12やっと帰還しましたが〜3
一階へ降りてみると数真はすでにリビングで寛いでいた――
どうやら夕飯もシャワーも済ませたらしい。
相変わらずテキパキとしてるよ、あんたは。
時計を確認すると、数真が帰宅してから40分…過ぎているだけ。こんな少しの時間で要領がいいことだ。
「ただいま」
ソファーから立ち上がり数真がにこりと微笑してくる。
「…おかえり」
思わず返してしまった。
何か違うだろ!
あたふたしてると数真は、温度を感じさせない微笑を浮かべたまま近付いてきた。
――逃げなきゃ。
「待ってたよ。なかなか降りてこなかったね」
「…別に2階で寝てただけだし…なんか用だった?」
「会いたかった、和音」
しまった――遅かった。
気付いた時にはすでに…
自然に穏やかに…右腕で引き寄せられてしまっていた。
お風呂あがりの香りと数真の匂いが混じって、脳髄にぞわりと刺激してくる。
や、やばいよ…
美形にピッタリな退廃的な微笑が目の前。
しかも。
ゆるいシャツの上からでもよくわかる。
細身ながらも筋肉のついた、しなやかな身体。男性的なキレイなうなじ。スポーツで鍛えたしっかりした肩と意外にたくましい感触の腕。
これが実の弟でなかったら思わず道を自分から踏み外してしまいそうな…
確かに、男の佐々木くんでさえも赤面してしまうほどの濃厚さだ。数真フェロモン…恐るべし。
そんな私におかまいなく、数真は微笑をさらに深めた。
「和音、ごちそうさま」
「え…っ」
「夕飯。美味かったよ」
「あ…ああうん」
なんで私、照れてるんだよ!
ご飯のことだから!
何と勘違いした今!?
…まあこんな至近距離ですし、なにされるのかわからないし、緊張するのはしかたない…
「そ、そんなに近づかないでよ」
「やだね」
「もう、いいから離してよ、腕!」
「…そんな口いつまできいてられるかな」
ぞわり。
無理矢理抱き寄せられ、背中に何かが、入ってくる。
これは…指か?
「数真っ…やめなさいっ…」
「そんなカオして…説得力ないな」
「ひゃっ!?」
どんなカオしてるんだよ私…って、ボヤボヤしてる間に数真とまた密着状態で、背中に指が…
指が。
「ひ…あっ…」
「ホント、いい声で鳴く…そそらせんなよ」
背骨を押すような撫でるような、緩く微かな指先の動き。
それが時たま、弾くように撫で上げてくると、妙な刺激がぞわりと広がる。
水溜まりに一滴で広がる波紋みたいに。
乾いた数真の声に比べて、その指の動きはしっとりと湿度があり妙になまめかしい。
「和音ちゃん、何か俺に言うことはない?」
と――
それまでどちらかというと淡々としていた数真の気配が…急に消えた。
「え…?」
なんだこの…じんわりとした…空気は。
まるで梅雨に咲いた濃紅の大輪の薔薇みたいな。
むせ返るほど香りのキツイ薔薇のように艶やかな。
くっきりとした、絵に描いたような…笑顔の表情なのに。
「あ…」
自分の喉がごくりと鳴る音を聞いた。
「俺、言ったよね?」
数真の低い声色には、子供に言い聞かせるのと同じ穏やかな調べがある。
それなのに数真は…
ぜんぜん笑っていないのだ。
怒ってもいない。
数真は。
ただ私をじっと観察している。
色素の薄い茶色の瞳は私をじっと見つめている。
「和音ちゃんはさ―自分が誰のモノか自覚ないよね」
なにいってるんだ。
私はモノじゃない――なんて反駁も白々しい。
私の背中をなぞる数真の指。
「もう――立っているのもツライみたいだね」




