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◇53過去との邂逅〜2

本日二話目の投稿です。


ロジェールと私との関係を一言で表すのは、なかなか難しい。

今でこそ、私たちは婚約しているのだが、少し前までは弟の乳兄弟の友人…つまり、彼は弟の護衛としてこの離宮にやってくる人間でしかなかったのだ。いわば、決して深い関わりがあった訳ではない。でも一般的に、人間関係なんてそんなものから始まるのだとロジェは…ロジェールは教えてくれた。私が余りにも無知なので彼は呆れていたかも知れないが、そんな素振りも見せずに私の質問にいつも真面目に答えてくれる。そんな彼の優しさに惹かれなかったといえば嘘になる。


彼とのいきさつを思い返すと、私たちが、なぜ婚約するまでの仲になったのか私自身も不思議な気持ちになる。彼を愛していないとかではなく、そう…私は孤独に慣れすぎていて、誰かを必要だと切実に感じたことがなかった為かも知れない。人を愛する、という経験がなかったからなのだろうと思う。

ロジェールが私を愛していると告白した時、意味がわからなかった。


「あんたを愛してる」


私の手を強く握る彼の手は少し汗ばんでいて、切実な瞳の色は私を捉えようと向けられ、…ああ、これが愛するということなのかとぼんやりと私は理解した。

と同時に、何故私なのか腑に落ちなかった。

おそらく誰から見ても魅力的な彼が気に入る要素など、私にないことは、自分自身がよくわかっている。彼ならば幾らでも、望む相手を手に入れることができるだろう。それだけの外見的魅力と内面の魅力があるのだと、この頃の私は分かっていた。


ユマの見棄てられた王女を…愛する人が本当にいるとは思わなかった。


私の住まいは神殿から離れた離宮の一つである塔だ。ほとんど使用人もいないし、離宮といってもごく普通の塔であり、これといって特筆すべきことはない。


しかし、私の身分はユマの王室の醜聞…いや、表向きは私は存在しないのだから、これでも贅沢なのだろう。


この離宮はユマの王女、アストリットを留める為だけに造られた。そう言えば聞こえはいいが、要は幽閉である。

一国の王女が幽閉…それも生まれた時からだから、穏やかではない。


私は産まれてからずっとこの塔とその周囲の森から出たことはない。

私が産まれたことはあまり公には語られることもなく、そしていまだに私が生存していることも、一部の者を除いてほとんどの者が知らない。故意に隠しているのではない。どういうことかと言うと、つまり、こうだ。


王女は産まれたがとても体が弱く、神殿での公務や社交の場には耐えられぬ為、静養のため神殿から最も離れた塔に住んでいる…と。


私は確かに体は強い方ではないが、ベッドで寝たきりになるほど弱っている訳でもなく病に罹患している訳でもない。



『見棄てられた王女』


私がこの国の王女であると知る国民は…いない。そして私はこの離宮の中でだけは王女なのだ。


***


第1王子である弟とその乳兄弟はしょっちゅう私の住まいに来るが、二人に付き従っていた彼…ロジェールは、いつの間にか一人でも現れるようになった。それこそ、ふらりと塔に来ては、珍しい果物やら美味しいパンやケーキといった弟からの差し入れを代わりに届けてくれた。直接それほど会話をした記憶もないが、こういった嬉しい差し入れを断る理由がないので、私は次第に彼の訪れを楽しみに待つようになった。離宮にも調理人はいたのだが、彼は高齢で味付けは極端に甘辛く、もちろん最新の菓子を作れる期待をもてそうもなかった。彼の作る料理がお世辞にも美味しくないことも、たまに食事を共にするようになったロジェールに指摘されて知ったくらいだ。ロジェールの持ってきてくれる繊細な菓子の味わいなどとうてい彼には求められそうもなかった。


思い返すと、いくぶん安易な気もするが、彼の持参する手土産を楽しみにするのと同時に私は彼の訪れを心待ちにするようにもなっていた。ある時、とある理由から私は見よう見まねで武術を学び始めた。そして、彼に教えを乞い、基礎から学び直すことになったのだが。



「体の軸をブレさせるな」

「はい」


腰を捻って…身体の向きを変えてゆく。


出来るだけ肩や頭がガクガク揺れないようにゆっくりと…。体の中心…臍の上辺りを意識してそこを要に動いてゆく。

重心は低くもなく高くもなく。


低すぎると居着いてとっさに動けないし高いと攻撃も防御も一挙動では出来ず反応が遅れるからだ。


理屈は、少し習っていたし本で学んだからわかるが、上手く出来るかとなるとまた別だ。


ああ難しい。


身体の内部の筋肉を使うはずが脚ばかりで体の動きを支えているせいか、ふくらはぎがつりそうだ。


「貴族の令嬢の作法でもやる動きだ。全ての基本だな」


「詳しいんですね」


淡々と教師…いや鬼教官と化したロジェールは続けた。


「以前付き合った伯爵夫人がそう言っていた」


そうですか。

美貌の御夫人が、ねぇ…。

ダンスは優雅な見た目に反して筋肉をかなり使うから、別に貴婦人が武術の基礎が出来てもおかしくはない。

武術の基本は歩法だ。

敵に脚の動きを悟られないことが大事だと読んだことがある。このドレスも似た効果があるのかも、なんてふと思う。


腕組みをした彼に指摘を受けながら動きを繰り返す。

かれこれもう1時間経つ。

「よし」


ようやくなんとかOKが出て次に移ることが出来た。

彼は間合いを取ると私を眺めた。


「では、何か攻撃をしてみろ」


「攻撃…ですか」


「脚の緊張をほぐす意味も兼ねてだ。なんでもいいからしてみろ」


ふくらはぎの事情は分かっているみたいだった。


不敵な光を緑の瞳にたたえて佇んでいる彼には、隙があるようにみえて全くない。

こちらの動きに直ぐに反応するだろう。私も全くの予備動作なく攻撃を仕掛けるなんて無理だ。どうしても肩も動くし軸脚で踏ん張ってしまうのだ。だからきっと動きを読まれて避けられてしまうだろう。

しかも実戦慣れしていないのだ…。


私はスッと間合いを詰めた。自分の間合いに入ると同時に右足を伸ばし彼の脛を狙う。

いわゆるローキック。

得意ではないけど避けにくい技だから、まずは。


しかし。


「…まあまあだな」


軽く避けられた。

サイドにかわすと、つぎは?とこちらを見てくる。


これはかなり厳しい。


唇を噛み締める。


また右足を使い今度は中段…お腹当たりを蹴る…


無表情に私の脚を左腕で払いにきた彼には、苦し紛れの技に見えたのだろう。


…今だ。


「やあっ!」


掛け声と同時にくるりとバランスを返し、左足を高く上げる。


上段蹴り。

今まではあくまで身体の軸は真っ直ぐ。脚を出して腰でドンと蹴り上げるやり方だった。多分、戦士であるロジェールにとって馴染みの深い動きだ。


それが、今度は遠心力を使って脚をしなやかに振り子のように振る。動きの質が途中で変わるとどうなるか。


「…ハァッ!」



ロジェールに向けられた足首。

死角から伸びた軌跡が彼の顎を狙う―――

あくまで上体は傾けず真っ直ぐ。彼の顔面近くで首を刈るように…


私はヒットを核心して腰を捻った。


鈍い衝撃が走る。


「う」


自分の声だった。


何が起こったかわからなかった。


呆然としている私の鳩尾から掌底が引かれる。


「うぅ…」


襲ってくる不快な違和感に戸惑う私をそっと何かが包み込んだ。


硬い腕の感触。


彼に抱きしめられていたのだ。


「すまん」


耳元で響く声は哀願するかのように掠れている。

なんで…そんな声を出すのだろう。いや、そんなことより気持ちが悪い…何も考えられない。いったい何が起こったんだろう。優しい感触が彼の抱擁だとぼんやりと気付いた時には――


私は意識を手放していたのだった―――――――――



***



練習中に気を失った私はユシグに散々お説教されてしまった。ロジェールまでとばっちりを受け、彼は塔への出入り禁止になるところだった。


私たちが婚約したことを話し、出入り禁止だけは取り止めてもらうよう必死で頼むと、弟は渋面のまま私に質問してきた。


「…姉上は、あの男を愛しているのですか?」


いつも真面目な弟は、私とも普段からこの調子だ。

小さな頃から世継ぎとしての教育を受けてきたせいか、とにかくしっかりとしていて、聡明でとてもまだ15歳…じきに16になるのだが…には思えない。普通の家庭を私は知らないが、ロジェによると、ふざけあったり、気楽に話したり…姉弟とはそんなものらしいが、私たちの間にはスキンシップもくだけた会話もないのが常だ。だがユシグは忙しい公務をこなしながら塔を訪れ私を気遣ってくれる。それがどれだけ大変なことか分かるから、彼の節度ある態度を私は申し訳なくも、もったいことだと感謝していた。

彼にしてみたら、小さな頃とは違い、もう姉を必要としてはいないが弟としての義務は果たす、というところなのだろう。


そんな優れた弟に比べて私はもう21になるというのに、いい加減だし、不作法で、淑女らしくない。


塔にいて大した教育を受けていないのもあるのかもしれないが、資質が違う。…光り輝くようなオーラのある弟の前では私は何を話してよいのかわからなくなる。血の繋がった弟とは思えない神々しさをこの若さでユシグは既に宿している。


「愛してる?」

「そうです。いきなり婚約などと…何かあったのですか。彼に何を言われたんです?」


何かあったというか、愛していると言われたのだ。

「愛していると…言われたの」


「…あいつに?」


ぼそりと低い呟き。


「…え?」

「いえ、ロジェールは姉上を愛していると…申したのですか…それは冗談ではなく?」

「本当に…冗談かと思っていたのだけど、今日、返事を求められたの。それで…」


彼は本当に本気だったのだ。

ロジェールの真剣な面持ち、汗ばんでいた手…微かに震えていた指先。


思い返すと胸が震える。


「――彼の想いに答えるのですか?」


「え?ああ…ごめんなさい…」


ユシグは秀でた顔を私に向けていた。いつの間にか私の座る長椅子に座っている。


「ユシグ?」


名を呼ぶと、彼はくしゃりと顔を歪めた。


「この生活が嫌になられましたか?」


「どうしたの…ユシグ?」

「塔から出られず、不自由な姉上をお慰めしたくて、俺は出来る限りここへ来るようにしていました。庭にも貴女が好む花を取り寄せて飾らせた。貴女が望むなら、どんなに珍しい品でも手に入れて差し上げられる。貴女がここにいてくれさえいれば…俺の側にいてくれれば…」


「…落ち着いて、ユシグ。私は…ここから出ていくなんてまだ考えてもいな…」


わたしの説得を切り、ユシグは弾けたように叫んだ。

「なら、何故婚約したんです!?」



ユシグに睨まれ私は言葉を失う。


「どうしてって…」


それは、望まれたからだ。私みたいな女でも欲しいと言ってくれたからだ。


「ユシグ…」


「姉上」


強く手首を捕まれ、私の口から小さな悲鳴が漏れるのも気にせず、彼は冷ややかに私を見た。


「…貴女が望む物はなんでも俺が手に入れます。でも貴女にとって男は俺だけでいい」


右手を絡め取られ、次の瞬間、私は弟に抱き締められていた。


書きたいことはあるのに…

文章力のなさに自分に負けそうになりますが、よろしくお願いします。

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