◇41塔の中で
忘れていたわけじゃない。
怒涛の重低音、倒れた馬車、群がる人々。
その、風景。
―『この女のせいで』…
渦巻く言葉。憎しみの目、怖れる顔を…忘れるなんて都合のいい話はない。
薄々わかってはいた。
イレギュラーな存在は、本来的には排除されるべき存在。 周りに影響を与え、善きにつけ悪しきにつけ、変化を起こす役割を担う存在だからだ。
ヨーロッパの中世では、村で病気が流行ると、旅人が持ち込んだとしてその有無を問わずに病祓いとして、むごたらしく処刑されたというし。日本でだって、橋をかける時に、旅人を川の神への鎮守を願う贄として生きたまま沈められた話もある。
吉凶どちらかわからない存在なら、取り合えずどうするかなんて。人の思考はどこの世界でも変わらないということなのだろうか。
…わからない理解できないなら殺してしまえ。
もしくは利用する。
町の人たちはおそらく前者だろう。
王は、性格的に後者か。でもそれだけじゃない。と思う。
ユシグは私を…いったいどうするつもりなのか。
誘惑してみろとか幻滅させろとか、歪み過ぎていてよくわからない…彼の意図が。
今はいない彼の姉と、ユシグとの間に何があったのだろう。
それがポイントだが…ミカエルさんもメガネも教えてくれない。話をはぐらかすのが上手いんだよ二人とも…
閉じ込められた処刑塔は、その昔、反逆罪や重要政治犯を処刑まで隔離しておくためのものだという。
「…困りましたね」
座ったまま片足を組んで、ポツリと呟いたメガネ男へ、私は向き直った。
「こうなるとまさか予測してた?」
「ん…?」
うーん、と首を捻るメガネ。
処刑塔とやらに幽閉されてから三日。いきなり現れたメガネ男に、このわけのわからない展開についての文句まじりに情報収集をしていた。もちろん騒いだりはしません。監視されてるから大声は出せないし。部屋は一人で過ごすには広いけど、キャサリアが一緒だと落ち着かないので、彼女には基本外にいてもらっている…これは別に私の自由度が上がった訳ではなく、聖紋で封印されて出られない私が放置されてる状態なだけだ。食事時や向こうが用がある時にしか姿をみせることはない。侍女というより刑務官に近いかと思う。
そう。外に出られないのだから放置ではなく、幽閉、拘束…だ。もう三日も外に出ていない。太陽の光りを浴びないとビタミンDが活性化されなくて骨に悪いんじゃなかったかな?
ああ、骨の心配よりか命の心配が先だ。他にいろいろと考えることがあるだろう、私よ。
「あんたが神官王に会えっていうから会ったのに、とんだ藪蛇じゃないの…」
他に誰もいないし、あながち八つ当たりとはいえない内容だと思うしね。
あ…もう顔がポーカーフェイス保てない。メガネがあんまりにも呑気なので、調子が狂う。
「まさかこういう事態になるの、分かってたの?あんたは」
「そんなに怖がらなくても大丈夫じゃない?」
ほら、と部屋を指し示すのにつられて、私も辺りを見回してしまった。
「そんな悪い待遇とも思えないけど…ベッドも家具もついてるし、暖房もあるじゃない?」
「そういう問題じゃない」
ボソッと突っ込むがメガネは意に介した様子もない。
「離宮にいた時とあまり変わらないしね―…そういえばミカエルは何か言い訳してたの?」
「あ―…まあね」
淡々としかし確実に嫌なところを突いてくるな。
ミカエルさん…に、裏切られてたんだよね…
彼にしたら、別に私を守る義務はもとからないから裏切るっていうのは違うか。
結局のところ、私は今まで離宮に保護、ではなく『幽閉』されていたらしかったということだった。
これは言葉の使い方の違いというよりも、私がどう位置づけられているか、意味合いの問題だ。王の姉に似ている異界人が、何も知らずにウロウロしていてはいろいろとマズイだろうそれは。だから王の騎士であるミカエルさんとしては当然の行為に違いない。
「申し訳ありませんとは言ってたけどね」
「あの男もあれでなかなか腹黒いからなあ…」
あんたもね。
そう言いたかったけど喋り疲れてきた。小声で話すのはけっこうしんどい。
「その期限内に王とどうにかなればいいんだから、やることははっきりしたでしょ?」
そうだろうか?
さっきもそのことを考えていたのだがどうにも引っ掛かって仕方がない。
いくら考えたところで、あの王様の意図なんて私にはわからないのだけど。
このかなりクセのあるメガネ男と会話するのもいい加減疲れてきた。
ギャーギャー感情的にぶつける気力はないこともないが、初めからムダとわかりきった行動を選ぶほど余っているわけでもない。
「ここは、あんたが言ってた、『次のヒント』の出番じゃないのかと思うけどね…とっとと話しなさい」
「ん―まだ三日なのにもうギブアップする?少し待ってみたらどうなのかなあ?慌てない慌てない」
何を待つというのか?
教える気などないのじゃないかこの男は。
さすがに反論しようと額に怒りマークをうっすら浮かべながら口を開きかけた…その時。
「来てやったぞ」
ふいに、聞こえてきた声。
…ま、さか…?
嫌な汗が一瞬で毛穴から吹き出し、動悸、血圧低下をきたしたようだ。
固まって、それでもギギギ…と私は扉を振り替えった。この声はホント心臓に悪い。
ユシグ王は、厳然とした佇まいで背後…なんともう私のすぐ後ろに立っていた。
いったい…いつのまに!?
「何を慌てている?」
「ヒ!?」
「お前は俺を見て奇声しかあげられないのか?」
「す、すみません…?」
「かなり不快だ」
…冷ややかな表情を真正面から向けられると、感情がまるごと強ばってしまう。美形特有の硬質な近寄りがたさに磨きがかかってるのは、ユシグの態度もあるが、豪奢な金の刺繍が施された時代かがった白の衣装のせいかもしれない。
ゆったりとした長めの上着にズボン?にブーツ。肩からマントを垂らしている。まさに王様の格好だ。
似合っておりさすがに迫力がある。
ともあれ、私はさっそく対面直後に王の機嫌を損ねたのは確かみたいだ。
「そうですか…すみません」
「…ずいぶん余裕だな」
下賤な者だといいたげな目付き…馬鹿にされてるのはよくわかる。
先日に感じた怒りは不思議と沸かない。
「約束通りお前に会いに来てやったのだ。この三日、少しは策を考えていたか?」
こういう、顔も良く地位も若さもあり、自分の能力に絶対の自信がある人種。
神に愛されたような彼らを、崇拝するか嫌悪するかの極端な反応を選んでしまうのは、彼らが常人離れしているから。自分たちとは違うから。どちらの反応も彼らを突き放した行為といえなくもないのだけど。
そんなきらびやかなスペックは個人の幸せとは関係がない。
しっかりと顔を上げ、正面から王を見る。
「あなたの言う通りになれば、解放して貰える確証は?」
「ないな。しかし処刑はいつでも出来るが」
「あなたを信じろということですか」
「そういうことになるかな…ああ、お前には独り言を話す趣味はあるのか?」
いきなりの話題転換。
「は?」
ユシグの冷ややかな表情が揺らぎ…フッ、と微笑が浮かぶ。まるで花がほころんだような華やかな魅惑的な微笑だが…
「頭の回転も悪い」
目が笑っていない。
綺麗な笑顔はよくみれば邪悪な瞳の色づきが妖しげだ。
「独り言ではない…なら先ほどは誰かと話をしていたのか?」
メガネか!!
ユシグ王の登場に忘れていたが、一番に気にしなければいけないところだそこ!たぶん大丈夫そうだからと気にもしていなかった…
慌てて振り返る…のを自粛する。
当然…彼がいないのは、わざわざ見なくても王の様子でわかる。
「何があったのだ?」
妖しげな微笑が微かな苛立ちを仄かに含みはじめた…
中途ですが長くなったので…中途半端なところで申し訳ないです。




