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◇43塔の中で〜3

…命令だ。


お前は俺にキスをしろ―――


…そう甘く断じて命じる神官王、ユシグ。

艶やかな、白皙の。透明感ある美形の若き王。


整いすぎた一分の隙もない容貌。数真そっくりの繊細な顔立ちには、華やかさとその性格を表す苛烈さに見え隠れする『影』がある。

見ているこちらが引きずり込まれるような、危うい激しさの…なんというか執念というか執着というか、この瞳の輝きにちらちらと漂う暗さは、底が知れない。

今は閉じられているこの瞳も、開け放たれた途端に私を苛むのだ。


「…ッ!」


…ごくりと思わず喉を鳴らしてしまった。


つまり、私はこの人の触れてはいけない部分を刺激する存在な訳だ、と渋々ながらも自覚せざるを得ない…

そんなつもりはなくても、この顔が…ユシグ姉にそっくりな顔立ちが私の今のピンチを作り出しているということで、ますます二人に何があったのか知りたいところだが、残念ながらそれを親切に教えてくれる者はいない。


壁に押し付けられた背中が痛い。ユシグの胸元へ視線を落としたまま、そのままさ迷わせていた。


突然感じたのはなぜだろう?


…ここでも私はやはり独りだ、と。



元の世界でも無い物ねだりの自分に嫌気がさす度にその感情を否定して、仕事に趣味に、たまに合コンにと没頭してみたものの、どこか虚しかった。私の本当に欲しいものは違う、と感じてやまなかったのだ。

前向きに、強く。生きてきたつもりが、心の視線は思いっきり後ろを向いていたということだ。


頼るべき自分が役たたずでしかないこの世界で。欲してやまなかったかつての数真にそっくりな熱情を持つ男を目の前にして、私はそれを向けられているユシグ姉にどうしようもなく羨望を覚えた。


感じたところでどうしようもないのに。 全く無駄な感情だった。ひどく自分が孤独感に苛まれてしまったと自覚する。



「聞こえなかったのか?」


なかなか動こうとしない私にしびれをきらしたのか、私を胡散臭げに見ると…もう幾度となく浴びせられた侮蔑めいた視線にもいい加減慣れてきたが…ユシグは私に促してきた。


「は…?」


「キス」

平然とした面持ちでうっすらと目を開けて淡々と促してくるユシグは、一言で言うと、そう…


『悪魔』


…だった。


神官なのに悪魔みたいってどんななんだ?


「俺を誘惑出来なければ、お前は自分がどうなるか分かっているだろう」


―どうする?


と…微笑まれても、目が全く笑っていない。柔らかさがない。観察されている実験動物の気分だ。


王様は私をなんだと思っているのか。いや、ユシグを裏切った…と思われるユシグ姉に顔だけそっくりな、見るだけで気分が悪くなるヤツ、なのだろう。中身が当然別人なのだから、ユシグはきっと私を見るたびに姉とのあれこれを思い出してそして愛する姉が今は側にいない事実に傷ついているに違いない。

それはわかる。彼の私に対する態度や言動が基本的には嫌悪感を示しているのだから。

それでもこうやって、誘惑しろと迫ってくるのは何故?

疑問はやっぱりそこに行き着く。


…ムカつくヤツに自分を誘惑させて…嬉しいのか?楽しいのか?でもですね、それじゃ、変態じゃないか…?


そこまでぐるぐると考えて私は端正な美貌をまじまじとみつめた。私のキャパでは考えたところで上手くまとまらない。なによりこの状況で冷静に分析できたら逆に凄い。



目の前の怒濤のフェロモンにまるでヒロインの乙女のごとく、フリーズ状態………

28歳、一般人。慌てたところでどうにもならない。

王子さまが助けに来ると信じられる歳でもなく、さりとて知恵と勇気でピンチを乗り切る才覚もない。


わかるのは、自分には何もない、ということだ…美貌も頭の良さも性格の良さも気配りも要領の良さも…およそ人生をプラスに導く要素はゼロに等しい。

向こうの世界でもこちらでも…変わらない。私には何もないのだ。落ち込んでいる場合じゃないのに、気持ちがどんどん暗く澱んで行く。

マズイなあ…こんな時に自己嫌悪に浸る悪い癖が再発したみたいだ。


「何をブツブツ言っている?」

「あ…」


忘れていた訳じゃなかったのだが。


「心ここにあらずだな…間男のことを想っていたのか?」


不機嫌な表情。

コロコロ変わるユシグの表情に翻弄されている自分を自覚してどきりとした。


「違います」


「言い訳はいい。それよりお前は口づけひとつまともに出来ないのか?」


侮蔑に嘲りを浮かべたユシグに私は声を詰まらせた。


「怒るのか?処女でもあるまいし、恥じらっても滑稽なだけだぞ?我が国には思慮の浅く幼い反応を喜ぶ輩もいるがその様な反応が許されるのはせいぜい15くらいまで。女も成熟した魅力を持たねばまともな男には相手にされん。お前には…難しいだろうな」


―…何にも私のことを知らないくせに…


私のことを知らないことは勿論、彼の関心が姉にしかないことも、この時には理解し始めていたが、面と向かって浴びる痛罵の言葉は押さえている私のモヤモヤした感情をいちいち刺激してくれる。



ユシグ。


この男は数真にそっくりなだけの、別人なのだから。 何を恐れることがある?

―数真に似た男。


この時、私は…どうかしていたと思う。


「では…私が…」


「何だ」


自分でも驚くほど声が、氷のように冷えていた。


「機を逃したくないとあなたに迫ればいいのでしょう…例え稚拙な振る舞いであっても…」


「な…」


たじろぐユシグの唇を塞ぐ。


熱い。

蕩ける感触に全身が粟立つ。

絡める舌の感触が脳髄を刺激してゆく。

白くなる。


「ん…」


寄せられるユシグの躯の荷重に息苦しい。息づかいの声、口内から溢れる液体の混ざり合う音…何れもこれもが、理性を奪うために存在していた。

主人公…ちょっと黒いです。

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