026 信頼
「……やあ、ブライス」
「あ……オルランド! なんだか、お久しぶりです」
私が昼食で席を外していたら、最近は顔を見ていなかった彼が久しぶりに来ていたらしい。
「うん。元気そうで、安心したよ……ヴィルフリートも元気だったね。指名手配されたあいつは、一応は落ち込めよと思うけどね」
さっきまでヴィルフリートと話していたのか、オルランドは温室の奥に視線を向けてそう言った。
そういえば、いま温室に来ても昼寝する場所にはヴィルフリートが居るし、こことは違う場所で昼寝することにしたのかもしれない。
「オルランドも最近、あまりここに来なくなったので、何かあったのかなと思って居ました。忙しかったんですか?」
彼の仕事は時間待ちが多いらしく、暇な時に昼寝をしていると言っていたけれど、もしかしたら、最近忙しくて来られてなかったのかもしれない。
「そうそう。忙しくてね。いろいろと急ぎで決裁しなければならない事務書類が多くて……君もいろいろと大変だね。ヴィルフリートは、失礼はなかったかい?」
元々の知り合いらしい彼ら二人だけど、かなり仲は良いのかもしれない。まるで、オルランドが兄の兄弟のような関係のように見える。
「いえ。失礼なんて。昨日、メロールに乗って月の光で出来た虹を見せて貰いました。すっごく綺麗で……本当にありがたかったです」
本当に美しかった。私はあの素晴らしい景色を見た記憶を、一生忘れることはないと思う。
「古くからの伝承で世にも珍しい月虹を見ると、願い事が叶うとされているね……ブライスはどうだい? 何か叶えたい願いはあるかい?」
確かにそんな不思議な言い伝えがあると言われても、すぐに納得出来るくらい不思議な光景だった。
「……はい。きっと叶うと思います」
私が彼ににっこりと微笑むと、オルランドは無言のまま一度大きく頷くと、ひらひらと手を振って去って行った。
……なにかしら。まだ、何か言いたげに見えたけれど……。
とは言え、昼休みは終わっているし、私にも仕事がある。
私はヴィルフリートに持って来た弁当を渡すと、午後からの仕事に取りかかった。
日陰に育つ植物には、大量の水分は根腐れの元になってしまう。だから、乾いた日には軽い水やりを日に数回に分けてすることがある。
私は土の具合を直に触って確かめてから、如雨露に水を入れようと思った。
温室の中に引かれた水道は、捻るとすぐに水が出て来る蛇口がある。
けれど、便利な魔法を使いどこから水を供給しているのかわからない仕組みになっていて、私も一度説明を聞いたことがあるけれど、ちんぷんかんぷんなままだった。
軽く蛇口を捻るとなんだか、いつもとは違う感覚がした。不思議に思う間もなく、水が音を立てて大量に噴き出してしまった。
「わわわ……! え! えええ!」
「……おい! ブライス! 離れろ!」
いきなりの緊急事態に私があわあわとしていると、ヴィルフリートの声がして彼が蛇口をぎゅっと掴み、何度か試行錯誤したのち、ようやく水が止まった。
水音が消えしんとした中で、二人の荒い息だけが聞こえていた。ヴィルフリート……流石、水も滴る良い男……ではなくて!
「……ごめんなさい! 私、まさか、こんなことになると思ってなくて……」
「いやいや、お前……風邪ひくぞ!」
何故か顔を赤くしたヴィルフリートが目線を逸らして言ったので、私は目線を下に落とした。庭師見習いの仕事用に使っていたドレスが、水に濡れて下着が透けてしまっていた。
わ。これは、いけない。私は慌てて胸の辺りを隠した。これは、双方ともにあまりにも不可抗力過ぎる……!
「あ。いえ。けど、ヴィルフリートも……!」
彼側は白シャツに下着も着ていない状況なので、私よりももっと被害は大きかった。
「いや……ごめん。着替えてきてくれ。話はそれからにしよう」
ヴィルフリートは紳士らしく、両目を片手で覆っていた。私は服が仕事で汚れてしまった用に替えの服を用意しているので、それを持って近くにある休憩用の小部屋へと向かった。
私が服を着替え終われば、ヴィルフリートは暑いからちょうど良いと、そのままで過ごすことにしたようだ。
「……風邪ひきますよ?」
「ひくわけないだろ。こんなことで。お忘れかも知れないが、俺は身体が資本の竜騎士なんだぞ」
ヴィルフリートは肩を竦めて、そう言った。
私はやはり心配になったので、風邪薬となる薬草を採って、ゴリゴリとつぶしてから熱いお茶に入れた。
「はい。ヴィルフリート。風邪の予防に」
「うわ……まずそ」
私がまたぐいっと差し出したので、ヴィルフリートは観念したようにほっと息をついて頷いた。そして、鼻を摘まんで覚悟を決めるとぐいっと飲み干していた。
「はい。よく出来ました」
クスッと笑って私がコップを受け取ると、彼は急に真面目な表情になった。
「……ブライス。突然だけど、時は来たれりだ。明日の夜、城の舞踏会がある。そこで、あいつらと直接対決をする。やれるな?」
私は目を見開いて、ヴィルフリートと視線を合わせた。真っ直ぐな目だ。
今なら、信じられる。ヴィルフリートを。それに、私自身を。
「やれます!」
「よく言った。明日、すべてを片付ける。俺もようやく、ここから出られるな」
なんだかんだ温室に隠れて楽しく過ごして居たように見えたヴィルフリートだったけれど、自由の少ない生活は飽き飽きしていたのかもしれない。
苦笑いをして肩を竦めたので、私も頷いて微笑み返した。




