024 収穫期
「ヴィルフリート……帰りましたよ」
私は毛布を被って隠れている彼に伝えておかなくてはと、温室の奥へと行った。
声を聞いて毛布から顔を出したヴィルフリートは、眉を寄せて面白くない表情を見せた。
「あの女……何を言っているんだ? 婚約者が居るオーキッドに、あっちが横恋慕してきた方だろう? あまりにも言いようが酷くないか?」
あ。さっきフロレンティーナがフレデリックの事を言っていたので、そこに引っかかっていたらしい。
私からすると元婚約者フレデリックの事を絡めて嫌味を言われるのはいつもの事なので、特に気にしてはいなかったのに。
……いいえ。それはあまりにも何度も何度も傷つけられて、痛みをもう感じなくなっているのかもしれない。
「良いんです! それに、私……フレデリックのことはあまり好きではないので、今さら婚約者に戻ったとしても嬉しくありません」
本来ならブライスはフレデリックのことが好きで、だからこそフロレンティーナを虐めることになるはずだったんだけど、私は初対面の婚約時に記憶を取り戻してしまったし、すぐにフロレンティーナを紹介された。
メインヒーローになるくらい素敵な男性であることは間違いないのだけど、好きになる隙が全くなかったのだ。
「そんなもんか……まあ、婚約した当時から自分以外の女が好きな男なんて、それは嫌だよな」
「……ヴィルフリートは、フロレンティーナを見てどう思いました?」
フレデリックはおそらく、清純で可憐な容姿を持つ聖女フロレンティーナに一目惚れしたのだと思う。
私の目から見てもそれは当然だと思うくらい、フロレンティーナは可愛い。
「はあ? どう思うも何も。そういえば、ブライスは森でも変なことを言っていたな。俺は好きになるはずだったとか……よくよく考えてみろよ。あんな性格の悪い女と、恋愛したいやつとか居ないだろ。一番近くに居ることになるんだぞ」
「そ……それは」
私はそれについては、なんとも言えなかった。
本来なら貴族の義務として政略結婚するはずだった婚約者を捨てるほどに、フロレンティーナを本気で愛しているフレデリックを知っているからだ。
「……そろそろ、体が鈍って来た。ブライスの仕事でも手伝うか」
ヴィルフリートは立ち上がり、何も言えず黙ってしまった私の隣に来てそう言った。
彼は温室に潜伏してから三日になるのだけど、食事や着替えは私に持って来てもらい、それ以外はダラダラと眠ってばかりだった。
何もしなければ何もしないで、確かに疲れてしまうかもしれない。
「ふふ。そうしてください……まずは、温室内の掃除から手伝ってもらいます!」
私はすぐそこにあった箒を手渡し、ヴィルフリートは無言のままで肩を竦めてそれを受け取った。
◇◆◇
一日の仕事も終えて、私はそろそろ収穫すべき時期に来た薬草を見て、ふうっと大きくため息をついた。
大事に大事に育てて来た薬草だからこそ……というか、薬草として収穫する時には胸が痛む。
上司の庭師ジョニーは収穫時期を逃すと使えなくなってしまうから、適切な時期に刈り取るのが一番良いと言っていた。
……せっかく育てたのだから、誰かの役に立って欲しい。けれど、手塩をかけて育てたのだから、少し胸が痛むのは仕方ない。
「……どうした。ブライス。ため息なんかついて」
プランターに入れるための腐葉土の場所を動かす力仕事を手伝ってくれていたヴィルフリートは、額の汗を拭いながら近づいて来た。
こんな温室の中でお風呂はどうするのだろうと思っていたら、彼は暑い時期は水で十分だと水やり用に引かれた水を豪快に浴びていた。
そうね。やっぱり、ヴィルフリートは私とは全く違う生き物だと思う。
「いえ。この薬草は、そろそろ収穫時期なんですけど……これまで大事に世話をして来たので、なんだか胸が痛んでしまって」
私は青々しい葉っぱを見て、正直な気持ちをこぼした。
「それは、そうだろう。今まで大事に育てて来たんだから……挨拶も声かけもたくさんしてもらったしな」
ヴィルフリートが居るときはなるべく薬草たちと話さないようにしていたのだけど、無意識で声が出てしまっていたのかもしれない。
顔にカアっと熱が集まった。
「そっ……それは!」
恥ずかしさのあまり、いきなり立ちあがろうとして、私の体はぐらりと傾いだ。そこを、ヴィルフリートは危なげもなく腰に手を回して支えてくれた。
「おいおい。そそっかしいな」
「……ごめんなさい!」
慌てた私は、彼の体に両手を当てて離れた。
……あ。なんだか、嫌がってるみたいになった……?
ヴィルフリートは何も言わない。なんだか変な空気になってしまった。私はなんとか話題を捻り出そうと頭を回転させた。
「あの……ヴィルフリート、その、これからどうするの?」
私から見たところ、ヴィルフリートは温室での庭師見習いの仕事を手伝ってくれるだけで、何かを準備している気配もない。
だから、不思議だった。罠を仕掛けたフロレンティーナにやり返してやると、そう言っていたはずなのに。
「まあ……この薬草と一緒だ。もっとも適切な収穫の時期を待っている。こういうのは、時期が大事なんだよ。ブライス。向こうがぐうの音も出ないような、完璧なタイミングで復讐を果たす。俺は待てる男だ。焦ってせっかくのチャンスを逃したら、ただの馬鹿だしな」
ニヤリと悪く笑ったヴィルフリートに、何も知らない私は首を傾げるしかなかった。




