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◇39神官王〜4

―…『姉さん…』



「姉上…あねうえ…」


ユシグの重みに息が出来ない。抱き締めてくる彼から逃げるように後退る…


ドン、と背中に当たる壁の感触に心臓がまた鼓動を早める。


「…ちょっ…」


「黙っていろ。声を出すな。姉上はそんな粗忽な声はあげぬ」


ユシグに指摘され私は固まった。


「…同じ匂いがするな」


ユシグに壁に押し付けられている私とミカエルさんの視線が偶然ぶつかった。

こちらを見下ろしているのは…一点の曇りもない微笑を唇に刻んで佇む麗人。


…――王に会いたいと言われたご自分を責めてくださいね。

私は貴女を自分から王に差し出したりはしませんでしたしね…


と言っているかのような微笑を浮かべるミカエルさん。目の前で、この展開になっているのにその微笑……騎士さまも、とんだ腹黒二重人格者だったってことだと私は理解した。

しかし、今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「ミカエル。いつまで不粋をするつもりだ?」


「いえいえ、今から消えるところですよ?しかし共の一人はお付けしますから」


「ふん…キャサリアか」


勝手に話し合う二人。

ユシグは私を馬鹿にしたようにジロジロ見ながら、ハッ、と息を吐いた。



「姉上に似ているのは入れ物だけだな。色気もない、品位も姉上には当然遠く及ばぬ」


「その言い種はなんだ!!失礼な!!このドS野郎!!」


…と、口に出来たらさぞかしスッとするに違いない。


「…」


でも私は唇をきつく結んだだけだ。

勝手なことばかり言って、なんなのこの王様!と非常に悔しく思うし、罵倒したい。本当は。


でも…反論、したら駄目だ。

感情的になっている相手にそんな台詞は、火にさらに油をぶっかけるような行為。

この陰険王は、私に腹をたてている。

自分を裏切った姉上…に似ている私を。似ているだけで別人でしかないという事実を。

そんな、どうにもならないことに腹をたてている、子どもだ。


「どうした?何か言いたそうだな?」


「…」


「つまらん女だ」



また私は唇を咬んで耐えた。


この…途方もない疲労感…数真に似てるのは顔だけだな、この王様。


数真は確かにネチネチしたところもある。腹黒いし二重人格。けど、こんなストレートに暴言を吐くタイプじゃなかった。


やはり、彼は数真じゃないのだとあらためて思う。


「入れ物だけでもまだよしとしてやる。

どうせ、中身は本物ではないのは分かりきったことだ。お前は姉上であって姉上ではない。俺に隷属出来るだけ光栄と思え」


耳元で囁かれた。

黙ったままの私を一瞥して、反論がないことに満足げに微笑すると、また家臣へと命令を再開した。


「ミカエル」


「は」


「この女は処刑塔にいれる…が誰にも覚らせるな」




「恐れながら陛下…守護者にはじきに分かってしまうかと思いますが」


「…」


ジロリとユシグが睨むやいなや、騎士の柔らかな笑顔に一瞬緊張が走った。私は目を見開いた。



「だから?」


…機嫌の悪さを前面に押し出した声。


ミカエルさんが返事をするまでに少し間があったのは、気のせいじゃないと思う。


「…いえ。わかりました…善処いたします」


「この件はお前の管轄にする。わかったらさっさと出ていけ。邪魔だ」


この王様のことが苦手なのか、肩を竦める仕種こそないが、そんな雰囲気の溜め息を微かについて、ミカエルさんはさっさと出ていってしまった。


「…さて」


「ッ!?」



冷静に観察している場合じゃない。ユシグの体が覆い被さる体勢で私は壁に押し付けられたままだ。


「おかしな声をたてるなと言っているだろうが」


ぐい、と顎を掴まれる。


「……やけに挑戦的な瞳だな」


「気の、せいですよ」


「へぇ…」


…この横暴な王様は私をどうするつもりなんだ。

姉上とやらの変わりに幽閉して、いたぶるつもりなんだろうか?

かなりその人に対して歪んだ愛情を持っているらしい。

私にそっくりだというユシグの姉。

数真にそっくりなユシグ。これは偶然、なのだろうか?


「お前はどうして欲しい?」


「…え」


「寝台があるのに床で睦みあうこともないだろう。さっさと来い」


「ッ…」


数真と同じ顔、同じ身体、同じ声に何故か身体が勝手に反応してしまう…多分、顔が真っ赤だ…いい大人がこれくらいでたじろいでどうする。


腕をつかむやいなや、ユシグは体の向きを変えて、後ろから抱き締めてきた。


「…な…!」


「首が弱いのか。姉上と同じだな」


「勝手に…首…舐めなっ…離して、下さい…」


「ああ、そうだな」


ベッドへドサリと投げ出される。荷物みたいに乱暴に、ユシグは私の身体を放した。


「何…」


「そんな欲情した顔で言っても逆効果だろう。解らないとは、浅はかな女だ」


感情の高ぶりなど微塵もない恬淡とした口調と冷めた顔。


「…」


「喋らなければ分からないとでも思ったのか?」



雰囲気も何もあったものじゃない。

この既視感…確か少し前にも離宮で似たようなことがあった。

赤髪の狼みたいな男…

この世界の男はみんなこんな奴ばっかりなんだろうか…

いや。この男はもっとおかしい。


ついさっきまで、自分の姉への泥々した思い入れの延長線上に、私を見ていたのが。

今の…ユシグの目は、私を見ている、ように感じる。愛しい人にみてくれだけが似た存在、でしかない私として。


冷ややかに、計算深く。



「自分の立場を忘れてはいけないな…」


「立場…」


「…察しが悪いな、本当に」




思わず素でオウム返しをしてしまった私を睨むと、やがて、見ているこちらが蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべるユシグ。男女ともに魅了される笑顔だ。ただし、喋ると台無しだが。


「まあ…いい。俺は自分から女は抱かない。姉上以外は屑でしかないからだ。意味は解るか?」


「私に…どうしろと?」


「俺に気に入られなければお前の安全の保証はない。さて、お前はどうすべきかな?」


ベッドのスプリングが響く音もなくふんわりとユシグは私のすぐ側に座ってきた。とてつもなく卑怯なほどに艶やかな甘い笑顔を淫秘に薫らせて。


「ねえ、『姉上』?」

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