◇40神官王〜5
短めです。
仄かに落とされた照明。
神殿内の最奥。
厳かで、かつ濃厚な空気が漂う。お香…たぶんハーブの薫りだ。
白い壁は壁紙も貼られず剥き出しのままだが、緻密な彫刻が為されており、まるで遺跡のような…ピラミッド…ファラオの棺の安直所みたいな雰囲気すらある。
その王様専用らしい、落ち着いた内装の控えの間。おそらく仮眠用のベッドはそれでもダブル程度の余裕がある。
こんな、おそらく神聖な所で、ベッドの上でうずくまる異界の女と、悠然とベッドに腰掛け見下ろしてくる、この世界の権力者…神官王、ユシグ。
数真によく似た男の妖しい笑みがますます深くなる。私の鼓動が乱れ始める。
こういうアダルトな雰囲気は心臓によくない。
「簡単な話だな」
「え?」
長い脚を組み直し、
「俺を誘惑してみればいい…そうだろう?」
ニッコリ微笑まれてしまう…この王さまはいきなり何を言い出すんだ。
「どうした?俺が怖いか」
「い…いいえ…」
「その歳で男を知らぬ訳でもあるまい。恥ずかしがる必要性はないだろう」
「な…」
いま…サラリと凄い事を…言いました…
「それとも…俺では不満か?」
人を蕩けさせる魅惑の微笑。圧迫感はなはだしいことこの上ない…色っぽい目線も重圧でしかなく。
…顔が同じだからか、やっぱり数真と重なってしまう。かといって視線を捕まってしまっているので、見たくもないのに凝視してしまっている私は、さぞ滑稽な表情をしているだろう。
王様はクスリと乾いた声をたててきた。
「まさか…やり方を忘れたのかな?」
「なっ…」
「もしくは経験が貧相か」
「…っ」
「図星か」
…絶対、楽しんでいる…この王様は……
「さあ」
ユシグの指が、私の手の甲に微かに触れた。
いきなりの優しげな感触にビクリと私の背中が跳ねた。
ゾクッとし過ぎて涙目になりながらも私は抗議を試みて声を張り上げた。
首とか手の甲とか…止めて欲しい。
敏感なんだから!
「自分からは、触れないって、さっき…おっしゃいましたよね!?」
「そうか?しかしもう忘れたな」
悪気のない耽美な含み笑い。しかしそこに悪意を感じてしまうのは、私のうがちすぎなんだろうか?
いや違うと思う。絶対に。
「王様は随分忘れっぽいのですね…」
なんだか凄く疲れてきた…
「どうでもいいことはすぐに忘れる。俺は気が短い。お前が大根みたいに転がってる役者ならさっさと見切るだけだが」
「私は…役者じゃありませんよ…」
「そうだな。役者ならもう少しはマシな芝居をする」
…私…、何しに王様に会いに来たんだっけ…?
そう、この世界に数真を探しに来たんだ。
…まあ…見つけたけど。
中身全く違う別人だけど。
姉への尋常でない思い入れ満載な、ドS俺様だけど。
「何をぼんやりしている?」
王様の端麗な御尊顔が不審げにじっと見つめてきていた…
「ヒっ!」
「奇声はやめろ」
「す、すみません…」
王はフッ、とキザったらしく私を見つめてくる。
「…そうやって黙っていれば、…嫌味なほどに姉上そのものだな」
「…あの」
出来るだけ、平静に平静に…私は尋ねた。
「王様は…その…姉上様がお好きなのですね」
「お前には関係なかろう」
「…そうかもしれませんけど…」
「お前に姉上の替わりをしろとはいわん。俺の姉上は誰にも替わりは出来ないからな」
それは何回も聞いているので、私は大人しく言葉を待った。
「どうしてお前を幽閉するのか…知りたいか?」
「え」
「気に入らないな…お前。のらりくらりと話し相手をして俺をやり過ごせると思っているのか?二度同じことを言わせるな」
手強い…。シャドウスキル撃沈…好きなだけ喋らせて話をそらそうとしてみたけど、結構カンが鋭い…さすが王様。
「だから、俺をその気にさせてみろ」
キスすれすれの近さで迫るユシグの、ほころんだ唇とまなざしが、落ち着かない。色気が、凄い…むせそうだ。
「その姉上にそっくりの顔で、俺に懇願し、媚びてみろ。命惜しさに体を開いて見苦しく愛を囁け」
「…い…」
「幻滅させてみろ」
痛い。ぐいぐい髪を捕まれ…もう唇が触れそうな近さだ。
「もしくは、この俺を溺れさせてみろ。
お前でこの心を満たし、お前以外を考えられなくしてみろ…まあ無理な話か。しかし、期限は三ヶ月やる」
「え?」
「お前が俺を愛するか、俺がお前を愛するか。そのどちらでもなければ…」
「な、なければ…?」
「処刑する…お前を」
婉然と微笑まれてしまった―――――………。
初顔合わせ…初対決終了。主人公に対して、ユシグは数真よりワイルドな振る舞いが多いみたいですが、彼なりに葛藤があった故ですので…
中身は二人とも腹黒ドSなのは…同じなんですが。




