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獰猛な竜騎士と草食系悪役令嬢  作者: 待鳥園子


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023 来訪

「……おい。レイドのやつ、反逆罪の容疑で追われているらしい。それも、事情聴取も受けずに逃げ回っているとか。公爵家の嫡男なのに、何を考えているんだか」


「……ふん。あいつはいつも偉そうだし良い気になっていたから、良い気味だ。どうせ、他にも悪事を働いているから、出てこれないのさ」


 城中の廊下で聞こえたヴィルフリートの噂話に、私は立ち止まった。


 ヴィルフリート……こんなこと言われてるんだ。何故か温室に身を隠しているけれど、ちゃんと出て行って説明した方が良いと思う。


 私は慌てて早足で温室へと急いだ。


「ふーん……」


 私がさっき聞いた噂話のことを伝えても、全く意に介さないヴィルフリートは足を組んでお茶を飲んでいるきりだ。


「あのっ……どうして、温室に篭もっているんですか……あれは、おそらくはフロレンティーナが罠に掛けようとしただけだと思いますし、ヴィルフリートが隠れる必要なんて……」


「まあまあ。俺にも考えがあるって言っただろう? 今はあいつらに、動きを探られることは避けたい。姿を消していた方が好都合なんだよ。それに、たかが噂話くらい気にするな。人の口は無責任なもんだ。明日には言ったことも忘れてる。気にするだけ、無駄だ」


 ヴィルフリートは言葉の通り、気にならない様子で手をひらひらと振った。


「……どうして、気にならないんですか。ヴィルフリートは悪く言われる必要なんて、何もないのに」


 私はフロレンティーナを虐めていることになっている自分を、すごく気にしてしまっていた。


 本当は違うのに、どうして皆は嘘に騙されるのだろう。どうして、私の言葉は信じてくれないのに、彼女の言葉は信じてもらえるのだろう。


「何を言われようが、それは嘘だからだ。俺は正真正銘、反逆など企んだことは一度もない。本当の事でなければ、鍍金(メッキ)はいつか剥がれる。誰かの面白がった言葉を聞いて、どうとでも悪く言えば良い。俺は別に気にしない」


 ヴィルフリートは軽く肩を竦めて、何を当然のことをと言わんばかりだ。


「けど……」


 彼は平気そうだけれど、私は彼が悪く言われてしまうことが嫌だった。ヴィルフリートはただ私とフロレンティーナの争いに巻き込まれただけで、何も悪くないのだ。


 ……それなのに。


「ブライスは人の言葉を、気にしすぎなんだよ。何か悪く言われたから、だからどうした。俺は気にしないね。好かれようが嫌われようが、相手の決めることで、俺にどうこう出来る話でもない」


 誰に何を悪く言われたところで大した問題ではないと言い切れるヴィルフリート。メンタルが強すぎてやっぱり私と同じ生き物だとは、とても思えない。


「その、ヴィルフリートなら……」


 その時、私は彼がもし自分だったら、記憶を取り戻してからの振る舞いをどうしていたか聞きたかった。


 けど……。


「……ブライス! どこに居るの?」


 突然、入り口付近から聞こえた声に、私は口に両手を当てた。


 ……嘘でしょう。フロレンティーナの声だ。


 私はヴィルフリートと目を合わせると、彼は一度頷いてから、毛布を頭から被っていた。


「フロレンティーナ。私に何か用?」


 私は動揺を押し隠して、彼女の前に歩み出た。フロレンティーナはいつも通り聖女らしく、白い儚げなドレスを着ていた。


 いかにも悪役令嬢らしい容姿を持つ私とは全く違う、善性を感じさせる装い。


「ヴィルフリート・レイドは、指名手配されることになったわね? 貴女と関わったばっかりに不幸になって、可哀想」


 フロレンティーナは頬に手を当てて、可愛らしく言った。そんな彼女を見た誰しもが、まさかそれを指示した張本人だとは決して思わないだろう。


「あの、何が言いたいの? ここに来たからには、私に用事があるんでしょう? それに、私の件は再調査中で接触は禁じられていると聞いたわ。フロレンティーナ。ここに居て……本当に大丈夫なの?」


 これまでは何を言われても黙って耐えているだけだった私が彼女に口答えしたせいか、フロレンティーナは大きな丸い目を見開いて驚いているようだった。


「……ふーん。生意気言うようになったのね。ブライス。それもどこまで続くかしら? フレデリックはブライスの事を、元々は良く思っていたそうよ。それなのに、こんなことになって残念だと」


「そう……私もフレデリックのことは、最初から嫌いだったわけではないわ」


 私が淡々と答えると期待通りの反応ではなかったのか、フロレンティーナは目に見えて面白くない表情になった。


「……ヴィルフリートは今も逃げ回っているのだから、ブライスのことを助けてはくれないわよ?」


 わかった。フロレンティーナは、姿を消したヴィルフリートを探しているのね……だから、私の所まで来て反応を探っているんだ。


 残念だけど、そのヴィルフリートは貴女のすぐ近くに居るわよと言いたい気持ちを抑えて、私はにっこりと微笑んだ。


「では、大声を出して衛兵を呼びましょうか。フロレンティーナ。ここは城の治療室で使う高価な薬草を育てていて、本来関係者以外立ち入り禁止よ。それに、もう一度言うけど、私との接触は禁じられているんでしょう? フロレンティーナ」


「っ……! 良い気になるんじゃないわよ! ブライス!」


 ここで私が大声を出して人を呼ばれても苦しい言い訳をするしか出来ないことに気がついたのか、フロレンティーナは後退りしてから温室から出て行った。


 フロレンティーナが聖女の特殊な能力で操作出来るのは、意志が弱い者だけだから、ここに来た衛兵に利かなかったら、それまでだ。


 ……なんとか、穏便に帰ってもらえた。ふうっと大きく息をついた。


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