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16夏休みになりました〜2


駅からほど近い閑静な住宅街。


ミヤの家は庭付きのかなり大きな家だ。

本人から聞いた訳ではないけど、戦前…はこのへん一帯がミヤんちの敷地だったとか。今も少し離れたところでご夫婦でクリニックをやってる両親がいる。


「ただいまぁー」


「愛さん、お帰りなさい」

廊下の向こうから、すぐに声が返ってくる。40歳くらいの、長い髪を一つに纏めた笑顔が優しい雰囲気のお手伝いさん…弥生さんが顔を出す。


エプロン姿が、昭和の上品な婦人という感じ。

声も顔も優しい、この人も大人なんだけど癒し系なんだよね。


「もー、愛さんはやめて」

「どうして?かわいいお名前ですよ?」


ミヤは膨れっ面だ。

あ、ミヤの本名は宮岸愛。自分の名前が好きじゃないみたいで、昔から『ミヤ』って周りに呼ばせてるんだけど、弥生さんとご両親だけは例外みたいなんだよね。


「それより、和音が今日泊まるから夕飯よろしくね、弥生さん」


「あら、玄関先で申し訳ありません、さ、どうぞ」


スリッパを勧められ、


「ありがとうございます。お世話になります」


私はペコッとお辞儀をして、弥生さんと仲良く話すミヤに促され、部屋に上がらせてもらった。


ミヤの部屋に入るとすぐに男の人が麦茶を持って来てくれた。


「いらっしゃい、和音ちゃん。久しぶりだね」


背が高い…


キラッキラッした笑顔が眩しい。


数真とは違う…大人って感じの人だ。顔立ちも俳優みたいに綺麗すぎるし、雰囲気というかオーラがただ者じゃない。


私は記憶の中から、一つの人物像を思い出した。


「え…雅也さん?」



「当たり。…てさ、それ以外に何があるのかな。」


不思議そうに私を覗き込む雅也さんの前髪が、さらりと揺れた。


「だってあの、すごく」



「ん?」


首を傾げてニコッと微笑…普通なら似合わない仕種が板に着きすぎだ。


雅也さんってこんな人だったっけ?

しばらく会ってなかったので印象がしっくりこない。


「…な、なんでもありません」



「アニキ、カオ近付けすぎ」


「あっゴメン。和音ちゃんが相変わらず可愛いからつい、ね」


促されやっと少しだけ離れた雅也さんをじろりと睨むと、ミヤは私の肩を掴んで抱き寄せた。


「もー、オッサンみたい。可愛いからって馴れ馴れしいんだから」


「おい、まだ20代だからオッサンは勘弁しろよな」


「ふん。四捨五入したら30でしょうがー」


きゃいきゃい騒ぐミヤとそれに応じる雅也さん。


私はふたりのやりとりをぼやっと眺めていた。


雅也さんの変化には驚いたけど。


兄妹ってこんな感じだよね、いいなあ。

久しぶりにふたりがいるところをみたせいか、新鮮な感じがする。


こうして見ると、美男美女の兄妹だな。


「和音ちゃんどうかした?」


「い、いえ。雅也さん…あっそういえばいつ帰ってきたんですか?」


「シカゴから?おとついかなあ…知らなかったの?」

「はい…」


「アニキ。わたしら期末でそれどころじゃなかったの。だから今日は連れてきたげたでしょ?」


ミヤはなぜかニヤリと雅也さんをみた。


「…和音って結構モテるんだよ、アニキ」


「な…ミヤ!?」


「照れない照れない。あたし、知ってるんだからー

あんたこないだキスマーク首に付けてたでしょ!?



――え?


いきなりまたミヤまで何言い出すんだ…


雅也さんの表情がすっと消えた。


「聞こうか?」


「え」


「キスマーク、誰につけられたのかな?まさかかず…」


「ち違いますよっ!!数真は弟ですよ有り得ません何言ってるんですか、ま、雅也さんてばやめてくださいよっ!?」


「この激しい否定っぷりが逆に怪しい感じよね?アニキ」


「…そうなの?」


って、雅也さんになぜか詰問される私。


なんなの―!

まさか…キスマークがついててしかもチェックされてたなんて…不覚だ。

恥ずかしすぎる。


しかもふたりとも相手を見抜いてるし。


「あの…ええとですねコレは…そう、私こないだ男子に告白されまして」


「えっ!?誰よ」


苦しまぎれの話にミヤはあっさり食いついてきた。


「同じクラスの…」




「佐々木ね。うーん、あいつ、あんたにベッタリだったしね」


ちょ、はやっ…もう納得してるし。


そんなベッタリって…ちょっと親切だなあって程度なのに。


「ま、まあそんな訳です」


さっさと話を終わらせようとした私にミヤはまた、ニヤリと笑ってきた。


ミヤのこのカオはやばい。数真といいミヤといい、なんで私の恋愛話に絡みたがるんだ。



「告白は佐々木がした。けど、キスマークは彼じゃないでしょ?あの男にいきなりそんなことやる度胸はないし、あんたたちまだそんな雰囲気じゃないもん」


「そんな…雰囲気?」


「そうよ。エッチまでいった男女特有の、みんなの前ではあえてなんでもないって感じの…実はラブラブなのに一見妙に落ち着いた雰囲気。

佐々木はまだ浮かれた感じだから、あんたたちはキスもまだだよね?

佐々木が告白しただけでまだ付き合うかもわからないんじゃないの?

今日は終業式だからカレカノなら約束ぐらいしてるでしょ、ふつう」


鋭い。


鋭すぎる。


「で、どうなの?あのシスコンはとうとう一線を越えてきた訳?姉さんは俺の女だとか言われちゃった?押し倒された?」


「…あ、あのねミヤ」


誰かに肩をまたやんわりと掴まれ振り返ると。


「…ミヤ。マンガの読みすぎだ」


雅也さんは、興奮状態のミヤから私を引き離してくれた。



それから小1時間、ミヤになんだかんだと言われたけれど私は決して数真のことは口を割らなかった。


偉いよ、私。

あれだけしつこかったらポロっと言っちゃいそうなのに。


ミヤの場合、数真のシスコンぶりを面白がってるんだろうけどなにも雅也さんの前で言わなくてもいいのに。気まずいじゃないか。


弥生さんに呼ばれて夕飯の支度にいった、主のいないミヤの部屋で。私は、雅也さんに英語と数学をみてもらっていた。


雅也さんはお医者さんだから頭がいい。


シカゴには救急医療を勉強に行き、今度は市内の病院に勤めるんだって。凄い人気だろうね…

患者さんやナースにモテモテだろう。


でも雅也さんは次男だからやっぱりまたいずれはアメリカに行くんだとか。


そういえば…。


私は勉強に区切りがついたところで雅也さんに聞いてみた。


ずいぶん豪勢な夕飯なのかミヤたちはまだ呼びにこない。


「貴也さんはお元気ですか?」


「…貴也ね」


雅也さんは気だるげに顔をしかめ、眼鏡のフレームを外した。


「勉強はまたあとにしようか。眼が疲れた」


「すみません…帰国そうそう甘えてしまって」


「いや、実は昨日は久しぶりに友達に会って寝てないんだ。これくらいで疲れはしないけど、ハタチ過ぎるとオールはくるね…うーん」

伸びをする雅也さん。


このへんは前とおんなじだ。雅也さんにはキラキラした王子様のイメージよりもダルそうな風情がよく似合うよ。


「どうしたの?」


「雅也さんが昔と変わらなくて安心しました」


「変わらない、ね…。そんなことないよ」


ずい、と雅也さんがテーブル越しに私に顔を寄せてきた。


「…?」


床に直に座り込んでいる。

だからか、あまり近付きすぎると…圧迫感が、ある。


「えっと…なんか私、マズイこといいました?」


「和音ちゃんの天然で無防備なところはそっくりでみているだけでマズイ」


は?


雅也さん?



私はじりっと下がった。


いい加減、この展開はマズイことぐらいわかる。わかるようになったというべきか。


雅也さんは私を見つめてくる。


マズイよね…


「あの」


「和音ちゃんはさ、自分の好きな人の幸せを素直に喜べる?」


思わぬ台詞に私はきょとんとした。

台詞以上に…驚いたのは、雅也さんがなんだか疲れているみたいにみえたのだ。

…徹夜明けだから?


何故なのかわからないけど。違う気がする。


「雅也さん?」


「ゴメン。へんなこと言ったね…もう下に降りようか?そろそろ呼びにきそうだし」


雅也さんはどこか寂しいような哀しいような表情を一瞬滲ませた。


なぜそんなカオをするのか…理由はわからないけど。


私は雅也さんの言葉とその表情が夕食の間中、心に引っ掛かっていた。

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