◇46題名のないミステリー1
私がこの男をこうやって観察するのは、これで何回目になるのか。まあどうでもいいことなんだろうけど。
相変わらずの黒系コーデ、今日は上下共に黒ですか。
銀縁眼鏡に似合う上質なシャツにズボンだが、マントはやはり着けていない。怪人のごとき神出鬼没、いかにも黒いテラテラしたマントが似合いそうなのに…マトモな格好はこの男には合わない。
「そんなアツい視線、照れますね…あ、お構い無く。自分で入れるから。ほら」
台詞までなんだか既視感だ…こちらの都合とか一切お構い無しのところがね。
何処からか取り出したマイカップ&ソーサーに勝手にお茶を注いでいる…そのやけに優雅な仕種が、よく教育された執事のように手馴れていて、板に付いている。様になっている。
よし。
こういうことは出鼻が肝心なのだ。
この男、見た目は客観的にはいちおう美形の範疇…銀縁眼鏡の似合うドSな鬼畜臭がプンプンしているが、よく見ればマサハル君の纏う、くたびれた感は全くない。しかしそのぶん、好い人オーラもゼロだけど。
殺し屋かスパイって感じですか…まさに、くわせものって感じです。
一通り観察し終わると、私はメガネにきちんと向き合った。コホン、とひとつ咳が出てしまった。
「あの…ちょっといいかな」
「ん?」
「いつもいつもいきなり現れるのは、どうしてかな?私は王様にあんたのことを疑われて大変だったんだけどね…もちろん、知ってるんだろうけど…」
確認する必要があるのだ。緊張するが、ここはしっかり言わなければなるまい。
「なんのこと?」
「とぼけないで。あんたはどういうつもりで私に関わってるの」
「まあそんな怖い顔しないで?」
「目的は何」
「こわいなあ〜。ただのご機嫌伺いなのに、そんな言い方、心外だな」
全くそんなつもりもないクセに、わざとらしく悲しげに肩をすくめて微笑むメガネを、私は苦々しい思いで見返す。
「どういうつもりで私に関わってるのかって聞いてるの。誤魔化さないで答えなさい。案内人なんでしょ?あんたは」
「まあね」
低く、メガネが自嘲染みた肯定の意を漏らす。
王であるユシグや騎士であるミカエルさんと比べると薄い体つきはどこか神経質な印象を見る者に与える。が、決してひ弱には見えない…細くとも絞まったスラリとした体躯は、こうして近くで見ると背筋も大腿もかなり鍛えられている。当然、私よりよほどいい体格だ。同じ顔をしたマサハルくんよりも。
顔は同じでも体つきや中身が違うせいか、初めて会った時とは違い、マサハルくんとはちゃんと別人にみえる。
性格は置いておくとして、体格ってやつは…仕事や生活習慣でかなり変わるものだ。やっぱりこの世界は私のいた世界より肉体は酷使されるのだろう。そんなことを呑気に思っていたら、頭の上からメガネの声が低く聞こえてきた。
「案内人…すっかり忘れているのかと思ってたけど、ふーん…覚えていたんだね?」
え?
「情事の後の女って、そそるなあ…別の男の匂いがまだ残る肌。たまらないね」
音もなく近づくと、メガネは私の座った椅子の背もたれに腕を回し、グイと顔を近づけてきた。
右手で触れてくるのは…太股。
そして目の前にあるのは端正な顔に浮かぶ狡猾そうな笑顔。
…?
じんわり、彼が撫で上げているのは、私の太股だ。
「そんな顔しないで。ね…ヤツの嫉妬に狂う顔、みてみたいと思わない?」
メガネの意図的な視線。
普段なら察しの悪い私でも、含められた意味を理解できた。
「そんなのは理由にならない。ふざけないで」
「駄目?」
「当たり前でしょうが」
ん―、昨日の経験が生かされてます。
出来たら昨日の事態も回避したかった。
まあ、終わったことをこのタイミングで後悔しても仕方ない。
椅子に閉じ込められたかのような格好だけど、私とメガネには男女のアヤシイ雰囲気は無く、それどころかこの場には睨み合う寸前の緊迫感が痛いくらいに漂っている。
「私をオモチャにしないで。あんたは面白いだろうけど、私は不快です」
「へぇ…王様に開発されちゃった?ボクならもっと蕩けさせてあげられるよ?」
冗談。
これ以上の面倒な事態は、御免です。
「案内人なのに、いいわけ?それで」
私が詰問するように薄く笑うと、メガネは何を思ったか私の耳元へ顔を近づけてきた。
「…それが、次のヒントかな」
「…え?」
「わからなければいいよ。とにかく、あなたがここにいることを知る人間は限られている」
いったん身を引いたメガネを私は無言で見上げた。
私の膝のすぐ前に、メガネが立っているので、立ち上がって離れたくてもそれができないのがなんとももどかしい。
「まあどうでもいいことだけどね。キミが浮気っぽい人だと彼はもう思い込んでいるだろうから、今さらボクがキミとどうこうなったところで、たいして変わらないし。でも束縛はキツくなるだろうね」
他人事みたいに言ってくれる。いやそうか、他人事だ、メガネからしてみれば。
「ボクは、聖紋を破って来るよ?何度でも何度でもね」
聖紋は、誰にでも使える技じゃない。聖紋を発動させるのは比較的簡単らしいが、その発動の条件設定を行うには能力と技量が必要なのだ。詳しいことはわからないけど、異界人の私だって大変な技だということぐらいは感じとれるのだ。
ユシグは…かなり物事に固執するタイプだし、権力者特有の決断力もありそうだ。プライドも高い。
その彼の施した聖紋をくぐり抜けて浸入している不審者…メガネの存在が謎であればあるほど、彼の苛立ちと屈辱からくる怒りの矛先は私へと向かうだろう。
「わかるかな?このままここで過ごすと、キミたちがどうなるか」
「…じゃあ聞くけど」
分かっていたとして、どうなるんだ。
私に何が出来る。
「あんたは、何がしたいの?私があんたの言うなりになったとして…やっぱり王様の逆鱗に触れる。私にはメリットはない」
「まあそうだね。ただボクは駒を進めたいだけだから、どっちに行くかは駒の自由意思を尊重するよ」
どちらを選ぶかって?
メガネの要求を突っぱねるのは決定している。
理由?
それはもちろん、メガネが嫌だからだ。メガネと…だなんて想像しただけでぞっとする。
…しかし、メガネは私が嫌だと主張するだけでは意に介さないだろう。
選べと言ってはいるが、急に意見をひっくり返されてはたまらない。
上手く、言わなければ。
納得のいく、理由がなければメガネは退かない。
メガネが納得がいく、理由は何?
私は、メガネを見上げた。
沈黙が、重い。
よし。
にっこりと出来るだけ朗らかに見えるように微笑んでみせ…私はその理由をメガネに述べた。
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はぁ。
疲れた。
断る時は、相手にとって共感できる考え方でもって、わかりやすく話すこと。誠心誠意お願いする…
そして問題提起を出して次に繋げること。
まさかこんなところで大昔研修で習った内容が役立つとはね。接客業でも営業でもなく、限りなくブルーカラーな労働をしていた私にはあんまり関係ないスキルだったんだけどね?
メガネが去った室内は、気のせいか朝の晴れやかな空気すら漂っているようで、ささくれだった神経をほぐしてくれる。
メガネが去ってしばらくすると、朝食を下げにきたキャサリアが現れた。
なんだか、すっごく機嫌が悪そうだ。
私をちらりと見ると、何か言いたげに戸惑っているので、私は話の水を向けて様子を伺うことにした。
キャサリア=ミカエルの(唯一の)侍女。腹心の部下。
ミカエルとはユシグ王の部下の一人で階級は騎士。元は王様の親衛隊所属。
メガネは名前不明、所属不明、年齢不明の人物。
マサハルはメガネのそっくりさん。地球にいた人物。
主人公は、倉橋和音。28歳。異世界に来て2ヶ月ちょっと。名前のみ記憶喪失。
数真という一つ下の弟がいる。数真はユシグ王にそっくり。
つたない話を読んで頂きありがとうございます。
年下攻め、すれ違い、勘違い、俺様もしくは腹黒、ドS執着…ちょっと暴力的、が好物で、溺愛が苦手(ラブラブは好きですが周りの人の目が気になる)なので余り楽しい話ではありませんがよろしければおつきあい下さいませ。よろしくお願い致します。




