003 強い圧
「いえ。大丈夫です……ただただ、このままあの人たちとの関係を断ち切りたくて。ヴィルフリート様に感謝だけお伝えしたら、ウィルタリア王国はすぐに離れようと思います」
地下牢に捕らえられ読み上げられた罪状は、国外追放ではあるものの、猶予期間が三日間ある。
猶予期間が過ぎても、このウィルタリア王国に居ることが知られてしまえば、私は再び捕らえられてしまうだろう。
つまりは、その前にウィルタリア王国を出ていけという意味だ。
「いやいや……貴族令嬢なのに? お供も誰も連れず? 一人で旅して国外追放させられるのか。まじかよ」
私の境遇を聞いて明らかに困っているヴィルフリートに、私はなんとか笑みを顔に貼り付けた。
ヴィルフリートはドSだけど、ヒーローの一人なので、もちろん悪い人ではない。
私は前世知識を持っているし、ある程度の社会経験はある。だから、心配しなくても大丈夫なのに。
「……それでは、これにて失礼します」
私は軽くカーテシ―をしてから、彼の傍にある扉へと向かった。
……これから、どうしようかしら。換金出来る持ち物は、今着ている汚れたドレスだけだった。
宝石類は地下牢に入る前に外されてしまっている。まずは古着屋に向かって、このドレスと交換出来れば……。
「っ……! まてまてまてまて!!」
すぐそこに居たヴィルフリートの焦った声を聞いて、私は振り返った。まだ何か、聞きたいことでもあるのだろうか。
「……何でしょう?」
不思議がる私の言葉に、ヴィルフリートは額に手を当てて大きく息をついた。
「とりあえず、住む場所が決まるまでは面倒を見る!! このまま行かれたら、あまりにも夢見が悪すぎる! ブライスというより、俺側の都合だ。申し訳ないが、面倒をみさせてくれ」
引き留めるかのように右手をかざしたヴィルフリートの言葉を聞いて私は驚いた。だって、感謝の言葉を伝えたかっただけで、彼に助けて欲しいなんて思って居ない。
ただ、驚いたヴィルフリートの質問に答えていたら、過ぎた同情を受けてしまったのかもしれない。
「あ。いえ。そんな……どうか、お気になさらないでください。私は色々と解放されて、満足しているのです」
私は本当に、自らの現状に満足していた。
これからの事を思えば、貴族であった時よりも、金銭的には苦労をするかもしれない。
けれど、自らの立場を思えば逃げることも許されず、不思議な能力を持つ相手に好き勝手されても何も言い返すことも出来なかった。そんな針のむしろのような状態から解放されることが出来て、良かったとしか思えない。
私はこれからようやく、自分の人生を生きることが出来るのだから。
「……もう良いから、黙って俺に面倒をみさせろよ!」
有り難い申し出を断った私を見てイラッとした様子で、ヴィルフリートは言った。
私はそんなヴィルフリートに唖然とした。ただ感謝したかっただけで、助けて欲しいなんて思ってもなかった。
彼に助けてもらったあの事件だって元を辿ればフロレンティーナに罠を掛けられて、森の置いてけぼりになり巨大熊に襲われそうになっただけなのだ。
……え? どうして? 見ず知らずの私に、ここまでの事を言ってくれるなんて、理解が出来ない。
あ。婚約破棄されて国外追放される私が、可哀想に思えたからかしら。
大丈夫なのに……けど、それをヴィルフリートに説明することは難しい。物知らぬ貴族令嬢に思えるかもしれないけれど、成人した前世知識持っているから大丈夫。
……なんて、彼にどう言って伝えれば良いのか、困ってしまった。
「返事は? ブライス・ルブラン。君にとってこれは、良い提案のはずだ。君の主張が嘘でなければだが」
青い瞳から放たれる圧が強いし怖い。背筋には本能的にゾワリと恐ろしさを感じた。
蛇に睨まれた蛙は、きっとこんな気持ちだわ。
「はっ……はい! お願いします!」
いまにも捕食されるような恐怖から逃れたかった私は、ヴィルフリートの提案に慌てて頷くほかなかった。
◇◆◇
ヴィルフリートはそのまま聖竜騎士団の寮の空き部屋へと、私を連れて行った。
何百年と続く歴史を持つ聖竜騎士団の団員は、今はそれほど多くなく、空き部屋も相当数あるし、責任者である団長も私の境遇を知り同情してくれているので何も問題ないとのことだった。
諸々の手続きを終えてヴィルフリートが去った薄暗い部屋の中で、私はベッドの上で呆然としていた。
そうなんだ……ここに、私は住んで良いんだ。
だって、彼と会ってからあまりにも展開が早すぎるし、このまま王都に残れるなんて思ってもみなかった。
私はこのまま隣国に逃れて、現代知識を駆使して、どうにかして幸せになるの……そう思っていた。
この異世界は、中世欧州に生活様式が良く似ている。
今この世界に住む彼らが思いつかぬような画期的な商売だって私には思いつくことが出来る。偉大なる先人たちの前世知識を駆使して提案し、儲けられることがだって可能かもしれないのだ。
そうよ。お金を儲けたら……もう恋愛なんて一生せずに、一人で生きて一人で死ぬつもりだった。
「……びっくりした」
ぽつりと口にした言葉は、一人しかいない部屋にやけに響いた。
ヴィルフリートはこの物語に出て来るヒーローの一人なので、女性たちが夢見るような素敵な男性であることは間違いない。
けれど、何故か私はヴィルフリートが助けてくれようとするなんて、まったく思っていなかったのだ。
せめて一人で生きられるまではと、こんな風に部屋を与えてまで助けてくれようとするなんて。
……わからない。もう誰も信じられなかったからと言えば、そうなのかもしれない。
少なくともフレデリックは、私がいくら訴えても聞く耳を持たず『彼女』の言葉しか、信じなかったのだから。




