◇44塔の中で〜4
R15…です。
全てが塞がれた。遮断された。
そんな錯覚を起こさせるのは、陶然としたキス。周りの時間をゆっくりと凝固させるようなキス。
自分の感覚が、舌だけに集約されたみたいに後の器官は麻痺し、役に立たなくなる。
痺れたような…でも決して不快じゃないこの感覚。
合わせた唇の奥をユシグの舌がかき乱してくる…
凄く、気持ちいい…
「ん…」
数真以外とディープキスなんて、違和感としか感じないかと思っていたが、そうじゃないんだ。私はその事実にうろたえていたのだった。
そう。
数真じゃ、ない。
ユシグとのキスの感触は、あの時に数真とした大切な感覚とは…まるで違った。
なぜだか軽い落胆が胸を掠めた。でも。気持ちいいことには変わりはない。
押し付けられた壁。私にのし掛かかってくる彼の体は熱い。衣服越しなのにはっきりとそれがわかる。夢じゃない…そうだこれは夢じゃなく現実。
激しさを増す息づかい。
私の体に与えられる荷重。筋肉の比重が明らかに高い彼の体の圧迫感にも、陶酔してしまいそうだなんて…
私、変だ。
このまま。私という存在が消えてしまえればいいのにと…朦朧とした頭で願ってしまった。
何も考えないで、この先への不安も、今までの後悔も…何も考えないで。ただこの甘く蕩けるキスだけを感じていられたら…と。
まるきり現実逃避だった。これは恋じゃないのだ。子どもじみた想いに浸るほど余裕があった訳ではない。ユシグは私を嫌っていて、しかしこうやって私を『利用』しようとしているのだろう。おそらくだが。
しかし理由がわからない。
何のために?
そして私はといえば。記憶の中の数真を求めているだけだ。
例えれば、ふたりで過ごした思い出の場所を訪れて、その片鱗を探すのに似ている行為だ。頭のどこかでそんな冷静な声を聞いたが、溺れ始めた快楽から逃れられない…なぜなら…
キス、だけでこんなに気持ちいいなんて。
私、だめだ。
いったいどのくらいの時間、キスをしていたのかわからない。
やがて、キスで朦朧としていた自分の胸元が、やけにゴソゴソすることに気づいた私は、意識をふと取り戻したのだった。
けれど。
「ヒャ!?」
「黙れ。なぜ雰囲気を壊す」
面倒そうに呟くユシグ。狼狽する私の耳元に顔を寄せて、彼は低く囁いてきた。
「今のキス…はなかなか良かったぞ誉めてやる」
「…」
「なんとか言ったらどうだ?この俺が誉めているのだ…」
そんなこと言われても。
「…ッ」
「やれやれ…無礼な女だな。まともに返事も出来ないばかりか…こんなに尖らせて…はしたないな?」
「や、め…っ!?」
なぜ…私は胸を王様の前で…全開、しているんでしょう…か?
「お前は俺に命令は出来ない。残念だったな」
言葉の冷淡さとは裏腹に、ユシグの甘い声には、からかうような響きが漂っている。
しかも、耳元で囁くものだから、全身がゾワゾワと粟立つ変な感覚に支配される。しかしそれよりも強烈に、この感覚を産み出す原因は、王様の妖しい指使いだ…。
私は事態が飲み込めず、ただ目を白黒させていたのだがこれはかなりヤバイ。
流れ的にこれは…このままだと…
「や…めなさい…っ!」
「言っただろう?命令は出来ないと。もう忘れたのかな」
「あ…なたはお姉さんが憎いんでしょう?私は…関係…ない!」
精一杯に叫ぶ…王様の不興を買うかもしれなかった。でも気にしてなんかいられない。
胸を執拗に愛撫…というには卑猥な扱いを受けながら、思いきって主張した。
言ってしまってから、やってしまった、と少しは思ったけども…まあ仕方がない。状況が状況だ。
しかし。
「そうかな?」
「え?」
不思議そうに響いたユシグの声色は、予想とは異なる言葉を続けたのだった。
「関係ない…?しかしキスをしてきたのはお前だろう」
冷たい響きに、思わずびくりとしてユシグを見ると。
「この俺に自分からキスをして、それだけで済むと思った?全く甘い…甘すぎる。俺を失望させるな」
不出来な生徒に諭すように言い含めると、いきなりにこにことした機嫌のよい声に変わったのだ。
「残念だったな…」
「ひ!?」
「そこまで見くびられていたとはね?さすが男を連れ込むだけはある。それとも焦らせてこの俺が欲に駆られると計算したのか?だとすれば生意気だな」
妖しい指使いを加速させながらのんびりとユシグが微笑む。
「これは…生意気な『姉上』にはおしおきが必要だな…」
気がついたら、私を覆っていたはずのドレスは脱がされていたのだった。
「…誰の言うことを聞くべきか、丁寧なしつけが必要だな。じっくりとね」
「……なんで、こんなこと…?」
「嫌いだから…お前が」
…―え?
耳を疑う。うっかり聞いた質問に答えが返るとは意外だったが、怒りを示すでもなく微笑で見つめられ、私はかなり戸惑った。嫌われているのは知っているけど。ええと、なぜそんな切ない顔で私を見るんだ?嫌悪というより…むしろ慕情を秘めた傷ついた微笑…わかりません。
「わからないだろうな。お前の顔を見ていると…俺は気が狂いそうになる。そんな自分が許せん。俺を惑わすお前が涼しい顔をしているのは、さらに許せぬ」
下着姿の私を熱っぽく見つめる茶色の瞳。まるで猫に睨まれたネズミ…もとい、蛇に睨まれたカエルのように固まりつつ、降りかかる嫌な予感に震えて、私はごくりとまた息を飲んだ。逃げるにも逃げようがない。
逃げてどうなる訳もないのはわかっているが…その…本能が逃げろと叫ぶのだから、慌ててそれに従おうとするのは自分でもどうしようもない。
ユシグは明らかにソノ気になっているのか、もう目の輝きが違う。超絶美形の劣情に染まる暗い瞳…無駄に迫力がありすぎて、ただこわいとしか思えない。振りほどいて逃げたい…がっちりと壁に押し付けられているのでどうしようもない。どうすればいいんだ!?
「こんなに体を揺らせて、はしたないな。見知らぬ男相手でも濡らすんだな?」確かめてやろう、と…しなやかな腕が太股へ滑るように巻き付き、さらに奥へと伸びてきたのを私は震えて享受するしかなかった。
***
…
ベッドの上にいる。
ユシグに体をまさぐられ、気持ち良くなってしまっている自分が嫌だ。
また時間が経過した。
どのくらい弄ばれたのか、もう時間感覚なんてとっくに麻痺している。
太股の奥を弄ばれ、胸をまさぐられ、首筋を吸われ…体をほぐされるように丁重にキスを受ける。ユシグは無言でただ私の全身へと舌を這わせる。
恥ずかしくて、死にそうだ。
好きでもない相手にこんなことをする王様の意図は相変わらず不明だが、嫌悪よりも、うっかりすると快楽へ流される自分も理解不能だ。
抗いたくても、数真の顔をした男に逆らえるはずもなく。
「…そろそろ欲しくなったか?」
「…答えはノーで…すっ」
「喘ぎながら言ってもな」
「王は…なぜ…」
「ん?」
再び、私の両足の間から顔を上げると、ユシグは不思議そうにきょとんとした風情で私を見た。
まるで高校生みたいな無防備な表情は…
―数真?
いやいや!数真じゃないから。何を血迷ってるんだ私は!!
「どうした?」
「いえいえ…!?」
この体勢は…恥ずかしい。
つまり仰向けにされた私の両脚を広げたその間に、王はいるのだ。
どういう状況か余り考えたくない。ユシグは私と目が合うと、ペロッと自分の唇を舐めて見せた。
「…ツッ!?」
「俺もこの手の手解きは受けてはいるのだが、お前はなかなか頑張るな」
R15でお話が続いていけれるのかどうか、模索中です…




