◇38神官王〜3
少し暴力表現あります。
神官王。
ユラドーマ大陸における最高神をまつる神殿を統べる神官長であり…
かつ神殿のあるユマの街を支配する王でもある。
ユラドーマのほとんどの地域は都市国家の単位であるが、辺境では村単位で自治制度が採られている。
ユマの街自体はそれほど大きくはない。しかしユマには神殿があり、神官学校や各種商会の活動も盛ん、大都市との中継都市として栄えており活気に溢れている…と、乏しい知識を思い浮かべてみる。
「面白い顔をしている」
その神官王、ユシグ。
数真…ではない。
端正な線の細い繊細な容貌。だが男性的な色気に溢れた伸びやかな肢体は、神官長一族の民族的特徴なのだろうか。
ヨーロッパ系のミカエルさんやキャサリアとは違う、アジア系。初めて見る。この世界で。
「そなたの顔…我が一族に通じる特徴がある…似ているな」
威圧感にじりじりと圧される。
数真にそっくり…なのに。
安心出来るはず…なのに…
…
自分の顔が強張ってゆくのはなぜだろう。
「…これほどとは、な…ミカエル、お前も人が悪い。この俺をたばかるつもりだったのか?」
「いいえ、滅相もございません。私も初めは驚きましたよ。陛下」
「ふん…まあいい。そういうことにしておいてやる」
私を映す茶色の瞳に吸い寄せられる。
剥き出しの拒絶の色。胸がギリギリと締め上げられるように緩やかにその感情に絡めとられていく。
思い返せる記憶の中の、数真の表情が勝手に脳内検索されてゆく…
この男は、違う。
数真のこんな顔は見たことが、ない。正視するに耐え難い…なのになぜだか吸い寄せられていく。
「何も知らないとは気楽なものだな」
ひとつ、つまらない話に付き合ってもらおう、と男は爽やかな微笑をゆるり、と浮かべた。
「我が母も守護者であり異界人。この大陸の者なら知らぬ者はいない。
そして期せずして守護者として…私の伴侶となる者が、お前と同じ国からやって来た。ただし、お前より遥かに若く、美しいがな」
そしてまた一歩、こちらへ進んだ。
王者はもう目の前にいる。
「…では聞く。
お前は何用でこの世界へ来たのか」
剣呑に光る瞳。
…違う。
違う違う違う。
数真じゃ、ない。
「異界人にはなんらかの役割があり、その訪れ時には必ずや意味がある…そう信じられている。実際にそうであったしな、間違いはない。」
手が、伸びてくる。
「災厄を招く者よ」
数真の…いや、ユシグの指に引き摺られるように乱暴に顎を引かれた。
「…!!」
「忌々しい…その貌その声も、何もかも、だ。なぜ今頃現れた!?」
「…ッ!?」
思いきりひきすえられ、アップになった数真の…いや、ユシグの顔は信じられないほどの憎しみにたぎっている。
…ザンッ…
「あ…ぅ」
石床に叩きつけるように払い落とされ、私はしこたま胸を打ち付けた。
…かなり痛い。本当に息が止まった。
暴力を振るわれるとは思わなかったから、ショックだった。身体が震えてくる。ユシグはそんな私へ、忌々しげに顔を歪めた。どこか苦し気でもある。
痛いのはよほど私のほうだが、何故か泣き出しそうに一瞬見えた気がして、私は彼を見上げていた。
…
荒い呼吸音。
私と、ユシグの。
這いつくばって見上げると、王者はフイと目をそらした。
「チッ……ッ」
「陛下?如何しました?」
「何でもない。何だ?」
「この者の処遇ですが、いかがいたしますか?」
「…そうだな、この顔を知る者は今はそう多くはないが…」
考えるそぶりはすぐに止まり、取り戻した冷酷で冷ややかな気を私へと向け、低く言った。
「この女を幽閉せよ」
数真にそっくりな、怖いくらいに端正な繊細な顔。
その美しい顔に灯るのは憎悪の炎。
拒絶の意志。
「また離宮に…でしょうか?」
「それは生温い。ミカエル」
「は」
「お前はこの女を俺に見せる以上、その処遇について重々承知で参ったのだろうが。たわけたことをほざくな」
「では…」
「この神殿の…処刑塔」
「もう使われておりませぬ。警備の者も誰もおりませぬが如何しますか」
「警備など要らぬ。私の聖紋をつければ何人もあの塔には近づけまい?この顔に用があるのは俺だけだ」
足音。王者が来る。
這いつくばったままの私の前で立ち止まった。
「知っているか?処刑塔に入った者は二度と城下には出られない。
出る方法は2つだけだ。
死体袋に入ってでるか、刑場へ向かうためか、のな」
彼を見上げている私に向けられるのは、誰もがうっとりするような魅惑的な微笑み。
数真そのものにしか見えない衝撃に、私はビクリと震えた。
「幸運だな」
しゃがむ。伸ばされたその手はまた私に。私の頬を撫でてくる。
撫でられて、背筋に震えが走る…こわいのか、何か、わからない…目を動かすことすら出来ず、でもこの男の瞳から反らすことも出来ない。なぜか優しい声色も、似ていないと思いたいのに、震える心は見つけたと叫び続けてとまらない。
数真…?数真…なのだろうか。
「お前は幸運だ。俺が飽きるまでは長らえられる。
…その顔に生まれたことをせいぜい後悔するといい」
―…顔…?
王者がさっきから繰り返している言葉に私は思い当たる節はなく、いっそう困惑が深くなる。
「覚えておられるだろうか」
…何を?
思わず聞き返しそうになった。
ああ、でも。王者は私を見てはいない。正確に言うと、その潤んだ…憂いに満ちた瞳には、私を通して別の誰かが映っている。
ユシグはその誰かに向かって語りかけているのか、独り言を言っているのか。
「俺たちは何処までも一緒に…おのが命が尽きるまでともにあると約束したな」
「忘れたとは言わさぬ」
たぶん質問するのは私ではなく。決めるのも私ではない。
「神は忘れてはいなかった。逃げるだけ無駄だった…」
甘やかな、脳髄に染みる掠れ声。ひと度聞くだけで、私の足下が暗く抜ける…絞首刑の仕掛けを連想する。それはただの錯覚なのか予知なのか、まるで見当もつかない。
「…顔をみせろ」
震えるユシグの睫毛。輝きに揺らめく瞳。
「…憎いお前の顔を見るだけで、なぜこんなに俺の心は動揺する?…見事なまでに瓜二つだな」
彼の囁く甘い声は、やはり数真そのもの。
切なくも狂おしい響き。
「この感触…」
抱き締められ、私の中を通り過ぎる甘い甘い、囁き。
「逃がしはしない」
数真の匂い。
懐かしい数真の匂い。
「俺は…絶対に許しはしない。二度と俺を裏切らないようにしなければ、な」
ユシグに抱き締められ甘やかに捕えられてゆく。
懐かしいこの感触の名前を私は探り当てていた。
―…おかえりなさい…
「――………姉上」
それは、狂おしいまでの執着という名の愛。




