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獰猛な竜騎士と草食系悪役令嬢  作者: 待鳥園子


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027 聖竜たち

「……よーし。これで、立派な公爵令嬢だな。ブライス」


「私は元々、ルブラン公爵令嬢ブライスだけど。ヴィルフリート」


 久しぶりに本格的な夜会仕様にドレスアップしたら、黒いタキシードを着て髪を撫で付けたヴィルフリートに揶揄われたので、私は顔を顰めて言い返した。


 けれど、綺麗な銀色のドレスは美しく身体に沿ってピッタリで、私好みの大人っぽいものだったので、気持ちも浮き立った。


 これは、いまだ会えてない私の両親が用意したものらしく、行きつけのメゾンで仕立ててくれたのだろう。


 勝負服ならぬ勝負ドレスに相応しい、気合いの入った出来上がりだった。


「それは、すまない。まさか、これほど美しいご令嬢がここ三ヶ月ほど庭師見習いをしていたとは、誰も信じないだろうな」


 完璧な装いで余裕ある仕草のヴィルフリートは、肩を竦めて腕を差し出した。私は腕を絡めつつ彼に近付いた。


「ふふっ……そうね。私は庭師見習いは好きだわ。今夜もし失敗したら、どこかの邸で庭師として働こうと思うの」


「おいおい。失敗する時にどうするか考えるのか? それは良くない。まあ……今夜は絶対失敗しないんだが」


 ヴィルフリートは自信満々の表情で、私と共に扉の前に立った。


「……随分と、自信があるのね?」


「まあね。俺も色々と考えて、あの女に、絶対に負けない方法を編み出した」


 名前の口上が終わり、大広間へと続く扉が開いた。


 私たちが一歩一歩進み出す毎に、周囲のざわめきは重なっていった。不穏な空気に小さな悲鳴。私たちはまるで、堂々と公の場に姿を現した犯罪者のように扱われていた。


 こくりと息をのんで隣に居るヴィルフリートを見上げれば、彼の青い目はまったく揺らいでいなかった。


「気にするな。すぐに、俺たちを称賛の目で見つめ、あの女どもを軽蔑の目で見る連中だ。ほんの小さな噂程度で落ちた評判など、簡単に裏返る」


「けど……」


 私は心配だった。会場中から集まる視線は、決して気持ちの良いものでは決してなかった。


 ヴィルフリートは自信満々ではあるけれど、私には何をどうするかという手段さえ、知らされていないのに。


「いよいよ、満を持しての、復讐の時だ。感想は? ブライス」


「すごく、緊張するわ」


 正直な気持ちを言えば、ここから逃げ出したいくらい緊張している。


 フロレンティーナに復讐をと言われても、聖女としての特殊能力を持つ彼女をやり込める手段なんて、私には絶対に思いつかないのだから。


「……おい! あそこに、犯罪者がいるぞ! 衛兵は何をしている!」


「早く捕らえてくださいっ! こわいわ……」


 よく聞き覚えのある声。私が視線を向ければ、正装したフレデリックとフロレンティーナが居た。


 ヒロイン然とした可愛らしいピンク色のドレスは、ふわふわの金髪が縁取る可憐な顔立ちには良く似合っていた。隣に立つフレデリックも濃紺の夜会服が良く似合っている。


 前はあの二人を見るだけで、胸がぎゅっと締め付けられたものだ。


 私を傷つける人、私を嘲る人、私は何をしていないと訴えても、どうしても理解してくれないという悲しみが心臓を取り巻いて、どうしてもやるせなくて。


 今は何も思わない……隣に居るヴィルフリートが、何があっても私を助けてくれると信じられるから。


「はいはい。待ってたよ。ウィルタリア王国随一の忠臣中の忠臣の俺に、よくも反逆罪などという根も葉もない容疑を掛けてくれたな? お二人さん。絶対に許さないから、覚えとけ」


「は? 何を言っているんだ。レイド。気でも狂ったのか。大逆の容疑者であるのに、逃げ回っていたのはお前だろう。もし、無実だと言うのなら、どうして逃げ回っていた? 容疑を晴らしたいなら、事情を説明すれば良い」


 フレデリックは腕を組んで、鼻で笑っていた。確かにそれは、そうかもしれない。ヴィルフリートは容疑者として連行されようとしていたのだから、無実だと言うのなら、それを晴らせば良いだけだ。


 周囲の貴族たちも固唾を呑んで、このやりとりを見守っていた。


 私はそういえばヴィルフリートは、何故、この夜会会場である大広間を、彼らとの対決の場にしたのだろうと不思議に思った。


 王族主催の夜会であれば、貴族はよほどの急用でもなければ、出席は強制と同様なのだ。ほとんどのウィルタリア王国貴族たちは、この場に揃って居ると思って良い。


「いや、だから、無実を証明するんだよ。俺とブライスの無実を、今からな」


 ヴィルフリートはどこかに視線を向けて、誰かに大きく頷いた。


 え……何かを、合図した?


 そこで、大広間にある四つの大きな扉が全開になり、そこには……。


「……メロール? どうして?」


 正面の扉から顔を出した、見覚えのある銀竜を見て私は驚いた。彼も私に気が付いたのか、嬉しそうに何度か首を振っていた。


 他の三つの扉にも、銀色の竜だ。この会場の四方に竜が居ることになる。


「これは、あまり知られてないことなんだが……ウィルタリア王国の聖竜には、とある特殊能力があるんだ。実戦で使うには発動条件の位置取りが繊細なので、正直言えば出番はないんだが。こうして四方を囲めば、すべての特殊効果を打ち消すことが出来る……聖女の特殊能力も、すべてだ」


 ヴィルフリートは仲間の竜騎士たちに手を振り、ここから何かが始まることを合図していた。


「……え! 嘘でしょう!」


 高い悲鳴が聞こえて、私たちはフロレンティーナの方向を見た。そこに居る彼女は顔を青くして、ふるふると震えていた。


 あ。そうか……それなら、フロレンティーナも聖女の特殊能力も使えなくなる。


 いつものように意志弱い人たちを、自分の良いように操作出来なくなるんだ!


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