◇42塔の中で〜2
間が悪い奴…
それは王様のことではなく私のこと。
ええ、王様に、なんでいきなり現れるんだよ、とか。しつこい絡みは止めてくれ、とか。そんな畏れ多い。
ええ、思ってなんかいませんとも。
「…俺を怒らせたいのか?」
ユシグの手が伸び、顎をぐい、と乱暴に掴まれた。
「素直になったらどうだ?」
妖しい微笑。客観的には妖艶…なのだろうけど。あまりに邪悪すぎる瞳の色が、私の脳内アラームをひたすら鳴らしてくる。
王様の癖、ですかね…私、この人に顎ばかり掴まれている気がする。
それになんだか、一番言われたくない人に言われたくないことを言われたような気がするのも…気のせいではないだろう。
そんな私の感情の動きなどまるで気にしていない王様は皮肉を静かに述べてくる。
「すぐ誤魔化そうとする。お前は女として可愛げが足らないな。姉上とは…」
「大違いですね…、すみません」
掴まれていた部分を振りほどくように外すと、薄ら笑いを浮かべる私。
本当は大人の女の余裕の笑みを浮かべたつもりだが、ひくひくした頬の強ばりはいかんともし難い。謝っておけばいいだろうとついつい下手に出てしまうのは、しがない労働者の常なんだから、いまさら言われても簡単には治りません。だからメガネのことはもう…もう突っ込まないで下さい。
「……生意気」
私の内心の焦りなど気にした風もなく、ボソリとユシグが呟いてきた。あんまり小さな声だからそれこそ独り言かと思ったが…
「え?」
「俺の発言を遮るなど、不敬に価する行為にほかならんな」
ええええ!?そっち?
姉上トークを邪魔したのが癇に障りましたか!?
ユシグの微笑に混ざる嗜虐的な気色がさらにさらに濃厚に増してゆく…嫌だなこの表情。なんだか数真を彷彿とさせる。
「お前はすぐ嘘をつく。信用できん」
背中を冷たい汗が流れた。
あなたみたいな相手に恫喝めいた態度をされても、こうして話し合っている私はよっぽどピースフルじゃないかと言いたい…それに信用とかって、あの、弱者である私に求められても困ります。処刑なんてされたくないのは誰だってそうでしょう?正直者がどうなるかなんてわからない歳ではないんですよ。
……と。
言いたい…でも言っても無駄なので思っているだけ。
黙り込んだ私を見る王様…やがて。
「そうか」
僅かに瞳の輝きが、一瞬、暗く方向性を淀ませたような気がした。
「男と話していたのだろう?さっそく浮気か恐れ入る」
「…は?」
耳を疑ってしまった。
話していた…イコール、なぜ、浮気、になるんでしょう…?いや、そもそも、付き合ってもいない間柄で、『浮気』なんて概念成立するなんて初耳だ。
でもいまこの人、浮気って…言ったよね…
とにかく、瞬時にいろいろと挫けそうになる気持ちを立て直して声を上げた。
「ま、まだあなたとそんな関係にはなっていません…ってその前にあの」
「そうだな確かにそれはそうだ」
言葉とは裏腹な、まるで関心がないような感情のない返事に、青ざめる。
じりじりとユシグから後退する私。
って、なんで近づいて来るのか王様は。しかも誰が見ても微笑が、もう隠しようもなく、明らかに不穏です……
戦きながらも、はっとした。ぶったぎられた言葉だ。大事なことを忘れるところだった。
「そ、それに、私、浮気…?なんてしてませんよ?」
会話したイコール浮気ってどんだけ飛躍してるんだって感じだが、今そんなツッコミは…火に油どころか、ガソリンスタンドに炎上したクルマで突っ込むくらい度胸がいるね。度胸じゃなく自殺行為か。
「それはどうだか」
違うって言ってるのに…こんなところで、しかもメガネが話し相手で、なぜこのような糾弾をされなければならないんだろう。
過去に何があったんですか王様?会話したぐらいで浮気って絶対改めたほうがいいですよその認識!というか今改めろ!!
と。言えるわけがないので思うだけ。思考する自由なんてささやかすぎる。
ユシグの瞳は獲物を追い詰めるようにすがめられた。
「…反省の様子が足らぬ」
はい!?
「…だからそもそもですね、誰もいませんてば!」
「まだ言うか」
いっきに壁際に追い詰められた。
ユシグの瞳が私を見据えてくる。強い輝きが捉えてくる。
壁に押し付けられ、もう手を上げるとユシグに触れてしまうほどの距離だ。
「…うして……」
「…?」
「どうして…姉上…」
ひんやりとした感触。
私の頬をユシグの指が触れている。
「…だからあなたはまた嘘を俺につく…」
切なくゆらゆらと光る美しい瞳。
頬を優しく触れている指が撫でてくる。
指に合わせて瞳が切なげに揺れて輝いて…
私は彼を見上げたまま動けない。
って?
なんで私、見つめ合ってるんだろう?
そうだ。王様の瞳が綺麗で…思わず動けなかった。
それに何かまた…この人言いましたよね?
『姉上』って。
ここでまた姉上トークが始まるって、なんのフラグが立つ前兆なんだ?
戸惑う余りに思わず口を開いてしまう。
「あの」
「…いちいち喋るな」
瞳を潤ませたまま、器用に口調だけを不機嫌モードに変えてきた王様に、控え目に進言する私。
「浸っておられるところを誠に申し訳ないですが」
「なんだ?煩いな」
「すみません。少し離れてくれますか。近いです」
「構わぬ。お前は俺の所有物だ。そうだ…お前」
「は?」
「口づけしろ」
至近距離で、ズイと顔をさらに近づけてくる王様。
「へ?」
「黙って俺に口づけろ」
口づけ…キスですか?
…
暫く見つめ合ってまた私は口を開いた。
「なんでキスしなくちゃいけないんですか…」
「理由か?無駄だな」
「無駄?」
思わずおうむ返しに聞き返す私に、ユシグは皮肉な微笑を浮かべた。
「理由をすぐ求めるが話したところで納得はしないだろう。そしてじきに理由など忘れる…俺をよく見ろ」
近くでみると王様の肌は白くて陶器みたいにつるつるして艶があって悔しい…いや、若いんだろうから致し方ない。男って基本化粧しないせいか、肌が女よりキレイなのがたまにいる。
そんな遠目からも光る玉のお肌が至近距離。
ついまじまじと観察してしまう。
毛穴とか全くないな…悔しい…
じっくり観察するとユシグは思いきり怪訝な表情で私をみてきた。
「見ました。だから離れてください」
「俺を誘惑しなくていいのか?」
「それは…そうですけど」
今はそんなことよりメガネとの浮気説?がさっさと消えて欲しい。他のことは考えられない…いや、でも考えてみたら誘惑?して誤魔化すという手もあるか。ミエミエすぎて自分でも無意識に遠ざけていたみたいだけど。
「お前と話していると気が抜けるというか、まあいい…キス、というのか?お前の世界では」
どこか呆れた口調によって、思考に沈みかけた私は現実に引き戻された。
「え?ああはい……はい?」
いつのまにかユシグに壁に押し付けられたまま両腕を万歳に捕らえられている。
「はい!?」
かろうじて体幹は触れていないけど王様の顔がゆっくり…ゆっくりと…
「ちょっとぉ!?」
「キス、しろ…」
うっすらと閉じられたまぶたに軽く喘ぐように求めてくる唇。
美形のオーラにフェロモンがマーブル状に混ざってユシグの吐息は私の全身に鳥肌を瞬時に生じさせた。
そして、低く断定される、甘い吐息で。
「命令、だ…お前は俺にキスをしろ」
どこまでがR15なのか試行錯誤しながら続きます




