◇50題名のないミステリー〜5
何度か階段を登ったり、上げ梯子を渡ったり、いったい今どこにいるのか見当もつかない。複雑な塔内部を、私を含めてたった四人で行く。とにもかくにも、置いていかれないように必死だった。
無駄に長い脚が羨ましい訳ではないが、少しも歩調を合わせてくれる気配のない人たちに納得している私は、ある程度この人たちの人とナリ、というものに慣れてきたのかもしれない。
(しかし、自信があるとしても、従者二人だけって王様の警備は大丈夫?いきなり暗殺者が現れたりしない?)
…そんな私の心配が一瞬杞憂かと錯覚するほど、平気でどんどん進んで行く一同。
例えば、ミカエルさんが人外にむちゃくちゃ強いだとか、実はキャサリアが女装男子でかつ凄腕の護衛のプロだとかのウラ設定があったとして…そうだとしても私は驚かない自信があるが…この人たちならなんでもありな感じがするから。
でも。
確かにキャサリアは女の子にしては手がゴツいし…こんな綺麗な男子は見たことないから判断しようがないが。
…それはとにかくとして、だ。
仮に護衛が優秀だからとはいえ、ユシグは仮にも一国の主なんだし、もう少し気を付けるべきじゃないのかと思うのだ…警備態勢が無防備過ぎないだろうか…?そんな声はあがらないのだろうか。
(でも余計なお世話だろうから言いませんけどね…)
そんなことを考えてはまたコケそうになり、キャサリアに睨まれた。
単調な動作の繰返しに疲れてきたせいか頭がぼんやりとしてきた。周りの景観は変わらない。汗ばんできた首筋と額。喉も渇いてきた。
(ああもう…フードがうっとおしいな…)
塔の中の割には明るく、空気もそう酷く淀んではいないことから、聖紋効果の影響が考えられた。しかし便利というよりも、その聖紋効果でどの場所も変化がないというか全く同じ雰囲気なので、かえって困る。暗くなっては歩けないから仕方がないのだが、かといって足元は全く同じ材質の石畳だし、五感をフル動員してもなんら変化を掴めない。これではせっかく来た新しい場所だというのになんの情報も得られないじゃないか。溜め息をつきたくもなる。
(だいたいここはなんの為の塔なんだろう?)
延々と続くかに思えたが、ようやく終わりがきたようだった。
突然ユシグの声が辺りの静寂を破ったのだ。
「ここから先は二人で行く」
(……え!??)
いきなり腕を掴まれると、引き寄せられ、ユシグに抱え込まれた。条件反射的に動悸が起こるが、意地でも顔には出さない。ユシグは片手間に聖紋の解除を始め出して、それを見たミカエルさんが焦った様子で声をあげていた。それまでそんな素振りも無かった王様の言葉に驚いたのに違いない。
私だって、びっくりだ。
いったい、何をするつもりなのか。
「陛下!?」
「ミカエル、お前たちはここで待て」
「ですが…!?」
声が、聞こえない。
ミカエルさんは喋り続けているのに。
あっという間に、その姿は青い闇色に反転した。
沈着冷静なミカエルさんの驚いた顔はかなりレアだが、それは今はどうでもいいだろう。しかし幽霊みたいに色が青く抜けているから…なんとも言えない感じだ。
「…どこに行くんですか」
私を抱え込む王様を見上げる。ユシグは愉しげに目元を細めると、私へ視線を向けないまま嘆息した。
「意外に驚かないな」
「そんなことないですが…」
なんと言えばよいのかわからなくて困惑していると、呆れた口調でさらに言われた。
「お前、変わっているな。普通は怖がったり、怒ったりするのが女だろう」
「そう…ですかね?」
「まあガタガタ煩いのもかなわんが…お前みたいに変わり者も扱いに困るものだな」
「そうですか…」
私だって彼等と同様、驚いてはいるが、連れていかれているのは私のほうなのだ。ただポカンとしてばかりはいられない。青光りする粒子が思い出したようにチラチラと舞う青い闇の向こうに、ミカエルさんとキャサリアの混乱気味に茫然とした様子が映っていた。
まるで氷で出来たスクリーン越しの向こう側にいるみたいだ。二人へ向けていた私の視線を追うとユシグはクス、と艶やかに微苦笑して彼等を見送る。
(いったい、どこに行くんだろう……)
彼等は消え、ユシグと二人で何処だかわからない場所にいる。
白い空間。上下の別もないような、白一色の部屋…何もない。
非現実な白さだ。まるで中世ファンタジーらしくない、どちらかと言うと近代未来サイコストーリーみたいな…
「もう必要ないな」
ニッコリ、そう、ユシグが華やかに微笑む。
この男が私に笑う時は、ロクでもないことを考えている時だ。
ユシグにケープを脱がされると、その拍子に乱れた髪を、彼の手はそっと撫で付けた。微妙な優しさが後を曳く手つき。
壊れ物を扱うように私を抱き締める。背中に回された手から体温がほのかに伝わってくる。この抱き方は嫌いじゃない。
数真とは全く違う感触。
なぜか落ち着く…病気のときに誰かに優しくしてもらうような、そんな懐かしい心地だ。
単に人肌に私が飢えているのかもしれない…無自覚なだけで。それはあるかもしれない。私の外観への執着だとわかっていても、私は優しい温かさに大人しく身を委ねていた。
「姉上は…」
(あ…姉上トークの予兆でしたか)
引き続き起こった混乱の渦に巻き込まれてゆく…私はそうとも知らず、諦め心地で王様の姉上トークを拝聴する体勢に入ったのだ。




