛かり、病虫害の被害にも弱いのだが、ニナも確かそうだった。

思わず、花弁に触れてしまった。花はふるん、と艶めいて意外に爽やかな甘い薫りが立ち昇った。



「ニナは薔薇そっくりね。ニナの植えてある温室は他にはないのかしら」


うろ覚えのアストリットの口調で聞くと、キャサリアは渋々答えてくれた。

ユシグの温室のニナは見事だが種類が少ない。アストリットの好きな花なのだから、これだけってことはないだろう。

昔、よくニナの花束をユシグから貰っていたのだから…アストリットが。


「ニナばかりを集めた専用温室もあるにはありますが」


やっぱり。


しかし、王の居住区と別の区画の狭間にあるため、私はそこには行けないらしい。

警備の都合上、専用温室は居住区の外に設けたということだ。職人は神殿専属とはいえ、作業している時に王が出くわさないように、特別に手が掛かるニナだけ他の植物と分けたのだろう。他の花と違ってかなりの頻度で定期的に専門家の手入れを受けなければならないから…?

ということは。


「キャサリア。私は、お願いがあるのです。ユシグ様に」


これは、大金星かもしれない。

私は、こっそりと掌を小さく握りしめ、にっこりと微笑んだ。





昼食後は、図書室へ。字はわからなくても、挿絵の多い本を眺めたり、図鑑を見ているのは好きだ。数真が動物図鑑や植物図鑑を好きだったから、家にはシリーズで並んでいた。


私がこっちにいる間、向こうでは失踪扱いになってるんだろうか。


落着きなくページをめくって絵を眺める。やっぱり、気持ちが不安定だと本は読めない。気持ちが、同じところをぐるぐると回って、気が付くと、数真のことを考えている。


小さい頃の数真は笑うと本当に可愛くてカッコ良くて、そのせいで嫌な目にもあったけど今では懐かしい思い出だ。あの頃は数真といるとろくなことにならないので、避けていた。高校に入った頃ぐらいから周囲も私に構わなくなって、私たちは普通に過ごしていた。

あの日、突然、数真があんな風になるまでは。

あれは、何だったのだろう。

たった一ヶ月余りの出来事。

その後すぐ、私に対する熱情をあっけなく無くした数真。



なぜ…?


穏やかな微笑の数真。

激しい怒りをぶつけてくる数真。私を失うまいと息苦しくなるほどの感情で翻弄してくる数真。


どちらが本当の、数真?



思い出の中の数真の笑顔は、ユシグとは似ていなかった。

数真はあんな暗い瞳で私を見ない。




ユシグみたいに。


「…」


パタン、と表紙が手から離れた。



そう、ユシグは私の名前を知ったんだ。


倉橋和音。そう呼んだ。あの記憶の塔から戻ってから。アストリットの記憶を得た私を、彼女の転生した姿だと言った。

私が、アストリットの魂を持つ証拠も他にあると言っていた。


それは、何?

私が彼をアストリットのように愛せなければ、私にまた転生させるつもりだと言った。でも具体的には私をどうするつもりだろう?


私を、殺す。彼ならばやるだろう。アストリットに会う為ならば、手段なんて選ばないだろう。



彼は、私に言っていた。俺を夢中にさせてみろ、俺を憎んでいるのだろうと…初めて会った時そう言った。



何度考えてもわからない。

ユシグが何を考えているのかわからない。


彼は、私に、アストリットに愛されたいのだろうか。

それとも。


どこからか迷い込んだ柔らかな光が仄暗い図書室で踊っている。よく磨き込まれた木の床が飴色に光る。

黒い皮で装丁された表表紙には、ユマの言葉で書かれた文字が金色に輝いていた。






異世界について挿絵たっぷりで書いた本を借り、午後はお茶も早々に、廊下をウロウロと散策した。例の、出口の扉には今日も騎士が2人。


私はふと気付いて、ふらりと2人の近くへ寄っていった。今まで出口の扉には近づかなかった私の突然の行動にキャサリアは慌てている。


「いつもの方達とは違うのですね

…あなたは、何処かであったかしら?」


キャサリアに肘を抑えられながらも、その男性をじっと見る。燃えるような、緑の瞳が印象的だ。金髪はこの国では珍しくはないが、彼の持つ雰囲気は懐かしい気持ちにさせた。


基本的に王女は、自分付きの者以外の臣下とは気軽に話してはならないとされている。

直接会話をするのは、無作法かつ下品だと咎められる行為である。後ろめたさが走ったが、私は構わず彼を見上げた。彼は無表情に私を見ていた。直立不動の真面目な態度を崩すこと無く。


「名前は?」

「ローゼン…クロイツ・ローゼンと申します、アストリット様」

「お会いしたことは?」

「いえ」

「ないのね」

「…はい」


言い終えると彼は頭を垂れ、片腕を胸の前で組む臣下の礼を取った。簡略礼を取るところから、彼が貴族で今は警護中であるのだと実感させられる。

覚えのない響きだ。ローゼン、は家名だけどおそらくはそれほど高位の貴族ではないのだろう。アストリットは王女の常識として、おもだった貴族の家名を知っているがローゼンには心当たりがない。

胸騒ぎは尋常ではなく、私の不躾な視線を受けても平然と下げた頭を上げるクロイツを見て、ますます胸がざわめいた。


夕食後、待ち望んでいたユシグからの知らせがもう届いた。好きにしてよいという返事を有難く受け取る。遠慮無く、キャサリアにいくつか依頼をして、明日に備えて早く寝ることにした。今晩もユシグは夜遅くにならないと戻らないのだという。式典の準備やその他の政務に忙しいのだろうか。

でもそのほうがいい。彼に会うと調子がおかしくなるのを私は恐れた。

せっかく積み上げたものががらがらと音をたてて崩れるのを私はもう、見たくは無いのだからーーーー

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