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◇36神官王

どこまでも続く螺旋階段。

壁に所々ある灯りが全体を月明かり程度には照らしている。

黄色い淡い光りは聖紋効果か揺らぎもしない。無機質な灯りは、安らぎを与えるどころかこの状態が終わりのないような気さえしてくる。

…落ち着かない気分だ。

空気はひんやりと肌寒いが、こうして動いているので身震いするほどでもない。

確か神殿の中庭に馬車で送ってもらってそれから、かれこれ小一時間は歩いている。

ここはどういう構造をしているんだろう…鉱山の坑道みたいな回廊からさらに、螺旋階段状に地下へと続いてきたことから察するに、白い岩山をくり貫いて造ったんだろうけど。


神殿は岩の内部を地中深くに向かって造られているのだろう。遠くからだと、ただの白っぽい建物に見えたのは岩を彫刻して作った外壁だった。内部も凝った装飾だ。

レリーフやら唐草風の模様やらで壁や天井は華麗に飾られていて、近くで見るとその細やかさ緻密さは美しい…が、異様な雰囲気。

聖なる神殿は全て人の手でつくられたという。


あの、聖紋とかいう魔法の仕掛けは使わずに彫ったとか。


木彫りの熊とかならみたことがあるし、中国の石仏とかで、岩山か何かを彫ったものもテレビでみたことはあるけど…

こんな深くまで掘り込んでも崩れない、つまり固そうな岩石を彫るのはどれだけの労力なんだろう。

巨大な岩石にこれほどの細工をするってどれだけ人件費かけてるんだ?

現代の先進国では人権もあって、人の命は地球より重いとか建前上言われてるけれど。

ここでは、命が高くないから人件費も安い…ということなのか?有り体にいっちゃえば命にも値段の差があると…身分制度が厳格な階級社会。

それがこの華麗すぎる手間暇のかけっぷりの根拠であるなら、気が重い話だ。

あの、馬車の事故が頭を掠めて行く…。



ともかく、こんな巨大な岩山を神殿にわざわざ仕立てなければならない理由って何だろう。


…考えもつかないな。


段々と暗く足下が見えにくくなってきた。




「聞いてもいいですか?」「はい?」




「急に王との対面を仰るその心の準備はどうして出来たのでしょうか?」


ミカエルさんが私を、澄んだ瞳で見てくる気配がした。

数歩分下の階段に立っているミカエルさんとは身長バランスがちょうどいい。


「何か、ありましたか?」

やんわりとミカエルさんが言ってくる。




…それ、いまここで聞くんですか…。




神官王に会いたいって軽くお伺いたててみたらアッサリOKだったですよ、ね…

ミカエルさん、大事なことは後で確認するタイプなんだろうか?


この間の、マサハルもどきとの一件。これはミカエルさんは知らない。どうやらあの男は離宮の防犯セキュリティをやすやすと突破して侵入し、その存在を気どらせることなく脱出もしていったらしい。

ミカエルさんはもちろん、キャサリアも知らない様子だった。


忽然と消えたマサハルもどき。いったい彼はどういう存在なのだろうか…確か『案内人』とか自分で名乗っていたが。

…案内人って? この世界の?


よくわからない。


数真の口真似なんてして、なんとも悪趣味なヤツだった。あまりいい感情を彼にもてそうもない。

唯一の手掛かり…この世界から脱出するための…だから嫌ってはダメなんだけど、彼と冷静に対峙するのは難しそうだ。


こんなコトありましたよ〜なんてミカエルさんに言えない出来事…いや事件だ。

その前の、赤髪の男との思い出したくもない事件は、キャサリアから連絡を受けているだろうから、詳しく追及されていないとはいえばっちりバレている。

最悪だとしか言えない。


最初の馬車の事故については、ミカエルさんは何も教えてくれないし、私もあえて深く聞いていない。


怖すぎるのだ。自分のせいで誰かがもしかしたら…死んだかもしれないなんて、この世界でどう償えばいいのだろう。

あまりにも問題が深すぎてあえて考えないようにしていた自分は大人として最低だ。



「いえ、私は名前もありませんし、この世界ではみなさん神官さまに名付けて頂いてるんですよね。だからあの、図々しいんですがどうせなら王様に名付けて頂きたいなと」


ホントどこまで図々しいんだよ…と思いながらも白々しく考えておいた言い訳を口にする。


もといた世界でならともかく、この世界の常識を知らない私は何かやれば必ず他人に迷惑をかけている。 いまのところは。


だから神官王に会うのも、どうなのかという気がかなりするが、元の世界に帰るため…そして数真に会うためと自分に言い聞かせてやってきた。


もし、トリップが10代の頃だったら。



離宮でしばらく過ごしてあの赤髪狼男と嫌々お近づきになって神殿の外側の街にいったり、自分が出現した町に出掛けたり、とまだるっこしい手順を踏んだだろう。情報を固めて、数真を探しながらこの世界で生きていく算段をしたのかもしれない。

強かに、逞しく、気が弱いくせに頑固なあの頃の私なら。自分の弱さに酔って溺れていられた…

…このゲームみたいな世界に。


ゲーム?そうか、これはゲームなんだ。

数真の、私へのあの狂おしい執着を取り戻せるか、どうかをかけた。


それならいいじゃないか?

ヒントは出てるんだし、怖いけど、もういきなりラスボスにアタックしてみよう。

どうなるか予測はつかない。もうこれ以上考えてもどうしようもない。30間近だといまさら新しい世界に馴染む気持ちなどさらさらなく、だからこんな思いきった行動力が出てしまう。


ミカエルさんは美形、お世話になっているけどそれだけ。赤髪の狼みたいな印象のあの男…名前は忘れかけたが、確かセラフイムとか言ったか、アレは最低だ。あの時ビビってしまった自分を殴りたい。後から腹立てたって遅いのに自分のはっきりしない性格がうっとおしい。


私は、数真に会いたいだけだ。

あの頃の数真に。


「よい名前を頂けますよ」



ミカエルさんはいつのまにか歩きはじめていて私も後を追ってゆく。

私の返事などはじめから大して興味なかったかのごとくあっさりしている。


この人もよくわからない人だ。


「…さあ、着きましたよ」


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