022 手当て
「お待たせしまし……た?」
私が軽食のサンドイッチと熱いお茶が入った水筒を持ち込むと、ヴィルフリートは温室の奥にあるソファの上で毛布なども手に入れて悠々とした態度で横になっていた。
「あ。ありがとう。そこに置いといて……一寝入りして起きたら、食べる」
ヴィルフリートは横になったまま、軽く欠伸をしてそう言った。私は川に落ちてしまった時に朝までの数時間眠ってしまったようだけど、彼は昨日は一睡もしていないのかもしれない。
「わかりましたっ……ヴィルフリート、もしかして……」
「ああ。ブライスの思っている通りだ。当分ここに身を隠す。ブライスの身も守れるし、俺の身も隠せる。一石二鳥だろ?」
「……はい」
ヴィルフリートはもう限界だったのか、それからすぐに眠ってしまった。
すうすうという寝息を聞いた私は、庭師見習いとして温室の管理を始める。
まずは、水やりをしてから薬草たちの状態をチェックして、枯れた葉があれば間引きをする。軽く温室全体を掃除して、魔石を使用した温室の保温機能などを確認する。
あれこれなんだかんだしていると、すぐに昼になってしまった。
ヴィルフリートは起きたかしら、と思って奥にあるソファを見てみると、彼はまだぐっすりと眠っていた。
ここを格好の昼寝場所にしているオルランドが居ることでわかる通り、寝心地は良いらしい。ほど良い気温に清浄な空気が保たれているせいもあるかもしれない。
そして、温かな毛布に包まれて心地良いのか、むにゅむにゅと何か寝言を言っているようだった。
……何を言ってるんだろう?
私はヴィルフリートが寝言で何を言っているのか気になってしまい、眠っている彼へとおそるおそる近付いた。
……わ。睫毛が長い。
ヴィルフリートが彫りの深い美形であることは彼をひと目見れば疑いようもない事実だけれど、こうして目を閉じていると名工作の彫像のようにも見える。
「……っ……」
「わ!」
まじまじと顔に見入っていたらヴィルフリートが突然目を開けて、私は驚いて二歩ほど後ずさった。
「いや……驚いたのはこっちだが? 眠っているところに、近付いて何をしてたんだよ」
「ごめんなさい! なんでもない……です!」
しどろもどろになりつつ言い訳をしてから、私は手を何度か大きく振った。わ……わ! びっくりした。良く眠っていそうだったから、起きるだなんて全く思わなかった。
「はあ? まあ……今は何時だ?」
軽く伸びをしてヴィルフリートは言い、私は壁に掛けられた時計を彼に指し示した。
「さっき、正午になったところです。昼休みになりました」
「わ。そんなに眠っていたのか……まあ、起きてもすることないから、別に良いか……久しぶりの何もしない日だな……」
ヴィルフリートは起き上がり、私が朝に持って来ていたサンドイッチに齧りついていた。
「私の仕事を手伝ってくれても良いですよ?」
私の庭師見習いとしての仕事の中には、今すぐやらなくても良いけれど、少しずつ進めておかないと後で大変なことになる仕事なども含まれている。
ヴィルフリートが手伝ってくれると、私も助かるのだ。
「嫌だね。自分の仕事はちゃんとしろよ。ブライス」
「はーい……あ。ヴィルフリート! あの、血が……」
彼が腕を上げた時に、白いシャツには左肩の後ろに血が滲んでいた。
「ああ……これは、誰かさんを助けるために川に飛び込ん時に打ったらしい。気にしなくて良い。この程度、すぐに塞がるだろう」
「駄目です!」
ヴィルフリートが手当てなどせず、そのままにそうだったので、私は先んじて否定した。そして、応急セットを取って近くにあった薬草を採った。
「は? 何。もしかして、手当てしてくれんの? ブライスが?」
「私のこと……なんだと思って居るんですか? とりあえず、シャツを脱いでください。後で着替えも取ってきますから。慣れてないので、揶揄わないでちゃんとさせてください」
「あ……はい」
急に大人しくなったヴィルフリートは私の言いつけを守り、黙ったままて手当てを受けてくれた。
私が育てていた傷をたちまち癒やす薬草は、水で洗って清潔にした患部に貼り付けておくと、数時間後には浅い傷ならばたちまち治るのだ。
まずは、流水で傷を洗い流し綺麗にしてから、薬草をペタッと貼り付け包帯を巻いた。
「……なんか、変な感じがするな……スースーするというか。やるじゃん。真似事なのかと思ってたら、ちゃんと治療してくれた」
ヴィルフリートはえもいわれぬ表情を浮かべて、巻かれた包帯の上に手を置いた。これは、見様見真似ではあったものの、薬草が患部に固定されていないといけないので綺麗に巻けたようだ。
「これ……すっごく効く薬草なんですよ。市場価格だと、とても高価らしいです」
王城の治療室用のものなので、選りすぐりの薬草しか置かれていない。ジョニーが言うにはここの薬草を全部売れば、人生何回か遊んで暮らせるらしい。
私は金額が良くわからないと言えば、ジョニーはそうだろうなと苦笑いをしていたけれど……。
「は? そうなんだ。俺に使っても良いのか?」
「良いんです。ヴィルフリートはウィルタリア王国に仕える……竜騎士なんですから」
私は薬草を育てている時、私を助けてくれたヴィルフリートに使われれば良いなと思っていた。
すごい。ひとつ、願いが叶った。




