◇34 案内人
…なんてこった。
トリップして自分より若い男にキスされるなんてベタな展開。
まだこの世界にも馴れていないというか、状況が掴めていないというのに。
トリップなんて認めたくないのに。
ベタ過ぎる。 いったいこれは現実なのか?
「自分で蒔いた種でしょうが」
自分で自分にツッコミをいれる。
誰もいない『私の部屋』…洗練された調度品にファブリック、衣装の品々。
何一つとして自分のものがない。すべてミカエルさんから貸されたり頂いたモノばかり。そこに私の意志はない。 もちろん思い出も、何も。
…昔、囚人には私物を持つことを禁じられていたと聞いたことがある。確かテレビか何か映画でのワンシーン。
それはモノを持つことがその人の拠り所となるから。刑罰として拠り所を奪った、と。たった一本のペンや一枚のカレンダー、それらは自分という存在が時間の中で確かに進んでいることを教えてくれるから。
だから行動を制約され私物を持つ自由を奪われた人の時間は、止まる。
生きていても、死んでいるのと同じ。幽霊みたいなものだ。
…むなしい。
今の私はたいして囚人と変わらないじゃないか。
数真を探しに来た?のに、なんでこうなったんだろう。
「…で、こんなところで引きこもりしてればそれで済むんですかね?」
「!?」
「ひさしぶり…」
どこか疲れたような眼鏡男子。
見覚えがある。
というか…
さっと顔色を変えた私の瞬間的動作により、彼は捕獲される。
忘れもしない、この笑顔。
「苦しいですねぇ…」
「な・ん・で・ここにいるの!?」
「えっと、ノックしましたけど返事がなかったので」
「そうじゃない。なぜあんたがコッチの世界にいるのか聞いてるの!」
マサハル。
忘れもしないあの時…トリップしたのはこの男のせいだ。
「首元を離してもらわないと話しも出来ないですよ…?」
よくみたらコッチの衣装らしきグレーのゆったりしたシャツに、黒の皮っぽいパンツに膝丈の編み上げブーツ。粗末ではないが貴族っぽくもない出で立ち。
「…説明してもらいますからね」
「呼び捨てとはただ事ではないですね…言っときますが」
虚をつかれた私をニヤリと嫌みたらしくねめつけ、わざとらしく襟元を直しながら言ってきた。
「心を読んだわけじゃないですよ。あなた、わかりやすいですから、なんとなくそうかなって」
クスクスとイヤな微笑にイラついた。
ここに来てからずっと抑えていた感情が、忌々しいとはいえ懐かしい世界の住人を見てしまったことでセーブがきかなくなってしまったのかもしれない。
もっと首を絞めてやればよかったか…と物騒なことを本気で考える。
「怖い怖い。喧嘩しにきたのではありませんよ。
ただあなたが思わぬ苦戦をしているので、案内人としてアドバイスに参ったわけです。ありがたいでしょ?」
どこか得意げながらもあくまで気だるげな口振りは神経にピリピリときたが…
はあ?
…案内人?
得たり、とまたクスクスと笑った。
嫌味な感じ。
しかし、その印象にはちょっと違和感を覚える。
マサハル…くんはこんな笑い方をするような人じゃなかったような…
「当たり。彼はあくまで橋渡し的存在だから、あなたの意志を確認して、門を開いただけ。ここから先は、ボクの役割だね」
「よくみたら、あんたはマサハルくんじゃあない…?」
「今ごろ気づくわけ?ニブイね―『姉さん』は」




