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26最後まで伝えられませんでした


―この場合の『誰か』とは神様なんだろうか?


そんな馬鹿げた疑問を思い浮かべた自分にまたかと呆れる。


いいかげん、しっかりしろと言いたい…


生温かい掛け布団にくるまりクーラーをガンガンに効かせている。ここは自分の部屋。

一番安心できるはずの場所。

すっかり冷めきった身体が悲鳴をあげているのを無視し続けて答えを探している。



教えて。


誰か教えて。


私はどうしたらいい?



返ってくるはずもない返事を待っている。何かいきなり目の前が拓けて、解る…理解する…そんなことが起こるはずもないのに、愚かな私は待っているのだ。




神様なんていない。

わかっている。


数真を好きになれたらいい。


雅也さんを好きになれたらもっといい。佐々木くんでも。



でも。


誰を好きになっても、変わらないんだ。

私の狡い心根は変わらない。

私は知っている。


私は自分自身が可愛いだけだ。

私は私を必要としてくれる優しい手にすがり付いているだけだ。


数真の執着は甘美な罠だ。

まるで蟻地獄。


ドアを開けて入ってきた眉目秀麗な弟。


優しく微笑する数真に布団を剥ぎ取られ、私は怯えている。


と同時に安堵してもいる。

考えなくていいというのは、官美な誘惑だ。


数真でも雅也さんでもだれでもいい。

強い相手に補食される誘惑。

意思を奪われ、堕ちてゆく快楽。



「和音ちゃん」


「なに?」


「和音ちゃんは雅也さんと付き合うつもり?」



「聞いたんだ」


「なんとなく。カンだよ」


「…そう。でもたぶん、付き合わない…付き合えない、よ」


付き合いたい、という意思。

付き合いたくないという意思。


どちらも私にはない。

数真にはそれがわかっているのかいないのか。


「そうか」


私の瞳を覗くように、近い。数真の瞳。


やりとりは、行為と裏腹に、どこまでも乾いている。


「雅也さんと」


「え…?」


あまりにも小さな声に聞き返す。


「雅也さんと付き合えばよかったのに」


数真に抱き締められて心が凪いでいる。

いい匂い。うっとりと身体から力が抜けていく。


「そうすれば俺は諦めたかもしれない…なんてね。ないか、それは」



どうして?

そう尋ねるより早く数真は甘く囁いてきた。



「俺にはお前しかいない」



そこから先は言葉はなかった。


絡まった足と足。

強い抱擁。


幾度となく降り注ぐキス。

無言に耐えきれなくなったのは私だった。


「どうして…私なの?あんたなら別に私じゃなくても…」


「和音は弱いから」


「弱くて自分だけが大事でいつも他人のせいにしてびくついてる」



数真の言う通りだ。

悔しいけど、そのとおりだ。


「和音も俺を知っている。俺が嫌いだろう?」


穏やかな茶色の瞳で私を射るように捉える。


「俺の本質を知っている女はあんただけだ」


戸惑う。

だから?


「だから、俺はあんたから…離れない」


私に染み込んでくる数真の意志。長い時間をかけて溜められた、想いの深さ。


強い感情。欲情。


なんて、禍々しい。


その深淵を覗いてしまった。

その深さ、あまりの暗さに目眩が、する。


―そう。


ダブルデートからこの家に帰ることを選んだのは私。

雅也さんには送ってもらわなかった。


あんなに優しくしてもらったのに。


心配かけてしまったのに。

差しのべられた手を離して、数真の手を取ったようなものだ。


嫌な女。

それが私だ。


それでも、数真は私でいいのだろうか?


非選択という逃げによって、こうなる結果を招いたのだから、私はとことんドMこの上ない。


「和音、泣いてるの?」


数真が私の瞼から溢れる液体を舐める。


身体の芯が官能的な震えに満たされてゆく。




どうしたらいい、なんて愚問だ。あまりにも愚問すぎる。


こうやって抱き締められているだけで、喜んでいる。

それが答えだなんて。

安っぽすぎるよ。


でも認めざるを得ないだろう。


あのデートの時、私は。


数真がミヤと一緒に行ってしまうかと思った。


堪らなかった…


そう思うと、例えそれが何かのたくらみだとしても、身体が泣き叫んでいた。

身体が痛い。


心が痛い。


数真と一緒にいたい。


一緒にいたい。



でもそれは愛じゃないんだろうか。


倫理にも反する。


少なくとも幸せになれるような恋愛じゃない。


ダメなのはわかっている。


わかっているのに。



「和音ちゃん、何考えてる?」


「数真は、私とどうしたいの?」


数真が笑っている。


見惚れてしまったよ。

みんながカッコいいって騒ぐのも納得の、魂を奪うような魅力。


「答えを聞きたい?」


屈託のない数真の笑顔を不思議な気持ちで待つように眺める。


もう選べないのだと悟った。


蕩ける光。

私たちを引きずり出し、暴いてしまうだろう光が脳裏に広がってゆく。


私が見たのはそれが最後だ。


私は数真を選んだ。


数真にはそれが伝わっていたのかな。


脳裏に広がってゆく光に身体を任せながら私は思っていた。


私は、数真がいないと、ダメなんだ。


私たちのつながりを成り立たせるものは執着か依存か。 たぶん愛じゃないのかもしれない。


でも。それでもいい。


数真に側にいて欲しい。


数真がいないと、私はおかしくなってしまう。


憎らしい、逃れたい、その支配。


絡めとられる安息。


光がますます強くなる。


数真。


今度目が覚めたら、あなたに言おう。


私は自分だけがかわいい卑怯な卑屈な人間だけど。


確かなのはこの気持ちだよ。


数真。


私はあなたが側にいて。


幸せだったんだ。

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