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獰猛な竜騎士と草食系悪役令嬢  作者: 待鳥園子


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20/27

020 涙

 素肌がひりひりとして、近くで火が燃えているあの感覚がしていた。


 パッと目を開けて映ったのは、近くに座るヴィルフリートと、身体を丸めた銀竜の大きな身体。そして、ゆらゆらと揺らめく赤い焚き火の炎。


 ヴィルフリート……川に落ちた私を、助けてくれたんだ。


 ……かなり、気まずかった。これから、何をどうしようかと考えた。私自身だって、あんな酷い醜態を彼の前で演じたかったわけでもない。


 半裸のヴィルフリートは横目で私が起きたことを確認はしたけれど、近くに置いてあった枝を一本折って焚き火に投げ込んだだけだった。


 何も言わない……当然のことかもしれない。


 だって、まさか助けたはずの私にあんな言葉を投げつけられるなんて、彼はまったく思わなかったはずなのだ。


 あれが、紛れもない彼に対する私の本音だった。それは、言われた当事者であるヴィルフリートだって、察していると思う。


 そうなの。私さえ居なければ、ヴィルフリートはフロレンティーナのことを好きになって、こんな風に指名手配犯になんてならなかった。


 水中に落ちて服は濡れてしまったはずだけど、私の服は何故か今は乾いていた。その理由を聞きたかったけれど、いまは聞けるような空気でもなかった。


 私は慎重に、上半身を起こした。地面の上に汚れないように敷かれていたのは、ヴィルフリートが着ていた白いシャツだった。


 それも……私のためにしてくれたことだった。


 どうしてだろう。ヴィルフリートは歯に衣着せぬ物言いが特徴で、何か言いたいことがあれば言うはずなのに。


 それなのに、いまは何も言わずに、焚き木を炎に時折投げ入れているだけだ。


「その……助けてくれて、ありがとうございます……」


 勇気を出してお礼を言ったけれど、言葉尻は小さくなってしまった。これは、彼に対して私が悪いことをしたということを、自分が一番にわかっているからだった。


「……ああ」


 ヴィルフリートは素っ気なくそう言って、目線を焚き火に戻した。いつもの彼らしくない振る舞いに、私はやっぱり気まずい思いをした。


 口も利きたくないほどに怒らせてしまったのだろうか、たとえそうだとしても、それは仕方ないと思う。


 だって、ヴィルフリートは私を助けようとしてくれたというだけで……それなのに、良くわからない事を言われてしまった、ただの被害者だ。


 それに、今思うと前世の記憶を持っていない人からすれば、私さえ居なければ違う誰かを好きになっていたはずだったなんて言わたら、それは恐怖以外何ものでもないような気がする。


 え。何言ってるの……そう思ってしまうはずだ。私がもし……彼の立場だったとしたら。


「どうして……何も言わないの?」


 おそるおそる問いかけた私は、ヴィルフリートが無言のままで居ることが不思議だった。


 どうして、何も言わないのだろう。あんな馬鹿なことをした私を、思い切り罵ってくれた方が楽だとも言える。


 この……気まずい沈黙をどうにかしてくれるなら、いくらでもキツく当たってくれて構わないのに。


「……ブライスが自分のためではなくて、他の誰かのために生きているから。俺はもうここで何を言っても無駄だと思ったんだ。言葉を尽くしても何をしてもわかろうとしてくれないのなら、何か話すだけ無駄だろ」


 ヴィルフリートは焚き火を見ながら、淡々とそう言った。


 胸がキュウっと締め付けられるようだった。さっきまでの私が彼にとってどれほど酷いことを言ったのかと、まざまざと思い知らされた。


「そんなこと……!」


 そんなことはない。さっきは大きく動揺してしまって、浮かんだ言葉をそのまま投げつけるように接してしまったけれど、彼を傷つける事がしたかった訳でもない。


 何も悪くないヴィルフリートが、私のせいで指名手配犯にされてしまったことをどうしても、受け入れがたくて……とんでもなく馬鹿なことをしてしまった。


「じゃあ、なんで……俺を頼らないんだよ! 俺は出会った時から、ブライスを心配していたし、あの女については、とんでもない人間だと最初から理解していた。誰もわかってくれないなんて、俺の前で言うなよ……誰も理解してくれないなんて、嘘じゃないか……っ」


 その時、私はヴィルフリートの頬に涙が流れたのを見た。


「……っ……ヴィルフリート。ごめんなさい」


 どうしよう。傷つけた。私のことを心配して助けてくれようとしただけの彼を傷つけてしまった。


 ……ああ。そうだ。私はヴィルフリートの言う通り、本当に何もわかっていない。


 私さえ居なければと言ったけれど、ヴィルフリートは私と出会ってから、汚れたドレスのままで何処に行くんだと、ずっと心配してくれていた。


「……いや、あの女が悪いんだ。俺もそれはわかっている……あと、ブライスは川に落ちたんだが、服はメロールの魔力で水を弾いた。メロールは風と水の属性を持っていて……ああ。これは、属性の違う両親の元に生まれると、たまにこういう竜が生まれるんだが……いや、どうでも良いな。こんな話」


 どこか自嘲気味に笑ったヴィルフリートに、私は首を横に振った。


 私自身も川に落ちて服が濡れていないわけを聞きたいと思っていたから、それを先んじて教えてくれたらしい。


 ……そうなんだ。この恐ろしくも美しい銀竜メロールは、二つの不思議な力を持っているんだ……小説の中では、竜騎士ヴィルフリートの竜であるという意味づけで出て来ていただけだったので、メロールについてはそこまで記述はなかった。


 恐ろしい顔をしているけれど、私をチラッと見て口角が上がったようだった。


「どうでも良くない……です……そうなんだ。メロールが私の服を乾かしてくれたんだね。ありがとう」


「キュウ!」


 私の感謝の言葉に応えるように、メロールの嬉しそうな鳴き声は夜に響き渡った。





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