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獰猛な竜騎士と草食系悪役令嬢  作者: 待鳥園子


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025 月虹

 私は自分の夕食を済ませ、事情を色々と知っている団長の計らいで、特別に用意してもらったお弁当を片手にお腹をすかせているはずのヴィルフリートの元へ向かった。


 ヴィルフリートは私が来るやいなや、いきなり言った。


「そろそろ、メロールに会いたい。一週間も会ってないなんて、あいつと契約してから初めてだ。会いたい」


 銀竜メロールは巨体を持つため、温室に入ってくるわけにはいかない。ヴィルフリートがあの竜に会いたいと希望するのなら、彼自身が外に行くしかない。


「……え? け、けど、見つかったらどうするんです?」


 私はそう思った。ヴィルフリートは温室でのんびりと時を過ごしているけれど、彼は今のところ反逆罪の容疑者で指名手配されているのだ。


 あまりにもヴィルフリートが余裕の態度なので、私もなんだか落ち着いてしまっているけれど、よくよく考えればそうなのよ。そして、彼は色々準備をしているはずなのよ。


 いま誰かに見つかったら、何もかも駄目になってしまうかもしれないのに。


「ブライスは真面目が過ぎる。見つかったら、見つかった時だ。考え得るすべての中で最悪なことを想定して生きるのなら、何も出来ないだろ」


 苦笑いしたヴィルフリートは肩を竦めて、私の手を取って歩き出した。顔も隠していないし、特に周囲を気にする様子もない。


 強引だし自分のことしか考えていない。けれど、私はヴィルフリートの事が羨ましいと思ってしまう。


 私もこんな風に生きられたなら、あのフロレンティーナに対抗出来たのかも知れない。


 どこかで隠れているようにと指示されているはずのメロールは、聖竜騎士団寮の近くにある広場に私たちが来ると同時に降り立った。


「わ……どうして、私たちがここに来るってわかったんですか?」


「契約している竜騎士は、心の中で自分の竜を呼ぶことが出来る。でないと、何処にでもきままに飛行出来る奴に騎乗することは無理だろ」


 あきれたように言われたけど、それはそうかもしれない。メロールは飛行することが出来るから、何処に行くことだって自由だもの。


「行くぞ」


「……え?」


 私はここでメロールに会うだけだと思って居たんだけど、ヴィルフリートの考えは違っていたようだ。


「いや、行くんだよ。ここにずっと居たら、見つかるかもしれないだろ……せっかくメロールが居るんだから、夜間飛行でもしようぜ」


 既にメロールの鞍に乗った彼から大きな手を差し出され、私はおそるおそるその手を取った。


 力強く手を引かれて、ヴィルフリートの両腕に囲まれるように前に座ったと同時に、メロールは大きく羽ばたいた。


 どんどん上昇していく感覚……今夜は満月で雲ひとつもない空で、上に見える星空が迫ってくるかのようだった。


「……わー……綺麗」


 心から素直な感想が、唇からこぼれた。きらめく星空はどこまでも広がり、遠く向こうの方にはそんな空を映す海が見えた。


 こんなにも綺麗な風景を、私は見たことがない。それは、間違いないと言い切れた。


「……このまま何処か、メロールに乗って遠くに逃げても良いな……そうすれば、もう煩わしい事も何もない。全部捨てて、俺と逃げるか」


 揶揄うように背後で言ったヴィルフリートの魅力的な提案に、私の心はまったく揺れなかった。


 それは、楽な選択なのかもしれない。だって、今あるすべての心配事を解決しなくて良い。全部捨ててしまえば、それで良いのだから。


 けど、私は……。


「……私、何も悪いことをしていないので、逃げたくないです。それに……私の無実の罪を晴らそうとしてくれているというお父様とお母様にも早く会いたいです」


 私だって……少しでも後ろぐらいところがあったなら、これは言えなかったかもしれない。


 けれど、いくらフロレンティーナに追い詰められても、私は彼女に反則行為なんてしたことはない。


 胸を張って言える。私は誰に対しても、恥ずかしいことをしていないって。


 もちろん、自分自身にも。


「……そうか。ブライスがそう思うなら、そうしようぜ」


「はい……ありがとうございます」


 ヴィルフリートはさっき、揶揄うような口調だった。けれど、もしかしたら『逃げたい』と言っても、同じように言ってくれたのではないだろうか。


 そう思った。なんだか、不思議だけど……彼なら、きっと、そう言ってくれただろうと確信が持てるのだ。


「雲もないし……綺麗な満月だ。頑張った褒美に、良いもの見せてやるよ」


 ヴィルフリートはそう言うと、メロールの首を何回か叩いた。


 私は何のことだろうと思った。けれど、目の前にある景色は何も変わらない。


「……ヴィルフリート?」


 私は不思議になって、背後に居るヴィルフリートを振り返った。


「これは、少し時間が要るんだよ。前を見てみろ。お待ちかね……だ」


 ヴィルフリートは前を見るように促したので、私は不思議に思いつつ視線を戻した。


 そして、あまりの美しさに息をのんだ。


「わ。すごい……」


 そこにあったのは、月光にきらめく虹。夜に掛かる虹なんて、生まれて初めて見た。


「メロールは水と風を操ることが出来るから、空気中に水蒸気を増やして無風状態を作れるんだ。月の光が強いと、こうして虹を架けることが出来る」


 凄い。そんなことが出来るメロールが凄いし、これを私に見せてくれたヴィルフリートも凄い。


 私は今まで、狭い世界で生きていたと思う。フロレンティーナが支配して操作出来るのは、フレデリックとその周囲だけ。


 フロレンティーナには、決して敵わないと……そう思い込んでいただけなのかもしれない。


 世界はこんなにも広いのに。


「……ヴィルフリート。私、負けたくないです」


「その意気だ。性悪女に負けるなよ。ブライス。俺が特別に味方してやるからさ」


 ヴィルフリートは本当に、不思議な人だ。


 負け確悪役令嬢で既に婚約破棄までされてしまった私に味方しても、彼に何か良いことがあるわけでもないのに。


 ……けど、彼に味方してもらったことによって、私が救われたことは言うまでもないことだった。


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